One Way(1/3)
2019.08.29.Thu.
※モブ姦
起きたらもう昼前だった。昨夜、仲間と遅くまで遊んだせいだ。二日酔いで頭が痛いし、なんなら軽い吐き気もある。とりあえず顔を洗って薬を飲もう。
あくびしながら階段を下りたら、親父の書斎の前に人がいた。秘書の紺野さんだ。
「紺野さん、おはよー」
「……もう昼ですが」
「あ、じゃあこんにちはー」
へらっと笑いながら手を振る。紺野さんは小さく頷くだけ。
ぱっと見、顔は整ってきれいに見える。眉は細くて、目は一重で切れ長、鼻筋通って、薄い唇は赤い。喜怒哀楽を忘れたようにいつも無表情で肌も生ッ白いもんだから、この人の顔を一分も見ていたら爬虫類を連想するようになる。例えば白い蛇。
紺野さんが家に出入りするようになって2年ほど経つが、俺がどんな冗談を言おうがからかおうが、この人は1ミリも表情を変えない。笑った顔も怒った顔も一度も見たことがない。能面みたいな人だが、まだ二十代のこの人を親父が私設秘書として雇ったということは優秀なんだろう。
酒を飲んで親父の機嫌がいい時に「おまえも少しは紺野くんを見習え」と言われたこともあるほどだ。
銅像のように書斎の前で立っている紺野さんと別れ、顔を洗い歯を磨いた。台所に行くと母親が家政婦の野崎さんとテレビを見ながら話をしている。
「おはよう」
「なにがおはようですか。何時だと思ってるの。今日学校は?」
「昼から」
「本当に? 単位は大丈夫なんでしょうね。留年なんてなったらお父さんカンカンに怒るわよ」
「ハイハイわかってますって。野崎さん、頭痛いから薬欲しいんだけど」
家政婦の野崎さんが薬箱から鎮痛剤を出してくれた。それを飲んだあと、野崎さんが用意してくれた昼ご飯を食べる。
「昨日は何時に帰って来たの。頭が痛いってどうせ二日酔いでしょう。酒臭いったら。あなた自分が学生だって忘れてるんじゃないでしょうね。毎日毎日遊んでばっかりいて。あなたとお父さんは別々の人間だけど、世間はどうしたって望月欣二郎の息子だって目で見るんですからね。もう少しシャンとしてちょうだい」
ここぞとばかりに母の説教が始まった。野崎さんは仕方がないという顔で苦笑を浮かべている。世間の評価は俺だって知ってる。望月議員の長男は出来損ないの放蕩息子。ただ年相応の遊びをしているだけでこの言われようだ。俺まで議員並みの品行方正さを求められちゃたまらない。
政治家の父親なんか持つもんじゃないとつくづく思う。
「とりあえず卒業できればいいなんて考えてちゃ駄目だよ。なんのために大学まで行くのかよく考えなさい。自分のしたいこと、やりたいことを見つけるために行くのよ。そのためのお勉強をする場所なのよ、大学っていうところは」
返事せずにほうれん草のごまあえを口に運んだ。母の言うことには反発しか感じない。好きな仕事をしろと幼いころから言われてきたが、父と母の口ぶりや眼差しから強い圧力をいつも感じる。後援会の人達はもっと露骨で「公維くんにはお父さんの跡を継ぐ意思をしっかり持ってもらわないと」と面と向かって言われる。
実は父も世襲議員だ。質実剛健な祖父とは違い、父の最初の頃の評判は巧言令色鮮し仁。
若い頃の父は銀幕スターかと言われるほどの色男で、女性からの支持も多く、テレビや雑誌の取材ではそれこそ芸能人ばりに愛想を振りまいていたらしい。
甘言を弄して人心を惑わすが実が伴わない。風当りもきつかったらしいが、祖父が亡くなり告別式での毅然とした父の態度で評判は変わり始めた。質実剛健な祖父を思わせる言動を引き継いでからは剛柔使い分けのできるカリスマ政治家へと見事転身した。
父に言わせれば、すべて最初から計算だったという。若造がどれだけ頑張ったところで世間は認めない。なら評判を落としておいて、いざという時、ひっくり返せばいい。落ちていた分、評価は爆上りする。
いまの俺と変わらない年でそんなことを考えていたらしい。
俺にはそんな計算も野望もない。
政治家に向いてない、とはっきり言ったこともあるが、判断できるほどの経験もないくせに生意気を言うなと一蹴された。憲法第22条、職業選択の自由は俺には認められていない。だから母の言うことは詭弁である。素直にハイと返事できるはずがない。
「わかったってもう。ただでさえ二日酔いだってのに、ますます飯がまずくなるよ」
「自業自得でしょうが」
ピシャリと母に言われて、これ以上反論するのはやめた。火に油を注ぐだけだ。
軽く食べてあとは残した。母の説教のせいで食欲が失せた。
午後の講義は端から出る気はなかったが、家にいたらまたガミガミ言われそうだから出かけるしかない。誰か誘える知り合いはいないかと頭のアドレス帳をスワイプしながら階段に向かう。
書斎の前にはまだ紺野さんが立っていた。薄暗い廊下の暗がりに、色の白い顔が浮かびあがる。
俺から話しかけないと、この人と会話は始まらない。
「さっきからなにしてるの?」
声をかけると紺野さんは顔をこちらに向けた。あいかわらず能面無表情。
「先生が中で電話中ですので」
「だからそこで突っ立って待ってるの?」
「そうです」
声に温度があるとしたら、この人の声はきっと冷たいに違いない。
「紺野さんはなんで親父の秘書になったの?」
「先生の政策、政治家としての在り方に強く惹かれたからです」
「俺じゃなくて紺野さんが息子だったら親父も嬉しいんだろうね」
嫌味と冗談半分で言った俺の言葉に、紺野さんの口角がわずかに持ちあがった。
「私が? それはないでしょう」
例え冷笑であったとしても、この人が笑うなんて滅多にない。いや初めてみた。茫然と見ていたらすぐ笑みは消えた。
「君は早く学校へ行きなさい」
ここでも説教されちゃかなわない。すぐ退散した。
~ ~ ~
結局午後の講義に顔を出し、そのあと友人たちと遊びに出かけた。ほとんどのメンバーは親父の会社を継ぐだとかコネ就職が決まっていて気楽なもんだ。俺も親父のツテでとある企業への内定が決まっている。
そりゃ恵まれてると思うし、世間からやっかまれるのも仕方がないと思う。だけど生まれた時から他人とスタートラインが違うのは、持って生まれた運としか言いようがないので俺のせいじゃない。
連日午前様だと母の説教が増える。今日は少し早めに帰宅した。「あら珍しい」と母の嫌味を受け流し、野崎さんの晩ご飯を食べる。
食べ終わって熱いお茶を飲んでいたら家の電話が鳴った。野崎さんが母へ繋ぐ。
「公維なら家にいますけど」
と母が俺を見たので嫌な予感がした。
受話器を戻した母が俺に向き直る。
「お父さんが忘れものを届けて欲しいんですって。『いすゞ』まで行ってきてちょうだい。どうせ暇でしょ」
ほらきた。
「いや、レポートとかあるし」
「帰ってきてからでもいいじゃない。昨日も今日も遊びほうけていて、どの口がレポートだなんて言うのかしらね。本当に勉強するのかどうか、野崎さんに見張っててもらいましょうか?」
「……わかったよ。行くよ。なに持ってきゃいいの?」
やけくそで言うと、母は部屋を出て、封筒を持って戻ってきた。
「車で来なさいって」
「なんで? タクシーでいいじゃん」
「知らないわよ。お父さんが車で来なさいって言うんだから車なんでしょ」
わけがわからない。俺が酒を飲んでたらどうするつもりだったんだ。精一杯の抵抗として肩をすくめてみせてから、母から封筒を受け取った。親のすねをかじっている間、どうしたって立場が弱いのは致し方ない。
車を運転して指定された料亭へ向かった。政治家が密談する場所と言えば料亭。ベタすぎて笑える。「いすゞ」は祖父の代から使っていて父もその伝統を変える気はないようだ。
話が通っていたようで、中に入るとすぐ仲居がやってきて「こちらです」と奥の座敷へ案内してくれた。仲居はそそくさといなくなった。
襖を開けたら父がいた。ひとりで煙草を吸っている。
「密談は終わったの?」
俺の冗談に「馬鹿か」と親父。そういえばいつも一緒の紺野さんがいない。だから車で来いと言われたのかと納得しかけた時、奥の部屋からくぐもった声が聞こえた。
父は意に介さず煙を吐きだしている。
「おまえ、卒業後の進路はどう考えてるんだ?」
俺は隣の部屋が気になって仕方がないのに、父はどうでもいい話をし始めた。
「どうって、××物産に内定もらってるじゃん」
父の口利きだ。まさか忘れたのか。耄碌するにはまだ早いはずだが。
「そうじゃない。そのあとのことを言ってるんだ」
「そのあとって言われても……適当に結婚して子供作って──」
「俺の跡を継ぐ気はあるのかと言ってるんだ」
呆気に取られて父を見た。父は真面目な顔つきだ。
「はは、ないない。俺には向いてないよ」
「サラリーマンなら向いてると言うのか?」
向いてると断言できる奴なんているのだろうか。答えに窮していると父は煙草をもみ消した。
「おまえの人生だ。おまえの好きにすればいい。だがもし、俺の跡を引き継ぐ気が少しでもあるなら、おまえに見せておくものがある。あとで文句を言われたくないしな。どうする、見ていくか?」
親父は奥の部屋に繋がる襖に手をかけた。さっきから明らかに不自然な物音が聞こえている場所だ。好奇心を人質に交渉する親父のやり方は気に食わない。
政治家なんぞになる気はない。だが隣の部屋でなにが行われているのか興味はある。ある程度想像はつくが、それを目の当たりにしたあと、家に帰って母にどんな顔をすればいいのかわからない。親父もただの男だ。職業柄、精力的な人間でないと務まらないことは理解はできるが……。
「そんなもの、改めて見させられても困るよ。世間が抱く政治家がやってそうなこと、そのまんまじゃないか」
「見る覚悟がないなら帰れ。二度とお前に政治の話はしない」
人間、切り捨てられるようなことを言われると、途端に惜しくなるものである。
父が政治家であることで嫌な思いもした。父はほとんど家にいなかったし、帰ってきたとしても大人の誰かと話をしていて子供の俺の相手はしてくれなかった。選挙期間はさらに酷くて母も家に居なくなり、俺の相手をしてくれたのは家政婦の野崎さんだけだった。
見知らぬ通行人から罵声を浴びせられたこともある。
しかし嫌な思い出ばかりでもなかった。家に出入りする大人は俺には優しかった。選挙事務所に行けばお菓子やらジュースやらの歓待を受けた。ボランティアのお姉さんが俺の初恋だった。
当選すればこれまでの罪滅ぼしだと父は俺を目いっぱい構って甘やかした。その時の父は本当に優しくて楽しい父親だった。
政治家である父のことは嫌いではない。恥ずかしくて口には出せないが、誇りに思っているし憧れがないでもない。政治家になった自分を想像したことだってある。
結局、覚悟と自信がない、というのが俺の本音なのだ。
父は無言で俺を見つめる。
父と子でなく、男同士、腹を割って秘密を共有しようとしてくれているのだと気付いた。俺を一人前に扱ってくれたのは、これが初めてじゃないか?
その秘密が母には言えない男女の色事であったとしても、俺は父を責める気はない。もちろん軽蔑もしない。若い頃は浮名を流したようだが、母と結婚してからは愛妻家を気取っていた父もただの男だった、それだけのこと。男なんて生き物は常にその機会を狙ってるものだ。だからハニートラップなんて原始的な手がいまだに通用するのだ。
俺は父に頷いてみせた。
「ここで見たことは他言無用だぞ」
「わかってるよ」
じっと俺を見たあと、父はゆっくり襖を開けた。
起きたらもう昼前だった。昨夜、仲間と遅くまで遊んだせいだ。二日酔いで頭が痛いし、なんなら軽い吐き気もある。とりあえず顔を洗って薬を飲もう。
あくびしながら階段を下りたら、親父の書斎の前に人がいた。秘書の紺野さんだ。
「紺野さん、おはよー」
「……もう昼ですが」
「あ、じゃあこんにちはー」
へらっと笑いながら手を振る。紺野さんは小さく頷くだけ。
ぱっと見、顔は整ってきれいに見える。眉は細くて、目は一重で切れ長、鼻筋通って、薄い唇は赤い。喜怒哀楽を忘れたようにいつも無表情で肌も生ッ白いもんだから、この人の顔を一分も見ていたら爬虫類を連想するようになる。例えば白い蛇。
紺野さんが家に出入りするようになって2年ほど経つが、俺がどんな冗談を言おうがからかおうが、この人は1ミリも表情を変えない。笑った顔も怒った顔も一度も見たことがない。能面みたいな人だが、まだ二十代のこの人を親父が私設秘書として雇ったということは優秀なんだろう。
酒を飲んで親父の機嫌がいい時に「おまえも少しは紺野くんを見習え」と言われたこともあるほどだ。
銅像のように書斎の前で立っている紺野さんと別れ、顔を洗い歯を磨いた。台所に行くと母親が家政婦の野崎さんとテレビを見ながら話をしている。
「おはよう」
「なにがおはようですか。何時だと思ってるの。今日学校は?」
「昼から」
「本当に? 単位は大丈夫なんでしょうね。留年なんてなったらお父さんカンカンに怒るわよ」
「ハイハイわかってますって。野崎さん、頭痛いから薬欲しいんだけど」
家政婦の野崎さんが薬箱から鎮痛剤を出してくれた。それを飲んだあと、野崎さんが用意してくれた昼ご飯を食べる。
「昨日は何時に帰って来たの。頭が痛いってどうせ二日酔いでしょう。酒臭いったら。あなた自分が学生だって忘れてるんじゃないでしょうね。毎日毎日遊んでばっかりいて。あなたとお父さんは別々の人間だけど、世間はどうしたって望月欣二郎の息子だって目で見るんですからね。もう少しシャンとしてちょうだい」
ここぞとばかりに母の説教が始まった。野崎さんは仕方がないという顔で苦笑を浮かべている。世間の評価は俺だって知ってる。望月議員の長男は出来損ないの放蕩息子。ただ年相応の遊びをしているだけでこの言われようだ。俺まで議員並みの品行方正さを求められちゃたまらない。
政治家の父親なんか持つもんじゃないとつくづく思う。
「とりあえず卒業できればいいなんて考えてちゃ駄目だよ。なんのために大学まで行くのかよく考えなさい。自分のしたいこと、やりたいことを見つけるために行くのよ。そのためのお勉強をする場所なのよ、大学っていうところは」
返事せずにほうれん草のごまあえを口に運んだ。母の言うことには反発しか感じない。好きな仕事をしろと幼いころから言われてきたが、父と母の口ぶりや眼差しから強い圧力をいつも感じる。後援会の人達はもっと露骨で「公維くんにはお父さんの跡を継ぐ意思をしっかり持ってもらわないと」と面と向かって言われる。
実は父も世襲議員だ。質実剛健な祖父とは違い、父の最初の頃の評判は巧言令色鮮し仁。
若い頃の父は銀幕スターかと言われるほどの色男で、女性からの支持も多く、テレビや雑誌の取材ではそれこそ芸能人ばりに愛想を振りまいていたらしい。
甘言を弄して人心を惑わすが実が伴わない。風当りもきつかったらしいが、祖父が亡くなり告別式での毅然とした父の態度で評判は変わり始めた。質実剛健な祖父を思わせる言動を引き継いでからは剛柔使い分けのできるカリスマ政治家へと見事転身した。
父に言わせれば、すべて最初から計算だったという。若造がどれだけ頑張ったところで世間は認めない。なら評判を落としておいて、いざという時、ひっくり返せばいい。落ちていた分、評価は爆上りする。
いまの俺と変わらない年でそんなことを考えていたらしい。
俺にはそんな計算も野望もない。
政治家に向いてない、とはっきり言ったこともあるが、判断できるほどの経験もないくせに生意気を言うなと一蹴された。憲法第22条、職業選択の自由は俺には認められていない。だから母の言うことは詭弁である。素直にハイと返事できるはずがない。
「わかったってもう。ただでさえ二日酔いだってのに、ますます飯がまずくなるよ」
「自業自得でしょうが」
ピシャリと母に言われて、これ以上反論するのはやめた。火に油を注ぐだけだ。
軽く食べてあとは残した。母の説教のせいで食欲が失せた。
午後の講義は端から出る気はなかったが、家にいたらまたガミガミ言われそうだから出かけるしかない。誰か誘える知り合いはいないかと頭のアドレス帳をスワイプしながら階段に向かう。
書斎の前にはまだ紺野さんが立っていた。薄暗い廊下の暗がりに、色の白い顔が浮かびあがる。
俺から話しかけないと、この人と会話は始まらない。
「さっきからなにしてるの?」
声をかけると紺野さんは顔をこちらに向けた。あいかわらず能面無表情。
「先生が中で電話中ですので」
「だからそこで突っ立って待ってるの?」
「そうです」
声に温度があるとしたら、この人の声はきっと冷たいに違いない。
「紺野さんはなんで親父の秘書になったの?」
「先生の政策、政治家としての在り方に強く惹かれたからです」
「俺じゃなくて紺野さんが息子だったら親父も嬉しいんだろうね」
嫌味と冗談半分で言った俺の言葉に、紺野さんの口角がわずかに持ちあがった。
「私が? それはないでしょう」
例え冷笑であったとしても、この人が笑うなんて滅多にない。いや初めてみた。茫然と見ていたらすぐ笑みは消えた。
「君は早く学校へ行きなさい」
ここでも説教されちゃかなわない。すぐ退散した。
~ ~ ~
結局午後の講義に顔を出し、そのあと友人たちと遊びに出かけた。ほとんどのメンバーは親父の会社を継ぐだとかコネ就職が決まっていて気楽なもんだ。俺も親父のツテでとある企業への内定が決まっている。
そりゃ恵まれてると思うし、世間からやっかまれるのも仕方がないと思う。だけど生まれた時から他人とスタートラインが違うのは、持って生まれた運としか言いようがないので俺のせいじゃない。
連日午前様だと母の説教が増える。今日は少し早めに帰宅した。「あら珍しい」と母の嫌味を受け流し、野崎さんの晩ご飯を食べる。
食べ終わって熱いお茶を飲んでいたら家の電話が鳴った。野崎さんが母へ繋ぐ。
「公維なら家にいますけど」
と母が俺を見たので嫌な予感がした。
受話器を戻した母が俺に向き直る。
「お父さんが忘れものを届けて欲しいんですって。『いすゞ』まで行ってきてちょうだい。どうせ暇でしょ」
ほらきた。
「いや、レポートとかあるし」
「帰ってきてからでもいいじゃない。昨日も今日も遊びほうけていて、どの口がレポートだなんて言うのかしらね。本当に勉強するのかどうか、野崎さんに見張っててもらいましょうか?」
「……わかったよ。行くよ。なに持ってきゃいいの?」
やけくそで言うと、母は部屋を出て、封筒を持って戻ってきた。
「車で来なさいって」
「なんで? タクシーでいいじゃん」
「知らないわよ。お父さんが車で来なさいって言うんだから車なんでしょ」
わけがわからない。俺が酒を飲んでたらどうするつもりだったんだ。精一杯の抵抗として肩をすくめてみせてから、母から封筒を受け取った。親のすねをかじっている間、どうしたって立場が弱いのは致し方ない。
車を運転して指定された料亭へ向かった。政治家が密談する場所と言えば料亭。ベタすぎて笑える。「いすゞ」は祖父の代から使っていて父もその伝統を変える気はないようだ。
話が通っていたようで、中に入るとすぐ仲居がやってきて「こちらです」と奥の座敷へ案内してくれた。仲居はそそくさといなくなった。
襖を開けたら父がいた。ひとりで煙草を吸っている。
「密談は終わったの?」
俺の冗談に「馬鹿か」と親父。そういえばいつも一緒の紺野さんがいない。だから車で来いと言われたのかと納得しかけた時、奥の部屋からくぐもった声が聞こえた。
父は意に介さず煙を吐きだしている。
「おまえ、卒業後の進路はどう考えてるんだ?」
俺は隣の部屋が気になって仕方がないのに、父はどうでもいい話をし始めた。
「どうって、××物産に内定もらってるじゃん」
父の口利きだ。まさか忘れたのか。耄碌するにはまだ早いはずだが。
「そうじゃない。そのあとのことを言ってるんだ」
「そのあとって言われても……適当に結婚して子供作って──」
「俺の跡を継ぐ気はあるのかと言ってるんだ」
呆気に取られて父を見た。父は真面目な顔つきだ。
「はは、ないない。俺には向いてないよ」
「サラリーマンなら向いてると言うのか?」
向いてると断言できる奴なんているのだろうか。答えに窮していると父は煙草をもみ消した。
「おまえの人生だ。おまえの好きにすればいい。だがもし、俺の跡を引き継ぐ気が少しでもあるなら、おまえに見せておくものがある。あとで文句を言われたくないしな。どうする、見ていくか?」
親父は奥の部屋に繋がる襖に手をかけた。さっきから明らかに不自然な物音が聞こえている場所だ。好奇心を人質に交渉する親父のやり方は気に食わない。
政治家なんぞになる気はない。だが隣の部屋でなにが行われているのか興味はある。ある程度想像はつくが、それを目の当たりにしたあと、家に帰って母にどんな顔をすればいいのかわからない。親父もただの男だ。職業柄、精力的な人間でないと務まらないことは理解はできるが……。
「そんなもの、改めて見させられても困るよ。世間が抱く政治家がやってそうなこと、そのまんまじゃないか」
「見る覚悟がないなら帰れ。二度とお前に政治の話はしない」
人間、切り捨てられるようなことを言われると、途端に惜しくなるものである。
父が政治家であることで嫌な思いもした。父はほとんど家にいなかったし、帰ってきたとしても大人の誰かと話をしていて子供の俺の相手はしてくれなかった。選挙期間はさらに酷くて母も家に居なくなり、俺の相手をしてくれたのは家政婦の野崎さんだけだった。
見知らぬ通行人から罵声を浴びせられたこともある。
しかし嫌な思い出ばかりでもなかった。家に出入りする大人は俺には優しかった。選挙事務所に行けばお菓子やらジュースやらの歓待を受けた。ボランティアのお姉さんが俺の初恋だった。
当選すればこれまでの罪滅ぼしだと父は俺を目いっぱい構って甘やかした。その時の父は本当に優しくて楽しい父親だった。
政治家である父のことは嫌いではない。恥ずかしくて口には出せないが、誇りに思っているし憧れがないでもない。政治家になった自分を想像したことだってある。
結局、覚悟と自信がない、というのが俺の本音なのだ。
父は無言で俺を見つめる。
父と子でなく、男同士、腹を割って秘密を共有しようとしてくれているのだと気付いた。俺を一人前に扱ってくれたのは、これが初めてじゃないか?
その秘密が母には言えない男女の色事であったとしても、俺は父を責める気はない。もちろん軽蔑もしない。若い頃は浮名を流したようだが、母と結婚してからは愛妻家を気取っていた父もただの男だった、それだけのこと。男なんて生き物は常にその機会を狙ってるものだ。だからハニートラップなんて原始的な手がいまだに通用するのだ。
俺は父に頷いてみせた。
「ここで見たことは他言無用だぞ」
「わかってるよ」
じっと俺を見たあと、父はゆっくり襖を開けた。
いやったーーー!!
ギリギリ更新できましたー!
最後エロシーン残すだけだったのでなんとかなる!と自分を信じてせっせと喘ぎ声を書いた甲斐がありあました!
そんなわけでちょっとでも楽しんでいたらけたら嬉しいです!
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