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嘘が真になる(1/2)

2014.04.20.Sun.
 授業中、使っていた消しゴムが落っこちて、隣の下田の足元まで転がった。

「下田、下田」

 囁き声で呼びかけると下田がこっちを見た。俺は指で下田の足元を指さしながら、

「消しゴム。悪いけど、取ってくんない?」

 と頼んだ。下田が机の下を覗きこみ、消しゴムを見つけると…なんと反対側へ蹴りだした。

「えっ、ちょ、おま」

 冗談。ふざけてるだけ。そう思ったのに、下田はつんと前を向いて、それきり俺のほうを見もしなかった。授業終わりに下田に食ってかかると「取ってもらえて当たり前みたいな態度が嫌だった」と、なぜか奴のほうが怒ってるみたいな口調で言われた。
 それまでも気になることがあった。下田は俺が話しかけるとそれまでの笑顔を消して無表情でそっぽを向いたり、つまんなそうなため息をついたりしていた。そして今回の消しゴム。

 もしかして、嫌われているのかも。

 嫌われるようなことをした覚えはなかったが、下田の態度は俺も気に食わなかったので、それから積極的に関わることはせず、距離を保っていた。
 話しかけもせず、下田を視界に入れないようにして数日、なにがむかつくのかしらないが、下田は物理的な攻撃に出てきた。
 廊下ですれ違いざまわざとぶつかってきたり、俺が友達と話をしていたら、机の脚を蹴って「声でかいからうるせえんだよ」と文句を言ってきたり。体育の準備体操で俺と組むことになると「なんでこんな奴と。誰かかわってくんねえかな」と本当にペアを交換させたり。
 いい加減頭にきて下田にわけを問い詰めても、奴は「は?お前が鬱陶しいからに決まってんだろ。意味わかんねえし」とか言いやがる。意味がわかんねえのは俺のほうだ。なぜそこまで俺が鬱陶しいのか、なぜそこまで俺が嫌いなのか、その理由をはっきり言いやがらない。嫌いなら関わってこなけりゃいいのに、毎日毎日嫌味と地味な攻撃を続けてくる。

 俺ってもしかしていじめられてる?

 ってことを近所に住む幼馴染みの美亜に話したら、

「下田くんって確かになに考えてるかわかんない人だよね」

 と訳知り顔で頷く。

「なに。下田のこと知ってんの」
「一年で同じクラスだったもん。この前廊下で話しかけてきたんだけど、なんか言ってることが意味不明でちょっと不気味だった」

 と笑う。

「なに言われたんだ?」
「なんかぁ、お前のこと、嫌いじゃないけど好きでもないとか。そんなのお互い様だよ!他にも女だってことに胡坐かくなよとか。もっと女らしくしろだとか。私はお前の彼女かよ!それいちいち言ってくんなよ!ってことばっか言われた」
もしかして…
「下田っておまえに気があるんじゃ…」
「えーっ!うっそぉ、やだぁ、どうしよう!」

 そう考えれば下田が俺に攻撃的なのも納得できる。俺と美亜は家が近所で帰り道が一緒になることがたまにある。今もそうだ。仲も悪くないから付き合ってると誤解されることがよくある。下田もその勘違いをしてるんじゃ…。

「絶対そうだ。お前に気があるんだよ」

 だったら明日下田に俺と美亜は付き合ってないって言えば、下田の鬱陶しい嫉妬攻撃も止まるはず。いや、待てよ、その前にこれまでの憂さを晴らさせてもらうか。あとにはきっと笑い話だ。

「なぁ、美亜、ちょっと協力してほしいんだけど」
「なになに」
「ごにょごにょ」


 今日も下田は俺を目の敵にして攻撃してきた。これも今日で終わる。晴れ晴れとした気持ちで、帰り支度の終わった下田に声をかけた。

「なぁ、ちょっと話あるんだけど」
「俺はない」

 鞄を持って席を立つ。その腕を掴んだら、下田は体を震わせて驚いた。そんなにびっくりせんでも。

「触られるのも嫌なくらい、俺が嫌いなんだ?」

 美亜の彼氏だと思ってるからだろ?

「べ、別に、そういうわけじゃ…」
「すぐすむから」
「じゃあ早くしろよ」
「今はあれだから」

 と教室のなかを見渡す。まだ数人残ってる。

「誰もいなくなったら話すよ」
「…………」

 下田はまた席についた。俺も腕をはなした。


 時計に目をやる。誰もいなくなった放課後はとても静かだ。秒針の動く音さえ聞こえてくる。

「で、話って。もういいだろ」

 確かに教室の中にも外にも誰もいなくなった。

「実はさ…」

 ガタッと立ち上がり、俺は下田の机に腰をおろした。下田が俺を睨むように見上げる。その頬に手を添えた。

「実は俺、下田のこと、好きなんだ。友達としてじゃなく、それ以上の意味で…」
「なっ……!!」

 大きく見開かれる両目。それを見て噴き出しそうになる俺。教室の扉がバァン!と音を立てて開いた。タイミングばっちり!

「ちょっと!どういうことよ!ホモだったなんて!詐欺よー!」

 美亜は昨日打ち合わせした通り、そう叫んだあと駆け出した。

「あぁっ!美亜!」

 追いかける演技をする俺の腕を下田が掴んだ。

「いま、言ったこと、ほんと…?」
「え?」
「俺が好きって」
「えっ」
「ほんと?」
「え…」
「ほんとに俺のこと、好きなのかよ?」
「え……」

 なにこいつ顔真っ赤になってんの。なに泣きそうな顔してんの。なんで手が震えてんの。

「お…俺も、好きだ…お前のこと、ずっと、好きだった…」
「え。嘘」
「ずっとお前のこと見てた…なのにお前は俺のこと、ちっとも見てくれないから…少しでも気をひきたくて消しゴム取らなかったり、わざとぶつかったりしてた。お前が彼女のこと話してるの聞きたくなくて、机蹴って邪魔したり。近くにいるだけでも恥ずかしいのに、体に触ったららバレると思って体育のペア組むの嫌がったり。だからぜったい、お前に嫌われてると思ってた」

 走馬灯のように下田の嫌がらせが蘇った。あれにこんな意味があったなんて。まさか下田がマジで俺のこと、好きだったなんて。
 どうしよう。これ芝居でしたって言いにくい雰囲気。っていうか絶対言えねえ。「なんつって。俺は美亜と付き合ってねえよ。おまえ、美亜に惚れてんだろ。告ってこいよ」なんてどの口が言えようか。どうしよう。どうしよう!神様助けて!
 にっちもさっちも行かなくて白目剥いていると、下田が立ち上がった。ゆっくり顔を近づけてくる。キスか?!キスするつもりか?!
 反射的に体が動いて下田を突き飛ばしていた。

「なっ、な、なんちって」

 顔をひきつらせながらなんとか誤魔化そうと笑ってみる。下田はサッと顔色をかえた。

「美亜、あいつ、どこ…ちょ、探してくるわ…」

 しどろもどろに教室を出た。
 美亜が駆けて行ったほうへ向かって早足で歩く。心臓がやばいくらいどきどきしていた。明日からどんな顔して下田に会えばいいんだろう。なんであんな余計なことしたんだろう俺。藪蛇ってこのことか。俺は自ら地雷を踏んだのか。トラップ巧妙すぎ!
 少し行くと壁にもたれて美亜が立っていた。

「どうだった?」

 何があったか知らない美亜は当然wktkで全裸待機だ。

「いや、あの…ダメでした、ぜんぜん、引っかからんかった」
「そう?すごいびっくりした顔してたように見えたけど」
「あのあと俺笑っちゃって。すぐバレ」
「で?」
「で?」
「私のこと、好きだって?」
「いや、聞いてねえ」
「聞いといてよ!」

 あいつは俺のことが好きなんだよ!

「ほんとに私に告ってくるの?」
「いや、あの…たぶんそれ俺の勘違い…」
「っけんな!」

 太もも蹴られた。どんな罰も甘んじて受ける覚悟がある次第です。


東京心中 第一部

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