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うすらひ(5/18)

2019.10.23.Wed.


 周防も俺も仕事が忙しくてなかなか会う時間を取れない日が続いた。たまに雑談ができてもたいてい誰かが一緒だったり人の目があったりで、親密な会話はできなかった。そんな時周防はひたむきに俺を見つめてきた。もう日影の石の裏のような湿ったものじゃなく、日向に置かれた石のように暖かい視線だ。誰かにバレるんじゃないかとヒヤヒヤする。

 口実を作って周防に近づいたりもした。どうでもいい書類を渡すついでに周防の指に触れ、視線を絡ませる。俺を見る周防の目が好きだ。この世の誰よりも俺が好きだと伝えてくる。

 昼になればあいかわらず新人チームで集まって食事に行く。仕事が終われば仲良く居残り。それもあと少しで終わる。

 日に日に、周防から毎日届く夜のメールの時間が遅くなった。昨日なんかは23時を過ぎていた。根を詰め過ぎじゃないのかと心配になる。

 プレゼン当日、朝から緊張した面持ちの新人四人が会議室へ向かって行った。戦場へ赴く戦士のようだ。うまくやれよ、と周防の背中へエールを送った。

 周防たちが会議室から出て来たのは昼休憩の少し前。安堵した表情からうまくいったのだとわかる。監督の立場だった古田さんもご機嫌な様子で四人を昼食に誘っていた。

 今夜は打ち上げがあるだろうから、周防と飯に行けるのは明日以降。今週末は一緒にいられるだろうか。この前、「もう少し一緒にいたい」と珍しくわがままを言った周防の願いをかなえてやりたい。

 その話をしたくて夜、周防からのメールを待っていた。日付がかわっても音沙汰がない。まだ飲んでいるのか、もう遅いから周防が遠慮しているのか。俺からメールをしてもしまだ飲み会の最中だったら悪いし、万が一誰かの目に触れたら困る。

 1時過ぎまで待ったが、メールはこなかった。

 翌朝会社へ行くと、エレベーターホールに周防と同期の女性社員が二人並んで立っていた。立花と南だ。化粧毛のなかった南だったが最近見た目が華やかに女らしくなった。髪を染めて、アクセサリーもつけてくるようになった。仲のいい立花の影響かもしれない。

 二人は俺に挨拶すると前へ向き直り、会話を続けた。

「じゃあ昨日は周防くんが家まで送ってくれたの?」

 立花の口から周防の名前が出て来て聞き耳を立てた。

「方向が同じだし、タクシー代も割り勘にしたほうがお互い得だからって」
「周防くんじゃなかったら、そんなこと言われてもちょっと警戒しちゃうよね」
「私も最初大丈夫かなって不安だったんだけど、周防くんが助手席に座ってくれて、そういう気遣いできるんだって、なんかちょっと意外だった」
「周防くんて大雑把な性格に見えて、実は気配り上手だよね。しかも名取くんと違って手柄アピールしないし」

 名取とは、周防と同期の男性社員だ。ウェイ系でやたら声が大きく元気がいい。はじめはたいていの社員からけむたがられるが、持ち前のポジティブさでいつの間にかみんなに好かれている。だが同期の女子二人からは好かれてはいなさそうだ。

「そういえば立花さん、あのあと大丈夫だった? 名取くん、しつこかったんじゃない?」
「まあね、もう一軒行こうとか、家まで送るとか、挙句の果てに俺を家まで送ってくれって、まあしつこかったけど、最後は撒いてやった」

 アハハ、と二人は笑った。名取は立花狙いらしい。

 エレベーターに乗っている間も、二人は声を潜めて話しを続けた。仕事のことや、次の休みの予定のことと話題は尽きない。

「あ、周防くん」

 エレベーターを出たところで、すでに出勤していた周防が南に呼ばれて振り返った。俺に気付いて頬を緩めかける。

「昨日はありがとうね」
「え、あ、いや別に」

 俺と南、どちらを見るべきか迷って周防の視線が彷徨う。

「ね、今日のお昼、みんなで行かない?」

 去り際、立花の声が聞こえた。今日の昼は一緒に食べられるかと思ったが、無理かもしれない。夜まで我慢だ。

 案の定、昼休憩になると周防たちは四人で集まっていた。周防が縋るような申し訳なさそうな目で俺に視線を送ってくる。仕方がないよ、と口に笑みを乗せて、俺は村野と一階のカフェへ下りた。

 そこで古田さんに会い、三人でテーブルを囲むことになった。話題は自然と新入社員4人の話になった。

 立花はやはり優秀らしい。昨日のプレゼンでも部長たちからの厳しい指摘に動じることなく堂々と対処したそうだ。「意外だったのは」と古田さんは次に周防の名をあげた。

「頼りなく見えてたけど、実は一番冷静だったんじゃないかな。いきなり関係ない話題を振られても落ち着いて対応できてた。バレーの大会では活躍してた選手らしいし、意外と肝が据わってるのかもしれないな」
「鈍感なだけなのかもしれないですよ」

 村野はおもしろくなさそうだ。

 周防が褒められて、自分のことのように嬉しかった。立花のようにすぐ評価されるタイプではないが、一度一緒に仕事をすれば誰でもあいつの良さに気付く。

 名取は仕事は荒いが場の盛り上げかただけは上手く、南はおとなしいがフォロー上手、というのが古田さんが下した4人の評価だった。

 いまうちの部署が扱っている案件がA、N、Zの3つ。4人は今後この3つへ割り振られる。俺と同じNに周防がきてくれたら、仕事でも一緒にいられる時間が増えるのに。公私混同甚だしい考えだが、周防がいてくれたらやる気が倍増するのは間違いない。

 食事が済んで上のフロアへ戻った。少し遅れて周防たちも帰ってきた。周防からメールがきた。

『今日の夜、食事に行きませんか』

 顔をあげると離れた場所の周防と目があった。メールを送るかわりに、直接周防に頷いて返事をした。

 二人とも定時にあがり、一緒にビルを出た。軽く食事を、と大通り添いのバルに入った。「お疲れさま」と一仕事終えた周防を労わり乾杯する。

「古田さんがおまえのこと褒めてたよ」
「本当ですか?」
「ああ、意外に肝が据わってるって」
「そんなことないですよ、ずっと緊張しっぱなしで。みんなに助けてもらいました」
「いいチームだったじゃん」
「はい。恵まれてると思います」

 周防は噛みしめるように言った。この謙虚さが俺は好きだ。

「昨日は打ち上げ?」
「古田さんが誘ってくれて、みんなで行きました」
「けっこう遅くまで飲んだんだろ?」
「そうですね、古田さんは途中で帰られたんですけど、そこからが長くて」

 と苦笑する。

「メールくれなかったもんな。俺は待ってたのに」
「すいません、帰ったのが遅くて、迷惑になると思って」
「嘘だよ。何時に家帰ったの?」
「一時過ぎです」

 俺の質問に答えるだけの周防から、南の話題は出てこない。ゆうべ、送ってやったんだろ。俺は知ってるんだぞ。周防にとって、とるにたらない出来事なのか、あえて黙っているのか。

「電車なくて困ったんじゃない?」
「ちょうど南さんと方向が同じだったんです。だからタクシー相乗りして帰りました」

 なんでもないことのように報告してビールに口をつけた。どこにも後ろめたさや動揺は見られない。疑っていたわけじゃないが、立花と南の口振りから周防の印象は悪くないようだし、いつか誰かから粉をかけられるんじゃないかと心配は付き纏う。

 1時間ほどで店を出て「このあとどうする?」と周防に訊いた。

「また、ホテルへ行ってもいいですか?」

 もちろん俺もそのつもりだったのでまたタクシーで近くまで行き、人目を警戒しながら前と同じホテルに入った。

 シャワーを浴び、キスをして、抱き合って、扱き合った。

 周防は愛情表現を出し惜しみしない。それはベッドの中でもそうだ。言葉だけじゃなく、キスひとつ、愛撫ひとつをとっても、俺への愛情が滲み出ている。

 だから俺も周防に与えたくなる。俺の全部をお前の物にしていいんだと、この身を預けたくなる。

 だが周防はそこから先へ進もうとしなかった。やり方を知らないのか躊躇があるのかはわからないが、今日も触りあうだけで終わった。不満ではないが、周防がどう思っているのかが気になった。

 俺の体を思って遠慮しているなら、それは必要ないことだ。俺だってどうせなら周防と最後までしたい。

 もしかして、男同士のセックスに嫌悪感があるんじゃないかと、それが心配だった。

 一緒に、と誘われて周防と風呂に入った。浴槽に湯を張り、向かい合って浸る。

「そうだ、来月の週末にどこか出かけようか。泊まりでさ。たまには遠出しようよ」
「ほんとに? いいんですか?」
「うん。二人で旅行行きたいって言ってただろ」
「はい、行きたいです」

 小学/生みたいに元気に返事をして、周防は俺の手を握った。

「一緒に泊まれるんですよね」
「うん、予定空けとく」
「久松さんが嫌じゃなかったら……」

 周防はもぞもぞと唇を動かした。

「なんだよ」
「その日は、最後までしてもいいですか?」

 許しを請う目が俺を見る。心臓を鷲掴みにされたようだった。周防も、男の体の俺にちゃんと興奮してくれていた。最後までしたいと思っていてくれた。

 体中が喜びに震える。しがみつくように抱きついてキスした。

「おまえにだったら、なにされてもいいよ」

 今日も時間ギリギリでホテルを出た。

「近くにいた時間が長いほど、離れるときは寂しくなりますね」

 駅について周防がぽつりと言った。その様子があまりに寂しげだったので胸を掻きむしられた。いられるならずっと一緒にいたい。

「また明日会えるだろ」

 これは自分に言い聞かせるための言葉でもある。

「また明日」と反対の階段を登っていく周防の背中からしばらく目を離せなかった。
 


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