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悪戯の代償(1/1)

2019.12.31.Tue.
 夕飯を食べているとき、母さんが思い出したように言った。

「そういえばお隣の正樹くん、帰って来てるらしいわよ」

 うっそーほんとにーと姉が驚く横で俺は飲んでたみそ汁が気管に入ってゴホゴホむせていた。

「なにしに帰ってきたの? まさか結婚の報告とか?」

 身を乗り出す姉に母さんはしかめっ面で首を横に振った。

「会社クビになったんだって」

 まじでーとテーブルを叩きながら姉が笑う。俺は茫然とその笑い声を聞いていた。頭のなかでは正樹くんとの思い出スライドショーが始まっている。

 部屋でタバコを吸ってる正樹くん。勉強机に向かう正樹くん。俺にゲームを教えてくれる正樹くん。一緒にテレビを見る正樹くん。居眠りしている正樹くん。高校の制服姿の正樹くん。

 優しくてちょっと悪そうで、だけどそこがかっこよくて。俺の憧れのお兄さんだった。

 あの日、まだ小/学生だった俺に悪戯してくるまでは――。

『健一、どうだ? ここを擦ったら気持ちよくなるだろ?』
『この白いのが精液だ』
『このこと、おばさんにも誰にも言うなよ』

 口止めされなくてもあんな恥ずかしいこと誰にも言えなかった。このさき言うつもりもない。

「ごちそうさま!」

 正樹くんとの思い出話に花を咲かせる母さんたちから逃げるように俺は自分の部屋に引っ込んだ。

~ ~ ~

 正樹くんとはあの日以来まともに顔を合わせていなかった。あのあと正樹くんは大学に通うために家を出て一人暮らしをはじめ、実家には数えるほどしか帰ってきていないようだった。 

 何年経ったのかと指折り数えてみる。

 8年。俺はあのときの正樹くんと同じ高校3年生になっていたが、小4の男の子相手に性的な悪戯なんかしたいとは思わない。興味もわかない。正樹くんはなにを思って俺にあんなことをしたんだろう。正樹くんはホモなんだろうか。ショタコンってやつなんだろうか。

 とにかく俺は正樹くんのせいで人生を狂わされた。いまなら正樹くんに面と向かって理由を聞ける気がする。文句を言える気がする。帰って来ているなら、明日にでも家に行ってみよう。

 窓をあけてお隣を覗きこむ。正樹くんの部屋の明かりは消えている。

 正樹くんはどんな大人になったんだろう。そんなことを思っていたら下から鼻歌が聞こえてきた。

 俺の家の前をフラフラした足取りで誰かが歩いている。千鳥足で鼻歌なんかうたっているところを見ると酔っ払いみたいだ。

 酔っ払いは俺んちの玄関前に立ち止まると表札に顔を近付けた。

「えっとぉ……神崎……? 違うじゃねえかよ」

 ひとりで悪態をつきながらまたよろよろ歩き出す。俺は窓を閉めるのも忘れて部屋を飛び出していた。

「正樹くん!」

 自分の家のまえでポケットをゴソゴソやっていた正樹くんは、ゆっくりとした動作で顔をこちらに向けた。

「どちらさまぁ?」

 呂律のまわらない口調で誰何する。

 つかつか歩み寄って俺は驚く。正樹くんってこんなに小柄だったっけ?

「俺のこと、忘れた?」

 正樹くんを見下ろす。なにご機嫌に酔っ払ってんの。なに俺のこと忘れちゃってんの。なにその無精髭。かっこいいと思ってんの。ばっかじゃないの。

「えー……誰だっけ」

 へにゃりと正樹くんが笑う。ほんとに俺のこと忘れたの? あんなことしておいて? 俺の人生めちゃくちゃにしたくせに?

 ムカツク。

「健一! 隣の!」
「あはー、健一な。でかくなったなぁ、おまえ」

 また前に向き直ってポケットをごそごそやる。家の鍵を探しているらしい。

「話あるんだけど」
「明日じゃだめ? 今日は友達と飲んでへべれけですよ俺は」
「今日、いますぐ」

 正樹くんは肩をすくめながら小さく息を吐き出した。子供の相手は疲れるなぁヤレヤレみたいな感じだすの、やめてくんない?

 小/学生のころよく遊んだ近くの公園に移動した。正樹くんは落ちてる石を蹴っ飛ばしている。スリッパで。会社クビになって無精髭生やしてスリッパはいて飲みに行くなんて駄目な大人の見本のような人だ。

「なんで会社クビになったの?」
「んー。大人の事情」
「なに」
「誘った女が部長のコレだったんだよ」

 正樹くんは小指を立てた。

「そんなことで?」
「男の嫉妬は恐ろしいんだぞぉ、おまえ。なりふり構わず嫌がらせしてきやがったあのハゲ親父。我慢できなくなって手ぇ出してコレ」

 とクビを切るジェスチャーをする。

「自業自得じゃん」
「女とはまだ一回もヤッてなかったんだぞ」

 一回でもヤッてたら満足だとでも?

「っていうかさ、正樹くん、女に興味あるんだ?」
「僕も健康な男なんで」

 なにキリッと顔作ってんの。

「俺、正樹くんはホモなんだと思ってたよ。しかもショタ」
「おいおい、なに情報だよそれ」
「俺情報ですけど?」

 正樹くんは力ない微笑を浮かべながら、脱力したように肩をさげて俺を見た。

「忘れたとか言わせないから」
「言わねえよ」
「覚えてんだ? 俺になにしたか」
「うん、えーっと、あれだろ、たぶん、あれ。いやこっちかな?」
「ふざけんな」
「わはー、怖い、健ちゃん」
「子供の俺にあんな悪戯しておいて」
「イタズラだなんて卑猥っ」

 グーにした手を口元に持ってきて正樹くんは身を捩った。その態度からは反省も俺への後ろめたさもなにも感じられなかった。

「責任とれよ」
「え? 俺のお嫁さんになる?」
「あんたのせいで俺、ホモになったんだからな」

 ふざけた笑い顔のまま正樹くんの表情は固まった。笑った形のまま開いた口がすげえ腹立って殴ってやりたくなる。

「あれから俺、女無理になったんだからな。男しか興味わかなくなったんだからな。どうしてくれんだよ」

 女子のブラジャーの紐がブラウスごしに透けて見えると同級生が騒いでいるころ、俺は友達の股間に興味津々だった。おっぱいってどんくらいやわらかいのかなぁとエアおっぱいを揉む友達に、俺はおまえのちんこの舌触りはどんなだろうなと生唾飲み込んでいた。

 真性ホモ。

 女にはまったく食指が動かず、俺のおかずは男ばかり。こうなったのもすべて小/学生のときに体験したあの出来事のせいだ。

「いや、おまえもともとそっちの気が……」
「どの口がそんなこと言えんの?」

 俺は正樹くんの顎を掴みあげた。あひるみたいに前に突き出た正樹くんの唇に自分の口を近付ける。

 ファーストキスは酒の味がした。

~ ~ ~

 夕方になって正樹くんは帰ってきた。玄関前で腕組んで待つ俺を見ると回れ右して引き返そうとする。

「こら待てそこの駄目人間」

 あたりを見渡した正樹くんは、『おたく? え? 私? 違う違う』みたいな一人芝居をしたあとまた歩き出した。そういう人をくったような態度、すっげえむかつくんですけど。

「そこの小児性愛者、あんただ、あんた」

 正樹くんは足を止め、振り返って足早にこちらへやってきた。

「そういうこと大きな声で言っちゃいけません」
「でも事実じゃん」
「事実なわけあるかぁ! まえにも言ったけど、俺はおまえをからかっただけでホモでもショタでもロリでもねえよ」
「俺を弄んだくせに」
「トラウマ与えたことは謝る! まさかそんなに免疫ないと思わなかったんだよ。受験のストレスが溜まってたから深く考えなかった。俺が悪かった。この通りだ」

 拝むみたいに手を合わせて俺に頭をさげる。

「ほんとに悪いと思ってんの?」
「思ってる思ってる。あ、そうだ、ほらあれ、慰謝料? 渡すから」

 ズボンの後ろポケットをまさぐりクシャクシャの札を数枚引っ張り出した。

「金なんかいらない。正樹くんの部屋行きたい」
「えっ、これじゃ足りない? あこぎだねぇ、旦那。俺はもう素寒貧だってのに。仕方ねえ、小銭も持ってけ!」

 ジャラリと硬貨数枚も取り出す。

「いらない。正樹くんの部屋に行きたい」

 俺は一語一句ゆっくり噛みしめるように言って聞かせた。やっと観念したのか正樹くんは大きな溜息をついた。

 正樹くんの部屋は8年前とほとんどかわっていなかった。学習机もベッドも学生時代に使っていた当時のまま。天井には当時人気絶頂だったグラビアアイドルのポスターも残っている。ハンガーで壁にかけていた学生服がなくなったかわりに、部屋のすみに大きな鞄が置いてあった。一人暮らしの部屋から持ってきた荷物だろう。

「なんか飲む? お茶? コーヒー? カルピス?」
「座って」

 なんだかんだ口実を作って正樹くんは部屋を出ていこうとする。俺が睨みながらベッドを指差すと正樹くんはふてくされたような顔でベッドに腰をおろした。

「毎日毎日パチンコ行って飽きないの?」
「今日は競馬」
「まじめに働く気ある?」
「おまえは俺のオカンか」
「もしかしてさっきのが全財産?」
「おうよ」

 一万数千円しかなかった。

「なっさけな」
「こんな大人にはなるなよー」
「ならないよ」

 隣に座って肩に手をまわしたら、正樹くんは体を強張らせた。落ち着かないみたいに目を泳がせている。

「もしかして俺が怖い?」
「うん。ケツに栓したほうがいい?」
「それ誘ってる?」
「ばかっ、俺がしたこと以上のことはしない約束だろ!」

 あの夜公園で交わした約束。俺をホモにした代償を、自らの体で払ってもらう。8年前正樹くんにやられたことをやり返すのだ。

「こっち向いて。目、閉じて」

 油をさしてないロボットなみにぎこちなくこっちを向いた正樹くんはぎゅっと目を瞑った。

 固く閉じられた唇に自分の唇を重ねる。無精髭を剃ったのは俺への配慮なんだろうかと頭のすみで考える。

「な、なぁ、俺、あんときおまえにキスはしなかっただろ」

 俺を押し返した正樹くんは顔を真っ赤にさせながら言った。

「どうせ覚えてないくせに」
「覚えてますぅー」

 肩をつかんで体当たりするみたいにベッドに押し倒した。はなせ馬鹿とわめく口を口で塞いで股間を擦り合わせる。俺のはとっくに勃っていたけど正樹くんはぜんぜんでがっかりする。

 下に手を伸ばしてズボンの前をくつろげる。その中に手を挿し入れ直に握ったら正樹くんは小さく呻いた。

「健一、こんなのまずいって」
「そのまずいこと、小/学生の俺にしたのは正樹くんじゃんか」

 体を起こし馬乗りになる。自分の勃起も取りだして、二本一緒に握って扱きあげた。俺のから溢れる先走りですぐ手がぬるぬるになる。

「あんときはよくわかんなくてなんか怖かったけど、いまはすげえ気持ちいいよ。正樹くんは?」
「はい、気持ちいいです」

 正樹くんは顔の前で両腕をクロスさせる。上気した頬とか荒い息遣いとか、時折唇を舐める舌がなんとも艶かしい。

 正樹くんの言うとおり、8年前キスはしなかった。だけど俺は正樹くんにキスがしたい。だって俺はこの8年間ずっと正樹くんのことを想ってきたからだ。

~ ~ ~

 テストの結果を見せたら母さんに一時間説教くらい、その夜、帰ってきた父さんにもたっぷり1時間絞られた。

 やっと解放されたと思ったら今度は風呂上りの姉から「ばっかじゃないの」と思い切り見下した目で見られた。

「うるさいな。ほっとけよ」
「あんた最近正樹くんに付き纏ってるでしょ」
「付き纏ってねえよ」

 図星のため声がすこしこもった。俺はあれから正樹くんの部屋に三日とあけずお邪魔してはキスしたり性器を触ったりしていた。つい先日は我慢の限界がきてフェラまでしていた。あのとき正樹くんはひどく慌てていたけれど、混乱しながらも俺の口のなかで射精した。

「あんたは昔からそうよね。実の姉より他人の正樹くんに懐いてたもんね」
「正樹くんのほうが優しいからね」
「正樹くんの弟として生まれてくればよかったんじゃない」
「俺もそう思うよ」
「最近口調まで正樹くんの真似して。ついでに本命に落ちるところも真似すればいいわ」
「えっ……、正樹くん、滑り止めだったの?」
「弟のくせにそんなことも知らないの」

 ふんと鼻を鳴らして姉は自分の部屋へと戻っていった。

 本命の大学には落ちていたのか……。 

 確かに正樹くんは受験生だというのによく俺の相手をしてくれていた。母さんから注意を受けて俺が遠慮していると新しいゲームあるぞと誘ってくれたり。

 帰ろうとする俺に「いつでも遊びに来いよ」と漫画本を貸してくれるのでそれを返しに行っては正樹くんの部屋にお邪魔して遊んでもらった。

 どっちかというと俺より正樹くんのほうが楽しんでいるふうだった。

 そりゃ本命大学に落ちもするよ。

~ ~ ~

 親がうるさいのでしばらく正樹くんちに行くのは我慢して勉強した。だけど学校で授業を受けていても家で英単語覚えていても頭の片隅には正樹くんがいて、夜中はいつも正樹くんをネタに自慰する毎日だった。

 そろそろ欲求不満が爆発しそうで今日はなんと言われても正樹くんちに行こうと決めていた。

 学校から帰って着替えていたら母さんが部屋に顔を出した。文句を言われるのかと身構える俺に「正樹くんが外で待ってるわよ」と言う。

「正樹くんが?」
「今日は遊びに連れてってくれるんだって」
「うそっ、いいの?」
「ストレス溜めてると体に悪いからって。あんた最近頑張ってたからね。いいわよ今日一日たっぷり遊んでらっしゃい」

 急いで家を出ようとする俺に母さんは一万円を握らせてくれた。ありがとうとお礼をいうのもそこそこに、俺は玄関の戸をあけた。

 家の前に白い車と、それにもたれて手を振る正樹くんがいた。

「どうしたのその車」
「レンタカー」
「まじで」
「どこ行きたい」
「どこって」
「まぁとりあえず乗りたまえ。僕の運転テクを見せてあげよう」

 助手席に乗り込んだ俺がシートベルトを締めると正樹くんは車を出した。まえもって用意していたのだろう、正樹くんがオーディオを操作すると、8年前正樹くんの部屋でよく聴いたバンドの曲が流れてきた。

 ♪自動車なら僕の白いので許してよ

 この部分のために白い車をレンタルしたのだとしたらちょっと笑ってしまうな。ただの偶然だろうけど。

 海の見える県外までドライブ。砂浜に座りこんで夕日が沈むのを眺めたあと、再び車に乗り込んで次は映画鑑賞。近くの店で和食の夕飯を済ませ、次に正樹くんが車をとめたのはラブホテルの駐車場だった。

 驚く俺にウィンクして正樹くんは車をおりた。さっさと部屋を決めてずんずん歩いていく。

「正樹くん、どういうつもりだよ」

 部屋に入るなり訊いた。

「先に風呂入る?」
「えっ、いや、あとでいいけど」
「じゃ俺が先な」

 備え付けの棚からタオルとバスローブを取りだして正樹くんは浴室へと消えた。

 一人取り残された俺は軽くパニックだ。正樹くん、どういうつもりなんだろう?

 俺の欲求不満を察してわざわざここへ連れてきてくれたんだろうか? それとも俺が本当に望んでいることがなにかわかった上でここへ? 正樹くんにその覚悟があるのか? 俺はどうすればいいんだ?

 悩んでいたら正樹くんが出てきた。おまえも入ってこいと言われ、その言葉に従った。

 風呂から出ると正樹くんはベッドの上でビールを飲んでいた。俺が所在なさげに立っていると缶ビールをサイドボードに置いて手招きする。俺はベッドの上に正座した。胡坐を組んでる正樹くんは顎を掻いたり首を掻いたり落ち着かない様子。

「なんで今日に限っておとなしいんだよおまえ」
「えっ、だって」
「いつもは人んち来てすぐ押し倒すくせに」
「いいの?」
「こっちはそのつもりでここ来たんですけどー」

 ごくりと生唾を飲み込む。腰を浮かせて正樹くんにキスする。軽く開いた口にどきどきしながら舌をさしこんだら、正樹くんに頭を抱えられた。そのまま後ろへ倒れるので、俺も一緒に倒れこんだ。

 はだけたバスローブ。当然その下はなにも身につけてなくて俺はやすやすと正樹くんの性器に触れることができた。キスしながら手を忙しなく動かす。完全に立ち上がるのはあっという間で、俺の手淫に正樹くんが喘ぐ。いつもは家のなかだから声を抑えてたんだと気づく。

 下へさがって先端を口に含んだ。滔々と溢れるものを舌先で誘い出しながら吸い上げる。

「どう? 気持ちいい?」
「あ、はい」

 どうして敬語なんだろうと思いつつ口と手を動かす。頭上から正樹くんの荒い息遣いと感じ入った声が聞こえる。

 口をはなしてサイドボードを見る。小さいかごに入ったボトルを手に取る。そのラベルを確かめる俺を、正樹くんが不安そうな顔で見ている。

「そのつもりなんだよね?」

 たっぷり間を取ったあと正樹くんは「はい」と頷いた。

 ローションを手に出した。それをお互いの股間に塗りたくると抜群に滑りがよくなった。後ろの穴にもたっぷり塗った。正樹くんの体はガチガチに固まっている。

「ここ、嫌だったんじゃないの?」

 指を出し入れしながらきいてみる。俺だってむりやりしたいわけじゃない。

「もうここまできたら引き返せないかと」
「そうだよね。正樹くん、気づいてたんでしょ。俺がずっとこうしたかったの」
「あー、はい。バックに怯える日々でした」
「じゃあどうして急にやる気になったの」
「大人としてけじめをつけようと思いまして」

 俺が責任を取れと言ったからか。あんなの正樹くんに触れるための口実で本気じゃなかったのに。まさか正樹くんがここまで責任感じてくれるとは思わなかった。

「じゃあ入れるよ」

 指を抜いた。

「う、あ、はい」

 裏返った声で正樹くんが返事をする。あんたのこと、好きでたまらないよ。

~ ~ ~

 朝になってホテルを出た。高速の手前のファミレスで朝食をとって家路へと向かう。

 俺は何度も隣の正樹くんを盗み見た。前方を見つめる正樹くんの横顔はかっこいい。素早い車線変更とか、信号待ちで退屈そうにステアリングを指で叩く仕草とか、渋滞を避けるためにカーナビを操作する真剣な顔つきとか。もうすべてがかっこいい。俺は正樹くんにくびったけだ。

 昼前に寄ったアウトレットモールで昼食をとりあれこれおしゃべりしながら買い物をした。これからもこうやって正樹くんとデートしたいと夢が膨らむ。

 家に到着したのは夕方で、昨夜は温泉で一泊したことにしようと口裏を合わせてから別れた。

 レンタカー会社へ向かう白い車を見送る俺は、最高に幸せだった。

~ ~ ~

「知り合いのつてで再就職できそうだって昨日、出てったの。正樹から聞いてない?」

 俺はおばさんの言葉が理解できなかった。正樹くんを訪ねて入った玄関先で一瞬我を忘れて茫然となった。

「聞いてませんけど」
「やだ、ほんとに? 昨日一日いっしょにいたのにどうして話さなかったのかしらね。そういえば温泉どうだった?」
「えっ、あぁ、まぁ、はい、よかったです」
「親の私も招待されたことなんかないのよ。あの子、健ちゃんのこと本当の弟みたいに思ってるからねぇ」

 だけど俺は正樹くんから家を出ることなにも聞いてませんけど。一言も。そんな素振りもみせなかった。

「こっちに帰って来てまた健ちゃんが遊びに来てくれるようになったでしょ? すごく喜んでたわよ。照れて口には出さなかったけど」
「いや、たぶん迷惑してたと思います」

 たぶんじゃなくて絶対だ。

 会えば8年前の責任を取れと正樹くんに迫った。性格上拒めない正樹くんの弱みにつけこんだ。俺は卑劣だ。

 だから正樹くんは逃げた。楽しいデートを演出して俺に最高の思い出を作ると責任を果たしたと言わんばかりに忽然と姿を消した。一人暮らしの部屋に戻ると話せば面倒なことになると思ったから俺には内緒で出て行ったんだ。

「そんなことないわよ。健ちゃんに会った最初の夜、あの子ずっと健ちゃんのこと話してたんだから」
「最初の夜……、正樹くん、俺のこと忘れてましたよ。声かけたら誰って言われたもん」
「照れくさかったのよきっと。一年くらい前に、偶然健ちゃんを見たってわざわざ電話してきたことがあるくらいよ。忘れるわけないわ」
「嘘だ」
「ほんとよ。女の子とふたりで歩いてたって。あれって彼女かなって私に聞くのよ。私が知ってるわけないのにねぇ」

 おばさんはケラケラと笑う。

 女の子とふたりで歩いたことなんて……一度だけあった。高2の文化祭。買出しを命じられてクラスの女子とふたりで街に出た。そのあと俺たちはクラスのやつらから付き合っちゃえとからかわれて大変だった。

 正樹くんが見たのは本当に俺だったんだろうか。詳しく聞くと時期と場所は一致した。

「でも正樹くんは俺になにも教えてくれなかった」

 いじけたように言うと、おばさんは俺を思いやるような目をして、

「きっと別れちゃうのが寂しかったのね。あの子よく健ちゃんが本当の弟だったらよかったのにって言ってたから。あ、そうだ、正樹の携帯電話の番号知ってる? 教えとくわ」
「いえ、いいです。お邪魔しました」

 軽く頭をさげて玄関を出た。自分ちへ向かう途中、涙が溢れてきそうになったが歯を食いしばってこらえた。

 俺も悪かったけど、正樹くんのこの仕打ちも相当だ。あのひとは笑顔でひどいことをする。

 8年前だって笑いながらこっちに来いと手招きした。俺は嫌だ、やめてと言ったのにやめてくれなかった。

 そこではっと気づいた。

 おまえと遊んでるとストレス解消になるよという正樹くんの言葉を信じて遊びに行っていたが、いまになって思えばどこまで本心だったのかわからない。

 もしかしたら空気を読まずに付きまとう俺のことをとてつもなく煩わしく思っていたかもしれない。だからあんなことをしたのかもしれない。

 家の前に立ち止まって俯いた。道路にポタリと滴が落ちた。

~ ~ ~

「カンパーイ!」

 四つのグラスがぶつかりあう。俺のはジュースだけど他の3つのグラスには酒が入っている。隣の姉は酒が飲めるのが嬉しいみたいで一気に飲み干している。

「合格おめでとう」

 朗らかに父さんが言う。母さんは横で嬉しそうににこにこしてる。俺は喜びより安堵のほうが大きかった。本命の大学に無事合格できたこと。受験勉強はもう終わったということに安心していた。

 今日は合格祝いとして特上鮨が食卓に並んでいる。俺がリクエストした焼肉は次の週末に連れていってくれるらしい。

「でもさぁ、これから健一どうすんの? 大学遠いんじゃないの?」

 ウニを頬張りながら姉が言う。

「仕方ないから学校の近くに部屋を借りるしかないわね」
「いいよなー。なんで私より先にこいつが一人暮らしなわけ」
「一人暮らしは大変なんだぞ。いままで母さんがやってくれてたことをぜんぶ自分でやらなきゃならないんだからな」

 母さんが作ったお吸い物を啜りながら父さんが言う。

 俺はべつに一人暮らしなんかしたくない。姉のようにバスで往復できる場所にあったら家から通いたい。

「合格祝いはなにがいい? 時計か? 万年筆か?」

 チョイスが昭和だなと思ったけど口には出さず「PS3」と答えて父さんを呆れさせておいた。

 食事のあと風呂に入って部屋のベッドに寝転がった。

 正樹くんがいなくなってから俺はとり憑かれたように勉強に勤しんだ。正樹くんは無理だった本命大学に是が非でも受かってやると、まるで復讐めいた気持ちで机に向かっていた。皮肉にも正樹くんのおかげで合格できたようなものだった。

 溜息をついて寝返りを打つ。股間に手が伸びる。考えないようにしていても頭に浮かんでくるのは正樹くんのことばかり。惨めな気持ちでズボンのなかに手を入れた。

~ ~ ~

 昼過ぎに寝ぼけ眼のまま下におりるとリビングのソファに正樹くんが座っていた。俺を見るなり、

「やっとお目覚めかい、お寝坊さん」

 と白い歯を見せて笑う。一瞬で目が覚めた。

「なんでここにいんの」
「あんたが起きるの待っててくれたんじゃないの」

 台所で洗い物をしている母さんが口を挟む。

「俺を? なんで?」
「一人暮らしする部屋、まだ決まってないって聞いたから」
「だから?」
「俺もワンルームがちょっと手狭になってきた頃でさぁ、引っ越そうかと思ってんのよね」
「で?」
「うん? いやだから、いっしょにどうかと思って」
「なにが?」
「いっしょに部屋探そうかと。ついでにいしょに住んだらどうかなと」

 俺は呼吸も忘れて正樹くんの顔を見つめた。洗い物を終えた母さんがやってきてベンチソファに腰をおろす。

「どうする? 母さんは正樹くんと二人暮らししてくれたほうが何かと安心なんだけど」
「え」

 今度はなにも知らない母さんの顔を見た。

「それにふたりの家賃合わせたらそこそこ広い部屋を借りられるでしょ? ワンルームなんて狭い部屋よりよくない?」
「そりゃそうだろうけど」
「あんたがどうしても一人暮らしがしたいって言うなら別にいいけど」

 また正樹くんに顔を戻して俺は口をパクパクさせた。正樹くんは苦笑して、

「いっしょに住むかどうかは別として、とりあえず部屋見にいくか?」

 とあげた手には車のキーが揺れていた。

 車に乗ってしばらくのあいだふたりとも無言だった。なにを言えばいいのかわからない。なにを聞けばいいのかもわからない。正樹くんの本心が俺にはさっぱりわからない。

「あ、そうそう、合格おめでとう」

 思い出したように正樹くんが言う。どうも、と俺は口を尖らせた。

「どういうつもりなんでしょうか」
「んー? なにが?」
「俺といっしょに住むとかって」
「あーそれですか。嫌ですか」
「意味わかんない」
「あはは、怒ってますよねー」
「怒ってねえけど。嫌われてたんだってわかってすっげえ傷ついたし落ち込んだ」
「嫌う? 俺がおまえを? んなわけあるかぁ」
「じゃあなんで何も言わずに俺のまえからいなくなったんだよ」
「私もかつては受験生だったわけですよ。だから健ちゃんには学業優先してもらいたかったわけですよ」
「だからなんで」
「俺がそばにいても毒にしからないってこと」

 言い返そうと息を吸いこんだがそのまま飲み込んだ。確かに正樹くんがいなくならなかったら俺は勉強そっちのけで正樹くんに会いに通っただろう。毎晩盛りのついたサルみたいにオナニーしたことだろう。その結果受験に失敗していたと今だから冷静に思える。

 正樹くんは俺のためを思って姿を消した。俺が憎かったわけじゃないんだ。安堵したと同時にひらめいた。

「もしかして正樹くんが本命落ちたのって俺のせい?」
「なはは。それは明らかに俺の勉強不足。おまえのせいじゃないよ」
「ほんとに?」

 正樹くんの太ももに手を乗せ、その顔を覗きこむ。正樹くんはチラと俺と目を合わせると安心させるように頷いた。だからといって俺の心に広がった疑惑の黒い雲は追い払えない。もしかしたら人生の邪魔をしたのは俺のほうだったのかもしれないのだ。

 顔を伏せて黙っていると、俺の手に正樹くんの手が重ねられた。

「俺さぁ、一人っ子じゃん? だからおまえのことほんとに可愛くて仕方なかったんだよね。毎日毎日、おまえが遊びに来るの楽しみに待ってたんだよ。おまえにかっこよく思われたいから必死にゲームの練習しておまえよりうまくなってさ。おまえの好きそうなお菓子用意しておいたり、おまえが退屈しないように漫画買っといたりさ。おまえに好かれるためにいろいろやってたんだぜ」

 俺はゆっくり顔をあげた。

「ほんとに?」
「おうよ。おまえが好きすぎてあの日、手ぇ出しちゃったわけですよ。あとで死ぬほど後悔したし、おまえに会うのもめちゃくちゃ怖くて避けてた。あの夜声かけられたときも逃げ出したいくらいびびってた」
「だからとぼけたの?」
「うん、なんかワンクッション起きたくて」

 声をあげて笑ったあと、正樹くんはふいに真剣な顔つきになった。

「こんなきったねえ大人と関わらせちゃいけないと思いつつも、前みたいに会いに来てくれる健一くんが可愛くてたまらんかったわけです」
「それ、俺のこと好きってこと?」
「はい。きみが合格したと知ってすっ飛んでくるような浅ましい男なんです僕は。今度はちゃんと付き合えないかと淡い期待を抱いてるんです」

 ちらりと俺を見る。正樹くんの流し目はとても色っぽかった。

 本命大学に合格できなかったのは俺のせいじゃないと正樹くんはきっと死ぬまで言い張るだろう。ちゃらんぽらんだけど本当に優しい人だから。

 いまさら過去に戻ってやり直すことは出来ないけれど、このさきの未来をよくする努力はできるはずだ。それも、ふたりで。

「俺もずっと正樹くんが好きだった。正樹くんといっしょに住みたい」

 正樹くんの口元に笑みが浮かぶ。

「じゃあふたりで愛の巣を探しに参りますか」




こんばんは!今年最後になにか更新したい!と思ってまた昔のやつを引っ張ってきました。
年を跨ぐ更新もあれなんで1つにまとめたらけっこうな長さになりましたが、さらっと読めると思います。おねだりの品が「PS3」というところに時代を感じますねw 当時は最新だったのですよ。直そうかとも思いましたがあえてそのままにしました。

今年も残りわずかとなりました!はやーい!
今年は100万打などなどめでたいことがありました。ひとえにご訪問くださる皆様のおかげですm(_ _)m
いつもいつもありがとうございます!また来年も頑張って行きたいと思いますのでどうぞお付き合いよろしくお願い致します!

2020年が皆さまにとってよい一年になりますように!




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コメント
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お返事
23:53の方へ

あけましておめでとうございます!
隣のお兄さんは一途だけど冷静に考えたら小学生に唾つけるショタ野郎ですよねwだからきっと大きくなったら逆転されたんだろうな、と。基本お年下攻め好きですが、おにショタもショタおにも好きです!
お正月!初詣で久しぶりに大吉引きました!ちょっと運勢上向いてきたかもしれません!過去2年ほど色々ありましたので今年は良い年になるようにしたいです!コメントありがとうございました!今年もよろしくお願い致します!!^^
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お返事
インディゴ様

あけましておめでとうございます!
昨年はお世話になりました!今年もどうぞよろしくお願い申し上げます!!^^

年下攻め良いですよねー。順当に年上攻めも良いんですが、個人的に食指が動くのは年下攻めです^q^
私の書いたものが少しでも生活の潤いや糧となっているのなら、こんなに光栄なことはないです!私も創作が乗りに乗っているときは、仕事してても「帰ったら書ける!だから頑張ろう!」と思ったりしますw
私の体調へのお気遣いもありがとうございます!自他ともに認める丈夫さ!なので今年もバリバリ書けたらいいなと思います!いま考えてる話がなかなかまとまらないので、また過去の話を更新するかもしれませんが、読んでやってもらえると嬉しいです^^

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