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うすらひ(11/18)

2019.10.29.Tue.
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 電車と新幹線を使い12時前にN県に到着した。目に入った店で昼食を取り、法務局で用事を済ませ、また駅に戻って電車移動。そのあとタクシーで幸村先生の自宅へ向かった。

「幸村先生って、誰なんですか」
「元議員で、地元の有力者ってやつ。今回の仕入れでいろいろ根回しに協力してくれたから、粗末に扱えない人なんだ。N県に来たのに素通りして帰ったってヘソ曲げられたら困るからね、だから毎回挨拶してるんだよ。いつもは村野がしてるんだけど、あいつ風邪で休みだから」
「2人で出張っていうのは、よくあることなんですか」
「やることいっぱいで人手が必要な時はよくあるよ。部長と2人っきりっていうときもある」

 顔を歪めて言う俺を見て、周防は「ハハ」と笑った。それを見て嬉しく思う。と同時に切なくなる。俺はまだこんなに周防を好きなんだと再認識させられてしまう。

 大きく立派な門の前でタクシーが止まった。勝手口の横のチャイムを鳴らすと「ハイ」と元気な女の人の声。会社名と名前を名乗ると「少々お待ちください」と返事があって、小柄な中年の女の人が出てきた。

 中に通され、立派な応接室で待たされた。大理石のテーブルだとか、鎧だとか、お金持ちと聞いてイメージする通りの部屋だ。

 たっぷり待たされて幸村先生がやってきた。恰幅のいい初老の男。風邪ごときで、と言いかねない年代なので、村野はインフルエンザに罹ったと嘘をついて、事前に村野にメールで聞いておいた手土産を渡した。

 1時間ほど幸村先生と話をしてお暇しようとしたら寿司が運ばれてきた。それをご馳走になり、また幸村先生の長い話が始まった。

 法務局だけなら最悪日帰りでも可能な仕事だが、幸村先生のこれがあるから一泊前提の仕事になる。

 酒を飲んでご機嫌になった幸村先生が、ご自慢の日本刀を見せてやる、と言いだしたときだった。いきなり応接室の戸が開いた。露出度高めの若い女性が俺たちを見て、「お客さんだったの~?」と甲高い声をあげた。

「瑠美ちゃん、どうしたんだい」

 幸村先生からびっくりするほど甘ったるい声が聞こえて俺と周防は思わず顔を見合わせた。

「今日、ご飯行く約束でしょ~。いつまで経っても迎えに来てくれないから瑠美が来てあげたの~」
「ああっ、そうだった、そうだった」
「もう~、しっかりしてよ、ボケるにはまだ早いんだからね」
「ごめんごめん、すぐ支度するからね」

 デレッとした顔だった幸村先生は、ひとつ咳払いをして元の貫禄を取り戻すと「姪の瑠美と約束があるので、悪いが今日はこれで」と女を連れて部屋を出て行った。

 呆然としたまま腰をあげ、さきほどの中年女性の案内で玄関を出た。手配してくれていたのか、門の前にタクシーが待っている。それに乗り込んだ。

「あれ絶対姪じゃないよな」

 ポツリと呟くと「そうですね」と周防が同意した。

「さっき僕たちを見送ってくれた女性は奥様じゃないんですか」
「あれはお手伝いさんだろ。奥さんは確か何年か前に亡くなってたはずだ」
「じゃあ、別に問題ないですね」

 周防は窓のほうへ顔を向けた。

 俺もなにも言えなくなって、駅まで無言だった。

 コインロッカーに預けておいた荷物を取って、ホテルのある駅まで電車に乗った。もうすっかり夜だ。移動ばかりで今日は疲れた。隣の周防もさすがに疲れた顔をしている。

「ごはんどうする?」
「少し食べたいです」
「ホテルの近くで探すか」
「はい」

 電車を下り、ホテルのほうへ歩きながら、途中で見つけた店に入った。さっき寿司を食べたばかりなのに、周防はそんなこと忘れたように注文した。

 食べ終わるとまたホテルに向かって歩く。コンビニに寄って飲み物と下着と靴下を買った。ホテルにチェックインして部屋に荷物をおろした。

 ベッドが二つ並んだ同じ部屋。本当に周防は気にならないのだろうか。こっそり盗み見した周防はベッドに腰かけてあくびをしている。

「先にシャワー浴びていいぞ」
「いえ、久松さん、お先にどうぞ」
「俺はちょっと出てくる」
「えっ、こんな時間にですか?」
「こっちにいる知り合いとちょっと会ってくる。遅くなると思うから、先に寝てて」
「でも」

 何か言いたげな周防に気付かないふりをして、財布と携帯を持って部屋を出た。

 こっちに知り合いなんかいない。周防と2人きりの空間が気まずくて、咄嗟についた嘘だ。

 寝るまでの間がもたない。なにを話せばいいのかわからない。風呂上がりの周防を見て平常心を保てる自信がない。だったらあいつが寝るまで外でいたほうがましだ。

 駅に戻る道を歩いて、明かりがついている飲み屋に入った。一品料理と酒を注文して、スマホを見ながら時間を潰す。

 30分が限界だった。いま帰っても周防はまだ起きているかもしれない。仕方なくまた酒を頼み、チビチビ飲んだ。さっきから溜息ばかりが出る。

「久松さん」

 驚いて振り返ると周防がいた。まだスーツ姿だ。

「おまえ、なんでここに」
「心配であとをつけたんです。知り合いの方はまだ来ないんですか?」

 俺を心配してくれたのか。それが嬉しいのに、なぜか腹が立った。俺を好きじゃないなら、もう優しくしないで欲しい。思わせぶりな態度を取らないでくれ。

 ハッとした。これは俺がいままで周防や公祐にしてきたことだ。人の気持ちを知った上でそれを弄ぶような、傲慢な行為。やったことが全部自分に返ってきている。

「知り合いは遅れるって連絡があった」
「じゃあ、来るまで隣にいていいですか」

 返事を待たずに周防は隣に座った。周防のいる左側がじんわり温かい。

「嘘だよ、知り合いは来ない」
「だと思いました。もうホテルに戻りませんか」

 俺の顔を覗きこんで言う。俺と違い、下心のない純粋な優しさだとわかる。だから余計、自分のしてきたことが恥ずかしかった。子供みたいに頷いて、周防と店を出た。

「悪かったな」

 周防の顔を直視出来ず、視線を前に向けたまま言った。

「僕と同じ部屋が嫌だったんですよね」
「違うよ、ただ、気まずかったんだよ」
「僕もです。ほんとは同じ部屋で一晩過ごすことにすごく抵抗がありました。2人だけの出張も、本当は嫌だったし、断りたかった」

 これが包み隠すことのない周防の本音だろう。それを聞いて落ち込む俺は、まだどこかで期待していたらしい。予定だったら今月は周防と泊りでどこかへ出かけているはずだった。それが仕事とは言え思わぬ形で実現した。気まずさはあっても、俺は少し浮かれていた。そして周防も同じなんじゃないかと、いまだに淡い期待を抱いていた。

 それが完全に否定されて、体から力が抜けていく。歩く足を前に出すのさえ大儀だ。

「だったら、ツインは嫌だって言えばよかったじゃないか」
「仕事だから我慢しようと思って」

 がまん、と口のなかで呟く。自虐的な笑みが自然と口に浮かんだ。

「周防はこのままホテル帰れ。俺はどこか空いてるホテルがないか探してみる。なかったら漫喫でもいいし」
「どうしてですか?」

 周防はびっくりした顔でこちらを向いた。俺はその反応に面食らった。

「俺といるのが嫌なんだろ?!」
「嫌じゃないですよ」
「はあ? さっき嫌だけど仕事だから我慢するって、おまえが言ったんだぞ?!」

 周防はキュッと唇を引き締めた。俺をじっと見つめていたかと思うと、前に向き直り「そうですね」と気の抜けた返事をした。

「最初はそう思ってたんです。でも今日一日一緒に行動して、そんなに嫌じゃなかったんです。久松さんはやっぱり頼りになる先輩だし、一緒にいて楽しかったです。だから余計に、どうして嘘をついたのかって、すごく腹が立つときもありましたけど、それも僕がまだ久松さんに気持ちが残ってるからなんですよね」

 前を向いたまま訥々と喋る周防の横顔を見つめた。

「前は好きじゃないって言いましたけど、本当はまだ好きなんです」

 噛みしめるように周防が言う。胸が締め付けられた。思わず「俺もだ」と言ってしまいそうになる。

「でも、今日一緒にいて、久松さんのことを諦められるような気がしてきました」
「……なんで?」

 自分でも泣きそうな声だと思った。周防は微かに笑った。

「だって、前みたいに普通に話ができるようになったきたじゃないですか。前はそれすら無理でした。でも今は同じ部屋でも平気だし、こうして追いかけて来ることもできた。久松さんとのことは忘れて、ちゃんと終わらせられる気がします。だから久松さんも早くそうしてください」

 吹っ切れたような口調と、軽い足取り。俺が立ち止まるとどんどん距離は開いて行った。周防の背中を見つめる視界が滲む。奥歯を噛みしめ、足を動かした。

 俺が遅れていることに気付いた周防の歩調が緩む。

 頼むからもう優しくしないでくれ。俺を気にかけないでくれ。

 そのあと突き放されるくらいなら、無視されたり避けられてるほうがましだった。

 ホテルでも、帰りの移動車のなかでも、俺たちは口数こそ少なかったが、それこそどこにでもいる会社の先輩後輩として振る舞うことができた。

 俺のほうは胸を締め付けられるような痛みをことあるごとに味わったが、周防のほうはいたって普通にお土産の話なんかをしていた。

 新幹線で周防は居眠りを始めたが、俺は一睡もできなかった。




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コメント
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お返事
00:41の方へ

コメントありがとうございます!
奥さんいたっけ?と忘れてかけてもらうためにも前半長く書きましたw
天国から地獄へ。不倫は誰も幸せにならないですね~。と言いつつ、既婚者の話を割と書いてます。シチュエーションとしては実は好きかも。

周防は新卒でまだちょっと子供っぽさがあるというか融通きかない感じの性格にしました。
わりと好きなキャラになったので壁にぶち当たりつつも幸せになってもらいたいです。相手は久松でいいのか?!とは思いますけども。残りあと数話ですが、最後までお付き合い頂けたら嬉しいです!^^


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