君が笑った、明日は晴れ(83/89)
2020.06.24.Wed.
<1話、前話>
昨日からの微熱は、今朝になって微熱どころではなくなっていた。
体温計で計ると38度2分。どうりで体中が熱いはずだ。昨日の体育倉庫での一件、浦野へのひどい仕打ちの罰だと甘んじて受け入れる。
あれから浦野はどうしただろう。宮本さん、ちゃんとうまくあいつを慰めてくれたかな。そのことが気になって昨夜はよく眠れなかった。うなされて目が覚めたらこの様。自業自得だから仕方が無い。
支度をして家を出る。休んでも良かったが、浦野のことが気になって学校に行くことにした。先輩の顔を一目みたいという思いもある。
口の中が熱い。体がダルイ。歩いているだけで辛い。途中コンビニに入って水を買った。それを飲んで口の熱をさまし、咽喉を潤わせてまた駅に向かって歩く。
汗をかいてきた。腕時計を見るといつも乗る電車の時間が迫っていた。この調子だと間に合わない。先輩はきっと先に行ってしまっただろう。僕が宮本さんと寝たことを知って怒っているから、待ってくれるなんて甘い期待は持たないほうがいい。
案の定、駅のホームに到着しっとき先輩の姿はなかった。一本あとの電車に乗り込み、学校へ。
熱はどんどんあがっていくようだった。教室についた時には立っているのも辛くて机につっぷした。
気付いたクラスメイトが声をかけてくる。熱がある、と話すと額に手を当てられ、驚かれた。そんなに熱かったのだろうか。二人のクラスメイトに付き添われ、朝から保健室のベッドで過ごすことになった。
親に迎えに来てもらうか、と言われたが断った。浦野がどうなったか確認するまでは帰れない。寝不足も手伝って僕は少し眠った。
目が覚めたのは昼過ぎ。眠ったおかげで頭は少しスッキリしていた。引き止める保健医に礼を言って保健室を出る。浦野を探さなきゃ。
と顔を上げた時、廊下に先輩が立っていた。心臓が一瞬で縮こまる。蛇に睨まれた蛙のよう。
「あ、相田さんから、僕が宮本さんと会ってたの、聞いたんですよね……だから怒ってるんですよね」
熱と緊張とで咽喉がカラカラに乾き、声を出すのがやっと。
「そんなこと気にする前に、自分の心配しろよ、浦野が宮本と一緒にいたぜ」
浦野。あいつ、ちゃんと学校には来てるんだ。良かった。宮本さんと一緒だってことはあの二人うまくいったんだろうか。
「浦野……あいつ、笑ってましたか」
「笑ってたけど……」
良かった。本当に良かった。安堵から涙が出た。
浦野にひどいことをした。宮本さんを利用した。好きでもない人に抱かれた。これで失敗して何もかも無駄になったら僕は立ち直れない。
僕だってあんなことしたくなかった。全ては先輩に浦野を近づけさせないため。先輩を僕一人で独占するため。
だから他人を利用して傷つけることもしてきた。あの二人には本当に悪いことをしたと思っている。
だから浦野が笑っている、と聞いた時は体から力が抜けた。張り詰めていたものが切れて涙が止まらなかった。
先輩が何か言っているのは聞こえたが、熱のせいもあって、何も反応できなかった。
熱があがっていく僕の体がふわりと宙に浮いた。眩暈かと思ったら先輩に抱き上げられていた。目の前に先輩の顔。反射的に抱きついた。
保健室に運ばれ、さっきまで僕が使っていたベッドの上に寝かされた。離れていく先輩の体温。悲しくなってまた泣けてきた。
先輩が僕の背中をさする。優しい目が僕を見ながら額に手をあてた。
「もう泣くな。また熱があがるぞ」
なんて言う。先輩が優しいのは僕に怒っているから。どうでもいい奴には優しいから。僕には本気で相手をする価値もなくなったから。
「い、いや」
嫌だ、嫌だ。こんなのは嫌だ。先輩じゃない。こんな風に優しくされたくない。他の大勢と同じ扱いなんて嫌だ。そんなの寂しすぎる。僕が欲しかったのはこんなものじゃない。
「いや、嫌です。僕を見捨てないで。謝りますから。嘘をついたことも、宮本さんと寝たことも、浦野を騙してたことも、みんなに謝りますから、僕を見捨てないで。嫌わないで」
「わかったから落ち着け」
立ち上がった先輩は棚から冷却シートを見つけ出し、それを僕の額にはりつけた。
「先輩、お願いだから僕を嫌わないで。先輩に見捨てられたら僕……死んじゃう……」
本気でそう思った。先輩を思って悩むあまり自殺未遂までしたことがある。嫌われて見捨てられたらもう生きていられない。
「おまえはいちいち大袈裟なんだよ」
先輩は苦笑しながら僕の目尻の涙を拭った。その手が今度は僕の前髪をかきあげ、熱い頬を包み込んだ。
「先輩……」
黙っている先輩の顔に見とれた。格好いい。僕の好きな人。僕だけの人。世界で一番誰よりも好き。
先輩の顔が近づいてきて、僕の口を塞いだ。すっと舌が入ってきて、熱い口の中で僕の舌を吸う。あれ、これってキスだよね……。先輩が僕に? 熱のせいかな。熱のせいで幻覚みてるのかな。
でも舌の感触は生々しくてリアル。煽られて熱がどんどん上がっていく。
不意に先輩が離れた。
「悪い。おまえ、病人なのに」
離れていかないで。僕のそばにいて。後ずさる先輩に手を伸ばした。でも先輩は手を掴んでくれなくて、保健室から出て行ってしまった。
かわりに保健医のおばちゃんが僕の横にきて何か話をしてくる。僕は目を閉じた。眼も目蓋も熱い。頭が沸騰したみたいに煮えたぎっている。やっぱり夢だったのかな。
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昨日からの微熱は、今朝になって微熱どころではなくなっていた。
体温計で計ると38度2分。どうりで体中が熱いはずだ。昨日の体育倉庫での一件、浦野へのひどい仕打ちの罰だと甘んじて受け入れる。
あれから浦野はどうしただろう。宮本さん、ちゃんとうまくあいつを慰めてくれたかな。そのことが気になって昨夜はよく眠れなかった。うなされて目が覚めたらこの様。自業自得だから仕方が無い。
支度をして家を出る。休んでも良かったが、浦野のことが気になって学校に行くことにした。先輩の顔を一目みたいという思いもある。
口の中が熱い。体がダルイ。歩いているだけで辛い。途中コンビニに入って水を買った。それを飲んで口の熱をさまし、咽喉を潤わせてまた駅に向かって歩く。
汗をかいてきた。腕時計を見るといつも乗る電車の時間が迫っていた。この調子だと間に合わない。先輩はきっと先に行ってしまっただろう。僕が宮本さんと寝たことを知って怒っているから、待ってくれるなんて甘い期待は持たないほうがいい。
案の定、駅のホームに到着しっとき先輩の姿はなかった。一本あとの電車に乗り込み、学校へ。
熱はどんどんあがっていくようだった。教室についた時には立っているのも辛くて机につっぷした。
気付いたクラスメイトが声をかけてくる。熱がある、と話すと額に手を当てられ、驚かれた。そんなに熱かったのだろうか。二人のクラスメイトに付き添われ、朝から保健室のベッドで過ごすことになった。
親に迎えに来てもらうか、と言われたが断った。浦野がどうなったか確認するまでは帰れない。寝不足も手伝って僕は少し眠った。
目が覚めたのは昼過ぎ。眠ったおかげで頭は少しスッキリしていた。引き止める保健医に礼を言って保健室を出る。浦野を探さなきゃ。
と顔を上げた時、廊下に先輩が立っていた。心臓が一瞬で縮こまる。蛇に睨まれた蛙のよう。
「あ、相田さんから、僕が宮本さんと会ってたの、聞いたんですよね……だから怒ってるんですよね」
熱と緊張とで咽喉がカラカラに乾き、声を出すのがやっと。
「そんなこと気にする前に、自分の心配しろよ、浦野が宮本と一緒にいたぜ」
浦野。あいつ、ちゃんと学校には来てるんだ。良かった。宮本さんと一緒だってことはあの二人うまくいったんだろうか。
「浦野……あいつ、笑ってましたか」
「笑ってたけど……」
良かった。本当に良かった。安堵から涙が出た。
浦野にひどいことをした。宮本さんを利用した。好きでもない人に抱かれた。これで失敗して何もかも無駄になったら僕は立ち直れない。
僕だってあんなことしたくなかった。全ては先輩に浦野を近づけさせないため。先輩を僕一人で独占するため。
だから他人を利用して傷つけることもしてきた。あの二人には本当に悪いことをしたと思っている。
だから浦野が笑っている、と聞いた時は体から力が抜けた。張り詰めていたものが切れて涙が止まらなかった。
先輩が何か言っているのは聞こえたが、熱のせいもあって、何も反応できなかった。
熱があがっていく僕の体がふわりと宙に浮いた。眩暈かと思ったら先輩に抱き上げられていた。目の前に先輩の顔。反射的に抱きついた。
保健室に運ばれ、さっきまで僕が使っていたベッドの上に寝かされた。離れていく先輩の体温。悲しくなってまた泣けてきた。
先輩が僕の背中をさする。優しい目が僕を見ながら額に手をあてた。
「もう泣くな。また熱があがるぞ」
なんて言う。先輩が優しいのは僕に怒っているから。どうでもいい奴には優しいから。僕には本気で相手をする価値もなくなったから。
「い、いや」
嫌だ、嫌だ。こんなのは嫌だ。先輩じゃない。こんな風に優しくされたくない。他の大勢と同じ扱いなんて嫌だ。そんなの寂しすぎる。僕が欲しかったのはこんなものじゃない。
「いや、嫌です。僕を見捨てないで。謝りますから。嘘をついたことも、宮本さんと寝たことも、浦野を騙してたことも、みんなに謝りますから、僕を見捨てないで。嫌わないで」
「わかったから落ち着け」
立ち上がった先輩は棚から冷却シートを見つけ出し、それを僕の額にはりつけた。
「先輩、お願いだから僕を嫌わないで。先輩に見捨てられたら僕……死んじゃう……」
本気でそう思った。先輩を思って悩むあまり自殺未遂までしたことがある。嫌われて見捨てられたらもう生きていられない。
「おまえはいちいち大袈裟なんだよ」
先輩は苦笑しながら僕の目尻の涙を拭った。その手が今度は僕の前髪をかきあげ、熱い頬を包み込んだ。
「先輩……」
黙っている先輩の顔に見とれた。格好いい。僕の好きな人。僕だけの人。世界で一番誰よりも好き。
先輩の顔が近づいてきて、僕の口を塞いだ。すっと舌が入ってきて、熱い口の中で僕の舌を吸う。あれ、これってキスだよね……。先輩が僕に? 熱のせいかな。熱のせいで幻覚みてるのかな。
でも舌の感触は生々しくてリアル。煽られて熱がどんどん上がっていく。
不意に先輩が離れた。
「悪い。おまえ、病人なのに」
離れていかないで。僕のそばにいて。後ずさる先輩に手を伸ばした。でも先輩は手を掴んでくれなくて、保健室から出て行ってしまった。
かわりに保健医のおばちゃんが僕の横にきて何か話をしてくる。僕は目を閉じた。眼も目蓋も熱い。頭が沸騰したみたいに煮えたぎっている。やっぱり夢だったのかな。
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