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続続・嫁に来ないか(2/3)

2019.09.16.Mon.
<前話>

 まっすぐ帰る気分にもならず、先輩に連れて行ってもらったことのあるバーに寄った。暗い店内にジャズが流れる落ち着いた雰囲気が気に入っていた。

 ひとりで飲んでいたら奏斗から今日のお礼のメールがきた。こちらこそ今後もよろしく、と返事をしたついでに一緒の飲もうと誘ってみたが、今日は古賀さんと打ち合わせがあるので、と断られた。

 こんな日に限って誰も誘ってくれない。仲のいい後輩を誘ってまた断られたらへこむから誰も誘えない。

 どうしよう。久し振りにそこらへんの素人ひっかけて一晩遊ぼうかな。表に出たらものすごく面倒なことになるとわかっているのに、いまの俺は自暴自棄な気分だった。

 あてもなくアドレス帳に連なる名前を眺める。芸能界という特殊な世界で繋がった人たち。俺が芸能界をやめたらおそらくもう連絡を取り合うこともなくなる。その程度の付き合い。

 相棒の小東が大麻所持で捕まり世間を騒がせていた頃、誰も彼もが俺を見てみぬふりした。沈む泥舟に手を差し伸べる人なんていなかった。当たり前だ。俺だって当事者じゃなければ知らんぷりしていただろう。なんのメリットもない。

 いまはそれなりに仕事をもらえて、経験も積んで、知り合いの数も増えた。事務所の後ろ盾もあるから誰も俺を軽くは扱わなくなった。

 でも芸能人でなくなった時、俺個人と付き合いを続けてくれる人はこの中に何人いるだろう。

 急に虚しさに襲われてアドレス帳を全消去したくなった。駄目だ駄目だ。スマホをテーブルに置いた。

「ご一緒していいですか?」

 声をかけられ顔をあげる。驚きのあまり椅子から転がり落ちてしまった。

「大丈夫ですか? かなり酔ってるみたいですけど、何杯飲んだんですか?」

 俺を助け起こして中田さんは向かいの椅子に腰を下ろした。目が合うとにこりと笑う。

「なんで──」
「ここがわかったのかって? 僕たち、アプリで繋がってるじゃないですか」

 俺は首を振った。

「なんでここにいるんだよ」
「もちろん大澤さんに会いに来たんですよ」

 どの口が。思わずグラスの中身をぶっかけてやろうかと思ったが店に迷惑をかけるし、注目を浴びるのは嫌だからやめた。

「あんたも不義理だね」

 中田さんは軽く目を見開いた。

「僕が不義理?」
「ここに来る前、どこで何してたんだよ」
「ずっと仕事してましたが」
「へえ仕事? あんたのスマホにも俺と同じアプリ入れてるの忘れた? さっきまでレストランで女と食事してただろ。酒まで飲んで。離れたテーブルに俺がいたのに気付かないくらいあんた楽しそうだったな。俺からの着信無視したのも全部この目で見てたんだよ。女とデートするのが仕事? あんたいつ転職したの? それとも最近の農家は女と食事してるだけで野菜育てられんの? そりゃ知らなかったわ。悪い悪い」

 精一杯の皮肉をこめて笑って見せる。中田さんはずっと驚いた顔のままだ。頭の中でいま必死に言い訳を考えているんだろうが、俺は現場を見ている。言い逃れはできない。全部論破してやる。

 俺を一途に好きだったと言うわりに、やることしっかりやってる奴がどんな言い訳をしてくるか楽しみだ。

 腕を組み、ふんぞり返って中田さんの言葉を待つ。

 中田さんは両手で顔を覆い「ああ」とため息のような呻きのような声を漏らした。観念したか?

 指の隙間から中田さんの目が俺を見ていた。

「大澤さん」
「なんだよ」
「それは嫉妬ですよ」
「……なっ、ばかちげえよ、論点すり替えんな」

 大きな声を出しそうになって慌てて抑えた。

「じゃあどうしてそんなに怒ってるんですか?」
「そりゃ怒るだろ、あんたさんざん……俺にあんなことしたくせに、ちゃっかり女作ってるとか誰だって頭くるだろ」
「ああ」

 また呻くように言って中田さんは俯いた。よく見ると体が小刻みに震えているような気がする。

「いまここでめちゃくちゃに犯したい」

 尻の穴が縮むような物騒な呟きが聞こえた。やりかねない気がして、つい逃げ腰になる。

「は、はぐらかされないぞ」
「本当に仕事です」

 中田さんは顔を覆っていた手を膝に置いた。俯いたまま俺を見つめるその目がぞっとするほど据わっている。

「僕がさっき一緒に食事をしていたのはあのレストランのオーナー代理の方で、僕の野菜を店で使いたいと言ってくださったんです。実際に店の味を知ってもらいたいと食事をご馳走になりました。ワインを頂いたのは、契約成立の記念にと一杯だけ。大澤さんからの電話に出られなかったのは相手に失礼だと思ったからです。気を悪くしたのなら謝ります。今度からは何を置いても、あなたからの電話には必ず出ますから機嫌を直してくれませんか?」

 淡々と告げられる言葉。理解はできるが耳を素通りしていくこの感じ。中田さんの目から逃れられない。視線が絡みついて息苦しい。カエルに睨まれた蛇? いますぐおまえを抱いてやるぞという目から目を逸らせない。

「そんなこと、なんとでも言えるし」

 のどから絞りだした声はみっともないくらいに掠れていた。

「契約書を見せます。証拠にはならないかもしれませんが。メールのやり取りも見せましょうか?」

 中田さんは二つに折った封筒を鞄から出してテーブルに置いた。スマホを操作し、画面を俺に見せる。白い画面に文字が並んでいる。メモ帳か?

『この店のトイレか近くのホテル、どこがいいですか?』

 眉を顰める。意味を理解するまでに数秒。ハッと目をあげたら手を掴まれた。引いてもびくともしない強い力だ。

「理性が保てているうちに、決めて下さい」

 熱い手だ。俺の体まで熱くなってくる。俺はかろうじて首を横に振った。

「そんなとこ、いやだ……俺の、家で」
「早く出ましょう」

 中田さんに手を掴まれたまま店を出た。




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