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ドッペルゲンガーくん(2/3)

2020.03.01.Sun.
<前話>

「興味深いな、ドッペル君」

 僕の話を聞いた太田は、にんまり笑った。なんだドッペル君て。あいつは今田だ。

「いままでの話でわかったのは、文ちゃんとおまえが似てること、年も同じなこと、おまえが行ってる塾の近所に住んでること、茶髪パーマのホモに好かれてること、茶髪パーマはおまえと文ちゃんの区別もつかないほど頭が悪いこと、くらいか」

 と確認してくるので「今田は運動神経も悪い」と付けたした。でなきゃボールを顔で受けたりしない。そうだった、と太田が頷く。

「三度も間違えておいて、いまだに学習しないなんて、今田って奴は本当に馬鹿だな」

 太田は呆れたように言った。僕も同感だ。同じ場所、同じ時間帯で見かけたら、文ちゃんじゃなくて僕かもしれないと普通疑うと思うのだけど、あいつは僕を文ちゃんだと思い込んで話しかけてくる。

 待ち伏せするくらい好きらしいから、会えた嬉しさに舞い上がって過去の失敗を忘れてしまうのかもしれない。だとしたらニワトリ並みの記憶力だな。

「それくら馬鹿な奴なら、文ちゃんのふりして話合わせたら最後まで気付かないんじゃないか?」
「さすがにそこまで……」

 言いかけて口を噤む。今田のアホ面を思い出したらそれもありえそうな気がしてきた。

「だからって僕はやらないよ、あとでバレたら怒るだろ」
「バレやしないって。だって馬鹿だもん、ぜったい気付かない」

 人前で言うことじゃないと良識人ぶってたくせに、おまえだって馬鹿馬鹿言ってるじゃないか。なんだか気分が悪い。

「一度も会ったことないくせにあいつのこと馬鹿って言うな」
「でも馬鹿なんだろ? おまえの話で何回、馬鹿って単語出てきたと思う? 10回は出てたぞ」

 僕はいいんだ。実際あいつの馬鹿を目の当たりにしてるんだから。

「じゃ、バレるかバレないか賭けようぜ。俺はもちろんバレないほうに賭ける」

 悪い顔つきで太田は身を乗り出す。目が自信に輝いている。僕だってバレないほうに賭けたいのに、それじゃ勝負にならない。言ったもん勝ちか。ずるいじゃないか。太田を睨んでいたら、

「あ、やっぱ俺、バレるほうに賭ける」

 と言い直した。

「なぜ」

 驚いて聞き返した。

「だって、あいつが本当に馬鹿かどうかの検証なのに、賭けに勝つためにおまえがわざとバラす可能性があるだろ。それじゃ意味がない。だから俺はバレるほうに賭ける。勝ちたかったら、せいぜいバレないように演技しろよ」

 なるほど、そういうことか。

 チャイムが鳴った。

「ビビんなよ」

 ボソリと呟き、太田は自分の席に戻って行った。ビビッてるわけじゃない。あんなアホ怒らせたって恐くてもなんともない。いいだろう、やってやろうじゃないか。

 いつの間にか、文ちゃんの振りをする気になっていた。太田に乗せられた。

 ~ ~ ~

 今日は雨が降っていた。霧みたいな小雨で、たまに風が吹くとふわりと流されてくる。傘をさすほどでもないけど、ささないと服の表面に雨の粒がまとわりついて鬱陶しい。嫌な天候。さすがに今日は今田も待っていないよな、と思いながら塾を出て傘を広げた。

 少し歩いたビルの軒先から、僕を待ち構えていたように人影が飛び出してきた。顔を確認するまでもなく、今田だった。僕は溜息をついた。

「雨が降ってるのに今日も待ってたのか。ほんとに暇だな」

 しかも傘もささずに。馬鹿じゃないか。

「だって文ちゃんに会いたいんだもん。一目見られただけで俺は幸せなのさ」

 文ちゃんというワードが出た。ここで否定してやるのが人の道というものだ。

 迷ったとき「ビビんなよ」と人を見下すように言った太田の顔を思い出した。だからビビッてなんかないって。

「そんなに僕が好きなの」

 冗談めかして言う。バレたとき、言い訳できるように。僕の軽口を受けて今田は顔を真っ赤にした。見ている僕が驚くほどのかわりよう。

「あ、うん、好き。大好き。寝てるときも、起きてるときも、俺、文ちゃんのことばっか考えてるよ」

 照れているのか、体をくねらせながらデレデレと笑う。ほんとにベタ惚れなんだな、文ちゃんに。そこまで好きなくせにどうして赤の他人と間違えるんだ。やっぱり馬鹿なんだな。

「僕のどこが?」

 好奇心で訊ねる。

「それ聞いちゃう?」

 赤い顔のまま、今田は首の後ろをかいた。

「聞かせて」

 僕とそっくりな文ちゃんを、男同士ってことが問題にならないくらい、なぜそんなに好きになれるのか、興味があった。

 僕はいままで恋愛に夢中になったことはない。小/学生の頃、人並みに好きになった女の子がいたけれど、当時の僕はがり勉で嫌味な奴という評判だったからみんなから嫌われていた。意中の女子もその例外ではなかった。だから僕も結果的に自分を嫌っている奴らを嫌い、親しい友人すら作れないまま中学にあがった。

 中学でモテるのはちょっと悪ぶった奴と、スポーツができる奴。どちらにも当てはまらない僕はやっぱりがり勉のまま。こいつら全員見返してやるつもりで勉強一筋に頑張ってきた。

 だから僕は恋愛の経験がほとんどない。今田みたいに、好きな人に好きだと言えないし、一度断られても諦めないで待ち伏せを続ける根性もない。そのエネルギーと勇気はどこからわいてくるのだろうか。不思議でたまらない。

 僕にじっと見つめられて、今田は落ち着きなく目を泳がせた。

「文ちゃんの好きなとこはね……」

 ポツリとしゃべり出す。

「こう、なんていうか……恐いっていうか、鬼気迫る感じのときと、優しいときのギャップ? っていうの? そういうの好きだし、はっきりしゃべる感じも好きだし、強そうで近寄りがたいんだけど、守ってやりたくなるっていうか守られたくなるっていうか、全部知りたくなるっていうか、こう、ぎゅっと抱き締めたら最後、一生離したくなくなっちゃうような、魔性を秘めてるっていうか、可愛いっていうか、構いたいっていうか……」

 思いつく限りの感情を必死に説明しているのはわかるが、とりとめなくて僕にはなにがなにやら。本当にそれ、文ちゃん一人のことを話してるのか? 僕に似てるはずなのに、自分とは当てはまらないものが多すぎる。文ちゃんっていったいどんな奴なんだ。

「男同士でも好きなのか」
「一目惚れだもん、関係ないよ」

 ずいぶんあっさり言うんだな。僕ならその事実にずっと悩まされそうだけれど。

「文ちゃん」

 熱っぽい目で今田が僕を見る。舌を出して唇を湿らせてから

「俺、本気だよ、本気で文ちゃんが好きだよ。俺と付き合えないか、もう一度よく考えてみてくれないかな?」

 今田は真剣だった。真剣に、文ちゃんだと思って僕を見つめている。自分が告白されたみたいに動悸が早くなった。隙間のない一途な視線が僕の呼吸を乱れさせ、胸を苦しくさせる。

 だけど今田の目は僕を見てはいないんだ。尾崎悟じゃなく、文ちゃんを見ているんだ。馬鹿だな、相手は文ちゃんじゃなくて僕なんだぞ。そんなに好きなのにどうして気付かないんだ。早く気付いてくれたら、こんな気まずい思いしなくてすんだのに。

「ごめん、僕、文ちゃんじゃないんだ」

 賭けなんかどうだっていい、僕は罪の意識から逃れたくて白状した。今田が「え」と虚をつかれたような顔をする。

「もう、ここで文ちゃん待つのやめてくれる。場所、かえて。間違われるの、これで四度目だ」

 今田の顔から目を逸らして早口に言う。いくら馬鹿でもさすがに怒っただろう、傷付いただろう。それを直視する勇気はなかった。だって今田はいつも笑っていたから。それ以外の表情なんて想像つかない、見たくない。

「じゃっ」

 逃げるように駅の中へ駆け込む。改札を抜けたところで「ごめん!」と声がかかった。

「俺気付かなくって、変なこと言ってごめん! 尾崎くん、ごめん!」

 騙されていたと知っても今田は怒らなかった。逆に僕を気遣いごめんと謝ってきた。本当に馬鹿がつくほどお人好し。

 背中に感じる視線。今日はとても居心地が悪い。

 ~ ~ ~

 今日はさすがにいないだろうと思って塾を出たが、今田はガードレールにもたれて待っていた。それを見た瞬間、緊張と安堵が入り混じって複雑な気分になった。なぜほっとしたのかわからないからうっちゃったら、次に怒りがこみあげてきた。ほんとにこいつ、学習しない。場所かえろって言っただろ。なんのために僕がバラしたと思ってるんだ。賭けを無効にしたからって、結局太田にメシ奢らされたんだからな。

「僕は尾崎だよ」

 すり抜けざま、今田の顔を見ないで言い放つ。

「わかってるよ、ついさっきまで文ちゃんと会ってたから」

 文ちゃんと? 思わず足が止まってしまった。振り返った僕と目が合うと、今田はにこりと無垢な笑顔を見せた。いつもの、無防備な笑顔。火照ったように顔が少し赤いのは、さっきまで文ちゃんといっしょだったからか。

 今田は先日のことをまったく怒っていないようだった。逆に機嫌よさげにニコニコ笑っている。面と向き合うのが妙に気恥ずかしくて、僕は道路の向こうにある店の看板に視線を逸らした。

「じゃあいったいなんの用?」
「報告。実はね、俺、文ちゃんと付き合えることになったんだぁ。尾崎くんには何回か迷惑かけちゃったみたいだから、一応、教えておこうと思ってさ」

 とても幸せそうな顔で今田は体をよじる。舞い上がると体をくねらせる癖があるみたいだ。

「へぇ、付き合うの、それは、おめでとう……」

 自分でも気の抜けた声だと思った。想像したこともなかったことを突然聞かされたから、どう反応していいかわからなかった。まさかこいつが文ちゃんと付き合うなんて、考えもしなかった。ずっと片思いしてるんだと思い込んでいた。僕に似てる文ちゃんが、こいつを好きになるはずないんだから。

「やっぱり僕と文ちゃんは似てなかったね。僕はあんたみたいな軽薄な奴、ぜったい好きにならないよ。第一男同士っていうのがありえない」

 今田の笑顔が凍りつく。僕はなにを言っているんだろう。どうしてわざと今田を傷つけるようなこと言ったんだろう。僕はこいつを怒らせたいのかな。いや、現時点で怒ってるのは僕のほうだ。そうだ、僕は怒ってる。とても頭にきてる。なにに? こいつが文ちゃんと付き合うことに? なぜ?

「これでもうあんたの顔、見なくてすむね。清々するよ。じゃ、さよなら」

 今田をさらに傷つけることを言いながら、なぜか僕まで傷ついていた。今田に背を向けて歩き出す。追いかけてくる気配に「ついて来るな!」僕は怒鳴った。背後で足音が止まる。

「尾崎くん……」

 頼りない今田の声。

「あんたの顔見たくないって言ってるんだ。察しろよ。だから馬鹿なんだ!」

 僕は駆けだした。今田はついてこない。駅まで走って階段を駆け上がる。ホームについて呼吸を整える。胸が苦しい。肺が痛い。なんだろう鼻の奥がツーンと痛む。じわじわとなにかが目元まであがってくる。

 電車がホームにやってきた。それを見る僕の視界は、水槽の中みたいに滲んでいた。

 ~ ~ ~

「最近、ドッペル君のはなし聞かないけど、会ってないのか?」

 頬杖ついて窓の外を見ていたら、太田が隣にやってきた。だるいから無視する。

「この一週間ほど元気ないけど、もしかして自分のドッペルゲンガーに会ったのか?」

 茶化すように言う。むかつくから二度無視しよう。

「ドッペルゲンガーに会ったらなぜ死ぬと思う? ドッペルゲンガーが、本人と入れ替わるためなんだってさ。もしかして本物の尾崎はもう死んでいて、いま俺が話してるおまえがドッペルゲンガーのほうだったりしてな」

 馬鹿馬鹿しくて否定するのも面倒臭い。三度無視しよう。

 いま、僕の頭の中は今田のことでいっぱいだった。あの日以来、今田には会っていない。塾終わり、ガードレールにもたれて待っていることもない。駅までの短い距離、どこにも今田の姿はなかった。

 あんなこと言われたんだから当然だ。どれだけ気が優しくてお人好しだとしても、顔も見たくないと言われたらさすがに怒るだろう。もう二度と会いたくないだろう。

 それに今田は僕を待っていたんじゃなくて文ちゃんを待っていたんだ。その文ちゃんとも両思いになり、待ち伏せする必要もなくなった。もう僕が文ちゃんと間違えられることもない。

 今田に言った通り、清々していいはずなのに、僕の心は晴れない。今田にあんなことを言ってしまった後悔もあるが、それとは別に、今田が気になった。

 たぶん、僕は今田のことを好きになりかけていた。いや、もう好きになっていたのかもしれない。

 人違いとは言え、好きだの付き合って欲しいだの熱く口説かれていたんだ。恋愛の免疫がゼロの僕には我がことのようにドキドキする出来事だった。

 あの頭のネジが緩んでいそうな顔も可愛く思えてきていた。滑舌の悪さも耳に甘ったるく聞こえてきていた。いつも笑っている顔に胸がときめいた。馬鹿がつくほどのお人好しにたまらなく庇護欲がかきたてられた。アホ過ぎて放っておけない。あれは誰かがそばで面倒をみてやらなければ無事に生きていけない。

 弱肉強食のこの世界、あいつは真っ先に獣に狙われるタイプだ。僕が守ってやりたいと思い始めた頃、目の前で文ちゃんに掻っ攫われた。僕と似ている男に。こんな悔しいことがあるか。

 内も外も似ているなら、文ちゃんじゃなく僕があいつから好かれていてもいいはずなんだ。たまたまタイミングが違っただけ、どちらが先で後だったか、たったそれだけの違いで、あいつは文ちゃんを好きになった。

 考えれば考えるほどむかつく。最近、鏡を見たら見たことのない文ちゃんと姿がだぶって朝から精神がささくれ立つ。

 僕が自分の気持ちにもっと早く気付いていたなら、今田にあんなこと言わなかった。あんな最悪な別れ方をしたんだ、僕はきっと今田に嫌われた。もう二度と会えない。なのに僕とそっくりの文ちゃんは今田に堂々と会える。それどころか恋人としてあんなことやこんなこともヤッてるに違いないんだ。

 あぁ、くそう、考えたら余計むかついてきた。第一なんだよ文ちゃんて名前! 文鳥か!

 今田が、男同士なんて関係ないと言っていたけれど、今の僕ならそれがよくわかる。そんなのほんと、どうでもいい。僕はもう一度今田に会いたい。会ってこの間の暴言を詫びて、改めて僕と文ちゃん、どっちを選ぶか決めてほしい。……僕に勝ち目はないだろうけれど。

 ~ ~ ~

 僕が今田にひどいことを言った、実に一週間ぶりの塾帰り、ひょっこり今田は僕の前に姿を現した。今日も制服姿。僕を見てはにかむ。

「や、文ちゃん」

 僕を見て、今田は文ちゃんと言った。会えた嬉しさが一瞬で消し去る。むっとなる僕の眉間に皺が寄る。

「あれ、なんで怒ってんの? 待たせちゃった?」

 今田は腕時計を見た。

「待ち合わせの時間より10分早いよ、どうしたの?」

 なんて勘違いしたまま僕に優しく訊ねる。ふぅん、今日は文ちゃんとデートなわけか。よりによってどうしてこんなところで待ち合わせしてるんだ。僕へのあてつけか。いや、今田は僕の気持ちなんか知らないか。待てよ、僕と似てるなら文ちゃんの差し金か? 疑心暗鬼は底がない。

 僕は尾崎だよ、訂正しかけて口を閉ざした。

『ドッペルゲンガーに会ったらなぜ死ぬと思う? ドッペルゲンガーが本人と入れ替わるためなんだってさ。もしかして本物の尾崎はもう死んでいて、いま俺が話してるおまえがドッペルゲンガーのほうだったりしてな』

 太田の言葉がまるで天啓のように僕の頭にひらめいた。そうだ、僕が文ちゃんになればいいんだ。今田は馬鹿だから言われるまで気付かない。今度はぜったい自分から教えてなんてやるもんか。

「ねぇ、なんで怒ってんの?」

 僕がむっつり黙っているので、今田が心配そうな顔をした。僕はにっこり笑った。

「ホテル行こう」

 一拍置いたあと「えええぇえぇっぇぇっ!」今田は目を剥いて絶叫した。




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