君が笑った、明日は晴れ(39/89)
2020.05.11.Mon.
<1話、前話>
登校して教室に入ったところで重夫の携帯が鳴った。メールだったらしく、画面を見ながら重夫がニヤニヤ笑う。
「なに笑ってんだよ、気色悪いな」
俺が言うと重夫は顔をあげ、
「いや、顔に騙されちゃいけないって気付いた奴がもう一人いるんだよ」
「なんのこと?」
「さっきの浦野。あいつ、河中に惚れてたんだけど目が覚めたらしいわ」
「へぇ、あの子河中が好きだったんか。でも目が覚めたってどういうこと?」
「河中の性格の悪さに気付いたんだってさ」
それが可笑しくて仕方ない、というふうに笑う。
重夫とは1年の時からつるんでるけど、たまにこいつの性格ががわからなくなる時がある。
とにかく怠惰的で何をするのも面倒臭がる。人と関わるのを嫌うくせに、気を許した相手には遠慮がなくなる。気が強くて挑発的な態度、無駄に喧嘩っ早いが、たまに優しいこともる。
河中に対しても、最近少し優しくなったと思ったのに、あんなに可愛くて素直な子をつかまえて「性格が悪い」と笑うのだから、重夫の歪みまくった性格は底が見えないと改めて思う。
「そういや浦野って子にはお前、優しかったね」
「あいつ見てると弟思い出すんだよ」
そういえば中坊の弟がいると言っていたっけ。
「にしても珍しいじゃん。お前が誰かのために自分から動いて優しくしてやるなんて。初めて見たかもしんない」
「お前、俺のこと冷酷無情な奴だと思ってないか?」
心外そうに言う重夫に、違うのかと逆に聞きたい。
「どうして河中には優しく出来ないんだ?」
かねてからそれが疑問だった。あんな子に好かれて悪い気はしないと思うのだが、重夫は河中には徹底して冷たく接する。どうしてなんだ?
「あいつに優しくしたらつけあがるだろ」
顔を歪めて言い放つ。そんな顔しなくてもいいだろう、と思う。本当に河中がかわいそうだ。
「それに、あいつのせいで俺、宮本によく思われてないからな。いちいちつっかかってくるから鬱陶しいよ」
以前の屋上でのやりとりを思い出し、少し納得する。
「先輩!」
教室に河中が勢い良く飛び込んできた。まっすぐ重夫のところへやってきて珍しく睨み付けている。
「お前浦野に振られたらしいね」
と重夫はせせら笑う。
「振られてません。僕が振ったんです。いつから、何回、あいつと会ってたんですか」
「こないだ屋上で初めて会って、それ入れて2、3回」
「ほんとにそれだけですか」
「ああ。 浦野が言ってたぞ、お前があんなに性格悪い奴だったなんて思わなかったって。 なにしたんだ、お前?」
楽しそうに笑う重夫を見て気付く。そうか、こいつ、こう見えて実は河中のこと気に入ってるんだ。しつこいだの鬱陶しいだの暑苦しいだの言いながら、めげずに向かってくる河中をそれなりに評価していて、そしてどういうわけだか、重夫が言う河中の「性格が悪い」ところを気に入って楽しんでいるんだ。本人にその自覚があるかどうかはわからないが、言動を見る限り自分でも気付いてないのかもしれない。
1年の時、まだ重夫とつるむ前のことだ。授業をさぼりに屋上へ行ったら先に重夫がいた。すぐ同じクラスの奴だと気付いたが、話をしたことは一度もなくて、俺は軽い気持ちで近づいて「おたくもサボリ?」と声をかけた。
重夫は俺に一瞥くれただけで返事はなし。変な奴、そう思った。
「お前、火、持ってる?」
不意に重夫が話かけてきた。その手に煙草。ライターのことかと気付いてポケットからライターを取り出し、手渡す瞬間上に掲げて意地悪してやった。さっき無視されたささやかな仕返し。
「貸してやる前に、さっきの返事は?」
重夫は頭上のライターをチラと見て、
「俺もサボリ」
と答えた。 最初から答えやがれ。手をおろし、ライターを渡した。煙草に火をつけた重夫は「返すよ」と言って躊躇いもせず、屋上から空に向かってライターを放り投げた。
「あっ、何すんだお前!」
ライターが下の地面に落ちて、粉々に壊れた。
「悪ぃ、お前の真似しようとしたら手が滑った」
しゃあしゃあという重夫の口から煙草を取り上げ、俺もそれを下に捨ててやった。
「何すんだよ」
「俺だって吸いたかったのに! 火がなかったら吸えないだろ!」
怒鳴り返すと重夫があっけに取られた顔をした。そして吹き出し「俺が吸ってたので火つけりゃ良かったのに馬鹿なんじゃねえの」と静かに笑った。
いや、その前にお前がライター捨てなきゃいい話だろ。こいつ、性格悪いな。
それなのにさぼった1時間話をしていたら妙に重夫を気に入ってしまって、重夫も俺を気に入ったのか、それ以来一緒につるむようになり、現在に至るわけだ。
重夫の性格には難がある。だからそれに対応できるものしか付き合っていけない。
俺もあの時、ライターを使って意地悪しなかったら、重夫の煙草を取り上げ捨てていなかったら、今こうしてつるんでいるかわからない。
河中の性格が悪いとは信じられないが、2人のやり取りを見て俺は少しほっとする。
良かったな、河中。少なくともお前は重夫に嫌われてはいない。俺はそう断言できるよ。重夫のひどい言動、あれは小学/生の男子が好きな子に意地悪しちゃう、あのねじれた愛情表現と同じだ。その証拠に、興味も関心もないやつに重夫は無害だ。
「良かったなぁ、河中」
声に出して呟いたら河中に睨まれた。
「何が良かったんですか、戸田さん」
河中は今日はご機嫌斜めのご様子。
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登校して教室に入ったところで重夫の携帯が鳴った。メールだったらしく、画面を見ながら重夫がニヤニヤ笑う。
「なに笑ってんだよ、気色悪いな」
俺が言うと重夫は顔をあげ、
「いや、顔に騙されちゃいけないって気付いた奴がもう一人いるんだよ」
「なんのこと?」
「さっきの浦野。あいつ、河中に惚れてたんだけど目が覚めたらしいわ」
「へぇ、あの子河中が好きだったんか。でも目が覚めたってどういうこと?」
「河中の性格の悪さに気付いたんだってさ」
それが可笑しくて仕方ない、というふうに笑う。
重夫とは1年の時からつるんでるけど、たまにこいつの性格ががわからなくなる時がある。
とにかく怠惰的で何をするのも面倒臭がる。人と関わるのを嫌うくせに、気を許した相手には遠慮がなくなる。気が強くて挑発的な態度、無駄に喧嘩っ早いが、たまに優しいこともる。
河中に対しても、最近少し優しくなったと思ったのに、あんなに可愛くて素直な子をつかまえて「性格が悪い」と笑うのだから、重夫の歪みまくった性格は底が見えないと改めて思う。
「そういや浦野って子にはお前、優しかったね」
「あいつ見てると弟思い出すんだよ」
そういえば中坊の弟がいると言っていたっけ。
「にしても珍しいじゃん。お前が誰かのために自分から動いて優しくしてやるなんて。初めて見たかもしんない」
「お前、俺のこと冷酷無情な奴だと思ってないか?」
心外そうに言う重夫に、違うのかと逆に聞きたい。
「どうして河中には優しく出来ないんだ?」
かねてからそれが疑問だった。あんな子に好かれて悪い気はしないと思うのだが、重夫は河中には徹底して冷たく接する。どうしてなんだ?
「あいつに優しくしたらつけあがるだろ」
顔を歪めて言い放つ。そんな顔しなくてもいいだろう、と思う。本当に河中がかわいそうだ。
「それに、あいつのせいで俺、宮本によく思われてないからな。いちいちつっかかってくるから鬱陶しいよ」
以前の屋上でのやりとりを思い出し、少し納得する。
「先輩!」
教室に河中が勢い良く飛び込んできた。まっすぐ重夫のところへやってきて珍しく睨み付けている。
「お前浦野に振られたらしいね」
と重夫はせせら笑う。
「振られてません。僕が振ったんです。いつから、何回、あいつと会ってたんですか」
「こないだ屋上で初めて会って、それ入れて2、3回」
「ほんとにそれだけですか」
「ああ。 浦野が言ってたぞ、お前があんなに性格悪い奴だったなんて思わなかったって。 なにしたんだ、お前?」
楽しそうに笑う重夫を見て気付く。そうか、こいつ、こう見えて実は河中のこと気に入ってるんだ。しつこいだの鬱陶しいだの暑苦しいだの言いながら、めげずに向かってくる河中をそれなりに評価していて、そしてどういうわけだか、重夫が言う河中の「性格が悪い」ところを気に入って楽しんでいるんだ。本人にその自覚があるかどうかはわからないが、言動を見る限り自分でも気付いてないのかもしれない。
1年の時、まだ重夫とつるむ前のことだ。授業をさぼりに屋上へ行ったら先に重夫がいた。すぐ同じクラスの奴だと気付いたが、話をしたことは一度もなくて、俺は軽い気持ちで近づいて「おたくもサボリ?」と声をかけた。
重夫は俺に一瞥くれただけで返事はなし。変な奴、そう思った。
「お前、火、持ってる?」
不意に重夫が話かけてきた。その手に煙草。ライターのことかと気付いてポケットからライターを取り出し、手渡す瞬間上に掲げて意地悪してやった。さっき無視されたささやかな仕返し。
「貸してやる前に、さっきの返事は?」
重夫は頭上のライターをチラと見て、
「俺もサボリ」
と答えた。 最初から答えやがれ。手をおろし、ライターを渡した。煙草に火をつけた重夫は「返すよ」と言って躊躇いもせず、屋上から空に向かってライターを放り投げた。
「あっ、何すんだお前!」
ライターが下の地面に落ちて、粉々に壊れた。
「悪ぃ、お前の真似しようとしたら手が滑った」
しゃあしゃあという重夫の口から煙草を取り上げ、俺もそれを下に捨ててやった。
「何すんだよ」
「俺だって吸いたかったのに! 火がなかったら吸えないだろ!」
怒鳴り返すと重夫があっけに取られた顔をした。そして吹き出し「俺が吸ってたので火つけりゃ良かったのに馬鹿なんじゃねえの」と静かに笑った。
いや、その前にお前がライター捨てなきゃいい話だろ。こいつ、性格悪いな。
それなのにさぼった1時間話をしていたら妙に重夫を気に入ってしまって、重夫も俺を気に入ったのか、それ以来一緒につるむようになり、現在に至るわけだ。
重夫の性格には難がある。だからそれに対応できるものしか付き合っていけない。
俺もあの時、ライターを使って意地悪しなかったら、重夫の煙草を取り上げ捨てていなかったら、今こうしてつるんでいるかわからない。
河中の性格が悪いとは信じられないが、2人のやり取りを見て俺は少しほっとする。
良かったな、河中。少なくともお前は重夫に嫌われてはいない。俺はそう断言できるよ。重夫のひどい言動、あれは小学/生の男子が好きな子に意地悪しちゃう、あのねじれた愛情表現と同じだ。その証拠に、興味も関心もないやつに重夫は無害だ。
「良かったなぁ、河中」
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「何が良かったんですか、戸田さん」
河中は今日はご機嫌斜めのご様子。
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