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おかえり(1/6)

2020.02.14.Fri.
<前話「ノイローゼハイスクール」>

※暴力、無理矢理

 俺の働いているパチンコ店にはホール主任がふたりいる。いまベッドでうつ伏せになってマッサージを受けている池島がその一人で、数年前に店長から再び主任に降格されたことで出世しないほうの主任と蔭で言われている。

「あー、そこそこ、そこ気持ちいい」

 ホールの仕事は立ちっぱなし動きっぱなしのうえ、重たいドル箱を何個も持ち上げなければならないので腰にくる。家族がいない池島は同じ寮住まいの俺に腰を揉んでくれと頼んでくる。出世しないほうの主任でも上司にかわりはないので、俺は仕方なく業務外・時間外労働をしている。

「今度はおまえもマッサージしてやろうか?」

 池島は体を起こすとベッドの上に胡坐を組んだ。枕元の煙草に手を伸ばし、一本を口にくわえる。

「いえ、俺はいいです」
「おまえが店に来て……三ヶ月か?」
「それくらいになりますね」
「よく続いてんな」
「まぁなんとか」
「体力勝負できついだろ」
「もう慣れました」
「若いな」

 ライターで煙草に火をつけた。

 池島は三十代半ば。離婚経験者だとか一千万の借金があるなどといった噂の持ち主だ。浅黒い肌、消えることのない目の下の隈、痛んだ茶髪、なにもかも諦めたような微笑が、その噂を真実めいたものに見せてしまう。

「ほら、寝転がれよ。やってやるから」

 くわえ煙草の池島に肩をつかまれ、押し倒された。体のどこも凝ってはいないが、仕方なくうつ伏せに寝そべった。

 池島の両手が俺の腰に添えられ、ぐっと体重を乗せられる。俺の体がベッドに沈む。指先が筋肉を揉むように動きはじめる。俺は重ねた手のうえに顎をのせ、枕もとの焦げ跡を見つめた。いつか煙草の不始末が原因で火事になるんじゃないかと考えていたら、池島の手が腰から尻へと下がった。両側から挟むように揉んでくる。

「主任、そこは大丈夫です」
「そうか? 凝ってるぞ」

 横から上へ、下から上へ、円を描くように池島の手が動く。太ももの付け根に手がさしこまれた。リンパマッサージみたいに手を上下ささせる。その指先が俺の股間に軽く当たる。

 池島にマッサージされるといつもこうだ。わざと触っているのかたまたま当たっただけなのか判断しにくい微妙なところ。下手に指摘して薮蛇をつつくことになるのも嫌だし、俺は黙ってなすがまま。それに池島は意外に女にモテる。数年前の店長降格も女絡みのトラブルが原因だと噂で聞いた。自分を含め、最低なホモ野郎と関わることが多かったからといって、池島までそうだと決めつけるわけにはいかない。

「もう大丈夫です。ありがとうございました」

 上半身を起こすと池島の手ははなれていった。

「じゃあ俺、そろそろ自分の部屋に戻ります」
「お疲れ」

 煙の向こうで池島が笑う。

 光熱費込みで食事つきという条件にひかれ、入寮希望で面接を受けたのが三ヶ月前。それ以前は飲食店で働いていたが、毎月二万用立ててくれていた叔母夫婦への借金返済もあって思うように金は溜まらず、もっと割りのいいバイトを探して見つけたパチンコ店での仕事だった。

 基本、寮に入れるのは社員だけのようだったが、金を貯めたいと頭をさげて入れてもらえることになった。店の裏手にある5階建て、全十室の細長いマンションがそうだ。店に近いため休日呼び出されることもあるし、残業の役目も回ってくる。ゴト師対策の見回りがあったり強盗などの非常事態には夜中でも警察の対応をする場合がある。そんな説明を受けたが俺の心はかわらず、採用の連絡をもらった一週間後には入寮していた。

 母さんと叔父の丹野から逃げたかったからだ。

 叔母夫婦からの月2万円の援助は俺が高校を卒業すると同時に終わっている。丹野と会うこともなくなると思っていたのに、今度は借金とりたてのために丹野はやってくるようになった。俺から金を取り上げていると叔母も母さんも知らない。丹野は可愛い甥っ子の顔を見るという口実で毎月やってくるのだ。

 母さんがいないころを見計らってやって来ては酒を片手に俺を犯す。俺が中学二年のときから家を出るまでずっと続いた。いまは借金を返すために1、2ヶ月に一度丹野と会っている。人の多い昼間の喫茶店だというのに、丹野は俺をホテルに誘ってくる。手を握ったり膝を擦りあわせてくる。俺は仕事を理由に逃げ帰る。丹野という男は本当に腐った人間だ。

 母さんは夜の仕事を辞めてスーパーのパートをしている。そこで妻子持ちの店長と不倫関係にある。人目を憚って家で逢引するので、帰るに帰れなかったことが何度もあった。母親のあの時の声から耳を塞いで夜の公園へと向かう。俺の頭には家を出ることしかなかった。

 自分の部屋に戻って窓をあけた。ベッドのサイドボードに置いてある煙草の箱をひとつとり、一本を抜き取る。銘柄がばらばらなのは客の置忘れをもらっているからだ。たまに折りたたんだ金が入っている。それは臨時収入として懐にしまう。

 前回丹野に会ってから二ヶ月近く経っていた。気は進まないがそろそろ連絡しなければならない。

 煙草に火をつけ煙を吐き出した。苦味が口中に広がる。大人ぶって吸ってるだけでちっとも旨くない。

 ~ ~ ~

 喫茶店の二階、窓に面した席で丹野が来るのを待っていた。日曜の昼過ぎ。二十代から四十代が客層の中心で比較的静かな店内。野菜ジュースを頼んではみたものの飲む気になれず外の景色を眺めていた。今日は曇りで窓の外は灰色だ。

 2時50分、ドカドカと大きな足音が聞こえてきた。わざと大きな音を立てるのは丹野に違いない。約束の時間から20分遅刻。いつものことで腹もたたない。

「おう。久し振りだな」

 丹野に項を撫でられ全身総毛立った。振り払いたいのを堪えて「どうも」を頭をさげることで丹野の手から逃れる。わざとらしい溜息をつきながら丹野は向かいの椅子に腰をおろした。

「これ、二か月分です」

 4万円が入った茶封筒をテーブルの上へ押し進める。丹野の身じろぐ気配に慌てて右手を引っ込めた。俺の一連の行動に丹野は左頬を吊り上げ肩をゆすった。

「そう警戒すんなよ。日曜だってのに家族サービスもしないでおまえに会いに来てやってんだからよ」
「すみません。叔母さんは元気ですか」
「なんとかダンスってのにはまってるよ。いまさらダイエットしても手遅れだってのになに考えてんだか」

 首をふって俺の野菜ジュースを勝手に飲む。予想外の味だったようで顔を顰めた。

「今日は時間、大丈夫なんだろ」

 幾分声を潜めた猫撫で声で丹野が言う。

「すみません。4時からバイトなんです」
「電話で今日は非番だって言ってたじゃねえか」
「すみません。バイトが一人休んで急遽俺が」
「そんなもん断ればいいだろうが。たまには俺とメシでも食いに行こうぜ。奢ってやるからよ」
「すみません」

 頭を下げると丹野は横を向いて舌打ちした。

「パチ屋だったよな」
「はい」
「どこのよ」
「えー……と、ここからちょっと遠いです」
「教えろよ」
「まだこのバイト続けるかわからないんで」
「いいから教えろよ。俺はおまえの父親代わりでもあると思ってんだからよ」

 毎月二万取り上げてそのついでにセックスしようと企むのが父親代わりの男がすることなのか? 大声でこいつのしていることを糾弾してやりたいが、母さんが生きている以上、いつまた丹野の世話になるかわからない。ここはじっと我慢して、

「ありがとうございます。でも教えたのにすぐ辞めてたらかっこ悪いんでもうちょっと待ってください」

 丹野を見上げながら気弱に笑ってみせた。なにか言いたげに丹野が口をもごもごさせているあいだに、俺は立ち上がって千円札をテーブルに置いた。

「バイト遅れるといけないんで」

 くるりと踵をかえし丹野に背を向ける。階段をかけおりているとき名前を呼ばれた気がしたが、たぶん空耳だ。

 丹野にいま勤めている場所を教えるつもりはさらさらない。母さんは知っているけれど、俺からきつく口止めしてある。丹野がしつこく訊いて来るってことは母さんは俺との約束をちゃんと覚えてくれてるようだ。それはつまり、母さんの精神状態が安定しているということでもある。

 不倫なんていつまでも続くわけがない。必ず捨てられるときがくる。そのとき母さんはどうするだろう。また自殺をはかるだろうか。俺が家を出たいま、誰が第一発見者となって救急車を呼ぶんだろう。見つけたところでもう手遅れだって場合もある。

 その可能性に気付きながら俺は家を出た。最悪の連絡がくることに怯えて毎日を過ごしている。恐怖に耐えかねていつも俺から母さんへ電話をする。浮かれたのろけ話に辟易しながらも安堵する。安堵しながらこの穏やかな生活はいつまでなんだろうと、不安に押しつぶされそうになる。






深刻なマスク不足!皆さまいかがお過ごしですか?
今回は「ノイローゼハイスクール」の続編です。最近書く時間がなかったので昔のやつを引っ張ってきました。
ハッピーエンドです。読んでやってもらえると嬉しいです。

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