大事だったのに(2/3)
2019.08.24.Sat.
<前話>
その日は宝生の希望で映画を観に行った。集中してスクリーンを見ている宝生の横顔にムラムラした。暗いのをいいことに、宝生の太ももを撫でた。びくっと体が震える。「やめろ」と小声で咎める。
これまでの経験から、最終的に宝生はなんでも俺の言うことをきくとわかっていたから、手を奥へ進めた。柔らかいそこを揉んだら宝生は膝を閉じた。手を挟まれたまま、指先で亀頭のあたりを引っ掻いた。
宝生は息を乱した。
指で悪戯を続けていたら後ろから咳払いが聞こえた。ギクリと肩を揺らした宝生は座席を立つと、逃げるように外へ出た。
追いかけて宝生を掴まえた。トイレの個室に引きずり込んで宝生にキスした。触ると宝生はまだ勃起させたままだった。しゃがみ込んでペニスを口に咥えた。頭上から、宝生の荒い息遣いが聞こえる。
舌と唇を使って奉仕したが、ペニスはどんどん萎んでいった。
「こんなとこでイケないって」
申し訳なさそうな宝生をひっくり返し、尻に自分のペニスを宛がった。
「何する気だよ、本気か?!」
「俺はこんなところでもイケるんだよ、悪かったな」
ゴムもローションもない。手順をすっ飛ばして宝生に挿入した。いつもより引っかかりが強い。宝生の体は強張っていた。肩に力が入り、壁についた手も白くなるほど握りしめていた。痛いのだろうが、俺がなにをしたって宝生が良くなることはない。だから黙殺した。
静かなシネコンの男子便所の個室で、宝生のなかに射精した。
「俺の精子、出したほうがいいぞ。腹壊すらしいから」
個室に宝生を残し、先にトイレを出た。宝生が出てきたのは、10分ほどしてからだった。
この一件から、宝生の態度がかわった。
休み時間はいつも俺のところへ来てくだらない話をしていたのに、俺じゃない別の奴と話しをするようになった。下校も、いつも宝生が俺のところへ来てたのに、来なくなった。ただ待っていると、宝生は俺を置いて先に帰った。別の誰かと。
話しかければ返事をする。笑いもする。でも俺と二人きりにはなろうとしない。俺を避けていた。
俺も意地になって、知らないふりをした。俺から一緒に帰ろうと誘わなかった。休み時間も一人で過ごした。
それが一ヶ月くらい続いた。
ちゃんと宝生と会話していない。体に触れてない。自慰ばかりで欲求不満だった。
ジャージに着替えた宝生を掴まえ、体育の授業をサボらせた。誰もいなくなった教室で宝生を机にうつ伏せにして突っ込もうとしたら「口でやるから」と止められた。
俺が机に座り、宝生は床に跪いた。勃起したペニスを見て怯えた目をする。
「改めて見ると、でけえよな」
むりやり笑って、口を開く。亀頭を含み、たどたどしく舌を動かした。
もどかしくて宝生の頭を押さえ込んだ。目を見開き、押し返そうとする。腰を揺すったら宝生ののどが痙攣した。
「オエッ」
宝生が吐きそうになっても構わず頭を押さえ、腰を振った。宝生はまたあの顔をした。眉間にしわを作り、固く目を閉じ、俺が終わるのを待っていた。その顔を見てカッと頭に血が上った。
ペニスを引き抜き、宝生の髪を掴んで引っ張り立たせ、机に突き飛ばした。亀頭で尻たぶを割ったら、宝生は喚いた。
「いやだっ、やめろ」
「おまえのフェラが下手だからだろ」
「ほんとに俺のこと好きなのか?」
「好きだからヤリたいんだろ」
「ほんとはヤリたいだけじゃねえのかよ」
「好きだからヤリたい、ヤリたいからヤル、なにが悪いんだよ」
「俺はやりたくないって言ってんだろ! 俺の気持ちは無視かよ」
「面倒なこと言うなよ。どうせおまえは俺がなにしたってイカねえくせに」
「誰のせいで……!」
「俺のせいかよ、不感症」
感情に任せて、言ってはいけないことを言った。宝生は傷ついた顔で絶句した。宝生がイケないのは俺のせいだとわかっていた。認められなかった。俺にはその器がなかったから。だから責任転嫁した。俺はズルくて卑怯だった。
「……もう、むりだ……、もうおまえ無理、別れる」
服の乱れを直しながら宝生が言う。声が震えて、顔は真っ青だった。
「いやだ。別れない。勝手に決めるなよ」
「おまえこそ勝手に決めるな。俺がむりだって言ってんだ」
「いやだ、絶対別れない。そんなの許さないからな」
「おまえの許しなんかいらねえよ」
と教室を出て行こうとする。腕を掴んだら強く振り払われた。そんなふうに拒絶されたことは初めてで驚いたし、ショックだった。
「俺に触んな」
「なんで…俺が言い過ぎたから? 俺ばっかイッて、おまえをイカせてやらなかったからか?」
「馬鹿じゃねえの、そういうとこだよ」
「謝るから! 宝生、行くな! 頼む!」
「おまえと付き合ったのは間違いだった」
そう吐き捨てて宝生は教室を出て行った。
それ以来、宝生に話しかけても無視され、露骨に避けられるようになった。宝生の笑顔も、軽口も、俺に向けられることは二度とないまま、高校を卒業した。
大学に入って、ネットで知りあった男と付き合った。男は俺より五歳年上で、遠慮なく物を言う人だった。
俺の性格だとか、物の言い方だとか、些細なことでよく注意された。セックスへの駄目だしも多かった。最初はそれが嫌で嫌で仕方がなかったが、有益であることに気付いてからは、受け入れる努力をした。
基本的に俺は、他人を思いやる気持ちに欠けていたらしかった。言うことやること、すべてが一辺倒でマニュアル通り。エゴ丸出しで独りよがり。
生きた人間を相手にしているのだから、わからないことは聞け。不満があるなら言え。大事な人が目の前にいるのなら、全神経をつかって集中しろ。心の機微を見逃すな。自然と相手の言いたいこともわかってくるはずだ。余計な知識や駆け引きは必要ない。
そう教えてくれた。俺には目から鱗だった。
初めてセックスで褒められた直後、「他にかわいい子を見つけたから」とあっさり振られた。
落ち込んでいる間、宝生のことをよく思い出した。
あの頃の俺は最低なクズ野郎だった。
諦めた恋だったのに、思いがけない展開で付き合えることになった。感謝して大事にしなくちゃいけなかったのに、自分の欲望を吐きだすことに夢中になって、大切な宝生を雑に扱ってしまった。振られて当然だった。
いつか会えたら、謝りたいと思っていた。自己満足と言われても、一度ちゃんとした謝罪を──。
宝生と再会したのは、成人後、初めての同窓会でだった。
酒も飲める年齢になり、ホテルで開かれたわりと豪華な同窓会で、スーツ姿の宝生を見つけた。顔つきや物腰が落ち着いて大人になっていたがすぐわかった。
誰かと楽しそうに話をしている宝生を、離れた場所からこっそり眺めた。宝生の笑った顔が好きだった。宝生がするくだらない話も楽しかった。一緒にいて心地よかった。大事にしたかったし、愛したかった。それと同じだけ、俺も大事にされて、愛されたかった。
「高山! なにぼーっとしてんの」
誰かの声で我に返った。隣には見覚えのある顔の女がいた。
「誰だっけ」
「ひっど。三年のとき同じクラスだったんだけど」
「倉持だろ、覚えてるよ」
「ほんとかなぁ」
倉持は唇を尖らせた。最初わからなかっただけで、覚えていたのは本当だ。倉持は宝生と仲が良くて、よく喋っていたから。
「宝生のとこ、行かないの?」
倉持に言われて宝生を見る。宝生はまた別の誰かと笑って話をしている。
「あとでいくよ」
「宝生とはもう仲直りしたの?」
宝生が俺を避けていたのは教室でも目立っていた。それくらい露骨だった。
「いや、まだ」
「早く仲直りしたら? 二人、すごく仲良かったのに」
「俺のことはいいよ。倉持こそ、あいつと仲良かっただろ。行かなくていいのか」
「別に仲良くはないよ」
「そうか? 好きだったんじゃないのか?」
倉持は顎を引いて口を噤んだ。窺うように俺を見て数秒、「あは」と吹きだすように笑った。
「あの時私が好きだったのは、高山だよ」
「俺?」
びっくりして大きな声が出た。
「うん、そう。今は違うけどね! 私面食いだったから、完全に顔だけ! そういえば、高山に好きな子がいるのか聞いてって、宝生にお願いしたことあったなあ。懐かしっ、ていうか恥ずかしっ。宝生覚えてるかな。忘れてて欲しいぃ」
本当に恥ずかしいようで、倉持は顔を赤くしながら、俺の服の裾を引っ張った。誰にだって思い出すと落ち込む過去があるように、赤面して地団太踏みたくなる過去もあるんだろう。
「もう覚えてないんじゃない? 覚えてても、あいつは誰にも言わないよ」
「だといいけど」
と言って倉持は両手で顔を扇いだ。
ふと顔をあげたら、宝生と目が合った。怖いくらいの真顔だった。すぐ顔を背けられた。まだ俺のことが許せないんだろう。当然だ。宝生には酷いことをたくさんした。
倉持とは別れ、他のクラスメートとも少し話をした。宝生に謝る機会を常に窺っていたが、なかなかひとりにならない。
気になるのは、俺と目があってから宝生の顔色が悪いように見えることだ。笑顔も少なく、ぎこちない。俺と同じ空間にいるのも嫌なくらい、嫌悪されているのかもしれない。
謝りたいと思っていたが、それすら宝生の迷惑になりそうだった。
せめて一言だけでも。それすら過ぎた願いなのだろうか。
宝生がいた場所を見たら、いなくなっていた。まさか俺の顔を見るのも嫌で帰ったのか?
さっきまで宝生と話をしていた奴に、どこへ行ったか訊ねた。
「食べ過ぎたって、トイレ行ったよ」
礼を言って会場を出た。
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その日は宝生の希望で映画を観に行った。集中してスクリーンを見ている宝生の横顔にムラムラした。暗いのをいいことに、宝生の太ももを撫でた。びくっと体が震える。「やめろ」と小声で咎める。
これまでの経験から、最終的に宝生はなんでも俺の言うことをきくとわかっていたから、手を奥へ進めた。柔らかいそこを揉んだら宝生は膝を閉じた。手を挟まれたまま、指先で亀頭のあたりを引っ掻いた。
宝生は息を乱した。
指で悪戯を続けていたら後ろから咳払いが聞こえた。ギクリと肩を揺らした宝生は座席を立つと、逃げるように外へ出た。
追いかけて宝生を掴まえた。トイレの個室に引きずり込んで宝生にキスした。触ると宝生はまだ勃起させたままだった。しゃがみ込んでペニスを口に咥えた。頭上から、宝生の荒い息遣いが聞こえる。
舌と唇を使って奉仕したが、ペニスはどんどん萎んでいった。
「こんなとこでイケないって」
申し訳なさそうな宝生をひっくり返し、尻に自分のペニスを宛がった。
「何する気だよ、本気か?!」
「俺はこんなところでもイケるんだよ、悪かったな」
ゴムもローションもない。手順をすっ飛ばして宝生に挿入した。いつもより引っかかりが強い。宝生の体は強張っていた。肩に力が入り、壁についた手も白くなるほど握りしめていた。痛いのだろうが、俺がなにをしたって宝生が良くなることはない。だから黙殺した。
静かなシネコンの男子便所の個室で、宝生のなかに射精した。
「俺の精子、出したほうがいいぞ。腹壊すらしいから」
個室に宝生を残し、先にトイレを出た。宝生が出てきたのは、10分ほどしてからだった。
この一件から、宝生の態度がかわった。
休み時間はいつも俺のところへ来てくだらない話をしていたのに、俺じゃない別の奴と話しをするようになった。下校も、いつも宝生が俺のところへ来てたのに、来なくなった。ただ待っていると、宝生は俺を置いて先に帰った。別の誰かと。
話しかければ返事をする。笑いもする。でも俺と二人きりにはなろうとしない。俺を避けていた。
俺も意地になって、知らないふりをした。俺から一緒に帰ろうと誘わなかった。休み時間も一人で過ごした。
それが一ヶ月くらい続いた。
ちゃんと宝生と会話していない。体に触れてない。自慰ばかりで欲求不満だった。
ジャージに着替えた宝生を掴まえ、体育の授業をサボらせた。誰もいなくなった教室で宝生を机にうつ伏せにして突っ込もうとしたら「口でやるから」と止められた。
俺が机に座り、宝生は床に跪いた。勃起したペニスを見て怯えた目をする。
「改めて見ると、でけえよな」
むりやり笑って、口を開く。亀頭を含み、たどたどしく舌を動かした。
もどかしくて宝生の頭を押さえ込んだ。目を見開き、押し返そうとする。腰を揺すったら宝生ののどが痙攣した。
「オエッ」
宝生が吐きそうになっても構わず頭を押さえ、腰を振った。宝生はまたあの顔をした。眉間にしわを作り、固く目を閉じ、俺が終わるのを待っていた。その顔を見てカッと頭に血が上った。
ペニスを引き抜き、宝生の髪を掴んで引っ張り立たせ、机に突き飛ばした。亀頭で尻たぶを割ったら、宝生は喚いた。
「いやだっ、やめろ」
「おまえのフェラが下手だからだろ」
「ほんとに俺のこと好きなのか?」
「好きだからヤリたいんだろ」
「ほんとはヤリたいだけじゃねえのかよ」
「好きだからヤリたい、ヤリたいからヤル、なにが悪いんだよ」
「俺はやりたくないって言ってんだろ! 俺の気持ちは無視かよ」
「面倒なこと言うなよ。どうせおまえは俺がなにしたってイカねえくせに」
「誰のせいで……!」
「俺のせいかよ、不感症」
感情に任せて、言ってはいけないことを言った。宝生は傷ついた顔で絶句した。宝生がイケないのは俺のせいだとわかっていた。認められなかった。俺にはその器がなかったから。だから責任転嫁した。俺はズルくて卑怯だった。
「……もう、むりだ……、もうおまえ無理、別れる」
服の乱れを直しながら宝生が言う。声が震えて、顔は真っ青だった。
「いやだ。別れない。勝手に決めるなよ」
「おまえこそ勝手に決めるな。俺がむりだって言ってんだ」
「いやだ、絶対別れない。そんなの許さないからな」
「おまえの許しなんかいらねえよ」
と教室を出て行こうとする。腕を掴んだら強く振り払われた。そんなふうに拒絶されたことは初めてで驚いたし、ショックだった。
「俺に触んな」
「なんで…俺が言い過ぎたから? 俺ばっかイッて、おまえをイカせてやらなかったからか?」
「馬鹿じゃねえの、そういうとこだよ」
「謝るから! 宝生、行くな! 頼む!」
「おまえと付き合ったのは間違いだった」
そう吐き捨てて宝生は教室を出て行った。
それ以来、宝生に話しかけても無視され、露骨に避けられるようになった。宝生の笑顔も、軽口も、俺に向けられることは二度とないまま、高校を卒業した。
大学に入って、ネットで知りあった男と付き合った。男は俺より五歳年上で、遠慮なく物を言う人だった。
俺の性格だとか、物の言い方だとか、些細なことでよく注意された。セックスへの駄目だしも多かった。最初はそれが嫌で嫌で仕方がなかったが、有益であることに気付いてからは、受け入れる努力をした。
基本的に俺は、他人を思いやる気持ちに欠けていたらしかった。言うことやること、すべてが一辺倒でマニュアル通り。エゴ丸出しで独りよがり。
生きた人間を相手にしているのだから、わからないことは聞け。不満があるなら言え。大事な人が目の前にいるのなら、全神経をつかって集中しろ。心の機微を見逃すな。自然と相手の言いたいこともわかってくるはずだ。余計な知識や駆け引きは必要ない。
そう教えてくれた。俺には目から鱗だった。
初めてセックスで褒められた直後、「他にかわいい子を見つけたから」とあっさり振られた。
落ち込んでいる間、宝生のことをよく思い出した。
あの頃の俺は最低なクズ野郎だった。
諦めた恋だったのに、思いがけない展開で付き合えることになった。感謝して大事にしなくちゃいけなかったのに、自分の欲望を吐きだすことに夢中になって、大切な宝生を雑に扱ってしまった。振られて当然だった。
いつか会えたら、謝りたいと思っていた。自己満足と言われても、一度ちゃんとした謝罪を──。
宝生と再会したのは、成人後、初めての同窓会でだった。
酒も飲める年齢になり、ホテルで開かれたわりと豪華な同窓会で、スーツ姿の宝生を見つけた。顔つきや物腰が落ち着いて大人になっていたがすぐわかった。
誰かと楽しそうに話をしている宝生を、離れた場所からこっそり眺めた。宝生の笑った顔が好きだった。宝生がするくだらない話も楽しかった。一緒にいて心地よかった。大事にしたかったし、愛したかった。それと同じだけ、俺も大事にされて、愛されたかった。
「高山! なにぼーっとしてんの」
誰かの声で我に返った。隣には見覚えのある顔の女がいた。
「誰だっけ」
「ひっど。三年のとき同じクラスだったんだけど」
「倉持だろ、覚えてるよ」
「ほんとかなぁ」
倉持は唇を尖らせた。最初わからなかっただけで、覚えていたのは本当だ。倉持は宝生と仲が良くて、よく喋っていたから。
「宝生のとこ、行かないの?」
倉持に言われて宝生を見る。宝生はまた別の誰かと笑って話をしている。
「あとでいくよ」
「宝生とはもう仲直りしたの?」
宝生が俺を避けていたのは教室でも目立っていた。それくらい露骨だった。
「いや、まだ」
「早く仲直りしたら? 二人、すごく仲良かったのに」
「俺のことはいいよ。倉持こそ、あいつと仲良かっただろ。行かなくていいのか」
「別に仲良くはないよ」
「そうか? 好きだったんじゃないのか?」
倉持は顎を引いて口を噤んだ。窺うように俺を見て数秒、「あは」と吹きだすように笑った。
「あの時私が好きだったのは、高山だよ」
「俺?」
びっくりして大きな声が出た。
「うん、そう。今は違うけどね! 私面食いだったから、完全に顔だけ! そういえば、高山に好きな子がいるのか聞いてって、宝生にお願いしたことあったなあ。懐かしっ、ていうか恥ずかしっ。宝生覚えてるかな。忘れてて欲しいぃ」
本当に恥ずかしいようで、倉持は顔を赤くしながら、俺の服の裾を引っ張った。誰にだって思い出すと落ち込む過去があるように、赤面して地団太踏みたくなる過去もあるんだろう。
「もう覚えてないんじゃない? 覚えてても、あいつは誰にも言わないよ」
「だといいけど」
と言って倉持は両手で顔を扇いだ。
ふと顔をあげたら、宝生と目が合った。怖いくらいの真顔だった。すぐ顔を背けられた。まだ俺のことが許せないんだろう。当然だ。宝生には酷いことをたくさんした。
倉持とは別れ、他のクラスメートとも少し話をした。宝生に謝る機会を常に窺っていたが、なかなかひとりにならない。
気になるのは、俺と目があってから宝生の顔色が悪いように見えることだ。笑顔も少なく、ぎこちない。俺と同じ空間にいるのも嫌なくらい、嫌悪されているのかもしれない。
謝りたいと思っていたが、それすら宝生の迷惑になりそうだった。
せめて一言だけでも。それすら過ぎた願いなのだろうか。
宝生がいた場所を見たら、いなくなっていた。まさか俺の顔を見るのも嫌で帰ったのか?
さっきまで宝生と話をしていた奴に、どこへ行ったか訊ねた。
「食べ過ぎたって、トイレ行ったよ」
礼を言って会場を出た。
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