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ドッペルゲンガーくん おかわり(4/5)

2020.03.09.Mon.


 俺が到着したとき、塾から、授業を終えた生徒がまばらに出てくるところだった。尾崎くんはいつも早めに出てくるから、もう駅に向かって歩いているだろう。走って追いかければ間に合う! 俺は急いで尾崎くんを探した。

 いつかの雨の夜、俺が雨宿りをしたビルの前で、尾崎くんを見つけた。

 尾崎くん!

 叫ぼうとした開いた口から声は出なかった。大口開けたまま、俺の目は、尾崎くんの横を並んで歩く女の子に釘付けになった。ショートカット、ミニスカート、黒のブーツ、顔はみえないけど可愛い感じ。

 誰だあれ。いままで女の子と並んでる尾崎くんなんか見たことない。しかも話が弾んでいる様子で、女の子がなにかいえば尾崎くんもなにかいい返す。女の子が笑えば尾崎くんも笑う。

 モテないなんていってたくせに、ずいぶんその子とは打ちとけてるじゃないか。自分で優しくないなんて言っておきながら、実は女の子には優しいんじゃないか。どうして俺以外のやつに笑いかけるんだよ。尾崎くんの笑顔は俺だけのものだろ!

 なんだろ、すっげーむかつく。尾崎くんが女の子と話してるだけなのに、いっしょに帰ってるだけなのに、すっげーむかつく。尾崎くんの横は俺の場所なんだ。他の誰にも譲ってやるかよ!

 いまなら尾崎くんが優菜に嫉妬した気持ちがよくわかる。俺も自分の知らないところで女の子と会ってほしくない。俺たちのことを、他の誰かに話してほしくない。言いたいことがあるなら直接俺に言ってほしい。

 やっぱり俺って馬鹿だ。自分がその立場にならないとわかんないなんて。尾崎くんが愛想つかすのも無理ないよな。

 二人は俺に気付かないほど会話に夢中で、駅前に来ても立ち止まって話しこんでいた。俺は少し離れたところの電柱に隠れてそれを盗み見る。

 女の子がなにか言って尾崎くんの腕を触った。あの女……! 馴れ馴れしいにもほどがあるぞ! 尾崎くんも頭掻いて笑ってんじゃないよ、デレデレすんなよ。女の子が異性の体を触るのは相手に気があるからだと雑誌で読んだ。あのアマ、尾崎くん狙いか。俺の尾崎くんを口説くつもりか! もう許せん、これ以上黙って見てられるか!

 電柱の影から出ると、俺はツカツカ二人に歩み寄った。

「尾崎くん!」

 がしっと肩を掴んだ。驚いて振り返った尾崎くんは、俺を見てさらに驚いていた。大きく見開いた目で俺を見あげている。

「話、あるんだけど」

 トゲトゲしい口調。つい喧嘩腰になってしまった。知らない人が見たら、俺が尾崎くんに絡んでいるように見えるんだろうけど、いまはそんなこと気にしてる時じゃない。

「悪いけど、君は一人で帰ってくれるかな」

 と、尾崎くんの隣の女を一瞥する。視線を尾崎くんに戻して――俺はもう一度隣の女を見た。

「え?」

 二度見三度見してやっと「優菜……?」それが誰か気付いた。

「なんて恐い顔してんの、それが仲直りにしきた奴の顔か?」

 優菜はショートの髪を揺らしながら笑った。

「髪……髪が……」

 今日学校で会ったときはいつも通り長かったはずだ。どうして毎日手入れを怠らない自慢の髪を……!

「けじめなんだってさ」

 尾崎くんが答えた。

「けじめ?」
「君の信頼を裏切って、言ってはいけないことを言った。頭に血がのぼっていて、あることないこと口走った。そのせいで僕たちが喧嘩してしまったから、その責任をとって、髪を切ったんだそうだ」
「優菜、そんなこと」

 優菜は短くなった髪をかきあげて、小さく肩をすくめた。

「もとはといえば、あたしが尾崎に会わせろって無理言ったのがいけないんだし。相談されたことを本人に言っちゃいけないのに、壮也はあたしを信用して相談してくれたのに、あたしはそれを裏切ってあんな真似しちゃったからさ。どうしても二人には仲直りしてもらいたかったんだ。別に髪くらい……また伸ばせばいいだけの話だって」

 と俺の肩を叩く。俺は驚きと戸惑いと感動とで、わけがわからなくなっていた。

「彼女から全部聞いた。僕たちは一度、きちんと話し合ったほうが良さそうだね」

 尾崎くんが言うと優菜が「そうそう、それがいい」と頷く。

「じゃ、自分のけじめはつけたし、あたしは帰るね。あとは壮也、自力でキバんな」

 片目をつぶって優菜が来た道を引き返す。俺のためにわざわざ来てくれた。しかも大事な髪まで切って。髪は女の命なんだろ、俺のためにそこまでしてくれなくていいのに。優菜は俺より格好よくて男らしい。

「優菜、ありがとう!」

 背中に叫ぶ。前を向いたまま優菜が手を振る。感動している俺の肩に、尾崎くんが手を乗せた。

「僕たちも行こう」

 どこに? 問うだけ野暮というものだ。

 ~ ~ ~

 いつものホテルにチェックイン。服を着たまま俺たちはベッドに寝転がってお互いを抱きしめ合った。

 俺は尾崎くんの腕枕の上で、心を込めて「ごめんなさい」と謝った。

「俺はエッチしたくないんじゃなくて、久し振りに会ったときは話もしたいんだ。いつも会話は後回しで、時間がないからってのもわかるんだけど、もう少し、お互いのこと話し合える時間が欲しい。それに尾崎くんが塾休むのもいやだ。俺のせいで成績下げてほしくないし、お金も無駄使いして欲しくない。これが、俺が尾崎くんに言いたかったこと」
「わかった」

 よく話せた、という風に尾崎くんが俺の頭を撫でる。

「次からちゃんと僕に話してくれ、他の誰かから聞きたくないよ」

 いつもの優しい声で言う。

 許してもらえた嬉しさと、改めて尾崎くんに悪いことをしてすまないという気持ちとで、俺は鼻をグズグズ鳴らしながら頷いた。

「うん、ごめん。俺、無神経で馬鹿で鈍感で情けなくて最低の彼氏でごめん。俺も気をつけるから、尾崎くんも俺の悪いとこみつけたらすぐ言って、なおすから俺」
「わかった、君も僕の悪いとこ見つけたら教えてくれ、できるだけなおす努力はするから」

 言い回しが尾崎くんらしい。

 耳にぴたりとつけた尾崎くんの胸から、トクントクンと心臓の音が聞こえてくる。そのかすかな音すら愛おしい。

 俺は少し頭を持ち上げて尾崎くんを見た。穏やかな微笑を浮かべ、目を閉じている。とても幸せそうな顔。それを見て俺も幸福に包まれる。だけどそれだけじゃ物足りない。

「尾崎くん……今日は、しないの?」

 こんな場面なのに、浅ましく訊ねる俺。尾崎くんの目がゆっくり開く。

「今日はしない。しなくても満たされてるし、僕も反省した。初めて出来た恋人だから、つい夢中になって、君の体のことも気持ちのことも、なにも考えずにひとりよがりだった。君の元カノに言われて目がさめたよ。お互い思いやってこそ恋人同士なのに、ごめん」

 俺の頭を抱き寄せて額にキスしてくれる。それだけで俺の体は爪先まで痺れたようになる。

 俺は飛び起きると尾崎くんの上に跨った。

「したい。しよう。俺が我慢できない」

 戸惑う笑みを浮かべる尾崎くんの口に、俺は自分の唇を押し付けた。

 

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