FC2ブログ

ノイローゼ・ハイスクール(1/4)

2020.01.18.Sat.
※無理矢理、自殺未遂、殺人未遂、ハピエンじゃない

 インターフォンを鳴らしたあと、ノックを三度。それだけであいつが来たんだとわかる。今日は月頭。あいつが金を持ってくる頃だから、俺は仕方なく鍵をあけて男を招き入れた。

「良子さんは仕事か?」

 奥に目をやりながら男が小さな声で俺に確認をとる。俺は男から目を逸らしながらそうだとおざなりに頷く。

「毎日毎日、遅くまで大変だなぁ、あの人も。まぁ、女手ひとつでガキひとり育てていかなきゃなんないんだから、水商売だろうとなんだろうと、なりふり構ってらんないわな。最近、調子はどうなんだ?」

 靴を脱いで男が家にあがりこむ。台所へ行くと、我がもの顔で冷蔵庫から取り出したビールをのどを鳴らして飲んだ。

「眠れないって言ってます」

 そんな男を視界に入れないように顔を背けて俺は答えた。

「また薬飲んでんのか?」
「はい。でも管理は俺がしてます」
「そうしろ。また自殺未遂なんて騒ぎ起こされたら面倒だからな。治療費はこっち持ちにされるんだから、たまったもんじゃないぜ」
「もうあんなことさせません」
「当たり前だ馬鹿野郎が」

 俺が中学に入ってすぐ父親が事故死した。それも、母さんの目の前で。それ以来、母さんはすこし精神を病んでいる。落ち込んだとき、疲れたときなど、突発的に自殺を考え実行しようとする。

 水商売で金を稼ぐようになってから不眠症になり、睡眠薬を頼るようになった。それを大量に飲んで自殺しようとしたのは一年前のことだ。

「まぁあの人も可哀想な人だよな。いつの間にか、生命保険の受取人が自分じゃなくて愛人の名前に書き替えられてたんじゃ、死にたくもなるよな」

 事実は少し違う。母さんを受取人にしていた生命保険はいつの間にか解約されていて、父は別の新しい保険に加入していた。受取人は俺たちの知らない女。

 あとでわかったことだが、葬式の日、父の世話になったという若い女が弔問客の中にいたが、そいつが保険金の受取人だった。

 母さんの妹が裁判を起こして保険金を取り返したらどうかと提案してきたらしいが、母さんは女と関わるのが嫌で断った。それに裁判したってどうせ勝てっこない。

 裁判の話は、叔母さんの旦那──つまり、いま目の前にいるこの男が言い出したことじゃないかと、俺は思っている。仲介役に入って、うまく金をせしめようとしたに違いない。いかにも、金に汚いこの男が考えそうなことだ。

「丹野のおじさん、今日はなにしに?」

 いつまでたっても本題に入らないので俺から訊ねた。男の無駄話はいちいち俺の神経を逆撫でする。

「おお、忘れるところだったぜ。これな、今月の、うちからの援助。二万ぽっちだけどさ、俺んとこも大変なんだぜ、この不況の中、たったそれだけでも、赤の他人の家族のために出すってのはよ、うちは家のローンもまだまだ残ってるしよ、おまえんとこはいいよな、親父が死んで、ローンの支払い義務はなくなったんだろ? 羨ましいぜ、俺も死にてえよ」

 確かにローンはなくなったが、父さんの巻き添えをくった事故被害者への治療費と示談金でまとまった金が必要になり、結局家は売っ払ってしまった。そのことは男も知っている。

「いつもすみません、ありがとうございます」

 薄い封筒を受け取る。たった二万。だけど、俺の家庭には貴重な援助。叔母が家計が苦しいだろうからと援助を申し出てくれた。本当は三万。消えた一万は男の懐の中。それに気付いていても俺は知らないふりで封筒を受け取り頭をさげる。男がピンはねしていることを母にも叔母にも言わずに黙っている。

「あんまり長居すると寛子が怪しむからな」

 男は缶ビールをテーブルに置いた。寛子とは叔母さんの名前。叔母さんを理由にするのはただのきっかけ。いまから本題。男がわざわざ金を持ってくる本当の理由が始まる。

 俺は物分りのいい顔で頷き、服を脱いだ。その間に男も服を脱ぐ。合間合間にビールをちびちび飲む。だんだん顔が赤くなり、目が血走ってくる。

 全裸になった男の前に跪き、俺は股間に顔を寄せた。むせるような臭気に吐き気を催しながら、男のものを口に咥えて舌を使う。

 がめつい丹野が、うちに援助をしてくれる交換条件がこれだ。もちろん母さんと叔母さんは知らない。俺と丹野、ふたりのあいだで決まったことだ。最初に提案してきたのは丹野。環境が激変し、心身ともに疲れ果てた母を見ていた俺はそれを突っぱねることもできず、了承した。俺はまだ中学二年生だった。

 月に一度、男は金を持ってきて俺を抱いた。今年で二年目だ。止める気配も俺に飽きる様子もない。そのあいだ仕送りも続く。時給に換算すれば割のいいバイト。そう思わなければやっていけない。

 丹野に促され、俺は床に四つん這いになった。男のものが俺の中に入ってくる。毎度付き纏う痛みには慣れることがない。

 俺の体を気遣うことなく男は腰を振る。背後からは荒い鼻息が聞こえる。片膝を立てた男が激しく腰をぶつけてくる。さっきまでしゃぶっていたものが、今度は下の口を犯している。目を瞑っても脳裏には男の性器の残像が映る。あれが尻の穴を出たり入ったりしているのだ。男同士のセックスなんておぞましいもの、どうしてしたがるのか理解できない。

「お、お、お……あ、が…イグ…イグ、ぞ…おおおぉぉっ」

 獣みたいな咆哮をあげて男は果てた。俺のなかに汚らしい精子を存分に吐き出すと、丹野は鼻歌まじりに帰って行った。

 ※ ※ ※

 パーンという、スターターピストルの乾いた音がグラウンドのほうから聞こえてきた。今日はかったるい体育祭。俺は障害物競走なんてこれまた面倒なものを割り当てられていた。背が低くて足も遅いから文句は言えない。

「あいつの体力すげえぜ。さっきここで一発抜いた奴の走りとは思えねえ」

 窓枠にもたれる山本が外を眺めて言った。ここは1年9組──俺たちの教室。山本の横に立って俺も外を見た。

 400メートル走の真っ最中。さっきまでここにいた木崎が、すでに半周過ぎたところをトップで走っていた。いまのところ二位との差は3メートルくらい。きっとどんどん差は開くだろう。木崎って足速いから。

 案の定、木崎はダントツトップでゴールテープを切った。まだまだ余裕のある顔をしているから恐ろしい。たったいまそこで女を抱いていた奴の走りとは思えない。

 机を寄せ集めただけの即席ベッドの上では、体育着をもそもそと身につける女子が二人。一人は木崎の彼女。もう一人は山本の彼女。

 四人は、俺が見ている目の前で、恥も外聞もなく乱交していたというわけだ。木崎におまえもヤルかと誘われたが断った。童貞を捨てるチャンスなのに、と山本は言うが、俺は誰ともセックスしたくないから一生童貞のままでいい。

「あいつかわりもんだから」

 と木崎は言うけれど、自分の女を他人の男に貸してやろうとする二人、それに文句を言わない女二人のほうがどうかしてると俺は思う。

 四人の乱れた肉の絡みを見ても、俺は少しも興奮しなかった。むしろ目を背けたくなるような光景。情事の匂いで満たされた教室の換気をしようと窓を開けたら、400メートル走の招集が聞こえてきた。

「木崎、おまえの出番だぞ」
「まじ? いまいく」

 言葉通りにイッた木崎は、裸の女を残してグラウンドに戻り、駿足を見せつけたというわけだ。

「あたしたちも戻るわね」

 服装を正した女子二人が俺たちに手を振って教室を出て行った。机の上には使い終わったコンドームが、口を縛った状態で放置されている。あれを片付けるのは誰なんだ?

「障害物競走、もうすぐなんじゃねえか?」

 気だるげに山本が言った。

「さぁ、どうでもいいよ」
「出ない気か?」
「だったらかわりに山本が行ってくれよ」
「やだよ、あんなカッコ悪いの」
「それに出ろっていうの、おまえ」
「あはは」
「あははじゃねえよ、この野郎」

 木崎と山本は中学からの付き合いで、ふたりで色々悪いことをしてきたらしい。ツーカーなふたりだけれど、力関係は木崎のほうが上みたいで、山本はいつも、なにをするにも木崎の意見を求める。生まれついてのリーダー格然とした木崎も、それを当たり前のように思っていて、山本に指示を出したり、ときどきは顎で使うこともある。親友でありながらふたりの間にはしっかりとした上下関係があった。

 俺は高校に入り、同じクラスになってからふたりと知り合った。悪目立ちするふたりに気後れを感じていたが、山本は意外に親切で気さくな性格だった。席が隣になったときにいろいろ話をしていたら、いつの間にか俺もふたりの仲間入りをしていた。

 傍目には、俺はふたりについてまわる金魚のフンのように見られているだろう。たまにそんな自分を客観視する。

 たとえばふたりが他校生とモメて喧嘩なんかしたとき、暴力の経験がない俺は道の端に寄ってそれを傍観する。そんなとき、俺はふたりとは違うのだと強く自覚する。

 どうして俺がふたりと友達になったのか、いまでも不思議だ。

「木崎、遅いな」

 競技が終わってけっこう経つ。なのに木崎は帰って来ない。彼女が下に戻ったから木崎もグラウンドに残るつもりかもしれない。

「そのうち来んじゃね」

 興味がなさそうに答えると山本は大きな欠伸をした。

「彼女といっしょにいるんじゃないかな」
「なに。木崎に戻ってきて欲しいの? 俺とふたりじゃイヤだってこと?」
「そんなこと言ってないだろ。ここの後片付けは誰がするんだってことだよ」

 散らかった机を振り返る。そのとき教室の扉が開いた。

「おまえらぁ、こんなところでなにをしている!」

 俺たちの担任で体育教師の倉岡だった。サボッている現場を、一番見つかりたくない奴に見つかってしまった。

「河端くんが貧血起こして気分悪いって言うんで、ここで休憩してました!」

 と山本が咄嗟に嘘をついて俺の肩を抱く。俺はその嘘に合わせ、額を押さえて俯いた。そんな見え透いた嘘を信じるはずもなく、倉岡がずかずか中に入り込んでくる。途中、机の上の汚物を見つけて、顔を真っ赤に激高した。

「貴様ら、体育祭をサボッてなにをやっとるんだ!」

「それはっ、俺たちが来たときにはもう──」

 山本が言い訳するまえに倉岡のビンタが飛んできた。バチンと大きな音。正面に来た倉岡が手を振り上げる。俺はすぐさま目を閉じ、次の瞬間、頬が破れたような衝撃をくらっていた。

 平手とは言え、倉岡の手は大きくて分厚い。電話帳で張られたくらいの威力があるのだ。山本は何度か経験済みだが、俺はこれが初めてだから、この凄まじい破壊力にショックを受けた。

「さっさと片付けろ! なにを考えてるんだおまえらは! 教室はホテルじゃないんだぞ! ちゃんとぞうきんがけして綺麗にしろ!」
「はいはい、わかりました!」

 倉岡に負けない大声で返事をし、山本は俺の手を取って教室を出た。

「くそっ、なんであいつ見回りしてんだよ。まじでむかつくな」

 吐き捨てる山本の左頬はぶたれて真っ赤だ。俺は自分の頬を手でおさえた。ジンジンとして熱い。

 急に山本が立ち止まって俺の顔を覗きこんできた。俺の手の上に自分の手を重ねる。

「痛むか?」

 妙に優しい声で俺に訊ねる。

「痛いに決まってんじゃん。ヤッてたのはおまえらなのに、とんだとばっちり」
「そうだな。しかも言いだしっぺの張本人はタイミングよくこの場にいねえしな。木崎の野郎、あとでぶん殴ってやる」

 確かにそうだと思って俺は笑った。口の端にピリッとした痛みが走る。

「切れてんじゃん」

 山本の親指が痛む場所に触れる。そのすぐあと、身を屈めた山本に唇をペロリと舐められていた。

「ちょ、やめろよ」
「血の味って、なんか興奮するよな」

 と山本は艶かしい表情で笑った。それを見たら、胸の奥、みぞおちのあたりが重苦しくなった。

「馬鹿みてえ。俺、やっぱ障害物競走出るわ」

 山本の腕を振り払い、回れ右して歩き出す。

「俺ひとりで片付けんのかよ」

 背後から聞こえる不満の声を無視して、俺は校舎を出た。




こんばんは!令和2年最初の更新が過去作の使い回しとなったこと遺憾に思います!(堅苦しい)
いま書いてるやつ、だいたい3分の2まで進んだんですけど「これ、書く必要のない話だったのでは?」と内容の無さに気がついて呆然としました。ここまできたら書くけども!まだちょっと時間かかりそうだったので、過去作使いまわし更新です!
しかも暗めの話w 続編があってそちらでは暗いなりにハピエンになっております!冒頭の注意書きが物騒です。地雷の気配がしたらそっ閉じでお願い致します!

関連記事
スポンサーサイト
[PR]

コメント

管理者にだけ表示を許可する