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ノイローゼ・ハイスクール(2/4)

2020.01.19.Sun.
<前話>

 先日の試験の結果が散々だったことで倉岡に放課後呼び出された。ふたりだけで向き合う生徒指導室。窓を閉め切っているせいだろうか、妙に息苦しさを感じて、ワイシャツの一番上のボタンを外した。

「もともと成績はよくないようだが、木崎たちとつるむようになってからさらにひどくなってる。そんなことはおまえが一番よくわかってるだろう?」

 倉岡はさっきまで見ていたファイルを閉じてテーブルの上に置いた。きっとそこに俺の成績や生活態度、その他の個人情報が詰め込まれているのだろう。

「どうなんだ? このままじゃ留年してしまうぞ」

 親身に相談に乗っているという教師面で、倉岡が身を乗り出す。俺は逆にのけぞって顔を背けた。五十センチ程度のテーブルを隔てた向こうから、俺より一回りも二回りも大柄な倉岡が俺をじっと見ている。つぶらな目をしているくせに、レーザーでも放っているかのような目力があって、俺はまともに目を見返すことが出来ない。

「おまえの素行と成績では進級も難しい。しかし、金のないおまえの家庭じゃ留年はきついだろう」

 倉岡の小さな目が更に細められ、ナイフの切っ先のようになった。

 ガタと音を立て、倉岡が立ち上がる。俺は耐えがたいほどの息苦しさを感じながらそれを見上げた。倉岡の大きな手が伸びてくるのがまるでスローモーションのように見える。体育祭のときに俺をぶった分厚い手が、そっと頬に添えられる。生暖かい感触に鳥肌が立った。

「おまえ次第で成績にイロをつけてやることができるぞ? ん? どうする?」

 言いながら俺の頬を指先で嬲る。

「お母さんは大変なご苦労をなさっているんだろう? それもこれもすべておまえのために。おまえさえいなければ、もっとまともな仕事について、すぐに再婚もできていたかもしれない。そう考えたことはないか? 邪魔なお荷物のおまえが、これ以上の迷惑をかけてもいいのか? おまえももう子供じゃないんだから、なにが最良の選択かわかるだろう?」

 滑らせるよう手を降下させると、倉岡は俺のシャツの襟をくいと引っ張った。

「おまえも最初からそのつもりだったのか?」

 外した一番上のボタンを見て倉岡は笑った。違うと否定したかったが、思いなおしてやめた。倉岡の言うことは正しい。俺さえいなければ母さんはあんなに苦労しなかった。自殺未遂なんかしなかった。頭が悪いのも勉強をしなかった俺のせい、倉岡なんて変態に目をつけられるのも、すべて俺のせいなんだ。

「お、俺はどうすればいいんですか」
「まずは、このことを誰にも言わないと約束するんだ。俺とおまえ、ふたりだけの秘密だ」

 開いた襟の隙間から倉岡の手が入り込んでくる。俺の首、鎖骨、肩と、肌触りを確かめるように手で撫でる。俺は総毛立たせながらそれに耐える。

「ズボンのチャックをおろすんだ」

 窺い見た倉岡の目は、拒否を許さない高圧的なものだった。仕方なくベルトを外し、チャックを下ろした。服の中から出た倉岡の手が、今度は下の隙間へ入り込む。下着の割れ目から指を入れて直に触られた。

「こうやって誰かに触られたことはあるか? 見たところ、おまえは女と遊んでいないようだが」

 俺は黙って首を振った。頭に浮かんだ丹野の顔を追っ払うためだ。どうして俺のまわりは変態ばかりなのだろう。俺が変態を寄せ集めてしまうのか?

「先生、誰かに見つかったらやばいんじゃないですか」
「そうだな。今日は俺の家に来い。付きっ切りで指導してやる」

 名残惜しそうに、倉岡の指が俺の性器からはなれていった。

 ※ ※ ※

 玄関の扉を開けたとたん、母さんが怒っているピリピリとした空気が静電気のように顔にまとわりついた。最近、俺の帰りが遅いので、母さんが怒っているのだ。

「いま何時だと思っているの。あんたのために作ったご飯がすっかり冷めちゃったじゃないの」

 テーブルに座って俺を睨む母さんは、もう真冬だってのにキャミソールなんて薄着だ。本当ならとっくに仕事に出かけてる時間。化粧もヘアメイクも全部中途半端の状態。俺が遅いから苛々している。そのせいで仕度に集中出来ないのだ。

「ごめん、友達と会ってた」
「いいご身分ねえ、お母さんが必死に働いてるから、あんたは遊んでられるんだものねえ。だけど、あんたの帰りをずっと待ってるお母さんのことも少しは考えてくれないかしら? 心配で仕事にも行けないのよ。あんたのせいでまた今日も遅刻じゃない! また店長に怒られちゃうわ、どうしてお母さんばっかり怒られなくちゃならないの! どうしてお母さんの気持ちわかってくれないの!」

 ヒステリックに叫ぶと、母さんはテーブルに突っ伏して泣き出した。俺は溜息を飲み込んで、そんな母さんの背中をさすった。

「ごめん、ごめんなさい、明日はちゃんと早く帰ってくるから」
「嘘よ、嘘ばっかりだわ! 本当はこんなお母さんが嫌だから帰ってこないんでしょ! お父さんといっしょよ! あんたもお父さんと同じ、いつかあたしを裏切るんでしょ!」
「ごめん母さん、俺は母さんを裏切ったりしないよ、誰のとこにも行かないよ、だから安心して、本当にごめん、ごめんなさい、もう泣くのやめてよ」

 泣きじゃくる母さんの肩は細くて、俺まで欝な気分になってくる。今日だって本当は友達と遊んでいたんじゃない。倉岡に呼び出されたから、バイトが終わったあと奴の家に寄り、苦痛でしかないセックスを耐えて帰ってきたんだ。俺だって泣きたい気分なのにそんなふうに責められるとどうしていいかわからなくなる。

「母さん、寒いだろ、上に何か着たら──」

 俺のコートを肩にかけたら手を叩いて振り払われた。

「もう嫌よ、こんな生活! うんざりだわ! あんたのせいよ、あんたのせいなんだから! もうあたしを放っておいて!」

 発狂したように叫ぶ母さんに突き飛ばされ、俺はよろけて壁に頭をぶつけた。痛みに顔をしかめる間もなく、怒り狂った母さんが手当たり次第に物を投げつけてくる。俺は両腕で顔と頭を庇いながら家から逃げ出した。

 コートを着ていない薄着で夜の公園までたどり着いた。自殺行為だな、と自嘲しながらベンチに腰を下ろす。すでに手は冷え切って指先の感覚がない。

 溜息をついたら白いモヤみたいなものが目の前に広がった。空気はとても乾燥していて、気温も低い。雪なんか降ってきそうな気配。このままベンチで一夜を明かしたら死ぬんじゃないかな、と考える。冬休み中の高校生、夜の公園で凍死。新聞の見出しはこんなもんか。この記事を読んだら、母さんや丹野、倉岡は少しでも罪悪感を持ったりするだろうか。母さんは確実だな。あの人は感情が昂ぶりやすいから、きっと思いつめて自殺とかするだろう。弱い人だから、いっそ死んじゃったほうが楽かもしれない。

 叔母さんが、自殺未遂をした母さんに向かって「死ぬ勇気があるなら、どうして必死になって生きようとしないの」と怒っていたけれど、あれには吹き出しそうになった。生きることが死ぬことより辛いから、人は自殺を考えるんだ。なのになぜ、死より辛い生を押し付けてくるのか。きっと本当に辛い目にあったことがないんだと思うな。

 丹野は罪の意識なんか感じないだろう。俺という玩具がなくなったのに金を送り続けなければいけないから、そのことに腹を立てて怒るだろう。

 倉岡は教師という立場から、俺との関係をばらした日記や遺書を残していないかヒヤヒヤするだろう。教え子の弱みに付け込んで勃起させるような奴だから、保身しか考えてないに違いない。

 俺がいなくなって誰が悲しむだろう。誰も悲しんではくれなさそうだ。俺の人生ってなんだったのかな。人生の意味、生きてる意味なんて考えるのは無意味だ。そう悟ってはいても、つい、こんなときは考えてしまうセンチメンタリズム。

 空を仰いでまた溜息ひとつ。月が明るい夜。星の数も少ない。感傷的になるのは趣味じゃないけど、目頭が熱くなってきて、鼻をすすりあげた。

「河端?」

 呼ぶ声にビクリと身がすくんだ。公園の入り口、階段の上で木崎が立っていた。目が合うと、木崎は白い歯を見せた。

「やっぱおまえじゃん。こんなとこでなにやってんだよ」

 軽やかに階段をおりてくる。俺は急いで目に滲んでいた涙を拭った。

「ずいぶん薄着だなー。追いはぎにでもあったか?」
「馬鹿」

 斜め前で木崎が立ち止まる。俺は一瞬だけ目を合わすとすぐ俯いた。

「おい、おまえ」

 木崎の手が俺の顎を掴んで上を向かせる。

「な、なに」
「鼻血、出てんぞ」
「え、嘘」

 俺より早く、木崎の手が俺の鼻の下を擦った。確かにぬるっとした感触があった。

「おまえ、なんかスケベなこと考えてたのか?」

 ニヤついた顔で俺の隣に座った。血のついた手はジーンズに擦りつけている。

「違うよ、木崎じゃあるまいし」

 きっと母さんが投げつけてきた物が鼻に当たったのだろう。あのときは体のあちこちが痛かったから気付かなかった。

「デート? してた?」

 木崎を横目に見る。

「あぁ。家まで送って来たとこ。おまえんち、この近所?」
「うん、まぁ。あそこのマンション」

 と指差すと木崎もそっちを向いた。

「あれの裏にある団地」
「まじ? 女の家、あのマンションだよ。おまえんちのすぐそばじゃん。今日、おまえんち行ってもいい?」

 俺に向きなおった木崎が無邪気に言う。

「だ、ダメダメ、無理だよ、今日は無理」
「なんで?」

 一回断ってるんだからいろいろ事情を察して欲しいのに、木崎はそんな細やかな気遣いが出来ないから遠慮なく訊ねてくる。

「うち、母子家庭なんだよ。で、最近親の機嫌悪いから……さっきも怒鳴られて……」
「だから泣いてたんでちゅか?」
「ち、違うよ!」

 頭を撫でる木崎の手を払いのける。っていうか泣いてたの気付かれてたんだ。恥ずかしい。

「ママに叱られて落ち込んでるんでちゅね?」
「だから違うってば! そのしゃべり方やめろよ、いいかげん怒るぜ」
「じゃあ、今日は俺んち来るか?」
「──え」
「家飛び出してきたからそんな薄着なんだろ。いつまでここでママが探しに来るの待ってる気だ? そのあいだに風邪ひいちまうぜ。今日は俺んち来いよ。それともママのお許しがないとお泊まりできまちぇんか?」

 気に障る口調だったが、これが木崎なりの優しさなのだと気付いたら怒る気持ちもそがれてしまった。

「そっちこそ、急に俺を連れていったらママに怒られまちぇんか?」
「そんときはいっしょに頭下げてくれ」

 立ち上がった木崎が俺に手を差し出した。シルバーのブレスレットがジャラと音を立てる。少し躊躇ったあと俺はその手を握った。温かい手。丹野と違ってしなやかで、倉岡と違って細くてさらっとしている。

「いつからここにいたんだ? 冷え切ってんじゃねえか」

 不機嫌に言って、自分の上着のポケットに俺の手を入れる。その中で俺の手を強く握る。

「こんなの誰かに見られたらホモだと思われんじゃん」
「思わせておけよ、なんなら腕組むか?」

 慌てふためく俺に、木崎は悪戯っぽく笑いかけてくる。俺はなんだか恥ずかしくなって、木崎の顔から目を逸らした。

「ほんっと、おまえってガキみたい」
「女にもよく言われる」
「馬鹿みたいって?」
「そういうとこ、かわいいって」
「ほんと、馬鹿」

 ハハハ、と木崎が笑い声をあげる。ひとりで空を見て泣いていた悲壮感は消えていた。木崎が現れたことで、むりやりどこかへ飛ばされたみたいだった。

 ポケットのなかの手がじんわりと温かくなる。感覚の戻った手に伝わる木崎の肌の感触や指の動きにどきどきする。そっと木崎の手を握ってみた。

「うん?」

 それに気付いた木崎が俺を見る。俺はなんでもないと首を振る。誰かが内側から俺の胸をノックしている。ドクンドクンと響いてくるそれは、俺に恋というものを運んできた。



MADK 2


昨日、書くのを忘れてたんですが、タイトルのパクリ元由来というか、元ネタというか、オマージュというか、とにかく元になった漫画があります。山下/ユタカさんの「ノイローゼ/ダンシング」です。破滅的な中3男子のお話です。いま見たらRentaにあった!すごっ!終わり方は完全にパクリ影響を受けています。なので念のため明記しておきます。クセは強いですがお勧めです!
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