君が笑った、明日は晴れ(69/89)
2020.06.10.Wed.
<1話、前話>
「昨日、河中来なかったけど、なんだって?」
朝、俺の顔を見るなり戸田が言った。「知るか」と返事をした。
昨日の放課後、いつも必ずやってくる河中が姿を見せなかった。一緒に帰ることを楽しみにしていた戸田が、「どうしたんだろう、どっか具合悪いのかな」としきりに心配し、朝会った時にどうしたのか聞いてくれと頼まれていたのだ。
今朝の河中はいつも通りだった。体調が悪かったのか、ただの用事で来られなかったのか俺は知らない。河中は何も言わないし、俺がわざわざ聞くことでもない。
だから「知るか」と答えたのだが、戸田はあからさまに不満そうな顔をした。
「お前は心配じゃないのか?」
「ぜんぜん」
「そんな風にそっけないといつか河中に愛想つかれて逃げられちまうぞ」
「願ったりかなったり」
笑って言いながら机に鞄を置く。
「山口」
名前を呼ばれた。声のしたほうを見るとカンサイだった。あの体育倉庫の一件以来、お互いなんとなく気恥ずかしくてあまり話をしてこなかった。だからこうして話しかけられることは珍しい。
「どうした、カンサイ」
「ちょっと話があるねん、いいか」
と言いながらチラと戸田を見る。人に聞かれたくない話らしい。
「じゃ、屋上にでも行くか」
「うん、悪いな」
「いいよ」
珍しい組み合わせに戸田がきょとんとした顔で俺たちを見送っていた。
屋上には誰もいなかった。登校してくる生徒をフェンスから見下ろしながらポケットをまさぐり、煙草を取り出した。
「で、話って?」
煙草を口にくわえ、カンサイに向きなおる。カンサイは大きな体を前かがみにして言いにくそうに俯いた。
「なんだよ、言えよ」
「うん、実はな……」
何をそんなにモジモジしてるんだか。まさかまた好きだとかやらせろだとか言い出すんじゃないだろうな。そんな話なら俺は戻るぞ。
「河中のことやねんけどな」
「河中?」
ここで河中の名前が出てくるとは予想外だった。
「お前と河中って、その、ほんまにまだ何もないんか?」
「ねえよ」
少し返事が焦っていたかもしれない。だがカンサイは何も気付かず、俯いたまま顔をあげない。
「こんなん、お前に言うていいんかわからんけど、昨日の放課後な、あいつ、3年の宮本さんとおったで」
宮本と? そうか、あいつ、宮本に付きまとわれていたから昨日来なかったのか。
「あいつ、 ずいぶんと河中のこと気に入ってるみたいだからな、珍しくもねえよ」
「いや、そういうんじゃなくてな、おった場所が、裏の体育倉庫やってん……」
校舎裏の体育倉庫。あそこに二人きり?
「あいつ、やられたのか?」
「うん、いや、ていうか、河中もノリノリっていう感じで……」
「あいつが宮本を相手にするわけねえよ」
鼻で笑い飛ばした。自分で言うのもなんだが、あいつは俺に異常なまでに執着しているし独占欲を燃やしている。そんな河中が他の誰かに目がいくとは思えないし、第一あいつはタチだ。まさか宮本はウケなのか?
「俺も最初からずっと聞いてたわけちゃうからいきさつはよう知らんけど、宮本さんが河中のこと好きやとか言うて、河中も宮本さんに好き言うたり、もっとしてくれ言うたり、聞いてるこっちが恥ずかしくなること口走っとったんや」
「冗談だろ、ありえねえって」
「いや、ほんまや、うちの後輩も聞いてたんやから」
後輩? いつか言ってた、カンサイが相手をしている部の後輩のことか。カンサイたちも体育倉庫にヤりに行ったんだな。そしたら先客がいて、それが河中と宮本だったと言うのか。しかし、あの河中が宮本相手に好きだと言うはずがない。
「ほんとに河中だったのか?」
「間違いない。あの声は俺も聞き覚えがある。あいつ、宮本さんに掘られてめちゃくちゃよがっとった。うちの後輩なんか、その声だけで勃たせてもうたくらいや」
ありえない。だってあいつはタチだって、俺に「バリタチ」だって言ったんだぞ? それなのに宮本に掘られてよがってただって? 考えられない。ありえない。
「おまえにこんなん言うていいんかわからんかったけど、一応耳に入れとこうとおもってな。おまえが河中に二股かけられてるんやとしたら、俺、嫌やったから」
だから、俺とあいつは付き合ってないって。そんなことわざわざ報告してくれなくてもいいんだ。
『そんな風にそっけないといつか河中に愛想つかれて逃げられちまうぞ』
いらないタイミングで戸田の言葉が頭に甦った。俺はあいつに愛想をつかされたのか? だから河中は宮本なんかに走ったっていうのか?
だったらそれでいいじゃねえか。俺には関係ない。
「朝からごめんな、変な話して」
カンサイは頭をかきながら、出入り口に向かって歩き出した。
「なぁ、カンサイ」
カンサイが立ち止まり、振りかえる。
「このまま一緒にサボんない? 一人でいてもつまんねえしさ」
「えっ、俺は別にかまへんけど」
「じゃ、決まり」
俺はその場に座りこみ、フェンスにもたれて煙草に火をつけた。煙を吐き出す俺の横にカンサイも座った。
妙に苛々する。
まさかの結末…
「昨日、河中来なかったけど、なんだって?」
朝、俺の顔を見るなり戸田が言った。「知るか」と返事をした。
昨日の放課後、いつも必ずやってくる河中が姿を見せなかった。一緒に帰ることを楽しみにしていた戸田が、「どうしたんだろう、どっか具合悪いのかな」としきりに心配し、朝会った時にどうしたのか聞いてくれと頼まれていたのだ。
今朝の河中はいつも通りだった。体調が悪かったのか、ただの用事で来られなかったのか俺は知らない。河中は何も言わないし、俺がわざわざ聞くことでもない。
だから「知るか」と答えたのだが、戸田はあからさまに不満そうな顔をした。
「お前は心配じゃないのか?」
「ぜんぜん」
「そんな風にそっけないといつか河中に愛想つかれて逃げられちまうぞ」
「願ったりかなったり」
笑って言いながら机に鞄を置く。
「山口」
名前を呼ばれた。声のしたほうを見るとカンサイだった。あの体育倉庫の一件以来、お互いなんとなく気恥ずかしくてあまり話をしてこなかった。だからこうして話しかけられることは珍しい。
「どうした、カンサイ」
「ちょっと話があるねん、いいか」
と言いながらチラと戸田を見る。人に聞かれたくない話らしい。
「じゃ、屋上にでも行くか」
「うん、悪いな」
「いいよ」
珍しい組み合わせに戸田がきょとんとした顔で俺たちを見送っていた。
屋上には誰もいなかった。登校してくる生徒をフェンスから見下ろしながらポケットをまさぐり、煙草を取り出した。
「で、話って?」
煙草を口にくわえ、カンサイに向きなおる。カンサイは大きな体を前かがみにして言いにくそうに俯いた。
「なんだよ、言えよ」
「うん、実はな……」
何をそんなにモジモジしてるんだか。まさかまた好きだとかやらせろだとか言い出すんじゃないだろうな。そんな話なら俺は戻るぞ。
「河中のことやねんけどな」
「河中?」
ここで河中の名前が出てくるとは予想外だった。
「お前と河中って、その、ほんまにまだ何もないんか?」
「ねえよ」
少し返事が焦っていたかもしれない。だがカンサイは何も気付かず、俯いたまま顔をあげない。
「こんなん、お前に言うていいんかわからんけど、昨日の放課後な、あいつ、3年の宮本さんとおったで」
宮本と? そうか、あいつ、宮本に付きまとわれていたから昨日来なかったのか。
「あいつ、 ずいぶんと河中のこと気に入ってるみたいだからな、珍しくもねえよ」
「いや、そういうんじゃなくてな、おった場所が、裏の体育倉庫やってん……」
校舎裏の体育倉庫。あそこに二人きり?
「あいつ、やられたのか?」
「うん、いや、ていうか、河中もノリノリっていう感じで……」
「あいつが宮本を相手にするわけねえよ」
鼻で笑い飛ばした。自分で言うのもなんだが、あいつは俺に異常なまでに執着しているし独占欲を燃やしている。そんな河中が他の誰かに目がいくとは思えないし、第一あいつはタチだ。まさか宮本はウケなのか?
「俺も最初からずっと聞いてたわけちゃうからいきさつはよう知らんけど、宮本さんが河中のこと好きやとか言うて、河中も宮本さんに好き言うたり、もっとしてくれ言うたり、聞いてるこっちが恥ずかしくなること口走っとったんや」
「冗談だろ、ありえねえって」
「いや、ほんまや、うちの後輩も聞いてたんやから」
後輩? いつか言ってた、カンサイが相手をしている部の後輩のことか。カンサイたちも体育倉庫にヤりに行ったんだな。そしたら先客がいて、それが河中と宮本だったと言うのか。しかし、あの河中が宮本相手に好きだと言うはずがない。
「ほんとに河中だったのか?」
「間違いない。あの声は俺も聞き覚えがある。あいつ、宮本さんに掘られてめちゃくちゃよがっとった。うちの後輩なんか、その声だけで勃たせてもうたくらいや」
ありえない。だってあいつはタチだって、俺に「バリタチ」だって言ったんだぞ? それなのに宮本に掘られてよがってただって? 考えられない。ありえない。
「おまえにこんなん言うていいんかわからんかったけど、一応耳に入れとこうとおもってな。おまえが河中に二股かけられてるんやとしたら、俺、嫌やったから」
だから、俺とあいつは付き合ってないって。そんなことわざわざ報告してくれなくてもいいんだ。
『そんな風にそっけないといつか河中に愛想つかれて逃げられちまうぞ』
いらないタイミングで戸田の言葉が頭に甦った。俺はあいつに愛想をつかされたのか? だから河中は宮本なんかに走ったっていうのか?
だったらそれでいいじゃねえか。俺には関係ない。
「朝からごめんな、変な話して」
カンサイは頭をかきながら、出入り口に向かって歩き出した。
「なぁ、カンサイ」
カンサイが立ち止まり、振りかえる。
「このまま一緒にサボんない? 一人でいてもつまんねえしさ」
「えっ、俺は別にかまへんけど」
「じゃ、決まり」
俺はその場に座りこみ、フェンスにもたれて煙草に火をつけた。煙を吐き出す俺の横にカンサイも座った。
妙に苛々する。
まさかの結末…
コロナ収束祈願で、この話の更新を始めました。残りあと20話。終わる頃には本当に収束していて欲しいです……。
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