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君が笑った、明日は晴れ(87/89)

2020.06.28.Sun.
1話前話

「先輩、待って!」

 渡り廊下を歩いていたら追いかけて来た河中に腕を掴まれた。思わず振り払った。心臓がまた早鐘を打つ。ほんとに俺、どうしちゃったんだろ。

 昼休みに、廊下を走ってくる河中を見た瞬間、心臓が大きく飛び跳ねた。食堂で斜め前にすわる河中を意識しまくって馬鹿みたいに緊張してた。こんな上ずった感情、今まで誰にも感じたことがない。その相手が河中だってことが死にたくなってくる。

「戻れよ、おまえ、飯まだ途中だろ」

 河中の顔を直視できなくて顔を背けたまま言った。

「先輩だってまだ全部食べてないじゃないですか」
「俺はもういいんだよ」

 あんな状況で飯なんか食ってられるか。さっきだってむりやり飲み込んでたんだ。

「僕ももういいです。先輩、あの、昨日の……」

 保健室でのことなら、頼むから言わないでくれ。

「浦野のことなんですけど」

 なんだ、浦野のことか。そういえば騙したとか言ってたな。それもひどく取り乱して。

「あいつが先輩のこと好きだなんて言い出したから、先輩に近づけさせないためにあいつと付き合うことにしたんです」
「あいつの好きは性欲に直結してるからな。本気で俺を好きなわけねえだろ」
「ですね」

 河中が笑う。

「僕に夢中にさせて先輩のことを忘れさせて……そこまでは良かったんですけど、だんだん僕も疲れてきちゃって。先輩は僕の知らないバイト先の人と遊んで慣らされちゃってるし、僕にも余裕がなくなって。だから浦野の単純な性格を利用して、あいつを宮本さんに引き受けてもらうことにしたんです」

 それで宮本と浦野が一緒にいると教えた時「良かった」と言っていたのか。なるほどね。しかしまぁ、回りくどいことをする。

「それで……宮本さんがどんな人なのか、どんなやり方をするのか確かめるために宮本さんと寝ました。浦野がどういうことが好きなのか教えるために、仕方なく」

 胸がチリチリと焼ける。嫉妬? そんな馬鹿な。

「次の日、浦野を宮本さんに引渡しました。その時に、少し強引なやり方をして……浦野には悪いことをしました。ほんとに最低です、僕」

 いったいどんなことをしたのか、河中は暗い顔で目を伏せた。それもこれも、全部俺のためだと言うのか。どうしてこいつはこんなに一途に俺を思うことができるんだろう。どうしてそんなに自信を持って、好きだなんて言ってこれるんだろう。どうして3年間も俺を好きでいられたんだろう。本当に俺のことだけ好きだったのか?

「なぁ、河中」
「はい」

 河中が顔をあげる。

「なんで俺が好きなの」
「えっ……と、先輩がかっこよかったから」
「中学ん時からって言ってたっけ?」
「はい、バスケ部に入りたてで緊張してる僕たちに先輩は優しくしてくれました。あの時先輩が決めた3ポイント、すごくかっこよくて今でもはっきり覚えてます」

 俺はぜんぜん覚えてない。

「3年間、ずっと好きだったのか」
「はい、今も好きです」

 どさくさにまぎれて変なことを言う。

「3年の間、他の誰かを好きになったり、俺を忘れたりしなかったのか」
「一度もありません。それができてたら僕だってもっと楽でした。それが出来ないから先輩にあんなことしたんです。本当にあの時はすみませんでした」

 とまた下を向いた。あんなこと……あぁ、縛って俺を犯したことか。そういや、そんなこともあったっけ。あれがきっかけで俺もずいぶんかわってしまった。今日だって自分から森下さんを誘ったし。

「なんでそんなに俺を好きでいられんの」
「好きって気持ちが枯れないんです。次から次に湧き出てくるんです。その気持ちに溺れそうになるんです」
「あぁ、そ」

 口を押さえ横を向く。自分から聞いておいてなんだが、面と向かっていわれると恥ずかしいもんだ。

「先輩、僕にはもう隠し事も嘘もありません。だから先輩も正直に答えて下さい。昨日、どうして僕にキスしてくれたんですか」

 ついに核心に触れてきたか。森下さんは告白してこい、みたいなことを言っていたけど、そんなこと俺が出来るはずがない。というか、こいつとどうこうなりたいなんて思ってないんだ。確かに行き詰ってんのかもしれないけど、俺は今のままのほうがいい。このままなら、お互いどちらかが飽きたって、まだ傷は浅いだろ。

「キスくらい誰にだって出来るよ俺は」
「昨日のはいつもと違った気がするんです」
「熱のせいだろ。おまえの前にカンサイともしたし、今日だって、朝から森下さんとやってきたし」

 河中の顔に動揺が走る。

「森下さん……って?」
「夏休みのバイト先の人。俺の遊び相手。大学生でお前よりぜんぜん大人だし、セックスもうまい。おまえが言う通り、俺はこの人と慣れるまで何度もやったよ。おまえにしたキスくらい、誰とでも出来る」

 河中の顔から血の気が引いていく。青白い顔。目が宙を泳ぐ。

「遊びでいいってんならたまには相手してやるよ。でも何も期待すんなよ。俺がお前を好きになる可能性なんて万に一つもないんだから」

 傷ついた顔で言葉をなくす河中に背を向け歩き出す。河中は追いかけてこない。これでいいんだと自分に言い聞かせる。臆病者だと言われてもいい。だって俺、たぶん本気だから。



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