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おかえり(3/6)

2020.02.16.Sun.


 今日はとくにイベントもなく店は暇だった。俺の顔を覚えた常連客に呼び止められ、なかなか当たりがこないと長い愚痴に付き合わされた。時間の流れが遅い。何度も時計を見てしまう。

 突然インカムから池島の声が聞こえてきた。

「おまえに客。トイレ横のベンチで待ってる」

 ぱっと頭に浮かんだのは山本だった。少年院を出てすぐ俺を探し出した山本。付きまとわれる恐怖が膝を固くする。よろりと最初の一歩を踏み出して、パチンコの島を抜け出しベンチのあるほうへ向かった。

 途中で池島とすれ違った。訪ねてきたのが誰であれ仕事中だ、池島には一応頭をさげておいた。

 俺より大きく育った観葉植物の奥にベンチはある。ジーンズの足とスニーカーが鉢の向こうから見えていた。この場合は叔父の丹野のほうがマシだったが、これで違うことが確定して俺の足取りはさらに重くなった。

 気配に気づいたのか足が動いた。立ち上がって姿を見せたのは意外な人物――木崎だった。

 高校のときより髪の色が落ち着いていて短くなっていた。だから最初、誰だか咄嗟にわからなかった。全体的な雰囲気や見覚えのあるパーツから襲ってくるデジャヴュに目が眩んだ。

「急に悪い。話がある」

 懐かしむ気配がまったくない木崎の硬質な声と態度。現実へ引き戻される。

「いま?」
「できれば」

 どうせ今日は暇だ。少しくらい抜けても大丈夫だろう。

「じゃあ、ちょっとだけ」

 俺が自動ドアを抜けてそとへ出ると木崎もあとをついてきた。駐車場へ繋がる出入り口から店の奥へまわりこむ。ここなら人目は避けられる。

「久し振り、木崎」
「山本が会いに行っただろ」

 俺の挨拶を無視して木崎は一方的な会話を始めた。木崎はまだ俺を許していない。俺を憎み続けている。俺を睨む目を見てすぐわかった。

「来たよ、先週」
「あいつに構うな」

 思わず鼻で笑ってしまった。

「構ってなんかない。山本のほうが俺に会いに来たんだ」
「ちゃんと振ったんだろうな」
「振るもなにも、山本は俺になにも言わなかった」
「あいつの気持ちは知ってんだろ! あいつを弄ぶのがそんなに楽しいか? これ以上山本の人生をめちゃくちゃにするな!」
「勝手なこと言うなよ!」

 木崎が怒鳴るので俺まで感情的になって声をあげていた。

「俺があんなこと望んだと本気で思ってんのかよ! あれは山本が……! なにも知らないくせに勝手なこと言うなよ!」
「ああ! 俺はなにも知らねえよ! おまえは関係ねえって山本はいまでもおまえを庇ってる! それが俺は許せねえんだよ! あいつを利用してるおまえが!」

 木崎は空調の室外機を思いっきり殴った。側面がへこんでしまっている。

「利用なんてしてないし、誰もあんなこと頼んでない! 人の気も知らないで、よくそんな――」
「おまえの気持ちなんて知ったことかよ!」

 投げ捨てられた言葉。怒りが急速に冷めていく。俺の気持ちは木崎にはどうだっていいことなのか。事情もなにも知らないくせに、木崎は疑うこともしないで山本の味方になり、俺を敵とみなした。あの事件が起こるまでは友達だと思っていたのに、俺は微塵も信用されていなかったのか。友達のように振舞ってくれていたのは、山本がいたからなのか。誤解が解ければまた以前のような関係に戻れると期待していた俺が愚かだった。

 木崎に嫌われ背を向けられたあの日、母さんが自殺未遂を図ったあの日、あの時以上の疲労と絶望感が這い上がってくる。

「もう二度とあいつに近づくな、いいな」

 ナイフで刺すように木崎は俺に指を向けた。その指先を見ながら俺は歪んだ笑みを浮かべていた。

「俺じゃなくて山本に言ってくれよ」
「なんだと」
「迷惑してるのは俺のほうなんだからさ」
「おまえ……!」

 木崎に胸倉を掴まれた。間近に木崎の顔を見たのは本当に久し振りだ。こんなときなのに、男前だなと感心してしまっている。

「俺が好きなのは木崎だ。ずっと好きだった」
「なに、な……」

 突然の告白に木崎が戸惑って瞬きをする。おそらくこれが見納めになるだろう木崎の顔を見ながら、俺はずっと言えなかった言葉を言った。

「木崎が好きだ。高校のときから。嫌われても憎まれてもずっと好きだった」
「ばかなこと、言うな」

 動揺した木崎の声はへんな抑揚がついていた。

「な、こんなこと言われても迷惑だろ? 嬉しくないだろ? 俺が山本に好かれて迷惑してるってわかったかよ」

 言い終わるや否や木崎に殴られていた。その衝撃のまま尻もちをつく。顔を上げると心底軽蔑しきった目が俺を見おろしていた。

「最低だな。山本はおまえなんかのどこがいいんだ」

 吐いて捨てるように言うと木崎は踵を返し去っていった。

「そんなの俺が知りたいよ」

 似たようなことが以前にもあったなと思い出しつつ口の端を拭う。手に血がついていた。

 ~ ~ ~

 仕事前の時間、部屋でのんびりしていたらノックの音がした。てっきり池島かほかの社員だと思って確認せずにドアを開けてしまった。スーパーの袋を手に佇む山本を見て激しく後悔した。

「山本……」
「今日はすぐ帰るよ。じつは就職決まってさ。いっしょに祝ってくれるか?」

 先日の木崎とのやりとりを思い出したが断れるわけもなく中に通した。

「就職ってこないだ言ってた工場の?」
「あぁ。来週から俺、パイプ椅子作るから」

 笑って言いながら山本は袋からジュースやら酒を取り出す。

「いまから仕事か?」
「うん」
「じゃあ酒はまずいな」

 とジュースの蓋をあける。俺はキッチンからコップをふたつ用意して山本の向かいに座った。

「就職、おめでとう」
「おお。ありがとな」

 カチンと軽くグラスをぶつけてあまり冷えていないジュースを咽喉に流し込む。笑みを浮かべてそんな俺を見ていた山本が、急に表情をかえた。

「どうした、これ」

 伸びてきた手が唇に触れる。木崎に殴られた場所はすでに傷がふさがりかさぶたとなって盛り上がっていた。

「なんでもない」

 山本の手を振り払う。

「なんでもないことないだろ。誰にやられた?」

 恐ろしいほど厳しい眼差しを向けられる。こんな目で見られながら嘘をつける自信がない。

「別に。山本には関係ない」

 答えながら視線が下がった。木崎が会いに来たことを山本はどうやら知らないようだ。俺が告白なんてしてしまったから木崎は言えなかったのかもしれない。俺も黙っているほうが賢明だと判断し、木崎のことは隠しとおすことにした。

「関係ないっておまえ……放っとけねえよ。誰にやられたんだよ?」
「そんなたいした傷じゃないんだし、どうだっていいだろ」
「よくねえよ」
「うるさいな。うざいんだよ、おまえ」

 少しきつい言い方をすると山本は口を閉ざした。不満そうな顔で俺を睨み続けている。

「俺、もうバイトの時間だから」

 携帯と財布をポケットに捻じ込んで立ち上がった。顎をしゃくって出るように促すと、山本はしぶしぶ腰をあげた。

「じゃ。仕事頑張れよ」

 戸締りし、店に向かって足早に歩く。本当は出勤時間には早すぎたが、背中に感じる山本の視線から逃げたくて、俺は店の事務所へ駆け込んだ。



のみ×しば

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