君が笑った、明日は晴れ(32/89)
2020.05.04.Mon.
<1話、前話>
休み時間、教室にやってきた河中が、放課後先生に呼ばれたから待っていて欲しいと言ってきた。
もちろん俺はそれを断った。どうして俺があいつを待たなきゃならないんだ。待ってやれという戸田と、不満そうな顔をする河中を完全無視した。
今日は静かに帰れる。そんな晴れ晴れした気持ちで放課後、校舎を出た。
「山口さん!」
しばらく歩いたところで呼び止められた。誰かと思って振りかえったらいつか屋上で宮本に迫られていた1年の浦野が駆け寄ってくる。
「俺も帰るとこなんで、一緒に帰りませんか」
息を整えながら爽やかな笑みを浮かべる。頬は上気してピンク色。
「今日は河中は一緒じゃないんですか?」
「いつも一緒じゃねえよ」
「そっか、良かった。山口さん、この前のお礼をしたいんで良かったら家来ませんか? すぐそこなんですけど」
この前の礼? 宮本のことか?
「そんなに気にすんなよ」
「一度山口さんとゆっくり話をしたかったんです。だから来てください。俺んち、そこなんです」
浦野が指差した先にマンションが建っていた。本当に学校から近いな。
「いや、ほんとに俺は」
「いいから、いいから」
浦野が俺の腕を掴んで引っ張って歩く。意外にこいつ強引だな。このあと特に予定も入ってないし、暇つぶしで浦野の家に寄ることにした。
オートロックの入り口を通過し、エレベーターで一気に最上階まであがった。鍵をあけて中に入る浦野に続いてお邪魔する。差し出されたスリッパをはいて広いリビングに通された。
「適当にくつろいで下さいね。俺は着替えてきます」
と浦野は自分の部屋へ行った。俺は鞄をソファに置いてベランダに出た。14階。目も眩むような高さだが、景色は抜群にいい。風が頬や首筋に気持ち良くて目を閉じた。どこかから野球部らしい掛け声やボールを打つ音が聞こえてくる。のどかだ。
「お待たせしました」
着替えをすませた浦野がベランダにやってきた。Tシャツにジーンズ。前髪が短いせいか、まだ中/学生に見える。俺は今年中2になった弟を思い出した。
「お前って童顔な」
「あはは。よく言われます。そのせいで宮本さんに目をつけられたし」
「あの人、まだお前にしつこいの?」
「まぁ……」
と浦野は苦笑した。
「あの人の噂は聞いてたんですけど、まさか自分が狙われるなんて思ってもなかったんでびっくりしましたよ。でも宮本さんの本命って河中なんでしょ?」
「さあ」
「だってこの前屋上の階段で宮本さんと河中を取り合ってたじゃないすか」
ああ、あのやり取り、こいつ聞いてたのか。そういやこいつも屋上にいたもんな。筒抜けだわな。
「いや、あれは取り合ってたというか。色々事情があってな」
「途中から山口さん、態度おかしかったですけど、河中に何か弱みでも握られてるんすか?」
こいつ、宮本より鋭いな。確かに俺は途中まではゲームを楽しむような感覚で河中を追い詰めていたけれど、あいつがジョーカーを切ってきたんで形勢が逆転した。あれがなかったら今頃どうなっていたか。今でもそれが悔やまれる。
「宮本に渡すのがかわいそうになっただけだよ」
「山口さん、本当に河中とは何も関係ないんですよね?」
「ねえよ」
「良かった。実は山口さんに相談があって今日来てもらったんです。とりあえず、中、入りませんか?」
いったい何の相談だ? 嫌な予感がしたが、リビングに戻り、ソファに座った。
「お茶どうぞ」
浦野がいれてくれたお茶を一口すすって、何を言い出すのか浦野を窺った。浦野は言いにくい様子で、手に持ったコップに視線を落としずっと黙っている。
「あの、山口さん」
ようやく意を決したように浦野が顔をあげた。
「山口さん、俺、河中を好きになっちゃったかもしれないんです!」
真っ赤になった顔でそんなことを言う。
「へぇ、あ、そう」
「え、リアクションそれだけっすか?」
「もっと驚いて欲しいのか? 俺も男子校に1年いて免疫できたみたいでさ。そういうの聞いてもあんまり驚かなくなったんだよ。それにあいつはあんな顔してるからな。驚くほどえもねえよ」
「そう、ですか」
自分ではたいへんな告白をしたつもりだったらしい浦野は、俺の薄いリアクションに拍子抜けしたようで、気の抜けた顔で俺を見る。
「俺、ホモになっちゃったんでしょうか」
「さあな。卒業すれば目が覚めるんじゃないの」
「お、俺、どうしたらいいですか」
知るか。そう言い捨ててしまうのが可哀相になるほど、浦野は困惑した顔つきで俺に助けを求めていた。俺の弟と重なってなんだか放っておけなくなる。
「お前はどうしたいの」
「俺は……」
と俯いて自分の指先を見つめる浦野の顔がだんだん赤くなっていく。何考えてんだ?
「か、河中と……デートしてみたいです」
デートだって。かわいいこと言うねえ。
「デートして、それからどうしたい?」
「え、あ、それは」
浦野の顔はさらに真っ赤になった。からかい甲斐のある奴だ。
「あいつとエッチなことしたいって思ってる?」
耳まで赤くなって浦野は俯いた。思ってるってことか。若い男だもん、そりゃ仕方ないよな。やりたい盛りだもんな。気持ちはわかる。
「でも、俺、男同士ってどうやるか知らなくて……」
「女とやるのとそんなにかわんないらしいよ」
実際したことあるけど、それを言う必要はない。
「女とも、まだ」
あら、こいつ童貞か。まぁ、まだ高1だからな。
「あ、あの、山口さん、俺にどうするか、教えてくれませんか!」
いやに真剣な顔で浦野が言った。教えるって、何を? どうやって?
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休み時間、教室にやってきた河中が、放課後先生に呼ばれたから待っていて欲しいと言ってきた。
もちろん俺はそれを断った。どうして俺があいつを待たなきゃならないんだ。待ってやれという戸田と、不満そうな顔をする河中を完全無視した。
今日は静かに帰れる。そんな晴れ晴れした気持ちで放課後、校舎を出た。
「山口さん!」
しばらく歩いたところで呼び止められた。誰かと思って振りかえったらいつか屋上で宮本に迫られていた1年の浦野が駆け寄ってくる。
「俺も帰るとこなんで、一緒に帰りませんか」
息を整えながら爽やかな笑みを浮かべる。頬は上気してピンク色。
「今日は河中は一緒じゃないんですか?」
「いつも一緒じゃねえよ」
「そっか、良かった。山口さん、この前のお礼をしたいんで良かったら家来ませんか? すぐそこなんですけど」
この前の礼? 宮本のことか?
「そんなに気にすんなよ」
「一度山口さんとゆっくり話をしたかったんです。だから来てください。俺んち、そこなんです」
浦野が指差した先にマンションが建っていた。本当に学校から近いな。
「いや、ほんとに俺は」
「いいから、いいから」
浦野が俺の腕を掴んで引っ張って歩く。意外にこいつ強引だな。このあと特に予定も入ってないし、暇つぶしで浦野の家に寄ることにした。
オートロックの入り口を通過し、エレベーターで一気に最上階まであがった。鍵をあけて中に入る浦野に続いてお邪魔する。差し出されたスリッパをはいて広いリビングに通された。
「適当にくつろいで下さいね。俺は着替えてきます」
と浦野は自分の部屋へ行った。俺は鞄をソファに置いてベランダに出た。14階。目も眩むような高さだが、景色は抜群にいい。風が頬や首筋に気持ち良くて目を閉じた。どこかから野球部らしい掛け声やボールを打つ音が聞こえてくる。のどかだ。
「お待たせしました」
着替えをすませた浦野がベランダにやってきた。Tシャツにジーンズ。前髪が短いせいか、まだ中/学生に見える。俺は今年中2になった弟を思い出した。
「お前って童顔な」
「あはは。よく言われます。そのせいで宮本さんに目をつけられたし」
「あの人、まだお前にしつこいの?」
「まぁ……」
と浦野は苦笑した。
「あの人の噂は聞いてたんですけど、まさか自分が狙われるなんて思ってもなかったんでびっくりしましたよ。でも宮本さんの本命って河中なんでしょ?」
「さあ」
「だってこの前屋上の階段で宮本さんと河中を取り合ってたじゃないすか」
ああ、あのやり取り、こいつ聞いてたのか。そういやこいつも屋上にいたもんな。筒抜けだわな。
「いや、あれは取り合ってたというか。色々事情があってな」
「途中から山口さん、態度おかしかったですけど、河中に何か弱みでも握られてるんすか?」
こいつ、宮本より鋭いな。確かに俺は途中まではゲームを楽しむような感覚で河中を追い詰めていたけれど、あいつがジョーカーを切ってきたんで形勢が逆転した。あれがなかったら今頃どうなっていたか。今でもそれが悔やまれる。
「宮本に渡すのがかわいそうになっただけだよ」
「山口さん、本当に河中とは何も関係ないんですよね?」
「ねえよ」
「良かった。実は山口さんに相談があって今日来てもらったんです。とりあえず、中、入りませんか?」
いったい何の相談だ? 嫌な予感がしたが、リビングに戻り、ソファに座った。
「お茶どうぞ」
浦野がいれてくれたお茶を一口すすって、何を言い出すのか浦野を窺った。浦野は言いにくい様子で、手に持ったコップに視線を落としずっと黙っている。
「あの、山口さん」
ようやく意を決したように浦野が顔をあげた。
「山口さん、俺、河中を好きになっちゃったかもしれないんです!」
真っ赤になった顔でそんなことを言う。
「へぇ、あ、そう」
「え、リアクションそれだけっすか?」
「もっと驚いて欲しいのか? 俺も男子校に1年いて免疫できたみたいでさ。そういうの聞いてもあんまり驚かなくなったんだよ。それにあいつはあんな顔してるからな。驚くほどえもねえよ」
「そう、ですか」
自分ではたいへんな告白をしたつもりだったらしい浦野は、俺の薄いリアクションに拍子抜けしたようで、気の抜けた顔で俺を見る。
「俺、ホモになっちゃったんでしょうか」
「さあな。卒業すれば目が覚めるんじゃないの」
「お、俺、どうしたらいいですか」
知るか。そう言い捨ててしまうのが可哀相になるほど、浦野は困惑した顔つきで俺に助けを求めていた。俺の弟と重なってなんだか放っておけなくなる。
「お前はどうしたいの」
「俺は……」
と俯いて自分の指先を見つめる浦野の顔がだんだん赤くなっていく。何考えてんだ?
「か、河中と……デートしてみたいです」
デートだって。かわいいこと言うねえ。
「デートして、それからどうしたい?」
「え、あ、それは」
浦野の顔はさらに真っ赤になった。からかい甲斐のある奴だ。
「あいつとエッチなことしたいって思ってる?」
耳まで赤くなって浦野は俯いた。思ってるってことか。若い男だもん、そりゃ仕方ないよな。やりたい盛りだもんな。気持ちはわかる。
「でも、俺、男同士ってどうやるか知らなくて……」
「女とやるのとそんなにかわんないらしいよ」
実際したことあるけど、それを言う必要はない。
「女とも、まだ」
あら、こいつ童貞か。まぁ、まだ高1だからな。
「あ、あの、山口さん、俺にどうするか、教えてくれませんか!」
いやに真剣な顔で浦野が言った。教えるって、何を? どうやって?
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