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親切が仇になる(1/2)

2014.04.14.Mon.
 うっかり目を合わせちゃって、しまった、と思った。
 そいつは俺に気付くとすぐさま声をかけてきた。無視して自宅のマンションへ入ってもなかまでついてくる。こういうのは相手にしないに限る。下手に構うとずっと付き纏われることになるんだから。

「僕の声、聞こえてるんですよね!?さっき俺と目があいましたもんね!?どうして無視するんですか!こっち見て下さいよ!」

 テレビの前に割って入ってアピールしてくる。年は俺と同じくらいに見えるから…二十代後半。スーツ姿で真面目そう。気の毒とは思うけど相手にはしない。
 どういう未練を残して死んだのか知らないが、生きてる人間を使ってその無念を晴らそうとする一部の幽霊がいる。そんな幽霊にとっての救世主が、俺のように見えてしまう人間だ。

 昔から見えるのが当たり前で、みんなも見えているのだと思っていた。遊んでいるとき、俺は他の友達より多くの人数を認識した。勘定に入れると間違いだと言われた。そこにいると指さした子供は他の誰にも見えなかった。投げたボールが体をすり抜け地面に落ちた。それを見た周りの友達が不気味そうに俺を見たので、コレは俺にだけ見えて、それは誰にも言わないほうがいいことなのだと気付いた。だから見えても見ないふりをしてきた。
 生きてる人だと思って相手をしてしまったときは大変だった。付き纏われ、愚痴を聞かされ、泣き言に付き合わされ、こちらが淡白な態度だと怒って憑りつかれて体調を崩したりした。
 同情すべき点もある。だがもう死んでしまったのだから、諦めて欲しいとも思う。せめて無関係な俺は巻き込まないでほしい。

「そういう態度って一番腹立つんですよね!事なかれ主義ってやつですか?!聞こえてるのに無視するって陰険ですね!同じ男として軽蔑します!」

 何を言われても無視無視。
 晩飯食って風呂に入る。その間も奴はキャンキャン吠えていたが、寝支度を整えふとんに入る頃にはベソをかいていた。

「いいですよ、いいですよ…そうやって無視してればいいですよ…グスッ…どうせ僕は見る価値も、話す価値もない男ですよ…グズッ…どうせね、どうせ…シクシク…」

 大の大人がメソメソやってるのは鬱陶しいが、正念場だと思って目を閉じる。

「シクシク…どうせ…童貞のまま死んじゃう奴なんか、ごまんといるし…グスッ…あの世に往く前に一回やりたかったなんて、贅沢な望みだし…どうせ死んじゃったからできないし…グスングスン…」

 童貞を嘆く幽霊かよ。今までいろんな無念を一方的に聞かされてきたけど、こんなアホで馬鹿らしいのは初めてだ。

「フフッ……」
「あっ!いま笑いましたね!人の童貞を笑うなんて!!童貞のまま死んだ成人男性の無念さがあなたにはわからないんですか?!きっとあの世でも馬鹿にされるんだ…!」
「いや、大丈夫でしょ」

 うっかり返事をしてしまったのは、そいつのこの世への未練があまりにバカバカしいものだったのと、幽霊のくせにあまりジメッと恨みがましくないせいだ。

「他人事だからそんな簡単に言える…あっ、いま返事してくれましたね?!やっぱり僕が見えてるんですよね!声が聞こえてるんですよね?!いまのバッチリ証拠掴みましたよ!もう言い逃れできませんよ!」

 横目に見れば腰に手をあてて、胸を張っている。こんなに活き活きした幽霊、なかなか珍しい。

「でも俺、あんまり死人と関わりたくないんだけど」
「人との関わりが苦手なタイプの人ですか?僕もそうでした。でも死んでから気付いたんです、引っ込み思案で得することなんか何もなかったって。恋人できないし、葬式に来てくれたのは会社の人だけだし、あの世の説明に来てくれた人が、僕の葬式みてpgrですよ。友達いねーのかよ!って腹抱えて爆笑するんですよ。恥ずかしくて飛び出して来たら迷っちゃって。そうしたらあなたに会えました。もう運命って気がしてます。俺を非童貞にしてください!」

 正座して鼻息を荒くしている。
 俺もふとんの上に胡坐を組んで煙草を一本吸った。どこから突っ込んでいいかわからない。

「死んだのに非童貞にはもうなれないでしょ」
「あなたの体を貸して下さい!」
「俺の体でセックスしたって、あなたの体じゃないから童貞にかわりないでしょ」
「肉体的に童貞でも、精神的に非童貞なら、あの世でも一人前の顔して歩けます!」
「いや、俺、体貸したりする経験ないんで…」
「大丈夫です!寝てる間お借りするだけなので!あなたは夢見てるようなもんです!ちゃちゃっと童貞捨ててきますから!」
「風俗行く気?」
「そんなとこです!一回いってみたかったんです!ほんとはすっごく興味あったんですけど、生きてる間は恥ずかしいし、なんだか怖いし抵抗あって…でもどうせ死んだんだから、悔いのない大往生をしたいんです!まぁ一種の恥のかき捨てってやつです!」

 俺の体で恥のかき捨てすんなよ。

「本当に一度だけでいいので!一回だけ!」
「いや、でもなぁ」
「一生のお願いです!この機会逃したら俺、一生成仏できません!ずっとあなたに付き纏いますよ?」

 ゾワッと寒気がして鳥肌が立った。冷たい気配は過去に覚えのある嫌な感じ。断ったら本気で俺に憑りつく気だ。

「本当に一回だけ?」
「一回だけ!」
「俺が寝てる間に終わる?」
「終わります!朝にはいなくなってますから!」
「風俗行くだけ?」
「はい!」
「犯罪的なことはしない?」
「しません!セックスしてくるだけです!」
「はぁ…店選びは慎重にしてくれよ。病気とか怖いから。金も財布に入ってる分だったら好きに使って。香典がわり。あんたの名前も知らないけど…」
「あっ、僕、麦田っていいます!」
「麦田さんね。ほんとにこれっきりにしてよ」
「ありがとうございます!」

 俺が不利になるようなことをする悪い奴とは思えず…俺は一晩体を貸してやることにした。俺自身、最近溜まり気味ですっきりしたかったという打算もあった。


 夜の街を歩いていた。知らない場所。知らないネオンの明かり。自分の体なのに自分の体でないような浮遊感があった。思い通りに体が動かないせいもあり、これは夢か、と思った。夢にしてはすべての感覚が明瞭で、色もついているし気温も感じられるし、物音や周囲の気配も肌で感じる。こんなにクリアな夢は初めて見る。

「起きたんですか」

 俺がしゃべった。しゃべったつもりはないのに、俺は勝手にしゃべっていた。しかし相手がいない。俺は誰に向かってしゃべったんだ?

「ふふっ。混乱してますか?僕です、麦田です」

 名前を聞いてすべてを思い出した。童貞の幽霊、麦田に体を一晩貸してやったことを。

「お言葉に甘えて体借りてます。やっぱり生きてるっていいですね。人から見えてるっていいもんですね」

 すれ違う人が怪訝な顔をする。当然だ。俺はいま、一人でしゃべってるんだから。

(あんまり妙なマネしないで、さっさと童貞捨ててこいよ)

 俺がしゃべっても俺の口は動かない。声もでていない。だが麦田には届いているようだった。

「そうします」

 そう返事をすると、麦田はいくつか角を曲がって公園に入って行った。

(おい、風俗はよ)
「ここで待ち合わせなんです。もうすぐ来てくれると思います」

 と言って屋根つきの野外卓に腰をおろした。出会い系ってやつか。

(未成年じゃないだろうな?)
「大丈夫ですよ。来たみたいです」

 麦田はベンチから腰をあげた。暗がりを歩く人影。どんな女だと思って目をこらす。近づくにつれ輪郭がはっきりしてくる。でかい女だ。いや違う…男だ。40くらいのスーツ姿の男は俺の目の前で立ち止まった。

「君がムギちゃん?」
「そうです」

 男に声をかけられ、麦田が返事をする。

(ちょ、待て麦田!これどういうことだ!)
「俺が一番乗り?」

 男が麦田…というか俺の体に腕をまわす。

「はい。誰も来てくれなかったらどうしようかと思ってました」
「君のいやらしい写真見た奴らは全員来るんじゃないかな」

 いやらしい写真ってなんだ!?麦田はなにをしたんだ?!

「初めてだって書いてたけど、本当?」
「本当です」
「初めてなのに、あんなことして欲しいの?」
「はい…僕がずっと妄想してたことです」

 男が俺にキスしてくる。ぬるっと舌が入ってきて中をヂュウヂュウと啜り上げる。

「ふぁっ…ぁ…」
「知らない男に犯されたかったの?」
「はい…」
「じゃあ、望み通り、犯してあげるね」

 男は恐ろしいことを口にした。


まさかこれが恋なんて

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