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君が笑った、明日は晴れ(82/89)

2020.06.23.Tue.
1話前話

 依然泣き続ける河中の背中を見ながらため息をつく。

「そんなに辛いなら学校に来るなよな」

 しゃくりあげる胸が苦しそうだった。ベッドの端に腰をおろし、震える背中をさすってやる。華奢な体。どうしてそこまで無理をして登校してきたのか。俺だったら平熱以上の熱を出したら絶対学校をサボ……休むのに。

「先生がお前の親を呼びに行ったから、もう少しの辛抱、な」

 背中越しに顔を覗き込む。握り締めた手を顔の前で交差している。その手を掴んで剥がした。涙でぐちゃぐちゃの泣き顔。子供みたいだ。

 額に手をやる。熱い。河中の嗚咽が大きくなる。

「もう泣くな。また熱があがるぞ」
「い、いや」

 河中は体ごとこちらを向いて俺の腰に抱きついてきた。

「いや、いや、優しくしないで。そんなの先輩らしくない。嫌です、怒らないで」

 駄々をこねるように首を振る。やれやれ。優しくしたら「らしくない」と言われる俺ってどれだけ性格悪いと思われてるんだ?

「怒ってないから安心しろ。心配してやってるんだ」
「いや、嫌です。僕を見捨てないで。謝りますから。嘘をついたことも、宮本さんと寝たことも、浦野を騙してたことも、みんなに謝りますから僕を見捨てないで。嫌わないで」

 これも演技なのかと一瞬疑ったが、さすがの河中も熱が出て苦しい時に必死になってまで嘘はつかないだろう。俺を好きだって気持ちは本気なんだと信じてやってもいい。

「わかったから落ち着け」

 河中の肩をもって引き剥がし、ベッドに寝かせる。涙で濡れる目が不安そうに俺を見ている。

 ベッドから立ち上がって棚を物色した。冷却シートを見つけ、それを河中の額に貼り付ける。

「馬鹿だろ、お前。熱があるなら休めよ」
「だって……先輩に会いたかったし、浦野のことも心配だったから……」
「浦野の何が心配なんだ? そういえばさっき騙したとかなんとかって言ってたな。あいつに何したんだ?」
「僕、あいつにひどいことしたんです……」

 河中の目にまた涙が溢れてきた。今はこいつを興奮させるようなことは避けた方がよさそうだ。

「それはまた今度聞く。今日はゆっくりしてろ」
「先輩、お願いだから僕を嫌わないで。先輩に見捨てられたら僕……死んじゃう……」

 俺の腕を掴み、縋るような目で切実に言ってくる。いったい何をしでかしたんだ、こいつは。

「おまえはいちいち大袈裟なんだよ」

 苦笑し、俺を掴む熱い手をはなした。涙が目尻からポタッとベッドのシーツに零れて落ちた。それを指で拭ってやる。ギュッと目を閉じた河中の前髪をかきあげ、熱い頬に手を添える。

「先輩……」

 目を開いた河中の潤んだ目。囁く河中の唇。隙間から見える赤い舌。

 誘われるように口を寄せた。絡める舌がとても熱い。

「んっ、ふ」

 河中の吐息にハッと我に返った。慌てて河中から離れた。

「悪い。おまえ、病人なのに」
「先輩……」

 呆然と呟く河中を直視できなくて目を逸らした。顔が熱くなっていく。やばい、これ、やばい!

「先生、遅いな」

 ベッドから離れた。

「先輩、こっち来て」

 河中が手を伸ばしてくる。ひたむきな目が俺を見ている。俺の心臓はドクドク脈打ち、その音がうるさくて耳を塞ぎたくなった。

「先輩」

 抗えない何かを感じ、一歩踏み出した。思わず生唾を飲み込む。

「か」

 河中。そう呼びかけて「どうするつもりなんだ?」とわずかに残った冷静な部分が思う。引き寄せられるようにまた足を前に出そうとした時、

「お待たせ!」

 扉がガラリと開き、保健医のおばちゃんが戻ってきた。緊縛から解かれたように、ほっと体から力が抜けた。助かった、咄嗟にそう思った。

「じゃ、俺はこれで」
「悪かったわね、ご苦労様」

 河中の視線を感じながら保健室をあとにした。

 階段をかけあがる。顔が熱い。体が熱い。心臓が締め付けられたように痛い。なんだよ、今の。なんで俺、あいつにキスなんかした?

 あいつがあんな顔をしてるから……。あんな濡れた目で、誘うように口を開いて、紅潮した顔で、擦れた声で俺を呼ぶから……。

 河中の顔にはもう慣れたつもりだったのに、熱に浮かされたあいつを見て欲情してしまった。よりによって河中に!

※ ※ ※

 放課後、正気を取り戻すために律子を呼び出した。ホテルに連れ込んでキスしたら、河中の唇を生々しく思い出した。

 なんでだ。あいつとはもう何度もキスしただろ。それ以上のことも。それなのにどうして今日はこんなに胸がドキドキ騒ぐんだ。

 律子の胸に顔を埋めながら頭に浮かぶのは河中のこと。あの華奢で熱い体。あの芳香。あの顔。あの唇。あの声。あの吐息。

 股間が痛いくらいに反応を見せる。律子に興奮しているんじゃない。河中に発情してる。

 今日の俺は変だ。律子を抱きながらあいつの顔がだぶって見える。振り払っても、今度は首筋にあいつの細い腕が絡まりついた感触が甦ってくる。

 もうやめて。

 律子の声が聞こえた。止められない。挿入を繰り返す。頭が真っ白になっていく。無表情に腰を打ちつける俺を律子が怯えた目で見ている。そんなはずはないのに河中の匂いをかいだ気がした。

 律子の乳房を鷲掴み、より一層激しく腰を振った。

 獣じみた呻き声をあげ、噴き上げる。ギュッと締め付けられ、慌てて腰を引き抜いた。

 膣痙攣かと思ったが違った。律子は気を失い、ベッドの上に四肢を投げ出し伸びていた。

「あ、俺……」

 我に返って言葉をなくす。溜息をつきながらベッドに座りこんだ。

 おかしい。おかしいぞ、俺は。何をどう間違った。なんだこの感情は。まさか。まさか。認めるのが怖い。そっちを向くことも恐ろしい。目を逸らした先に河中の幻影。

 頭を掻き毟る。落ち着け俺。これは何かの間違いだ。取り上げられたおもちゃが自分の手許に戻ってきたから、少し舞い上がって興奮してるだけだ。

 そりゃあちょっとはお気に入りのおもちゃだったと認めてやろう。でも、それだけの事だ。あのおもちゃは俺にとって必要不可欠なものではない。暇つぶしに遊ぶには丁度いいってだけで、他の誰があれで遊ぼうが俺には関係ないし、俺のものだと目くじら立てるつもりもない。

 それなのになんだ、この心もとない感じは。意味のわからない高揚感は。

 あいつが本気で俺を好きだってことがわかって、何をこんなに浮かれて昂って喜んでるんだ。

 有り得ない。こんなのおかしい。

 忘れよう。今日のことは忘れよう。きれいサッパリ忘れてしまおう。




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