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君が笑った、明日は晴れ(86/89)

2020.06.27.Sat.
1話前話

 先輩が気になって2時間目が終わった休み時間、教室に行ってみた。僕を見つけた戸田さんが「重夫ならまだだよ」と首を振る。

 先輩、どうしたんだろう。まだ僕のこと怒ってるのかな。それとも昨日保健室でしたキスのことで照れてるのかな。

 昨日のキスは今までしてきたどのキスとも違った気がする。熱に浮かされていたから僕も記憶が曖昧だけど、先輩の優しい目つきとか、熱い舌の動きとか、それだけはハッキリ覚えている。

 先輩からあんなふうにキスされたのは初めてだ。それだけ浦野やカンサイ、僕の知らないバイト先の人に慣らされたってことなのかな。

 もし、僕の都合のいいように考えていいなら、先輩が僕にキスしたいと思ったからしてくれたのかな。

 そのことも聞いてみたいし、浦野の事もちゃんと告白するつもりだったのに先輩はまだ来ていない。今日は休むつもりなんだろうか。

 3時間目が終わり、僕はまた先輩に会いに教室を出た。廊下で浦野と鉢合わせてしまった。

 浦野は僕を見つけて飛び上がるほど驚いていた。心が痛む。浦野は僕に軽蔑の眼差しを向けてきた。強い不快感と敵意。それでいい。

 目を逸らし、先に進む。

「待てよ」

 浦野が僕を呼びとめた。

「話がある」

 立ち止まる僕の横を追い抜いて、浦野が先を歩く。仕方なくついて行った。水道の前で立ち止まり、壁によりかかって腕を組んで僕を見ている。

 話なら早く済ませて欲しい。先輩の教室に行く時間がなくなってしまう。

「まだ僕に何か用なの? また縛られてぶたれたい?」

 口に笑みの形を作った。浦野は顔を少し赤くして、そんな僕を睨むだけ。なんだよ、早くしてくれ。

「相手をして欲しいならまた体育倉庫で……」
「殴らせろ」

 鋭く遮られた。殴って終わるなら早く殴ってくれ。

「いいよ、それで気が済むなら」

 歩を進め、浦野の前で立ち止まって目を閉じる。なのにいくら待っても何も起こらない。目を開けたら、浦野が涙をためた目で僕を睨んでいた。

「そんなに……そんなに山口さんが好きなら、最初からそう言えばいいだろ」

 そう言って伏せた目から大粒の涙が零れる。

「宮本さんが教えてくれた。おまえの頭の中には山口さんのことしかないって。山口さんに近づけないために俺の相手してたってことも、一昨日の体育倉庫でのことは、俺がおまえを嫌いになるようにしたってことも、全部聞いた」

 あの人……余計なことを。奥歯を噛み締める僕に向かって浦野は言葉を続ける。

「俺だって気付いてたよ、おまえが山口さんのことしか好きじゃないってことは。おまえが俺に優しくしてくれるからもしかしたらって思うこともあったけど、でもいつだってお前の目は山口さんを探してたもん。誰でもわかるよ。おまえ、バレバレなんだよ、馬鹿」

 と下を向いたまま鼻をすすった。

「あんなことしなくても、もう山口さんには近づかない。メールもしない。だから、俺に謝って」

 浦野が視線をあげた。真っ赤な目。こいつの泣いた顔、いったい何度見たっけ。

「宮本さんは……優しくしてくれてる?」
「うん。あの人、河中からみっちり仕込まれたって、すごい優しくしてくれる。たまに乱暴な言葉使うけど、俺が嫌がったらゴメンって言てくれる」
「そう、良かった」

 本当に良かった。

「ごめんね、今まで」
「うん」
「ごめんね、嫌なこと言って」
「うん」
「ごめんね、いっぱい殴って」

 赤い頬に手を伸ばして優しく包む。びくっと浦野の体がすくんだ。

「あ、ごめん」
「違っ……」

 耳まで顔を赤くして浦野が首を振る。

「やっぱ、もういい。謝ってくれなくていい。優しくされたら俺、また勘違いしちゃうから」

 そう言うと、浦野は廊下を走って戻って行った。その背中を見ていたら後悔と安堵、その両方が胸を満たした。あんなやり方をしなくても正直に話をすれば良かったのかもしれない。今更そんなことを思っても栓ないことではあるが。

 チャイムが鳴った。休み時間が終わってしまった。仕方なく教室に戻った。

 四時間目が終わった。さすがに先輩は来ているだろう。昼休み、人の流れに逆らって先輩の教室へ急ぐ。ちょうど先輩と戸田さんが教室から出てきたところだった。

「先輩!」

 声に気付いた先輩の視線が戸田さんから僕に移動して、そして素通りした。

「やぁ、河ちゃん、今日は一緒に飯食おうね。昨日は重夫と二人だったからつまんなかったんだよ」

 戸田さんに肩を抱かれ食堂へ向かう。戸田さんの横を歩く先輩は向こうをむいている。やっぱりまだ怒ってるんだ……。変に優しい態度を取られないだけマシか。

 食堂についた。僕の正面に戸田さん、戸田さんの横には先輩が座る。先輩はさっきから黙りこくってずっと横を向いている。僕と目を合わせないどころか、顔すら合わせてくれない。

「河ちゃん、昨日はどうして来なかったの?」

 正面でカレーうどんをすする戸田さんが言った。

「昨日はちょっと体調が悪くて保健室にいたんです」
「もう大丈夫なの?」
「はい」

 ちら、と先輩を見る。俯いて黙々と食事をしている。

「あぁ、こいつね、遅刻して来たと思ったらずっとこんな調子なのよ。なんか知んないけど、難しい年頃みたいだから気にしないでいいよ」
「うるせえな、黙って食え」

 不機嫌に言い放つ先輩の顔が赤く見えるのは僕の気のせいかな。

「はいはい、我儘な奴を友達に持つと苦労するよ」

 戸田さんは僕に苦笑して肩をすくめて見せた。それに笑い返し、俯いたままの先輩を見る。なんだろう。やっぱり様子が変な気がする。なんか……照れてるみたい、な。

 そんなことを考えていたら先輩に上目遣いに睨まれた。

「何見てんだよ、見んじゃねえよ」
「あ、はい、すみません」
「重夫、おまえ、何照れてんの?」

 半笑いでからかうように戸田さんが言った。先輩が立ち上がり、戸田さんを睨む。その顔が……真っ赤だった。

 やっぱり! 戸田さんが言うんだから間違いない!

 先輩は何か言い返そうと口を動かしていたが言葉にならないみたいで、そんな自分に苛立ったように舌打ちした。持ってた箸をテーブルに叩きつけ、出口に向かって歩き出す。

「先輩、待って下さい!」
「来るな」

 冷たく言われた。でも、今はなんて言われようが追いかけなきゃいけないタイミングだってことは僕でもわかった。



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