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ドッペルゲンガーくん(1/3)

2020.02.29.Sat.
 塾を出た途端、くしゃみが出た。誰か僕の噂話でもしてんのか。単に、パーカーって薄着だからか。鼻をこすったら指に鼻水がついた。風邪か。

「あーれぇ? こんなところでなにしてんの?」

 いきなり甲高い声がしたと思ったら背中をばしんと叩かれた。痛みに顔をしかめながら振り返る。茶髪パーマの高校生が、アホみたいな顔して笑っていた。見たことのある制服。たしか、自分の名前を間違えずに書けて、二桁の足し算、引き算が出来たら誰でも入学できると噂の、県内でも最低ランクの学校。

 ずいぶん親しげに笑いかけてくるけど、こんなアホ、僕の知り合いじゃないぞ。

「どちらさんで」

 言いかけてはたと気付いた。

「カツアゲですか?」

 こんな頭の軽そうな奴に金を取られるのは癪だけど、僕は鞄の中の財布を探した。抵抗したら仲間が出てきてボコボコにやられるんだ、だったら最初からおとなしく金を渡したほうが利口だ。

「なに言ってんだよぉ、おまえってば」

 茶髪パーマは裏返ったような声で言い、また僕の肩を叩いた。

「俺だよ、今田だよ」

 男の滑舌は悪かった。かろうじて聞き取れたが、つい「ヒマダ?」聞き返してしまった。茶髪パーマは怒らず爆笑する。うるさい。

「そりゃ俺いつも暇だけどさぁ、暇田なんて名前じゃないよぉ、もう、うける」

 とまた手を振り上げたので横にずれてそれをかわした。こいつ、いったいなにがしたいんだ?

「ご飯は? ご飯食べた? 俺まだなんだけど、文ちゃん、いっしょに行かない?」

 ぶんちゃんて誰だ。

「人違いしてますよ、僕、文ちゃんじゃありませんから」
「なに言ってんの、どっからどう見ても文ちゃんじゃん」

 だから大声出すな。僕をじろじろ見るな。

「僕は尾崎です、尾崎悟です」
「おざきさとる……」

 茶髪パーマは神妙な面持ちで呟いた。

「文ちゃんじゃないの?」
「違うと言ってるでしょう。それじゃ」
「え、あ、ちょ、文……」

 茶髪パーマの声が途中でやんだ。だから僕は文ちゃんじゃないって言ってるだろ。

 振り返らなくても、今田がまだ僕を見ていることはわかっていた。だって背中に痛いほど視線を感じる。そんなに僕と文ちゃんという奴は似ているのだろうか? あんな脳足りんの友達と似ているなんて、なんだか不愉快だな。

 ~ ~ ~

 翌日、同じクラスの太田に昨日の茶髪パーマの話をした。

「ドッペルゲンガーかもしれんぞ」

 僕の机に腰掛けて、太田は顎を撫でさすった。なに気取りだそれ。

「オカルトは好きじゃない」
「芥川龍之介は自分のドッペルゲンガーを目撃したことがあるらしいぞ」
「きっと脳の機能障害だ」
「でも茶髪パーマはおまえとそっくりの奴と知り合いなんだろ、幻じゃない」
「じゃ、ただのそっくりさんだ。あいつ、頭が悪そうだったから、記憶力も悪いんだよ」
「おまえの性格悪いとこ、俺はなかなか好きだけど、あんまり人前でそういうこと言うなよ」

 自分は良識あるみたいな顔で太田は眼鏡をくいと持ち上げた。おおきなお世話だ。小さい頃からこんな性格なんだ。放っておいてくれ。それにこんな僕と友達でいられる時点で、自分も似たような性格のはずのくせに。

 休み時間終了のチャイムが鳴った。僕の机から腰をあげた太田は「自分のドッペルゲンガーに会ったら死ぬらしいぞ」意地の悪い顔で笑った。ほら見ろ、おまえも性格悪い。

 ~ ~ ~

 三日後。塾を終えて駅に向かう途中、くしゃみが出た。噂話か。風邪か。それともなにかの前兆か。

 思わず振り返る。誰もいない。茶髪パーマの影はない。なにやってるんだ僕は。自分の愚かさに心の中で苦笑しつつ前に向きなおり「うわっ」と声をあげた。体がびくっと飛び上がった恥ずかしさは、突然目の前に現れた茶髪パーマへの怒りにかわる。

「おす、文ちゃん」

 と言って今田は僕の肩をポンと叩いた。この馬鹿は何度間違えれば気が済むのだろう。

「俺さぁ、こないだ、文ちゃんそっくりの子に間違って声かけちゃってさぁ、もう恥ずかしいったらなかったよ。だけどほんと似てんだもん。実は双子とかじゃないよね」
「違いますよ」

 僕は文ちゃんじゃない、双子でもない、両方の意味で否定し、今田の横をすり抜けた。相手にする時間が無駄だ。

「ねぇ、文ちゃん、こないだの返事聞かせてよ」

 返事? なんの話だろう? 僕にはまったく関係ないことだが、そんな言われ方をしたら気になるじゃないか。

「返事って?」

 横に並んでついてくる今田のほうを見る。今田は少し顔を赤くした。

「やだなぁ、知らんぷり? 照れ隠し? 可愛いんだから文ちゃんは。俺、そういうとこも好きだけどね。改めて言うよ、文ちゃん大好き、俺と付き合って」
「断る」

 今田の馬鹿っぽい顔を見ながら付き合ってと言われたら、自分のことじゃないのに、背筋にぞわぞわとした悪寒が走って、つい断ってしまった。でもまぁいいか、間違って告白してくるコイツが馬鹿なんだし、文ちゃんも、こんなのに好かれて迷惑なはずだし。っていうか、男同士だろ。僕と同じ顔した奴がこんなのと付き合って欲しくないし。

「文ちゃん、けっこう容赦ないなぁ、ちょっと傷ついちゃったよ俺」

 と両手を胸にあてる。

「でも諦めないからね!」

 知るかばーか。今田を無視して駅に入り、改札を抜けた。背中に刺さる奴の視線。人違いだって言うのに鬱陶しい。

 ~ ~ ~

 毎度の塾終わり。今日は厚着をしてきたからか、くしゃみをすることなく駅へ向かう。ガードレールに腰掛けていた今田が僕を見つけて笑顔になった。僕の目は、今田の左目を大きく覆うガーゼに吸いつけられる。

「や、文ちゃん、よく会うね、運命だよね」

 待ち伏せしてんだろ、とは言わず「それ、どうしたの」と訊ねた。今田が「アハッ」と笑い声をあげる。

「馬鹿だよねぇ、今日の体育の授業、野球やったんだけどさ、平凡なフライなのに、顔面でボール受けちゃってさぁ、眉んとこ、切れちゃったんだよ、恥ずかしいよねえ」
「ほんとに馬鹿だね」

 冷たく言い放ち、前を通り過ぎる。腰をあげて、今田もあとをついてくる。連れだと思われるからあっち行けよ。

「僕、文ちゃんじゃないんだけど」
「えーっ、じゃあ、尾崎くんのほう?」

 目を見開いて今田が驚く。僕の名前、覚えてたのか。僕はそれに驚きつつ頷く。

「うわぁ、ごめんごめん、俺またやっちゃった? だってほんとに似てんだもん、顔も体も声も、全部そっくり!」

 と目を輝かせる。そんなに似てるのだろうか。こいつが馬鹿だからそう見えるだけなのだろうか。まさか太田が言うように本当にドッペルゲンガーなのか? いや、まさかそんなはずはない。自分に似ている人は世界に三人いるというし。

「文ちゃんてどんな人?」
「俺がいま最高に好きな奴」
「ごめん、言葉足らずだった、文ちゃんと僕、違うところはどこ?」

 今田は困った顔で「えっとねぇ」と目をくりくり動かす。すぐ出てこないのかと僕は苛々する。

「何歳?」

 仕方なく僕から訊ねた。

「俺? 16」

 おまえのことじゃないよ。というか僕より年下なのか。それともまだ誕生日がきてないだけか。

「あんたのことじゃなくて文ちゃん」
「あぁ、俺とタメ、高2」

 なんだ僕と同じ年か。年齢一つ確認するだけでどうしてこんなに回りくどくなるんだ。

「文ちゃんとあんたは同じ高校?」
「えー、違うよぉ、毎日会えないから寂しくって寂しくって」

 だからって待ち伏せか。行動力はあるが、迷惑な奴だな。

「どうしていつもここにいるんだ?」
「だって文ちゃんち、この近所だもん、駅前で張ってたら会えるっしょ」

 なぜか威張って答えているけど、それ、ストーキングじゃないのか。常識ないのかこいつ。

「そんなに文ちゃんと僕は似ている?」
「めちゃくちゃ似てる!」

 今田は何度も大きく頷いた。

 「なんていうんだっけ、うつ……うつり……いけ、うつり……」

 たぶん、あれのことを言いたいんだな。

「生き写し?」

 そうそう、と今田が手を叩く。ほんと、馬鹿の相手って疲れる。それに僕と文ちゃん、血縁関係にないし。

「二人並んだら見分けつかないもん」
「でも会話したらどっちかわかるだろ」
「えー……、俺、わかんないよ」

 テヘッ、と今田は笑った。自分の馬鹿をひけらかしてどうする。いちいち人をいらつかせる奴だ。

 自分で言うのもなんだけど、僕は性格がよくない。口も悪い。文ちゃんとやらもそうなのだろうか。外見も中身も自分とそっくりの奴がいるなんて薄気味悪い。そいつがなにかやらかして、それが僕のせいにならなきゃいいけど。自分で蒔いたタネならいざ知らず、他人が蒔いた恨みのタネまで刈り取るのは嫌だからな。

 結局今田は駅前までついてきた。途中で僕が文ちゃんでないとわかったのに、どうしてついて来るんだ。本当に暇なんだな。今日は怪我したんだから、おとなしくしていればいいものを。

 今田の左目はガーゼに隠れて見えない。眉を切ったという話だけれど、あたる場所が悪ければ失明していたかもしれないのに、どうしてこいつは能天気に笑っていられるのだろう。

「目は大丈夫なのか」
「えっ、あ、うん、これ?」

 と左目をふんわり手で覆う。

「ぜんぜんヘーキ、大丈夫だよ。っていうか心配してくれんの? 優しいね、そういうとこも文ちゃんに似てるよ。好きになっちゃいそう。本当は文ちゃんなんじゃ……ないよね?」

 疑わしそうに僕を見る。もしかして文ちゃんがしらばっくれていると思ったからついてきたのか? なるほどなるほど。無駄に思えた行動にも、一応意味はあったわけか。

「文ちゃんは優しい奴かもしれないけど、僕は優しくないから。次からもう僕と文ちゃんを間違えないでくれ、じゃ」

 改札を抜けて階段をのぼる。背中がじわじわと熱い。あいつ、いつまで僕を見送ってる気だ。




こんばんは!うるう年更新!最近頭空っぽです!コロナのせいで忙しい!!!だけじゃなく最近書くほうに気力が湧かずネタも浮かばないので、またまた過去作引っ張りだしてきました!すいません!
全三話で、さらに続編が控えております。またしばらくお付き合いくださると嬉しいです。

いまも昔もあまりかわらない話を書いていたんだな、とw
読み返して改めて人の嗜好はそんなに大きくかわらないことを実感しました。

そうそうコロナ。皆さま如何お過ごしです?ご無事であることを祈るばかりです。
学校も休校らしいですね。お母さんお父さん大変ですね。子供たちの健康のためなら致し方ない判断だと思いますけども。
できるだけ人の多い場所は避けて、帰宅したら手洗いうがいで予防して、なんとか乗り切りましょう!

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