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ノイローゼ・ハイスクール(4/4)

2020.01.21.Tue.


 俺のかわりに新聞記事になったのは山本だった。日頃から注意を受けていた教師への、逆恨みによる犯行。そんな動機を添えられて。予想に反して世間が騒がなかったのは、おそらく倉岡が一命をとりとめたからだろう。

 山本は俺たちと別れたあと倉岡を呼び出し、用意していた金属バットで倉岡の頭をかち割った。ピクリとも動かない倉岡の頭からは大量の血が流れ出す。死んだと思ったのも無理はない。

 倉岡を殺したという興奮状態のまま俺たちに電話をしてきた。警察に内容を訊かれたが、倉岡を殺してしまったという相談だった、と嘘をついた。

 一命をとりとめはしたものの、倉岡はまだベッドの上で意識不明。目が覚めてもリハビリの毎日が待っているということだ。

 始業式では校長がこの事件のことを神妙な面持ちで語った。俺は耳に栓をしたい気持ちでそれを聞いていた。胃がムカムカする。吐きそうだ。

 木崎とはあの日以来、話をしていない。警察や学校で事情を聞かれるときも俺たちは別々に呼び出されたし、春休みに入って会う機会もなかった。

 新学期が始まったが、クラスのはなれた俺たちに会話はない。木崎は相棒のように仲の良かった親友の突然の行動を止められなかったことを悔やんでいるように見えた。そんな雰囲気を感じ取ってか、木崎に面と向かって今回の事件のことを訊ねる奴はいないようで、かわりに聞きやすい俺のところへやってくる。罪悪感から口篭る俺に、まわりのみんなは同情してくれた。

 春が終わり夏が来る。事件は風化し、山本のことを口にする奴もいなくなった。俺はひとまず、学校では平穏な暮らしを送っていた。

 そんなある日、体育の授業で移動中のときだった。

「河端」

 渡り廊下で俺を呼びとめたのは木崎だった。クラスメイトを先にやり、俺は木崎と向き合った。何ヶ月ぶりだろうかと懐かしさに胸が焦がれる。山本の影がちらついて心が痛む。

「ひさしぶり」

 と木崎が白い歯を見せて笑う。俺も笑みを浮かべて頷き返した。

「あいつ、決まったんだって」

 グラウンドのほうへ目をやり、木崎が言う。あいつとは山本のことだ。

 少年刑務所か少年院かで争ったのち、少年院へ入院することが決まったのだそうだ。山本の親が木崎に教えてくれたらしい。

「そっか……出てくるときは迎えに行ってやろうよ」
「あぁ、そうだな。おまえが行ったほうがあいつも喜びそうだしな」

 グラウンドから視線を戻した木崎の目は、息を飲むほどに冷たかった。そこには友情なんてもの微塵もなくて、まるで敵でも見るような……いや、それ以下の、なんの感情も持っていない覚めきった目をしていた。

「あいつが倉岡をやったのって、おまえが原因じゃないのか? 人を殺すほどあいつがブチ切れることなんてねえし、やった直後おまえに電話をかけてくるのも妙だと思ってたんだ。あいつとは付き合いが長いからなんとなくわかるんだ、俺の勘だが、あいつ、おまえに惚れてたんじゃねえのか? おまえが殺したいほど倉岡を憎んでた理由まではわからねえが、山本はおまえのために奴を殺した、おまえは山本の気持ちを利用したんだ、違うか?」
「ち、違う──」

 俺は後ずさった。逃がすまいと、木崎が俺の手を掴む。眼前に木崎の顔が迫ってくる。俺は恐怖から叫んだ。

「俺はなにも知らない、なにもしてない、あれは山本が勝手にやったんだ!」
「そうやってしらばっくれてればいいさ、だがな、山本に人殺しをさせておきながらのうのうと暮らしてるおまえを俺は一生許さねえ!」

 突き飛ばすように腕をはなされ、俺はその場に尻持ちをついた。肩を怒らせて渡り廊下を行く木崎の後ろ姿が涙で滲んだ。

「待って、木崎、違う……違うんだ……俺、俺はおまえが好きなんだ……」

 俺の声が届くことはなく、木崎は一度も振り返らずに俺の視界から消えた。

 ※ ※ ※

「ただいま」

 家の奥から「おかえり」という母さんの声が聞こえた。最近の母さんは機嫌がいい。仕事先で知り合った男と付き合いだしたからだ。優しくてお金を持っている。会ったことはないが、俺にお小遣いだといくらかくれたことがある。その男がほんとうに母さんのことが好きで優しい男なら俺はなんの文句もない。むしろ早く結婚して幸せになって欲しいと願っている。そうすれば俺も心置きなくこの家を出て行ける。

 木崎に嫌われたいま、俺が学校にこだわる理由はひとつもない。学校なんか辞めてこの家も出て、俺はひとりで生きていく。愛情もない男とのセックスに耐えてこられたのだから、同じことをやって金を稼げばいい。最低限の生活が出来ればどんな仕事だってやる。

「母さん、俺のことを邪魔だって思ったこと、ある?」
「なあに、急にそんなこと」

 料理をしていた手を止めて母さんが振り返った。

「たとえばさ、いま付き合ってる男の人いるでしょ、その人と結婚とか考えたとき、俺はいないほうがいいんじゃないかなって」
「なに言ってるの。お母さんに付き合ってる男の人なんていないわよ」

 馬鹿な子ね、と母さんは声を立てて笑う。張り付いたような笑顔──見覚えるある人形のような笑顔を見て、俺は背筋がぞくぞくとした。母さんが自殺未遂をした日に見た笑顔にそっくりだった。

「うふふ、高校生の子持ちの女なんて、誰も本気で相手にしやしないのよ。馬鹿なんだからまったくもう。あんたを邪魔に思ったこと? あるわけないじゃない、あんたがいるからお母さん、いままでやってこれたのよ、頑張ることが出来たのよ。だけどもう限界みたい。お母さん、疲れちゃった。先にお父さんのところに行ってるわね」

 いつの間にか母さんの手に包丁が握られていた。俺はただ茫然と、母さんが手首に当てた刃物を引き抜くのを見ていた。

 ~ ~ ~

 病院から戻ってくる頃には俺はもうクタクタになっていた。また自殺を図った母さんのために救急車を呼び、病院で医者に事情を説明し、母さんの治療を待っているあいだ丹野の叔母さんに連絡を入れた。すぐ駆けつけてくれた叔母さんにもまた同じ内容のことを説明した。覚えた台詞のようにすらすらと俺の口から澱みなく言葉が出てくる。

 母さんの傷は死ぬほどのものじゃなかった。それを医師から告げられ、俺は安堵すると同時にガッカリもした。母さんにとって俺は重荷に違いないだろうけれど、俺にとっても母さんは自由を奪う鎖も同然だからだ。

 今夜は私が様子を見るから、という叔母さんの言葉に甘え、俺はいったん帰宅した。

 着替えをし、シャワーを浴びる。体は腕一本動かすのもだるいほど疲れきっていたが、大量の血を見て興奮したのか、神経のほうは冴えて今夜は眠れない予感がした。

 机の引き出しをあけ、奥に手を突っ込む。俺が管理している母さんの睡眠薬。小さな瓶が俺の手にすっぽりおさまっている。それはまるで麻薬か覚せい剤のように、甘い誘惑の手招きをしていた。

 目をこすった。額を小突いた。頭をかきむしった。薬には頼りたくなかった。だけどこんな現実を手放してしまいたくて早く眠りにつきたかった。

 葛藤していると、インターフォンが鳴った。その直後にノックが三度。あいつだ。睡眠薬を引き出しに戻してから丹野を招き入れた。

 深緑のポロシャツを着た丹野は、見るからに不機嫌そうな顔をしていた。

「おまえの様子を見てこいと寛子に言われたんだ。今度はおまえの目の前でやったらしいな」

 靴を脱ぎ散らかして家のなかにあがってくる。

「はい、あ、まだ片付けてないんで」

 丹野は台所の赤い水溜りを見て、不謹慎にも口笛を吹いた。

「ガキの前で手を切るたぁ、良子さんもついにイカれたか」
「こ、恋人に振られたらしくて」
「子持ちババァに惚れる男がいるかよ」

 丹野は唾とともに憎々しい口調で吐き捨てた。新しい恋人が俺の新しい父親になり、母さんは水商売をやめて主婦になる、そんなことを一時夢見たが、丹野が言うとおり、子持ちの女を娶ろうとする奇特な男なんていやしないのだ。そんなことを一瞬でも期待した俺と母さんが愚かだったのだ。

「どうせやるなら確実に死ぬ方法でやれっつうんだ。また治療費はこっち持ちだ。わかってんのか、え?」
「はい、わかってます、すみません」
「ちゃんと働いて返せよ、おまえらにいったいいくら使わされたと思ってんだ?」
「おじさん……」

 俺は溜息をつきながら丹野の言葉を遮った。これ以上聞いていたら気がどうにかなりそうだ。

「おじさん、俺、今日はいろいろショックなことがあって……夢をみないくらい疲れてから眠りたいんです」

 丹野の目つきがかわった。

「俺を……抱いてください、壊れるくらい、めちゃくちゃに……、いっそ殺してくれてもかまいません」
「義理とは言え、かわいい甥っこを殺すわけないだろ」

 好色そうな笑みを浮かべて丹野が俺を抱きしめる。

「こんなに弱ってかわいそうにな。望み通り、夢も見られねえほど疲れるまで抱いてやるよ。今日は女共もいねえし、たっぷりかわいがってやる。夜は長いんだぜ」

 口付けしようとする丹野を押しのけ、俺はその場に跪き、ズボンのチャックをおろした。取り出した性器に口をつけ、音を立ててしゃぶる。

「そんなに急ぐなよ」

 笑いの混じった声が頭上から降り注ぐ。俺は上目遣いに丹野を見やった。

「はやくこれを俺に入れてください」

 ※ ※ ※

 俺は神経図太くも学校に通っている。木崎から、燃えた矢のような憎悪の視線が突き刺さるが、俺はそ知らぬ顔で耐えている。いまではそれが俺の生き甲斐、支えとなっている。

 好かれることが絶望的なら、せめて憎まれていたい。そのあいだ、木崎が俺を忘れることはない。木崎の頭のなかは憎い俺のことでいっぱいのはずだ。そう考えると、歪んだ恍惚を感じて俺は身震いする。憎悪と愛情とは紙一重でとてもよく似ていると思う。俺の頭のなかも木崎のことでいっぱいだからだ。

 月の始め、今日あたり丹野がやってくる頃だろう。俺はあいつに抱かれながら木崎を思う。相手がほんとうに木崎なら、俺は果てる瞬間死んだっていい。違うから俺はいつも部屋の明かりを消して目を瞑る。

 頭のなかは俺の自由だ。俺は木崎のものをしゃぶり、精液を受けとめ、のどを鳴らしてそれを飲む。木崎の指がおれの性器を握って扱きあげる。俺は木崎に入れてほしいと甘えてみせる。木崎が俺に覆いかぶさり、熱い怒張を押し付けてくる。俺は喜びの声をあげ、自ら腰を振って存分にそれを味わいつくす──。

「これ、今月の分だ」

 事が終わると丹野はテーブルに二万を投げ捨てた。

「いつもすみません」

 迎合する笑みを浮かべながら礼を言う。もう慣れたものだ。プライドや罪悪感は擦り切れてなくなってしまった。

「来週、うちのが同窓会とかでいねえんだよ。泊まりで来い」
「はい、わかりました」
「今度は道具を使っておまえをイカせてやる」
「楽しみにしてます」

 心にもない台詞を言って丹野を見送る。母さんが自殺未遂をしようと、倉岡が入院しようと、山本が少年院に入ろうと、なにもかわらない。つまり──

 望もうが望むまいが、俺の現実はまだまだ続くということだ。

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