君が笑った、明日は晴れ(52/89)
2020.05.24.Sun.
<1話、前話>
「これ、置きにきただけだから」
ビールのケースを置いて、俺はいそいそその場を離れた。森下さん、あのストーカー男と付き合ってたのか。森下さんの浮気が原因で修羅場になり、一度は別れたがストーカー男が未練を持ってる、そういうことらしい。
「待って、山口君」
あとを追って森下さんがやってきた。
「さっきのことだけど」
「誰にも言いませんよ」
「驚いた?」
「まぁ、それなりに。俺、男子校通ってるから、そういう話題にはもう慣れてるし」
現に俺も経験者だし。
「男子校ってやっぱりそういうの多いんだ?」
「多いすよ。ある意味入れ食れかも」
「あはは、乱れてるなぁ」
「さっきの奴、もういいの」
「あぁ、彼ね。別れたのにしつこくてね。それより、このあとのことだけど……」
「もうこんな時間か」
俺は時計を見て言った。17時前。仕事が終わる時間だった。
「買い物どこでします? 飯は何を奢ってもらおうかな」
森下さんの顔がパッと明るくなった。ストーカー男とのやりとりを俺に見られて遠慮していたようだ。
「何でも好きなの奢るよ。焼肉にする?」
「いいねぇ、肉」
というわけで今日の晩飯は焼肉に決定した。
※ ※ ※
海から少し離れたワンルームマンションが森下さんの住まい。焼肉を食べたあと、コンビニで酒とつまみを買いこんで部屋にあがった。カーテンをあけると、窓から小さく海が見えた。本当に海が好きなんだな。
エアコンをつけた森下さんが、俺の横に並んで立つ。
「波の音がないと逆に眠れなくてさ」
「聞こえる?」
耳をすましたが俺には聞こえない。
「夜になると遠くからかすかに聞こえるよ。それより何飲む?」
テーブルに置いたコンビニの袋からチューハイ、カクテル、ビール、ツマミを取り出す。俺は缶チューハイをもらった。
「とりあえず乾杯」
と、森下さんはビールをクイっと呷った。
「俺を軽蔑しないでくれてありがとう」
「何の話?」
「俺がゲイだって知っても君は態度をかえなかった。たいていは理解ある振りを見せて、俺から離れていくんだ」
以前の俺ならそうしたかもしれない。でも河中やカンサイたちと色々経験した今、それを否定したら自分をも否定しなくちゃならないことになる。
それにそんなに驚くほどのことでもない気がするのだ。阪神ファンか巨人ファンかで騒ぐところを、俺はメジャーリーグが好きだと言われたくらいのスカシ感はあるが、その程度の嗜好の違いにしか思えないというか。それは俺がどっちの「良さ」も、身をもって経験したからかもしれない。
森下さんのようにそっち一本で来た人にはそれなりに辛い経験もあるようだから軽々しく「気にするな」とは言えないけれど、少なくとも今の俺に偏見はない、と思う。
「あいつとは長かったの?」
「半年くらいだったかな」
「森下さん、浮気するタイプに見えないのに」
「そう? ゲイのカップルの破局の原因はどっちかの浮気って相場が決まってる位、浮気は珍しくないんだ。男同士だからね。君も男だからわかるだろう」
「あぁ、わかる」
俺も律子と付き合っていたって、他の女に目がいくし、うまくいけば相手をして欲しいと思う。
「下半身は別の生き物だからなぁ」
でなきゃ、河中やカンサイ相手に勃たないし、イカないって。
「山口君、男子校なんだろ。男同士で経験あるの?」
触れられたくない話題。
「俺はないよ、まぁ、ふざけて触りあった程度かな」
気恥ずかしさから嘘をついた。やっぱり俺はノーマルな男だし、男に掘られて感じました、なんてゲイの人相手でも言いたくない。
「ふざけてねぇ、君は間違いなくノンケだろうけど、相手はどうだかわからないよ。案外君のことを好きだったりしてね」
「あはは、まさかぁ」
誤魔化すようにチューハイを一気に飲み干した。河中もカンサイも浦野も俺のことを好きだと言ったよ、確かに。
「まぁ、襲われないように気をつけることだ」
「はは……」
もう襲われてバッチリ経験済みなんですけど。
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「これ、置きにきただけだから」
ビールのケースを置いて、俺はいそいそその場を離れた。森下さん、あのストーカー男と付き合ってたのか。森下さんの浮気が原因で修羅場になり、一度は別れたがストーカー男が未練を持ってる、そういうことらしい。
「待って、山口君」
あとを追って森下さんがやってきた。
「さっきのことだけど」
「誰にも言いませんよ」
「驚いた?」
「まぁ、それなりに。俺、男子校通ってるから、そういう話題にはもう慣れてるし」
現に俺も経験者だし。
「男子校ってやっぱりそういうの多いんだ?」
「多いすよ。ある意味入れ食れかも」
「あはは、乱れてるなぁ」
「さっきの奴、もういいの」
「あぁ、彼ね。別れたのにしつこくてね。それより、このあとのことだけど……」
「もうこんな時間か」
俺は時計を見て言った。17時前。仕事が終わる時間だった。
「買い物どこでします? 飯は何を奢ってもらおうかな」
森下さんの顔がパッと明るくなった。ストーカー男とのやりとりを俺に見られて遠慮していたようだ。
「何でも好きなの奢るよ。焼肉にする?」
「いいねぇ、肉」
というわけで今日の晩飯は焼肉に決定した。
※ ※ ※
海から少し離れたワンルームマンションが森下さんの住まい。焼肉を食べたあと、コンビニで酒とつまみを買いこんで部屋にあがった。カーテンをあけると、窓から小さく海が見えた。本当に海が好きなんだな。
エアコンをつけた森下さんが、俺の横に並んで立つ。
「波の音がないと逆に眠れなくてさ」
「聞こえる?」
耳をすましたが俺には聞こえない。
「夜になると遠くからかすかに聞こえるよ。それより何飲む?」
テーブルに置いたコンビニの袋からチューハイ、カクテル、ビール、ツマミを取り出す。俺は缶チューハイをもらった。
「とりあえず乾杯」
と、森下さんはビールをクイっと呷った。
「俺を軽蔑しないでくれてありがとう」
「何の話?」
「俺がゲイだって知っても君は態度をかえなかった。たいていは理解ある振りを見せて、俺から離れていくんだ」
以前の俺ならそうしたかもしれない。でも河中やカンサイたちと色々経験した今、それを否定したら自分をも否定しなくちゃならないことになる。
それにそんなに驚くほどのことでもない気がするのだ。阪神ファンか巨人ファンかで騒ぐところを、俺はメジャーリーグが好きだと言われたくらいのスカシ感はあるが、その程度の嗜好の違いにしか思えないというか。それは俺がどっちの「良さ」も、身をもって経験したからかもしれない。
森下さんのようにそっち一本で来た人にはそれなりに辛い経験もあるようだから軽々しく「気にするな」とは言えないけれど、少なくとも今の俺に偏見はない、と思う。
「あいつとは長かったの?」
「半年くらいだったかな」
「森下さん、浮気するタイプに見えないのに」
「そう? ゲイのカップルの破局の原因はどっちかの浮気って相場が決まってる位、浮気は珍しくないんだ。男同士だからね。君も男だからわかるだろう」
「あぁ、わかる」
俺も律子と付き合っていたって、他の女に目がいくし、うまくいけば相手をして欲しいと思う。
「下半身は別の生き物だからなぁ」
でなきゃ、河中やカンサイ相手に勃たないし、イカないって。
「山口君、男子校なんだろ。男同士で経験あるの?」
触れられたくない話題。
「俺はないよ、まぁ、ふざけて触りあった程度かな」
気恥ずかしさから嘘をついた。やっぱり俺はノーマルな男だし、男に掘られて感じました、なんてゲイの人相手でも言いたくない。
「ふざけてねぇ、君は間違いなくノンケだろうけど、相手はどうだかわからないよ。案外君のことを好きだったりしてね」
「あはは、まさかぁ」
誤魔化すようにチューハイを一気に飲み干した。河中もカンサイも浦野も俺のことを好きだと言ったよ、確かに。
「まぁ、襲われないように気をつけることだ」
「はは……」
もう襲われてバッチリ経験済みなんですけど。
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