FC2ブログ

ドッペルゲンガーくん おかわり(2/5)

2020.03.07.Sat.
<前話>

「なんか、いろいろ、むかつくんだけど」

 優菜の話をしたら、尾崎くんは笑った顔のまま青筋を立てた。これは初めて見る表情だな。ちょっと恐いよ尾崎くん。

「まず第一に、いまだに元カノと連絡とりあって尚且つ会ってるってのが気にいらない。第二に、僕の許可なく、僕とのことを他人にペラペラ話してほしくない。君はどうか知らないけど、僕はプライベートなことを誰彼構わず話したりしないんだ。そして第三、僕の意思を無視して勝手に紹介する約束なんかしないで欲しい。君の元カノなんかに会ったって時間の無駄だ、そんな時間があるなら二人きりでいたいよ僕は、君はどうか知らないけど!」

 最後は感情を爆発させて大きな声を出した。普段取り乱さない尾崎くんが珍しい。

「俺だって二人きりのほうがいいけど、たまには誰かいたっていいんじゃないかなぁ」
「それが君の元カノ?」

 尾崎くんはフンと鼻を鳴らした。そして肩をすくめて「意味がわからない」と首を振る。

 確かに俺も無神経なところがあったけど、優菜と会うことまで気に入らないなんて言われるとは思わなかった。あいつとは別れたあとも気の合う友達として付き合いを続けてきたし、これからも続けていきたいと思っているのに。

「優菜はいい奴だよ。尾崎くんも会えばわかるって。きっと気が合って楽しくなるよ」
「僕はごめんだ。どうして会わなきゃいけない。どうしてそんな話になった?」
「え、えと……」

 最近エッチばかりで疲れ気味だと優菜に相談したとは言えない。ついさっき、そこのベッドで尾崎くんとセックスしてあられもない痴態をさらした俺がそんなこと言えるわけない。説得力ねーし。

「新しい恋人が出来たら紹介しようって、前から約束してて」

 緊張したら声が裏返ってしまった。尾崎くんに嘘をつくのは心苦しいけれど、正直に言えばきっと激怒する。だからぜったい言えねー。

「ふん、それで、馬鹿正直に男の恋人が出来たってその女に話したのか。なんでも話すんだな君は。口止めしないとあちこちで言いふらされそうで恐いよ。元カノ以外で、あと誰に話したんだ? 親? 兄弟? 学校の友達? さっき外ですれ違ったおじさん? 少しは常識的にものを考えてくれ。僕の気持ちはまったく無視か? ひどいじゃないか」

 尾崎くんはソファから立ち上がると、ハンガーにかけていたコートを羽織った。尾崎くんがこんなに怒るなんて初めてだ。俺が悪いんだけど、なにもそこまで言わなくてもいいじゃないか。

「優菜以外、誰にも言ってないよ」

 小さな声で尾崎くんに伝える。顔だけこちらに向けた尾崎くんは「当然」と吐き捨てる。

「帰んの?」
「もう時間だ。あんたも早く帰る仕度しろよ」

 久し振りにあんたなんて呼ばれた。付き合う前は何度も呼ばれたけれど、親しくなってから聞くと、すごく距離を感じる言葉だな。それだけ尾崎くんが怒ってるってことだ。

 のろのろ帰り仕度をする俺を、尾崎くんはちゃんと待っててくれた。顔は恐くて目つきは冷たいけど、俺を放っていかないんだ、やっぱり優しい。

 ホテルを出て駅に向かって歩く。尾崎くんが黙ってるから俺も静かに隣を歩く。しばらくして尾崎くんが大きな溜息をついた。

「どうして僕がいままで誰とも付き合わなかったと思う? モテないからだよ」

 自虐的な口調だった。見ると口元をゆがめて笑っている。

「そんなことないよ、尾崎くん、かっこいいし」
「君の元カノに会って、品定めされるんだろう? 背の高さとか、顔の良しあしとか、性格は明るいか暗いか、ノリはいいか悪いか。僕は無駄にプライドが高いんだ。他人に否定されるのは耐えられない。見定める視線にさらされるとわかっていて、親しくもない人に会いにいきたくない」

 尾崎くんはツラそうに目を伏せた。俺は尾崎くんの全部が好きだけど、尾崎くんは自分の容姿に自信がないみたいだ。確かに身長は俺のほうが高いけど、尾崎くんだって平均はあるし、気にしてないと思ってた。そんなコンプレックスを持ってたなんて驚きだ。

 嫌な思いをさせてまで優菜に紹介しなきゃいけないわけじゃない。会わせるってことになったのも優菜の思いつき、話の流れでそうなっただけだ。あとで優菜に文句言われても謝ればいいんだし、俺は尾崎くんが一番大事だし。

「ごめん、俺、なんも考えてなかったからさ。優菜には断るよ」
「もういいよ」

 目をあげた尾崎くんは、ふて腐れたように言った。

「約束してきたんだろ、会ってやる。ただし今回限りにしてくれよ、こんなくだらないことで君と喧嘩したくない」
「うん……ごめん」

 申し訳ない気持ちで一杯だった。軽々しく会わせると約束してきたことをとても後悔した。

 ~ ~ ~

 駅の近くにあるファミレス、そこで優菜が待っている。せっかくの休みなのに、と尾崎くんは機嫌が悪い。早く終わらせてデートしようとなだめすかしてファミレスまで連れてきた。

 店に入って右手、窓際の奥で優菜が手を振っていた。店員の案内を断り、優菜が待つテーブルへと行く。優菜はにやついた顔で、俺の尾崎くんを上から下まで舐めるように見た。そんなに無遠慮に見るなよ、失礼なことするなって言っておいたのに、もう。

 尾崎くんは優菜から顔を背けて窓の外を見てる。店に入る前より眉間の皺が深くなってる。

「へぇ……、これがオザキくん」

 優菜がぽつりと言った。尾崎くんの目元が神経質にぴくと動く。

「あ、えーと、こいつ、優菜。俺の前の彼女。で、こっちが尾崎くん、俺の恋人」
「どうも」

 ずっと窓の外を見たまま、地の底から響くような低い声で尾崎くんは言った。優菜の目が挑発的な輝きを増す。

「さーさー、座って座って尾崎くん」

 先に座席について尾崎くんの腕を引っ張った。頑なに優菜から顔を背けたまま尾崎くんも隣に座る。

 やってきた店員に、とりあえずドリンクバーを注文し、飲み物確保。尾崎くんはつまらなそうな顔でウーロン茶をすする。テーブルに腕を載せた優菜は、少し前傾姿勢になってそんな尾崎くんを見ている。さっきより目つきが好戦的だ。

「なんかさぁ」

 沈黙を破って優菜が口を開く。

「思ってたより地味だよねぇ、尾崎くんって。壮也と付き合ってるなんて信じらんないんだけど」

 あきらかに挑発するような言い方だった。俺が優菜を注意する前に、尾崎くんが言い返した。

「そういう君はずいぶん派手だね。厚化粧でケバいし、つけてる香水も匂いがきつくて下品だし。年上に見られたいのか? ニ十代後半に見えるよ。今田と付き合ってるころは姉と弟に見られたんじゃないか? まさか親子ってことはないだろうけど」

 口元に手を当て、尾崎くんはクックと笑った。意地の悪い笑い方。優菜の目が吊りあがっていく。

「ちょ、ちょっとふたりとも、そういうのは」
「はぁ? なに言ってんだよ、おまえみたいなダセェ奴に言われたくないんだけど? おまえなんか、壮也と並んで歩いてたって恋人に見られもしねえくせに」

 俺の声は優菜の声にかき消されてしまった。やめろよ、尾崎くんにそんなこと言うなよ。尾崎くんも尾崎くんだ、いつも冷静なのに、優菜の挑発に簡単に乗るなよ。優菜を怒らせちゃ駄目なんだってば。

「女のくせになんて口が汚いんだ。本当に今田の彼女だったのか? 付き合ってるつもりでいただけの迷惑女だったんじゃないか?」
「はぁ? 女のくせにとかってなに? いつの時代の人? ばっかじゃないの、男のくせに性格こまけー、器ちっせー。こんなのと付き合ってたら苦労するよ壮也」

 優菜がちらとこっちを見たので、やっと俺も喋れると思ったが、尾崎くんのほうが早かった。

「おまえには関係ないことだ。俺とこいつのことに口出しするな。出歯亀根性か? 見た目だけじゃなく性格も下品だな。卑しさが全身から滲み出ている。それを隠すための厚化粧か? あぁ、なるほどね! だったらもっと塗りたくったほうがいい、もういっそのこと真っ黒に塗りつぶしてしま――ッ」

 尾崎くんは最後まで言いきることが出来なかった。優菜がコップをひっつかみ、中に入っていた氷ごと、尾崎くんにぶっかけたからだ。目を瞑った尾崎くんの頭から、ぼたぼたとメロンソーダと氷が零れ落ちる。

 優菜の突然の暴挙に、俺は大口あけて絶句していた。なんてことするんだよ……!

「ギャハハハハハハッ! 一回やってみたかったんだよねぇ、これ! おもしれぇ!」

 コップをテーブルに叩きつけて優菜が大声で笑う。うっすら目を開けた尾崎くんは、目にも止まらぬ早業で、自分のウーロン茶を優菜にぶっかけた。尾崎くんと同じように、優菜の頭からウーロン茶が滴り落ちる。

 あぁ、尾崎くんまでなんてことするんだ!

「てめぇ、上等じゃねえか……表出ろ!」

 キレた優菜が叫ぶ。駄目だ、止めないと駄目だ。

「や、やめろよ二人とも」

 隣の尾崎くんの腕を掴んだけれど、それを振り払って二人は店の外に行ってしまった。まわりの客が冷たい目で俺を見ている。思いきり目立ってるし。恥ずかしいし。

 俺も二人のあとを追いかけた。レジで千円払って「すみません、おつりいいです」とそそくさ店を出た。

 二人は駐車場で向き合っていた。優菜はやる気マンマンの戦闘モード、尾崎くんも完全にキレてるのか、目が据わってる。

「喧嘩なんかするなよぉ、優菜も冷静になれって、尾崎くんも女の子相手に本気じゃないだろ? 頼むよふたりともぉ」

 俺の情けない声はふたりの耳には届いてないみたいだ。こっちを見もしない。

「おまえ、あたしが誰かわかって喧嘩売ってんのか? 命知らずの暴走天使、極悪蝶の特攻隊長、来栖優菜とはあたしのことだ馬鹿野郎!」

 優菜が啖呵を切ると、尾崎くんはプッと吹き出した。だめだめ、そういう態度、優菜が一番むかつくんだから! 優菜はレディースである自分に誇りを持ってる。それを馬鹿にされたら一番頭にくるんだ。尾崎くんに前もって言っとくんだった。

「極悪蝶? 暴走族か?」

 尾崎くんは口の端を持ち上げた。

「どうりで無神経なわけだ。おまえらは人の迷惑なんかかえりみないで、法律無視して暴走行為をする迷惑集団だろ。そんなおまえが人並みの神経なんか持ってるはずないものな。だからそんな恥ずかしい化粧で堂々と表歩けるんだろ」
「てめぇ、女だからって舐めてんのか!」

 優菜が尾崎くんに殴りかかる。平手なんかじゃない、グーだ、グー。尾崎くんの顔に狙いを定めて拳を振りかざす。俺は咄嗟にふたりの間に入り、次の瞬間、優菜の鉄拳を顔面で受けていた。脳が揺さぶられ、視界も揺れる。久し振りの優菜のパンチ。前より威力、増してんじゃん。もう喧嘩やめろよ。

 崩れ落ちる俺を尾崎くんが抱きとめた。

「大丈夫か」

 驚いた顔で俺を見ている。鼻が痛い、鼻……手で触ったら血がついた。鼻血出してるよ俺。かっこ悪ぃ。尾崎くんに見られちゃったよ、もう、最悪。

「おい、てめぇ、尾崎! 壮也盾にしてんじゃねえよ卑怯者! おまえは壮也にふさわしくねえ、壮也も迷惑がってんだ、いますぐ別れろくそ野郎!」
「ちょ、優菜、なに言ってんだよ」

 慌てて体を起こす。俺は迷惑がってなんかない。別れろなんて縁起でもないこと言うな。ほんとに別れちゃったらどうしてくれんだよ。

「迷惑って、どういうことだ?」

 真後ろで響く尾崎くんの低い声。ものすごい恐い顔で優菜を睨みつけている。俺は優菜に向きなおって首を振った。言うな、なにも言うな。

「壮也はなぁ、おまえと寝たら疲れるからもうしたくねえって言ってんだよ。おまえ、しつこがられてんだよ。嫌われてんだよ。気付けよばぁか!」

 唾を飛ばしながら吐き捨てる。頭が煮えたぎる優菜に俺の願いは届かなかった。それに事実じゃないことも言ってるし!

「ち、違うよ、違う、尾崎くん、あの」

 振り返って見た尾崎くんの顔は、すっかり色を失って真っ白になっていた。人間って、本当にショックなことがあると本当に顔面蒼白になるんだな。優菜の言葉を信じた尾崎くんは俺の声も聞こえてない様子で茫然自失。

「会えばすぐホテル連れ込んでんだろ。おまえの頭ん中それしかねえのかよ。壮也を都合よく扱いやがって、おまえのほうこそ最低のゲス野郎だ!」

 優菜が追い討ちをかける。やめろ、もう黙ってくれ。

 俺の声は聞こえないのに、優菜の声はちゃんと聞こえてるみたいだった。尾崎くんの黒目が動いて俺を見た。

「そんなことまで話したのか……」

 絶望感漂う弱々しい声。もう死ぬ寸前みたいな。このときになって初めて、俺は尾崎くんがいっていた言葉の、本当の意味を理解した。二人の問題なのに、しかも性生活って一番プライベートなことを他人に話しちゃいけなかったんだ。尾崎くんが怒るのも当然だ。なのにどうして俺、むりやり優菜に会わせちゃったんだろう。尾崎くんはあんなに嫌がっていたのに。

「ご、ごめん、尾崎くん」

 尾崎くんの顔が泣きそうに歪んだ。俯いて手を握りしめる。

「おまえがなにか隠してるなってのは気付いてたけど……まさかまた騙されてたなんて思わなかった。陰で僕のこと笑ってたんだな。付き合ってみたらやっぱり僕なんか好きじゃないって気付いて、別れたいからまたこんな芝居打ったんだろ? しかもこんな辱めを僕に与えて……」

 顔をあげた尾崎くんの目は真っ赤だった。ズキッと俺の心臓が痛む。

「それは違う、俺、そんなつもりじゃない」
「じゃあどんなつもりだったんだ? あの女を僕に紹介した真意はなんだ? 僕と別れてあの女とヨリを戻したいんだろおまえは!」

 俺に言葉を叩きつけると尾崎くんはすくっと立ち上がった。俺は手を伸ばしたが、それが届く前に、尾崎くんは駐車場から走り去ってしまった。



蜜果(3)

関連記事
スポンサーサイト
[PR]

コメント

管理者にだけ表示を許可する