FC2ブログ

君が笑った、明日は晴れ(79/89)

2020.06.20.Sat.
1話前話

 体育倉庫に浦野のすすり泣く声。

 宮本さんは戸惑うように僕と浦野を交互に見た。

「こんなやり方、俺は好きじゃねえよ」

 僕を非難するように言う。僕だって好きでやってるんじゃない。

 鞄からハサミを取り出し、浦野の結束バンドを切った。僕に触られた浦野は体をビクッと震わせ、両手が自由になると背後の宮本さんに抱きついた。その胸に顔を埋めてワンワン泣く。

「目隠しはまだ取るなよ」
「もう嫌! 河中なんか嫌い! 嫌い、あっち行けよ!」

 僕に近づいて欲しくなくて、後ろに伸ばした手をめちゃくちゃに振りまわす。そうだ、それでいい。僕は内心ほっとする。

「僕を好きだって言ったくせに。僕の言うことならなんでもきくって言ったくせに。嘘ついてたんだ、嘘つき」
「うるさい! お前なんか嫌いだ!」
「へぇ、僕より誰かもわからないその人がいいの?」
「おまえよりマシだ! もう俺に触るな!」
「痛くされて喜んでたくせに。ほら、まだこんなに大きいまんまだ」

 浦野の前を触る。バシッと手を払われた。

「こっち向けよ」

 肩を持って強引に振りむかせる。最後の一発。手加減なしに頬をぶった。

「河中、おまえ!」

 宮本さんが頬を押さえる浦野を庇うように後ろから抱き締めた。次の瞬間、ショックで呆然としていた浦野が大声で泣き喚き、宮本さんの胸にしがみついた。

「やりすぎだろう、おまえ」

 宮本さんが僕を睨む。僕はそれを無視して片付けをはじめた。

「僕のこと好きだとか言っておいて、僕のしたいことをぜんぜんしてくれない浦野なんかもういらない。こっちから願い下げだよ。そのハンカチ、返してくれる」

 浦野が震える手でハンカチをむしりとり、僕に投げつけてきた。涙で濡れる目で僕を睨み付けている。僕に何度もぶたれた頬は痛々しいほど真っ赤になっていた。悪いことをした、と胸が痛くなる。

「そんなに僕を睨んで、まだ僕に構って欲しいの?」

 わざとらしい溜息を吐きながら口の端をあげて笑って見せる。浦野の顔が怒りで真っ赤になった。

「誰がお前なんかに! 変態はおまえじゃないか! 馬鹿! だいっ嫌い! もう俺に構うな!」
「またぶたれたいの」

 僕が手を振り上げると浦野は怯えて目を閉じ、反射的に宮本さんの胸に顔を埋めていた。宮本さんもその肩を抱き締める。

 それを見届けた僕は、鞄を拾い上げて埃を払った。険しい顔つきの宮本さんに頷き、倉庫を出た。

 これで完璧に浦野に嫌われたはずだ。あとは宮本さんがうまくやってくれれば、浦野は宮本さんを好きになる。好きになってもらわなくては困る。

 学校の敷地を出たところで、浦野を何度もぶった右手がジンジンと痛むことに気がついた。冷静でいたつもりだったけれど、僕もかなり緊張していたみたいだ。今頃になって体の奥が震えてきた。

 ただ浦野を先輩に近づけたくないという理由だけでこんなに酷いことができるなんて、僕はどうかしている。まともじゃない。

 先輩を手にいれるためならなりふり構わず手段も選ばないと決めた。こんなやり方、正しいわけがない。浦野を最悪なかたちで傷つけた。わかっていても、他にどうしようもなかった。僕には先輩しか見えない。僕と先輩の間にあるものはなんであっても邪魔な存在でしかない。排除するためなら、悪人にだってなれる。

 悪人が罪悪感で苦しむなんておこがましい。痛む右手を握りしめ、前を向いた。





関連記事
スポンサーサイト
[PR]

コメント

管理者にだけ表示を許可する