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相方自慢(2/4)

2020.02.04.Tue.
<前話>

 翌朝、夜明と共に仕事に向かった。現場で落ち合ったヤスミンが「昨日は大変でしたね」と俺を労わってくれたが、ヤスミンのほうも疲れた顔をしていた。

 ネット番組の収録を3本撮り終えたあと、次は劇場へ向かう。 

「昨日の不法侵入の女の人なんですけど、向こうの親が出て来てミヤに謝罪したいって言ってるんですけど、どうします?」

 車の運転をしながらヤスミンがミラー越しに俺と目を合わせる。

「いや、謝られても。もう二度とああいうことさせないでくれたらいいし」
「被害届は?」
「被害はないっちゃないし、そこまではしなくてもいいかなって。なんか面倒臭そうだし」

 正直もう関わりたくないというのが本音だ。

「親が言うにはもう何年も引きこもりだったらしくて、最近言動もおかしかったらしいから、ぶっちゃけ無罪放免っぽいですよ。警察での取り調べもなんか支離滅裂なこと言ってるらしいですから」

 女の常軌を逸したような笑みを思い出す。俺の相槌なんか関係なく、1人でひたすら喋っていた。普通じゃなかった。だから余計に怖かった。

「迷惑料くらいは請求していいんじゃないか?」

 隣の夜明が口を開いた。

「お前、この先あの部屋で今まで通りに暮らしていけるのか? 引っ越し代くらい請求したっていいだろ」

 深く考えず、このままあの部屋で住むものだと思いこんでいた。言われてみれば確かにそうだ。あんな怖い思いをした場所で、平気で暮らしていくのは難しいかもしれない。少なくとも今はまだ無理だ。

「そうですよね。あんなことがあった部屋は厳しいでしょ」

 ヤスミンも同意する。被害届はなし、そのかわり引っ越し費用を出してもらうことで話はまとまった。

 劇場前に俺たちを下ろすとヤスミンは他の芸人の現場へ向かった。今日だって本当はネット番組の収録には来ないはずだったのに、昨夜のことがあったから顔を出してくれたのだ。

 ヤスミンと別れた俺たちは通用口から劇場の中へ入った。すれ違う関係者や芸人仲間たちと挨拶しつつ、楽屋までたどり着いた。扉の前で固まる俺のかわりに夜明が扉を開けてくれる。

「ありがと」

 ごめんと言うと一年間俺がネタを考えなきゃいけないので、お礼を言うことにした。夜明は軽く頷いた。

 楽屋は大部屋で出番を待つ芸人がたくさんいる。その一人一人に挨拶をしながら、荷物をおろし、上着を脱いだ。

「夜明さん! おはようございます!」

 大声を出して近寄ってきたのはシャンゴリラの市原。今日もマッチョを強調するピチピチの服装。こいつは夜明を好きだと言って憚らない。夜明になら抱かれても構わないとテレビで公言してネットニュースにまでなった。

「昨日ごめんな、急に帰って」
「いいですよ! そのかわり今日、飯行きませんか」
「今日は都合が悪い」

 夜明はチラリと俺を見た。目聡い市原が睨むように俺を見る。こいつは俺も先輩だってこと忘れてるんじゃないだろうか。夜明とコンビを組めるならいつでもコンビ解消すると公言している。俺への敵意剥き出しだ。

「ミヤさんとなんかあるんですか?」
「いまこいつ、俺んちに泊まってるから」

 夜明の言葉を聞き、市原はカッと目を見開いた。ほんと暑苦しい奴。

「いいよ、今日はどっか他のとこ泊まるし」

 苛々が声に出た。前に仕掛けられたドッキリで市原に良い印象はない。いや、その前からこいつの言動には腹に据えかねるものがあった。本当にネタでもなく、ガチで、虎視眈眈と、こいつは夜明の隣を狙っている。俺を邪魔だと思っている。それがひしひしと伝わってくるから、俺も市原に良い感情はない。

「楽屋の扉も開けられなかった奴がなに言ってんだよ」

 周りに聞こえないように声を落として夜明が言う。

「なんとかするよ」
「一人でトイレも行けないだろ」
「目を閉じればなんとかなる」
「なるわけないだろ。今日も俺んちに泊まれ」
「でもお前に迷惑かけるし」
「迷惑なんて思ってない」
「2人の世界作るのやめてくださいよ!」

 市原が大声で間に入ってきた。なので話を中断し、出番に備えて支度をした。

 出番がくるまで市原は夜明にべったりくっついて離れない。俺は他の芸人と話をして時間を潰した。

 舞台の仕事が終わったら劇場の空き部屋で雑誌の取材が二件。それが終わると今度はバラエテイ番組の収録のためテレビ局へ向かう。

 トーク中心の番組で、MCに振られた夜明はしっかり笑いを取ったが俺の方はややウケ。先輩芸人の助けがなければ本格的にすべっていた。俺も夜明のように自分の力で笑いを取りたいが、最近はいじられる方向でしか笑いを取れない。そういうキャラのほうがいいのかと、いまはまだ葛藤期間だ。以前夜明に相談した時は、「なるようになる。ミヤはそのままでいい」と言われた。今の俺のままで夜明なら笑いを取ってくれる。だからその言葉を信じて、いまのところキャラ作りはしていない。

 今日はテレビ収録で仕事は終わりだ。出演者スタッフ関係者、MCの先輩芸人に挨拶をしてテレビ局を出る。記者が待ち構えていて俺たちを見つけると駆け寄ってきた。

 なんだと思ったら昨夜の事件のことを訊いてきた。俺は起こったことをそのまま伝えた。家に帰ると女がいたこと。女はベランダから侵入したこと。料理を作って待っていたことなど。

「一人暮らしの女の子とか、いや、女の子に限らず、男も、ちゃんと戸締りしてください。ベランダの鍵もちゃんと、確認してください」

 と殊勝に言ってタクシーに乗り込む。明日のワイドショーで取り上げられるんだろうか。びっくりさせる前に、親には電話で知らせておいたほうがいいだろうな。コンビに妙なイメージがついたら嫌だな。夜明に申し訳ないし。

 窺い見た夜明は腕を組んで俯いている。寝てるっぽい。もう見慣れた顔だけれど、改めてイケメンだなと思う。芸人男前ランキングでは一位だし。若手アイドルとか若手女優がこぞって好きな芸人に夜明の名前を挙げてるし。

 飄々としててなにを考えてるのかわからない奴だけど、いざってときには優しくしてくれる。モテて当たり前だ。

 夜明のダウンジャケットのポケットからスマホの通知音がかすかに聞こえた。夜明は目を開け、腕をほどき、スマホを見た。内容を確認するとまたスマホをポケットに戻した。

「市原?」
「いや。女の子。お店来てって」
「よくそんな時間あるな」
「遊んでる時のほうがネタが浮かぶんだよ」

 俺がいるから市原の誘いを断り、夜遊びも控えている。ごめん、と言いかけて口を噤む。かわりに「早くなんとかしないとなあ」と軽い口調で言った。

 とりあえず部屋探しが急務か。いつまでも夜明に甘えているわけにはいかない。

 今夜も夜明のマンションへ2人で帰宅した。夜明が玄関のドアを開け、俺のためにトイレの扉も開けてくれた。持ち帰った弁当を食べて、昨日と同じように夜明はベッド、俺はソファで眠った。



恋する竜の島


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