君が笑った、明日は晴れ(65/89)
2020.06.06.Sat.
<1話、前話>
先輩は、放課後僕がいなくてもきっと気に止めもしないだろう。むしろ、清々した、なんて戸田さんと話しているかもしれない。
自虐的な気分なのは、これから自分がしようとしていることが自分でもおぞましくて恐ろしいことだからだ。
僕は僕に好意を寄せて懐いてくれる浦野を宮本さんに引き渡そうとしている。
こんな強行手段に出たのは疲労と焦りから。疲労は浦野の相手をする疲れ、焦りは夏休みに先輩が男と寝たという事実にいてもたってもいられなくなったから。
僕にだけ先輩は冷たい。それ以外の人には優しいし笑いかける。自分から話しかけもする。その相手の男にもきっとそうなんだろと思うと落ち着いていられない。
先輩だけに集中したい。浦野には構っていられない。だから排除する。自分でも冷酷だと思う。でももうなりふり構っていられないんだ。
体育倉庫には僕のほうが先についた。隠している鍵を使ってひんやりと暗い倉庫の中に入り宮本さんを待った。
今から僕がしようとしていることを先輩が知ったらどう思うだろう。きっと怒る。軽蔑される。見捨てられる。だからこのことはぜったい先輩には知られちゃいけない。知られないようにしなくちゃいけない。宮本さんにはうまく言って口止めしなければいけない。
扉の軋む嫌な音がした。宮本さんが中に入ってきた。
「おまえ、ここの鍵の場所知ってるのか」
言いながら、奥へやって来た。
「たまたま見つけたんです」
「ここがヤリ部屋だって知ってんのか?」
ニヤニヤ笑いながら肩に腕をまわしてきた。僕はそれを振り払って少し離れた場所に避難した。
「そういうやり方、浦野は好みません。あいつには優しくしてやってください。あいつは単純だからそれだけでいい人だと思ってくれますよ」
「なるほどね、それから?」
マットに腰をおろした宮本さんはポケットから煙草を取りだし、口にくわえて火をつけた。
「言い方も、優しくしてやってください。あいつはガキだから判断基準はいい人か悪い人かなんです。だから徹底的に優しくしてやってください。そうすれば浦野は宮本さんを見直す」
「見直すねぇ。俺ってどんな印象なんだ?」
「すみません。言葉のアヤです」
「まぁ、いい。俺だってあいつに避けられてることはわかってんだから」
と煙を吐き出した。僕は生唾を飲み込んだ。
「宮本さん、あいつを抱きたいと思いますか」
僕の言葉に宮本さんがむせた。
「なっ、なに言い出すんだ、いきなりっ」
「もしその気があるならどういう風にあいつを抱くつもりですか」
「そんなもんお前に言うことじゃねえだろうが」
赤い顔をしてそっぽを向いた。それは確かにそうだ。僕だって人にどんな風にやるかなんて言いたくない。でも今はそんなこと構ってられない。
「口で言わなくてもいいです。実践で僕に教えて下さい」
「は?」
驚愕した顔が僕を見た。
「いま、なんて言った?」
「僕を抱いて教えてほしいと言いました」
「本気か、お前」
「でなきゃこんなところに呼び出したりしませんよ」
宮本さんは目を細めて僕を睨んでいた。
断られるだろうか。でも、宮本さんがどういう人なのか知らない僕にはこうするしか思いつかない。宮本さんに迫られていた子一人一人に当たって、宮本さんのセックスはどんなふうか聞いてまわるわけにもいかないし、変に誤解されるのも嫌だ。
この人がどんなふうに男を抱くか自分で試す以外ない。浦野を僕から離すため。 宮本さんに引き受けてもらうため。この位の自己犠牲は仕方がない。
「どうしてそこまでする」
「浦野が邪魔なんです」
僕は取り繕うことをやめて、本音を言った。
「そんなに山口がいいのか」
「はい。最初からそう言ってるじゃないですか」
「このこと山口は知ってるのか」
「先輩は僕にまったく興味がありません。何をしようと気にも止めません。知られたって何もかわりません。僕はとにかく浦野が邪魔なだけです」
しばらく黙っていた宮本さんは、煙草を床に押し付けて火を消した。
「どうしてそこまであいつを好きになれるんだ。お前を一度は俺にもらってくれと言ってきたやつだぞ」
「きっと僕、病気なんです。あの人以外目に入らない。あの人がいなきゃ生きていても仕方がない。あの人がいるから明日を生きていける。だから手段は選びません。人を傷つけることも、自分が傷つくことも厭いません」
「たいした奴だ」
立ち上がった宮本さんが僕の肩を掴んだ。
「なんか癪だけど抱いてやるよ」
と顔を寄せてきたので、僕は宮本さんの口に手をあて、押しとどめた。
「僕を浦野だと思って下さい。乱暴な言葉使いも極力しないで、小/学生を相手にしているつもりでお願いします」
「お前、浦野とやってたのか?」
「……それは今は関係ありません」
「意外だな。お前があいつにしてやってたのか?」
「そういうわけで、今後僕には構わないで下さい」
「山口とは?」
僕は努めて平静に、
「あの人が男にやらせると思いますか?」
と言うと、宮本さんは咽喉の奥でクッと笑った。
「だな、あれはそんなタマじゃねえわな」
先輩がウケだと知られてはいけない。先輩のためにも、僕のためにも。これ以上ライバルを増やしたくない。
「なんであんなの好きになったんだ? 俺のほうがよっぽど性格いいと思うぜ」
そうかもしれない。でも僕には先輩しかいないから。
「あいつ、浦野はね、キスが好きなんです」
宮本さんの口元から笑みが消えた。息がかかるほどまで顔が寄せられる。
「山口に浦野を近づけないために自分が犠牲になってもいいなんて、歪んだ愛情だな、え?」
「僕を浦野だと思って。あいつにはもっと優しくしなくちゃ、ね、宮本さん」
手を伸ばし、宮本さんの頬に添えた。自分から近づいてキスした。強い力で抱き締められた。
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先輩は、放課後僕がいなくてもきっと気に止めもしないだろう。むしろ、清々した、なんて戸田さんと話しているかもしれない。
自虐的な気分なのは、これから自分がしようとしていることが自分でもおぞましくて恐ろしいことだからだ。
僕は僕に好意を寄せて懐いてくれる浦野を宮本さんに引き渡そうとしている。
こんな強行手段に出たのは疲労と焦りから。疲労は浦野の相手をする疲れ、焦りは夏休みに先輩が男と寝たという事実にいてもたってもいられなくなったから。
僕にだけ先輩は冷たい。それ以外の人には優しいし笑いかける。自分から話しかけもする。その相手の男にもきっとそうなんだろと思うと落ち着いていられない。
先輩だけに集中したい。浦野には構っていられない。だから排除する。自分でも冷酷だと思う。でももうなりふり構っていられないんだ。
体育倉庫には僕のほうが先についた。隠している鍵を使ってひんやりと暗い倉庫の中に入り宮本さんを待った。
今から僕がしようとしていることを先輩が知ったらどう思うだろう。きっと怒る。軽蔑される。見捨てられる。だからこのことはぜったい先輩には知られちゃいけない。知られないようにしなくちゃいけない。宮本さんにはうまく言って口止めしなければいけない。
扉の軋む嫌な音がした。宮本さんが中に入ってきた。
「おまえ、ここの鍵の場所知ってるのか」
言いながら、奥へやって来た。
「たまたま見つけたんです」
「ここがヤリ部屋だって知ってんのか?」
ニヤニヤ笑いながら肩に腕をまわしてきた。僕はそれを振り払って少し離れた場所に避難した。
「そういうやり方、浦野は好みません。あいつには優しくしてやってください。あいつは単純だからそれだけでいい人だと思ってくれますよ」
「なるほどね、それから?」
マットに腰をおろした宮本さんはポケットから煙草を取りだし、口にくわえて火をつけた。
「言い方も、優しくしてやってください。あいつはガキだから判断基準はいい人か悪い人かなんです。だから徹底的に優しくしてやってください。そうすれば浦野は宮本さんを見直す」
「見直すねぇ。俺ってどんな印象なんだ?」
「すみません。言葉のアヤです」
「まぁ、いい。俺だってあいつに避けられてることはわかってんだから」
と煙を吐き出した。僕は生唾を飲み込んだ。
「宮本さん、あいつを抱きたいと思いますか」
僕の言葉に宮本さんがむせた。
「なっ、なに言い出すんだ、いきなりっ」
「もしその気があるならどういう風にあいつを抱くつもりですか」
「そんなもんお前に言うことじゃねえだろうが」
赤い顔をしてそっぽを向いた。それは確かにそうだ。僕だって人にどんな風にやるかなんて言いたくない。でも今はそんなこと構ってられない。
「口で言わなくてもいいです。実践で僕に教えて下さい」
「は?」
驚愕した顔が僕を見た。
「いま、なんて言った?」
「僕を抱いて教えてほしいと言いました」
「本気か、お前」
「でなきゃこんなところに呼び出したりしませんよ」
宮本さんは目を細めて僕を睨んでいた。
断られるだろうか。でも、宮本さんがどういう人なのか知らない僕にはこうするしか思いつかない。宮本さんに迫られていた子一人一人に当たって、宮本さんのセックスはどんなふうか聞いてまわるわけにもいかないし、変に誤解されるのも嫌だ。
この人がどんなふうに男を抱くか自分で試す以外ない。浦野を僕から離すため。 宮本さんに引き受けてもらうため。この位の自己犠牲は仕方がない。
「どうしてそこまでする」
「浦野が邪魔なんです」
僕は取り繕うことをやめて、本音を言った。
「そんなに山口がいいのか」
「はい。最初からそう言ってるじゃないですか」
「このこと山口は知ってるのか」
「先輩は僕にまったく興味がありません。何をしようと気にも止めません。知られたって何もかわりません。僕はとにかく浦野が邪魔なだけです」
しばらく黙っていた宮本さんは、煙草を床に押し付けて火を消した。
「どうしてそこまであいつを好きになれるんだ。お前を一度は俺にもらってくれと言ってきたやつだぞ」
「きっと僕、病気なんです。あの人以外目に入らない。あの人がいなきゃ生きていても仕方がない。あの人がいるから明日を生きていける。だから手段は選びません。人を傷つけることも、自分が傷つくことも厭いません」
「たいした奴だ」
立ち上がった宮本さんが僕の肩を掴んだ。
「なんか癪だけど抱いてやるよ」
と顔を寄せてきたので、僕は宮本さんの口に手をあて、押しとどめた。
「僕を浦野だと思って下さい。乱暴な言葉使いも極力しないで、小/学生を相手にしているつもりでお願いします」
「お前、浦野とやってたのか?」
「……それは今は関係ありません」
「意外だな。お前があいつにしてやってたのか?」
「そういうわけで、今後僕には構わないで下さい」
「山口とは?」
僕は努めて平静に、
「あの人が男にやらせると思いますか?」
と言うと、宮本さんは咽喉の奥でクッと笑った。
「だな、あれはそんなタマじゃねえわな」
先輩がウケだと知られてはいけない。先輩のためにも、僕のためにも。これ以上ライバルを増やしたくない。
「なんであんなの好きになったんだ? 俺のほうがよっぽど性格いいと思うぜ」
そうかもしれない。でも僕には先輩しかいないから。
「あいつ、浦野はね、キスが好きなんです」
宮本さんの口元から笑みが消えた。息がかかるほどまで顔が寄せられる。
「山口に浦野を近づけないために自分が犠牲になってもいいなんて、歪んだ愛情だな、え?」
「僕を浦野だと思って。あいつにはもっと優しくしなくちゃ、ね、宮本さん」
手を伸ばし、宮本さんの頬に添えた。自分から近づいてキスした。強い力で抱き締められた。
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