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君が笑った、明日は晴れ(29/89)

2020.05.01.Fri.
1話前話

 先輩のクラスの人たちから質問攻めにあう僕を見かねたように、カンサイが声をかけてきた。

 ドサクサにまぎれて先輩に告白して、更には先輩の体に触れ、先輩のアレを口に咥えて飲みこんだ人。このクラスの中で戸田さん以上に嫉妬心を燃やしてしまう人だ。

 もう二度と先輩に対して変な気を起こさないで欲しいものだけど、先輩って案外流されやすい性格のようだから、この人が先輩に言い寄らないか心配で仕方ない。

 体育倉庫の外で盗み聞きした話では、カンサイは同じ部活の後輩とデキてるみたいだから、そっちとヨロシクやっててよ。

 イラついた気分で屋上への階段をのぼっていたら誰かが下りてくる足音が聞こえた。先輩だと思って顔を綻ばせたが、降りてきたのは三年の宮本さんだった。

「河中」
「どうも」

 横を通り過ぎようとしたら腕を掴まれた。

「お前、山口のところに行くつもりか」
「あ、はい」
「あいつのどこがいい?」

 眉間に皺を寄せ宮本さんが言う。

「憧れの人なんです」

 中学の時にスリーポイントを決めた時から僕は先輩が好きだった。あの時僕に見せた優しい笑顔は今も忘れることが出来ない。そういえばあの時くらいかもしれない。先輩が僕に優しく笑いかけてくれたのなんて。

「お前の憧れの人は、お前が鬱陶しくて仕方ないって言ってたぞ」
「え」
「だから俺にもらってくれってさ」
「そ……先輩がそんなこと本当に言ったんですか?」
「ああ、のしつけてくれてやるって。こんなこと言われてもお前はまだあいつがいいのか?」

 目の前が、真っ暗になった。

 先輩が僕のことを好きじゃないのは自覚してる。いつも教室にあらわれた僕を見た途端面倒臭そうに顔を背けるし、話しかけてもうるさそうで、煩わしさを隠さず短い返事しかしてくれない。戸田さんに見せるような気の抜いた表情を僕に向けたことは一度もない。

 ああ、そうか。心の中で、コトン、と何かが落ちた。急に合点がいった。

 僕、好かれてないどころか、嫌われてたんだ。

 そりゃそうか。だって先輩を縛って犯したんだものな。好かれるはずない。嫌われて当然。

 先輩が平気な顔して僕と接してくれたから思い違いをしてしまった。僕っておめでたいほどに馬鹿だなぁ。

「ふっ」

 笑ったつもりが顔が引きつって上手く笑えなかった。目が熱くなって鼻の奥がツーンとなる。泣きそう。

 引き返そうとしたが、宮本さんが僕の腕をしっかり掴んではなしてくれない。

「宮本さん、手を」
「あいつやめて俺にしろよ」

 なにを言い出すんだこの人は。目の前の宮本さんを宇宙人でも見るような気持ちで見上げた。

「俺、マジなんだよ。お前のこと忘れられねえんだよ。誰といてもお前と比べちまうんだよ」

 必死になって可笑しな人だな。僕はあなたにこれっぽちも気持ちがないんですよ。

「なぁ、河中、あんな薄情な奴忘れて俺にしろよ。俺、お前にだったら、や、優しくするから」

 顔赤くして何言ってんだか。

「宮本さん、冗談きついですよ。どうして僕が宮本さんの相手しなきゃなんないんですか。絶対ご免です。死んでも嫌です。僕にも選ぶ権利あるでしょう。ほんとに、可笑しくて笑える」

 腹を抱えて笑った。宮本さんの顔が青くなり、赤くなった。顔がピクピク引きつっている。神経オカシイんじゃないですか。

「河中」

 呻くように宮本さんが僕の名前を吐き出す。僕は挑戦的な気分で見上げた。

「うざいんです。僕に構わないで下さい」

 宮本さんが手を振り上げた。殴られる! 咄嗟に目を閉じ手で顔を庇う。

「なに……ヤケになって俺を挑発してんだよ」

 怒りを押し殺した声に目をあけた。振り上げた手を握り締め、宮本さんがすごい形相で僕を見下ろしている。

「あいつに言われたことがそんなにショックか? あいつのどこがいいんだ? 俺にはわかんねえよ」

 好きって感情に理屈も理由もつけられない。答えられず俯く僕の腕を引っ張って宮本さんが階段をのぼっていく。

 嫌だ、そっちには行きたくない。

 こんなこと思うのは初めてだけど、今は先輩に会いたくない。嫌われていると気付かずに、能天気にヘラヘラ笑っていた僕を全身で拒絶していた先輩に、どんな顔して会えばいいのかわからない。

 躍起になって宮本さんの手を解こうとしたけれど、強い力で握り締めた手はびくともしなかった。目の前に屋上への扉。

「い、嫌だ、嫌だ!」

 最後は悲鳴のように叫んだ。

 屋上の扉がゆっくり開く。



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