君が笑った、明日は晴れ(31/89)
2020.05.03.Sun.
<1話、前話>
先輩に引きずられるように階段をおりた。足がもつれて倒れそうになった時は、先輩の強い力で人形のように引っ張りあげられ、滑り落ちるように下までおりた。
昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえたが、先輩は気にするふうもなく校舎を出る。
「あ、あの、先輩」
僕の声も無視して、誰もいない中庭を突っ切り、裏手の体育倉庫に向かった。
ようやく解放されたが、今度は体育倉庫の壁に体を押さえつけられた。
「ずいぶん舐めた真似すんじゃん」
間近に目を覗きこんでくる。血の気のなくなっただろう顔で僕は先輩を見上げた。先輩は不気味に笑っていた。
「携帯出せ」
「は、はい」
ポケットから携帯を取り出し、震える手で先輩に渡した。僕は心底びびりまくっていた。
先輩は何度か携帯のボタンを押し、顔をあげた。
「この一枚だけか?」
「はい」
「本当か?」
「はい、本当です」
「河中君、覚悟できてるよね」
またニッと笑う。先輩、完全にキレてる。
「ま、待ってください! 先輩だって悪いんですよ、僕を宮本さんに譲るとかそんな取引勝手にしないで下さい! 僕だって自分を守るためなら何でもしますよ!」
「ほぉ、この俺を脅すことも辞さないというわけね」
「そうです。先輩、どうして僕を宮本さんに譲るなんて言い出したんですか。そんなに僕が嫌いですか」
「嫌いじゃねえよ」
「えっ」
「お前が宮本に追い掛け回されてりゃ、俺のまわりも少しは静かになるんじゃないかと思って、思い付きで言っただけだ」
思いつき……。力が抜ける。そんな理由で僕はずいぶん危険な綱渡りをさせられた。感情のことだけを言えば一度は死んだくらいのショックを受けた。それも全部思い付きの発言だったなんて、人を馬鹿にするにもほどがある。
「お前、タチってやつなんだろ。あいつもきっとそうだから、お前があいつに落とされるなんて思っちゃいねえし、まぁ、そうなったとしてもそれはそれで面白そうだしな」
先輩は本当に楽しそうにニヤッと笑った。
額に手をあて、僕は溜息をついた。
「先輩、もし、僕が宮本さんに襲われたら、僕は自分がタチだと説明します。そうなったら宮本さんは先輩がウケだと思うでしょうね。それでもいいんですか。今度は先輩が宮本さんに狙われるかもしれませんよ」
「ん」
それは嫌だ、というふうに先輩は顔を顰めた。まったくこの人は。学校で僕と先輩はデキてるって皆から思われてると知らないのかな。見た目から僕がウケだと思われているみたいだけど、実際はその逆。僕が誰かに襲われたらそれが露見するんだって自覚、まったくないんだから。
「僕は自分の身を守るためなら先輩がウケだってこともバラしますからね」
「わかったわかった、そう怒るなよ」
子供をあやしつけるように、僕の頭をポンポンと叩く。
「子供扱いしないで下さい」
その手を振り払うと、先輩は肩をすくめてチラリと笑った。あ、今の笑いかた、好き。って見とれる場合じゃない。どうしてこんな状況なのに先輩の小さな動作にまでドキドキしてしまうんだろう。僕って本当に先輩にベタ惚れしてるなぁ。
「画像を消さずに残していたことと、それで先輩を脅したことは謝ります。でも先輩も、もう二度と僕を宮本さんにのしつけてやるなんて言わないで下さいよ」
「わかったって、しつこい奴だなぁ」
先輩は壁にもたれ、穏やかな顔で空を見上げた。
気のせいかな、さっきから先輩の機嫌がいいように見える。あんなことのあとなのに、どうしてだろう。僕の勘違いかな。
戸田さんが、少しずつ先輩が僕に優しくなっていると言っていたけど、このことなのかな。
「先輩、怒ってないんですか」
「携帯のアレを見せられた時は頭に来たけど、必死なお前を見てるのは楽しかったよ」
楽しかったんですか。先輩ってほんと、何考えてるかわからない。
「先輩、五時間目、どうします?」
「戻りたかったら戻れば」
そ、それって僕も一緒にいていいってことだよね。嘘みたい。機嫌がいいせいか、先輩が妙に優しい。
「先輩、暑くなってきましたね」
「そうだな」
「もう、夏ですね」
「そうだな」
「先輩、好きです」
「ばーか」
呆れたように笑う先輩に抱きついてキスしたい。
今回のことで、先輩が僕に1ミリの好意も持っていないことがよくわかった。好きになったらやっぱり相手からも同じ気持ちを返してもらいたいと思うのは、ごく普通の感情だ。
僕も先輩に好きになってもらいたい。心も体も全部、僕で占められるほど、僕のことを好きになってほしい。
いま僕の新しい目標が定まった。
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先輩に引きずられるように階段をおりた。足がもつれて倒れそうになった時は、先輩の強い力で人形のように引っ張りあげられ、滑り落ちるように下までおりた。
昼休みの終わりを告げるチャイムが聞こえたが、先輩は気にするふうもなく校舎を出る。
「あ、あの、先輩」
僕の声も無視して、誰もいない中庭を突っ切り、裏手の体育倉庫に向かった。
ようやく解放されたが、今度は体育倉庫の壁に体を押さえつけられた。
「ずいぶん舐めた真似すんじゃん」
間近に目を覗きこんでくる。血の気のなくなっただろう顔で僕は先輩を見上げた。先輩は不気味に笑っていた。
「携帯出せ」
「は、はい」
ポケットから携帯を取り出し、震える手で先輩に渡した。僕は心底びびりまくっていた。
先輩は何度か携帯のボタンを押し、顔をあげた。
「この一枚だけか?」
「はい」
「本当か?」
「はい、本当です」
「河中君、覚悟できてるよね」
またニッと笑う。先輩、完全にキレてる。
「ま、待ってください! 先輩だって悪いんですよ、僕を宮本さんに譲るとかそんな取引勝手にしないで下さい! 僕だって自分を守るためなら何でもしますよ!」
「ほぉ、この俺を脅すことも辞さないというわけね」
「そうです。先輩、どうして僕を宮本さんに譲るなんて言い出したんですか。そんなに僕が嫌いですか」
「嫌いじゃねえよ」
「えっ」
「お前が宮本に追い掛け回されてりゃ、俺のまわりも少しは静かになるんじゃないかと思って、思い付きで言っただけだ」
思いつき……。力が抜ける。そんな理由で僕はずいぶん危険な綱渡りをさせられた。感情のことだけを言えば一度は死んだくらいのショックを受けた。それも全部思い付きの発言だったなんて、人を馬鹿にするにもほどがある。
「お前、タチってやつなんだろ。あいつもきっとそうだから、お前があいつに落とされるなんて思っちゃいねえし、まぁ、そうなったとしてもそれはそれで面白そうだしな」
先輩は本当に楽しそうにニヤッと笑った。
額に手をあて、僕は溜息をついた。
「先輩、もし、僕が宮本さんに襲われたら、僕は自分がタチだと説明します。そうなったら宮本さんは先輩がウケだと思うでしょうね。それでもいいんですか。今度は先輩が宮本さんに狙われるかもしれませんよ」
「ん」
それは嫌だ、というふうに先輩は顔を顰めた。まったくこの人は。学校で僕と先輩はデキてるって皆から思われてると知らないのかな。見た目から僕がウケだと思われているみたいだけど、実際はその逆。僕が誰かに襲われたらそれが露見するんだって自覚、まったくないんだから。
「僕は自分の身を守るためなら先輩がウケだってこともバラしますからね」
「わかったわかった、そう怒るなよ」
子供をあやしつけるように、僕の頭をポンポンと叩く。
「子供扱いしないで下さい」
その手を振り払うと、先輩は肩をすくめてチラリと笑った。あ、今の笑いかた、好き。って見とれる場合じゃない。どうしてこんな状況なのに先輩の小さな動作にまでドキドキしてしまうんだろう。僕って本当に先輩にベタ惚れしてるなぁ。
「画像を消さずに残していたことと、それで先輩を脅したことは謝ります。でも先輩も、もう二度と僕を宮本さんにのしつけてやるなんて言わないで下さいよ」
「わかったって、しつこい奴だなぁ」
先輩は壁にもたれ、穏やかな顔で空を見上げた。
気のせいかな、さっきから先輩の機嫌がいいように見える。あんなことのあとなのに、どうしてだろう。僕の勘違いかな。
戸田さんが、少しずつ先輩が僕に優しくなっていると言っていたけど、このことなのかな。
「先輩、怒ってないんですか」
「携帯のアレを見せられた時は頭に来たけど、必死なお前を見てるのは楽しかったよ」
楽しかったんですか。先輩ってほんと、何考えてるかわからない。
「先輩、五時間目、どうします?」
「戻りたかったら戻れば」
そ、それって僕も一緒にいていいってことだよね。嘘みたい。機嫌がいいせいか、先輩が妙に優しい。
「先輩、暑くなってきましたね」
「そうだな」
「もう、夏ですね」
「そうだな」
「先輩、好きです」
「ばーか」
呆れたように笑う先輩に抱きついてキスしたい。
今回のことで、先輩が僕に1ミリの好意も持っていないことがよくわかった。好きになったらやっぱり相手からも同じ気持ちを返してもらいたいと思うのは、ごく普通の感情だ。
僕も先輩に好きになってもらいたい。心も体も全部、僕で占められるほど、僕のことを好きになってほしい。
いま僕の新しい目標が定まった。
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