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君が笑った、明日は晴れ(22/89)

2020.04.24.Fri.
1話前話

 移動教室で廊下を歩いている時だった。ポケットに両手を突っ込んで俯きがちに歩く先輩を見つけた。一週間ぶりに見かける先輩の姿に胸が苦しくなった。

 先輩に声をかけたい。先輩のそばにいたい。先輩に笑いかけて欲しい。

 先輩は見つめる僕に気付かず歩いて行く。チャイムが鳴ったが、教室に戻る素振りがないから、サボるつもりなんだろう。

 名残惜しく後ろ姿を見つめていたら、先輩のあとをつける人物に気が付いた。

 先輩と同じクラスの人だ。ガタイが良いがおとなしい雰囲気の人で、関西弁を話すからクラスの人から「カンサイ」と呼ばれていた気がする。

 どうして先輩のあとをつけているんだろう。気になって僕も二人のあとをつけた。

 先輩が校舎裏の体育倉庫に入って行った。カンサイも少しあとに中に入っていく。僕は慎重に足音を消してそばに近づき、扉に耳をあて二人の話し声に神経を集中した。

  中では驚きの展開が待っていた。それを盗み聞きする僕は顔は、きっと青くなったり、白くなったりしていただろう。

 カンサイは先輩を好きだと告白した。そして事もあろうに先輩の精液を飲んだ(らしい)。 さらに先輩の中に指を入れ、 先輩のあのかわいい声を聞いた。

 嫉妬で胸が焼け付く。体が震える。邪魔をしてやりたい。中に入ってカンサイを蹴飛ばして、先輩は僕のものだと宣言したい。でも、先輩の反応が怖い。

 会わない一週間、僕の頭には先輩のことしか浮かばなくてノイローゼになりそうだった。会いたいのに会いにいけない苦しさ。あんなことをした僕を先輩は許さない。だから遠くから先輩を見かけるだけで我慢してきたのに、2年のクラス替えで同じクラスになった時から好きだった、と急にあらわれたカンサイが告白して、それどころか先輩のものを咥えて、僕しか飲んだことのなかった精液を飲んだなんて許せなかった。

 僕は3年もずっと苦しい片思いをしてきたんだ。先輩も先輩だ、どうしてそんな簡単に体を許しちゃうんだよ。

 カンサイが外に出てくる気配がして物影に身を隠した。倉庫から出てきたカンサイが幸せそうに笑っているのを見てさらに怒りが増す。

 カンサイが立ち去ったのを確認し、倉庫の扉に手をかけた。重い鉄の門を開き、薄暗い中を覗き込む。

「先輩?」
「河中、か?」

 声をかけると、強張った先輩の声がかえってきた。

~ ~ ~

 先輩はさっきから横を向いてずっと黙っている。ここでカンサイと何をしていたか、僕に知られたことが気まずいみたいだ。

 ズボンをはいて、上はシャツを羽織っただけという先輩の格好。 はだけた胸から情事のにおいがしているなんて本人は気付いてないに違いない。僕にはとんでもない挑発と誘惑。

「先輩」
「ん」
「どうしてあの人はOKだったんですか」
「何が」

 相変わらず横を向いたまま言う。

「先輩、ノンケでしょ。それなのに好きだって告白されたら男でもいいんですか。許しちゃうんですか」
「何の話だよ。俺があいつの筋肉触ってたらあいつが勃っちまって、それで責任取ってやっただけだよ」
「責任ってあんなことまでするんですか。あの人に飲ませてたじゃないですか、指入れるのも許してたじゃないですか」
「うるせえな、お前に関係ないだろ」

 先輩の顔がこちらを向いた。関係ない。そんな言葉に僕がどれだけ傷つくか、先輩、考えたことありますか。

「先輩ってけっこうお転婆だったんですね。あの人として気持ち良かったですか?」
「べつに」

 と、煙草を口にくわえる。その煙草を取り上げたら先輩は僕を睨んだ。そうだ、ちゃんと僕を見て。

「僕も先輩が好きなんです。責任取ってくださいよ」
「何言ってやがる。それは俺の台詞だ」
「だったら責任取らせて下さい。先輩1回しかイッてないでしょ? 本当はあんまり気持ち良くなかったんじゃないですか? 声だって、僕とした時よりぜんぜんおとなしかった」

 先輩は顔を赤くして唇を噛む。図星だったみたいだ。

「どっちが良かったですか、僕とさっきの人」

 新しい煙草を箱から取り出し、口にくわえる。その横顔を睨むように見つめた。ポケットからライターが見つからず、先輩は苛立たしげに舌打ちする。僕の言葉を無視するつもりだ。

「ねえ、先輩、教えてくださいよ。どっちとやるのが気持ち良かったですか」
「うるせえな、どっちもかわんねえよ」
「本当ですか? 僕とした時のこと忘れたんですか? だって先輩、あんなに乱れて──」

 先輩に頬をぶたれて最後まで言うことが出来なかった。ジンジンと熱く痛み出す頬を茫然とおさえる。

「さっきからうるせえんだよ、てめえは。気分悪ぃ」

 あからさまに嫌悪感を示して歪む表情と、棘のある言葉に胸が詰まった。我慢していたものが涙となって目から零れた。

「僕だって先輩が好きなんです。あの人と僕と何が違うっていうんですか。どうして僕はダメなんですか。どうして僕にだけいつも辛く当たるんですか」

 先輩はいつも僕には笑いかけてくれない。いつもそれが寂しくて先輩に笑顔を向けられる人が羨ましかった。同級生というだけで先輩に対等に扱われ、冗談を言いあったり、ふざけあったりするクラスの人たちに嫉妬した。

 先輩を追いかけて同じ高校に進学したのに、目の前で僕以外の男といちゃつくのを見せつけられて、どうして前以上に苦しい思いをしなくちゃならないんだ。

 ずっと押し殺してきた感情はカンサイの登場で爆発してしまった。涙が止まらない。嗚咽に体が震える。

「おい、河中」

 涙を拭う指の間から、動揺している先輩の姿が見えた。

「なにも、そんなに泣くことじゃねえだろうが」
「……僕、いやです」
「何がいやなんだ」

 困ったような優しい口調だった。

「他の誰かに先輩を取られたくないです。また、先輩のそばにいたいです」
「だったらそうしろよ。ってか、俺、誰のものでもないんだけど」
「先輩」

 僕の顔は涙でぐちゃぐちゃだろう。恥ずかしいけれど、その顔で僕は先輩を見つめた。参ったな、そんな表情で先輩が僕を見つめ返してくる。好きで好きでたまらないと改めて思う。

「先輩……っ」
「うん?」

 先輩に抱きついた。温かい胸の中で子供みたいにワンワン泣いた。犬をあやすように先輩が僕の頭をなでる。

「まったく、なんで俺が」

 溜息交じりに言う先輩の声が、僕の頭上を通り過ぎて行く。先輩は優しい。先輩は涙に弱い。先輩は甘い。

「また、教室に会いに行ってもいいですか」
「好きにしろ」
「はい、好きにします」

 やっぱり諦めるなんて出来ない。遠くから見てるだけじゃ満足できない。カンサイにも、先輩の彼女にも、誰にもこの人を渡したくない。渡さない。 




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