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君が笑った、明日は晴れ(56/89)

2020.05.28.Thu.
1話前話

 新学期が始まった。

 なのに僕の心は、海の家で先輩の彼女を見た時からずっと憂鬱に沈んだままだ。

 夏休みの間、何度も浦野から連絡がきて会いたいと言われた。不自然にならない程度に断って間をあけ、適当に付き合った。

 浦野はすっかり僕とのセックスにはまってしまったようで、浦野の家にあがると同時にキスされ服を脱がされるということが何度もあった。そのまま玄関で最後までしてしまったこともある。サカリのついた猿か、と呆れてしまうが、先輩からしたら僕も浦野とかわらないのだろうと思うと、切ないような情けないような気持ちになり、自分の姿とだぶる浦野が憐れに思えて優しく出来たりもした。

 でも僕の気持ちは浦野には向かない。僕の全ては先輩に向けられている。僕は浦野との関係を清算する方法を考え始めていた。浦野が聞きわけてすんなり別れてくれるといいけれど、女の子と付き合ったこともなかった浦野の初心な恋心を思うとそれも難しそうで、また先輩に泣きつかないよう慎重にしないと、僕の苦労は水の泡だ。

 自分で仕掛けたこととはいえ、海の家の件以降すべてにやけっぱちなっていた僕は、浦野とのことを投げ出してしまいたくなっていた。それをしないのは浦野を先輩に近づけさせないため、その独占欲が原動力だった。

 先輩とはあの日以来会っていない。何も言わずに帰った僕を少しは不審に思ったり心配したりしただろうか。先輩のことだからきっとそれはないな、と僕は自嘲する。

 ああ、体がダルい。考えることも億劫だ。

 夏バテをひきずっているような僕だったが、駅に現れた先輩を見て途端に思考がクリアになったのには、我ながら現金だと笑ってしまった。

「おはようございます、先輩。ずいぶん焼けましたね」

 夏休み前よりさら焼けた先輩は「まぁな」といつもの素っ気無い返事を寄越した。

 欠伸をしながらホームに入ってきた電車を見ている。開いたドアから先輩が先に電車に乗り込み、僕もそのあとに続いた。混雑した車内。先輩と密着できるから僕は好きだ。

 電車の揺れに合わせ、僕は少しずつ先輩に近づく。吊り革を持って窓の外を見ている先輩の横顔をこっそり盗み見する。ポケットに入れた左手に僕の腕が触れる。

 電車が大きく揺れた。つんのめるように先輩にぶつかってしまったが、先輩は平然と僕を受け止め「大丈夫か?」と珍しく優しい言葉をかけてきた。それだけで僕は有頂天になってしまう。

 はいと返事をして、そっと先輩の腕を持った。先輩が一瞬咎めるような視線を送ってきたが、振り払わず黙っていた。車内が混雑していたから腕を動かせなかっただけかもしれないけれど。

 手のひらから先輩の体温が伝わってくる。薄い皮膚の下の筋肉を感じる。僕が幸せを噛み締めていたら、下半身に違和感を感じた。誰かが僕の股間を触っている。先輩の右手は吊り革、左手はポケットの中だからもちろん先輩じゃない。いったい誰が?

 目だけであたりを見渡したがぎゅうぎゅうのすし詰め状態で誰だかわからない。その手はズボンの上から僕のものを何度も指でなぞり、先をチョンチョンと刺激してくる。痴/漢だ。屈辱と羞恥心にカッと顔が赤くなった。

 指の感触でそれが男だとわかる。僕は小さい頃からオジサンに好かれるタイプらしく、今までにも何度かこういう経験はあった。だけど中学にあがるとそれも減ってきてこの1、2年はなかった。

 久し振りにこんな目にあったからショックで動けずにいた。握った先輩の手に力がこもる。先輩が気付いて僕を見た。

「なに?」

 囁くような声で言う。僕は無言で先輩の顔を見つめた。先輩、助けて。以前ならすぐに振り払えたのに、今はどうしてだかそれが出来ない。

 痴/漢の手が先をきゅっと握った。

「!」

 思わず反応してしまった自分が情けない。

「なんだよ、どうした?」

 先輩がいぶかしんで眉を寄せた。僕は何もいえずに俯いた。情けない。痴/漢の手によって僕のものが大きくなっているなんて言えるわけない。

「酔ったか?」

 僕は俯いたまま首を横に振った。

「気分悪いのか?」

 違うんです、先輩。僕、痴/漢に触られて抵抗できないでいるんです。

 痴/漢の手の平が僕を包み込むように握った。もうやめてくれ!

 電車がホームについて人がどっと降りていったのと同時に、痴/漢の手も離れていった。

「ほんとにお前、どうしたんだ?」

 何も知らずに先輩が言う。僕は顔をあげた。

「お前、泣いてんの?」

 先輩が目を見開く。泣いてはいない。涙が零れる寸前だった。

「来い」

 先輩が僕の腕を掴んで電車をおりた。背後でドアが閉まり、電車が動き出す。ここ、学校の最寄り駅じゃありませんよ。

 電車をやりすごし、先輩は誰もいなくなったホームのベンチに僕を座らせ、その前に立った。

「体辛いのか? だったら早く言えよ」

 僕の体調が悪いのだと先輩は思ったようだ。僕は手の甲で涙を拭い、「違うんです」とようやく声を出した。

「じゃ何だ」
「僕、さっきの電車の中で、痴/漢にあってたんです」
「はぁ?」

 予想外だったようで先輩は大きな声をあげた。

「お前女みたいだもんなぁ。って、どこ触られたんだ?」
「か、下半身」
「男ってわかってて痴/漢されたのか?」

 僕は小さく頷いた。先輩の大きな溜息が聞こえた。

「ばか、お前、抵抗しろよ」
「前なら出来たのに、今日はなんだか出来なくて」
「感じたか?」
「違います!」

 からかうような声に慌てて否定する。

「痴/漢なんて久し振りだったから、ちょっと混乱したみたいです」
「久し振りって、そんなに経験あるのか?」
「小/学生の頃、塾の行き帰りに電車を利用してたんですけど、その時はよくありました」

 先輩は何も言わずに顔を顰めた。こんな僕を軽蔑したのだろうか。それとも呆れて言葉もないのかな。

「なんだよそれ」

 ボソッと呟いたあと、僕の頭に手を乗せて、

「今度痴/漢にあったら俺に言え。俺がぶっ飛ばしてやる」

 と僕の頭を撫でてくれた。

 嘘みたいな出来事。たまらなくなって先輩に抱きついた。

「おい、河中、暑苦しいことするな」

 駅のホームで抱き合うなんて恥ずかしいこと普段なら出来ないけど、今はそうせずにいられなかった。先輩が僕を心配してくれた。痴/漢を相手に怒ってくれた。今度から助けてやると言ってくれた。僕にたいしてことごとく冷淡な態度をとる先輩が、言葉にあらわして僕に優しくしてくれた! 僕もう死んでもいいかも! 痴/漢様様だ!

 先輩に引き剥がされてまたベンチに座らされた。

「なに恥ずかしい真似してんだ」
「だってこんな嬉しいことないですよ」
「痴/漢にあって何が嬉しいんだ変態」
「違います、そっちじゃなくて」
「もういい、黙れ」
「先輩」
「心配してやって損した」

 心配してくれたんだ……!! 僕はまた感動して抱きつきたくなったが、これ以上先輩を不機嫌にさせるのが怖くてぐっと堪えた。どうして今日はこんなに優しくしてくれるんだろう? 神様からのプレゼントなのかな。僕、今日死んじゃうのかな。そうだとしてもこんな幸せな気分で死ねるなら本望かもしれない。



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コメント
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お返事
14:11の方へ

こんなに長い話を読んでくださってありがとうございます!
私はいつも書き終わったから更新する派なんですが、これは更新しながら書いていたので、登場人物の言動が一致しないときとかあって、なんだかお恥ずかしい限りです。
このあとまだ30話ほどありますが、お付き合い頂けると嬉しいです!浦野くんはちょっと可哀そうな目に遭います。

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