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君が笑った、明日は晴れ(81/89)

2020.06.22.Mon.
1話前話

「失礼します」

 と、中の保健医に頭をさげた河中がこちらに向きなおり、俺を見つけて大袈裟に驚いた顔をした。

「先輩……」

 呟いて体を硬直させる。

 どうして保健室から出てきたんだ、こいつ。

「体調でも悪いのか」
「あ、はい、少し。昨日から熱があって……」

 そういえば、昨日そんなことを言っていたっけ。大方昨日は浦野とやりまくって熱があがったんだろう。俺にはまったく関係ない話だ。

「ま、頑張んのもホドホドにな」
「あの! 先輩!」

 歩き出した俺を河中が呼び止める。

「なんだ」
「あ、相田さんから、僕が宮本さんと会ってたの、聞いたんですよね」
「聞いたけど」
「だから怒ってるんですよね」
「怒ってないって。なんで俺がそんなことに怒んの」
「だって、先輩、優しいから……」

 と俯く。俺がブチ切れたら優しくなるって? 戸田に指摘されたことを河中も言ってきた。確かにその通りかもしれない。こいつを前にすると怒りで感情が上ずりなぜか俺の顔に笑みを作るのだ。

「優しくして欲しいって言ってただろ。望み通りにしてやってんだ、喜べよ」
「喜べないですよ……、先輩、怒ってるのに。どうして怒ってるんですか? 怒るのは……もしかして、その、し、嫉妬、してくれたんですか? 僕と、宮本さんのことに」

 怒りも頂点を過ぎると熱を失うらしい。さっきまでグツグツ煮えたぎっていた感情が嘘みたいに一瞬で冷めた。

「おまえ、何か勘違いしてんじゃない。おまえがどこの誰と寝ようが俺には関係ねえし。そんなこと気にする前に、自分の心配しろよ、浦野が宮本と一緒にいたぜ」
「えっ、宮本さんと?」

 弾かれたように河中は顔をあげた。

「あぁ、仲良さそうにしてたぞ。おまえ、浦野と付き合ってんだろ。あぁ、宮本とも寝てんだっけ。おまえらってどういう関係なわけ? 乱れすぎだろ」

 皮肉をこめて言ったのに、河中は泣き笑いの顔で「良かった」とその場にへたり込んだ。

「浦野……あいつ、笑ってましたか」

 と聞いてくる。

「笑ってたけど……」

 なんだ? 様子がおかしいな。

「良かった……」

 河中は両手で顔を覆い、肩を震わせ泣き出した。

 なんだ? いったい、どういうわけだ? どうして良かった、なんて泣き出すんだ?

「おい、河中」

 呼びかけても河中は泣き顔をあげない。しまいにしゃくりあげて、本格的に泣き出した。

「おい、河中って」

 肩に手を置いて顔を覗き込む。泣きやむ気配はまったくない。手の隙間から涙がたくさん零れ落ちる。何をこんなに泣くのか。俺は泣かれると弱い。かける言葉を探していたら、保健室の戸が開き、保健医が顔を出した。

「まぁ! 河中君! そんなに辛かったの? そこのあなた、彼を中に入れてちょうだい」

 保健医のおばちゃんに言われ、俺は河中の腕を掴んで引っ張り上げた。軟体動物みたいにグニャリと河中の体が崩れる。

「おい、立てよ」

 河中は顔の前で腕を交差させ、まだ泣きじゃくっている。歩くつもりも、立つ気もないらしい。舌打ち。河中の腕を肩に抱え、膝の裏に手をまわして抱き上げた。河中の体は驚くほど軽く、驚くほど熱い。

「先輩……っ」

 河中が抱き付いてきた。俺の鼻に、ふわりと優しい甘い匂い。

 ベッドに河中をおろした。河中は横を向いて体を丸めた。まだ泣きやまない。

「こいつ、どうしたの」

 保健医に聞く。

「朝から体調が悪かったらしくてね。遅刻してやって来たのはいいんだけど、授業も受けられなくなってここに運ばれたのよ。熱も39度近くあるから家の人を呼びましょうかって言っても、一人で帰れるから大丈夫ってきかなくて。でもやっぱり無理なようね。私が電話して戻ってくるまで、彼のこと頼んでもいい?」
「まあいいけど」

 震える河中の背中を見ながら返事をした。さっきまでの怒りも消えていた。

「じゃ、よろしくね。すぐに戻ってくるから」

 保健医のおばちゃんは足早に保健室を出て行った。




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