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ラプラスの悪魔(2/3)

2019.08.16.Fri.
<前話>

 この布団は、ある日突然やってきた夏目のために神永が買った布団なのだそうだ。だが「奴隷の自分には必要ない」と一回も使ったことがないらしい。夏目はいつも、神永の部屋の床で寝ているという。

 好奇心で聞いて後悔した。

 夏目は今夜も床で丸まって寝ている。床に布団を敷いた俺の隣、と言えなくもない近距離に、全裸の夏目。見たくないのでずっと夏目に背を向けて寝たふりをしている。

 こんなんで眠れるわけがない。でも意地でも寝ないと朝まで長い。こんなことなら帰ればよかったかな。

 けっこうな時間が経った頃、人の動く気配がした。隣の夏目が立ちあがり「秀人」と小声で神永を呼んでいる。俺は完全寝たふりで耳を澄ませる。

「秀人、寝ちゃった?」
「ん……今日は、おとなしく寝ろよ」

 起こされたのか、神永の寝ぼけた声。

「大丈夫、お友達は寝てるよ」
「んん……」

 ベッドの軋む音がした。それと、布ずれの音。

「やめろって」
「毎日してるから、やらないと気持ち悪くて」
「俺は寝てたのに」

 しばらくしてチュックチュッと水音が聞こえてきた。まさかキスしてる?と思ったが「今日はもういいって」と神永の声が聞こえたのでキスじゃない。それに聞こえる位置が頭より下の場所からだ。まさか!

 チュッグチュッヂュポッと生々しい音といっしょに夏目の荒い息遣い。どう考えてもフェラだろこれ! 時折「ハアァッ」と夏目が大きく息を吸いこむ音と、シュッシュッと手で扱いているような音も聞こえる。顎が疲れたから休憩しているだろう。振り返らなくてもわかる。

 こいつら、何考えてんだ。俺がいるのに。

 こんなこと毎日してるのか? 神永はホモじゃないと夏目は言うけど、これ許してる時点でホモじゃん。素質はあるじゃん! 実はもう突っ込んだり突っ込まれたりしてんじゃないの?! ホモの巣窟じゃん。俺ピンチじゃん! 襲われる!!

 布団をぎゅっと強く握りしめた。いつでも逃げられるように背後の二人へ全神経を集中させる。

「俺のこと変態って言わないの?」
「言わないよ」
「気持ち悪いって言っていいんだよ」
「言ってどうなるもんでもない」

 変態と言わせたい夏目と、なぜか言うことを避ける神永。夏目がマゾなのは間違いない。

「ごめんね、ひとりで死ぬ勇気なくて」
「死ぬほどじゃない」
「ごめんね、秀人のこと、好きになっちゃって」
「謝ることじゃない」
「ごめんね、秀人の優しさに甘えてばっかりで」
「家のことやってくれて俺も助かってる」
「秀人がいないと俺、生きてられない」
「知ってるよ」

 涙で濁った夏目の声。神永は初めて聞く優しい声だった。なんか知らんがわけありっぽい。そして夏目はメンヘラっぽい。男にもメンヘラっているのか。

 たまに鼻水を啜りながら夏目はフェラを続け、神永は口に出したらしかった。

「うがいしておいで」

 と神永に促され、夏目は俺を跨いで洗面所へ行った。俺は固く目を瞑り、必死に寝たふりを続けた。

 ○ ○ ○

 同じゼミ仲間に呼び出され、恋愛相談を受けながら飲み食いした帰りだった。方向の違う友人とは店で別れ、駅に向かって歩いていたら知った顔を見つけて足が止まった。

 一瞬誰だかわからなかった。しばらくして、夏目だと気付いた。服を着ている姿を初めてみるからすぐわからなかったんだと思う。

 スーツで夜の街を歩いている夏目は、年下の幼馴染みの家にある日突然「奴隷にしてくれ」と泣いて頼みこみ、全裸で首輪をつけて居座っている変態だとは思えない、まともな社会人に見えた。

 急いでいるのか腕時計を見て、足早に歩いている。こんな場所で会うなんて奇遇だ。なんとなく気になって声をかけた。

「夏目さん!」

 夏目は弾かれたようにこっちを向いた。俺だとわかると笑顔になった。

「やあ、ひさしぶり」
「仕事ですか?」
「もう終わったよ。いまから買い物して秀人のところへ帰るとこ」

 今日も神永のいるワンルームへ帰り、全裸になって首輪をつけるのだろう。その格好で料理や洗濯をするのだ。

 前に泊まったとき、夏目が作ってくれた朝食はお世辞抜きにおいしかった。味噌汁とシャケ、だし巻き卵、ほうれん草のおひたしと漬物もあった。旅館の朝食か!と思わず突っ込んだくらい。いつもこうだよ、と神永は無感動に味噌汁を啜って言った。この時ばかりは少しうらやましくなった。

 夕食はどんなものを作るんだろう。さっき飲み食いしたばかりなのに、考えただけで胃が動いて場所を空けた。

「良かったら一緒に夕飯どうかな」

 テレパスか。それとも俺が物欲しそうな顔をしていたのか。

「いいんですか?」
「秀人も喜ぶと思うよ」

 今日は雨も降ってないし、ご飯食べたらさっさと帰ろう。そしたら変なものを聞かされずにすむ。

 夏目といっしょに電車を乗り継ぎ、神永の家の最寄り駅で一緒に下りた。夕飯の材料を買うためスーパーに立ち寄る。

「今日は君もいるし鍋にしようかな。やっぱ暑いかな。エアコンきかせれば問題ないよね。秀人はすごい代謝がよくて、ご飯食べるとすぐ汗かくからなあ。だからなのかな。いっぱい食べてもぜんぜん太らないんだよね。うらやましいと思わない?」

 大きい独り言かと思ったけど俺に話してたのか。

「神永のこと、大好きなんですね」

 神永がいないと生きてられないって言ってたっけ。夏目は蕩けるような笑顔で「うん」と頷いた。こっちが恥ずかしいわ。

「いつからホモ……男が好きなんですか?」

 周りに誰もいないことを確認して訊ねた。

「物心ついたころには秀人が好きだったよ」

 ほうれん草をカゴに入れて夏目は言った。

「そんな昔から?」
「家が近所の幼馴染みだからね。秀人が俺の初恋」
「でも神永は男にその気にならないんですよね」
「うん。体に触ることは許してくれるけど、俺には触ってくれない」
「諦めて他の男いくとか」
「前に一度ね、俺もそう考えてチャレンジしてみたけど、土壇場で怖くなって逃げだしちゃった。その時頭に浮かんだのは、やっぱり秀人だった。実家出てから秀人とは会ってなかったんだけど、どうしても秀人の顔が見たくなってあの手この手使って調べて会いに行った。会って、顔を見て謝りたかったんだ」

 と今度は豚肉をカゴに入れた。

「謝るってなにを?」
「俺が中/学生で、秀人がまだ小/学生だった時にね、俺、秀人にいたずらしたことがあるんだよ」

 いたずら。落書きしたとか物を隠したとか、そういういたずらじゃないんだろう。

「精通もまだだった秀人に、教えてあげるって。酷いだろ。最低だろ」

 と夏目は自虐的に笑った。

「ま、でも、こども同士じゃありそうっちゃありそうですけど」
「俺ははっきり秀人が好きって自覚してたから。無垢な秀人を、自分の欲望のままに汚したんだ。それを謝りたくて急に押しかけたんだけど、秀人の顔を見たら、頭から杭を打たれたみたいに動けなくなった。俺は秀人のそばでしか生きていられないって、思っちゃったんだ。秀人には迷惑な話だよね」

 ポン酢をカゴに入れて、「アイス見に行こう」と夏目は通路を先に歩いた。

「だから、奴隷になったんですか?」

 背中に声をかける。夏目は前を向いたまま頷いた。

「あの時のことを謝ったら、秀人は「そんなことでわざわざ?」ってきょとんとしてたよ。その顔が死ぬほど好きだなって思ったら勝手に涙が出て来て、泣きながらここに置いて欲しいって頼んでた。なんでもするからって、土下座もして。秀人は優しいから俺をそばに置いてくれてるんだ。それ以上でも以下でもない。俺が奴隷になったのは身の程知らずな期待をしないようにね」
「こんなこと、いつまで続けるつもりなんですか?」

 夏目はパピコと雪見だいふくをカゴに入れた。俺はガリガリ君。

「いつまで続けられるんだろう。いつまでも俺がいたら迷惑だってわかってるんだけどね。秀人の重荷にはなりたくないけど俺から離れることは無理だから、秀人にお前の顔なんか見たくないってって言われるまでかな。そんなこと言われたら、取り乱しちゃうと思うけどね」

 振り返った夏目は寂しげに笑った。

 スーパーを出た時、ちょうどホタルの光が流れだした。

「今日は急な仕事が入ったから、遅くなっちゃったな」

 腕時計を見て夏目が言った。神永の家へ急いだ。

 角を曲がったら、前から歩いて来る人物が見えた。先に気付いたのは夏目だ。

「秀人!」

 飼い主を見つけた犬みたいに駆け寄る。

「どうしたの? 出かけるの?」
「遅いから、どうしたのかと思って」
「お腹すいた? 帰ったらすぐご飯作るね。あ、そうだ。途中で秀人の友達に会ったんだ」

 と夏目が振り返る。神永もいま俺に気付いたようにこっちを見た。

「ご飯いっしょにどうかと思って誘ったんだけど、いいよね」

 神永は俺と目を合わせてにやりと笑った。

「飯に釣られたな」

 その通りなので笑い返した。

 ちょっと遅くなったからってわざわざ迎えに来るあたり、神永も満更じゃないんじゃないかと思う。夏目が言うほど、可能性はなくはない気がする。





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