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成長痛(3/3)

2019.08.04.Sun.


『今日遊べる?』

 夏休みの宿題もしないでソファでゴロゴロしていた昼過ぎに藤園からメール。遊びの誘いは藤園待ち。俺から誘っても習い事やらなんやらで断られることが多いから。

「今日はピアノじゃないの?」
『先生が用事で急に休みになった』

 ここで猫が笑ってる絵文字を使ってくるのか。くすぐったい気持ちになる。

「どこで遊ぶ?」
『駅集合。カラオケ行こうぜ』

 有り金では不安なので母親に拝み倒して二千円もらった。シャワー……は、なんか違うよなと思って制汗スプレーを体にふりかけて家を出た。

 藤園はすでに駅にいた。散髪したらしく髪が短くなっている。

 コンビニに寄ってジュースを買ってから電車に乗った。

「風呂入ってきた?」

 今日の藤園はなんだかいい匂いがする。

「ちげーよ。香水。軽くだけど」
「香水使ってんの?」
「お前使ってねえの。汗臭いとモテねえぞ」
「スプレーしてきたし」

 フン、と鼻で笑われた。今までそんなに女子の目を気にしたことがなかった。藤園といると、たまに自分が子供っぽく感じることがある。

「藤園は誰かと付き合ったことあるの?」
「ねえよ、俺のレベルに釣り合う女が学校にいないからな」

 呆れて言葉も出ない。ではいったい、誰を意識しての香水なのか。

「正直いまはそれどころじゃねえし。親から入れって言われてる高校があって、そこに受かるまでは遊んでる暇ないっつうか。いまはお前と遊ぶので充分だし」
「へえ、どこの高校? 俺も入れるかな」
「あはは、お前には無理だろ」

 やってみなきゃわからないだろ、とか。この時そんなことを言い返したと思う。藤園に動揺を悟られないように必死だった。

 ──いまはお前と遊ぶので充分だし

 藤園の強がりでも、気まぐれなリップサービスでもいい。そんなことを言われて俺は舞い上がってしまった。顔が熱くなって、心臓がバクバク鳴るほどに。

 勉強しよう。藤園を見返してやるのも面白いよなってノリもあったけど、本音は藤園と同じ学校に通いたかったからだ。

 そんな決心を抱かせた電車の中。窓から差し込む夏の日差しを浴びて、藤園の白い肌はさらに白く輝いた。細い首筋。触れたらどんな感触だろう。藤園はどんな顔をするだろう。考えてはいけないことだとわかっていたから、表に出ないように胸の奥底へ封印した。

 目的の駅で電車を下り、駅ビルをウロついたあと、カラオケへ向かった。一時間ほど歌ったあとは、頼んだポテトをつまみながらおしゃべりした。

 通う塾に気に食わない奴がいるだとか、俺の身長がまた伸びててムカツクだとか、もうピアノは辞めたいだとか。

「藤園のピアノ、聴いてみたいんだけど」

 思いつきで言った。あの細い指がどんなふうに動くのか、見てみたかった。

「今日俺んち父親いるから無理」
「あ、じゃあ、楽器屋行こう」

 さっきウロついた駅ビルに戻った。店頭に電子ピアノが置いてある。藤園はそれを見て顔を顰めた。

「まじかよ」
「頼むって。俺なんかチューリップも弾けないのに」
「こんなとこで弾くとか、罰ゲームだろ」
「一曲だけ。ちょっとでいいから」

 俺を軽く睨んだあと、藤園はため息をついて、本当に嫌そうに鍵盤に指を当てた。そして、びっくりするくらい滑らかに指を動かして、俺でも聴いたことのあるクラシックの名曲を弾いた。鳥肌が立った。通りかかった通行人も思わず足を止める。しかし藤園はすぐ弾くのを止めてしまった。

「す……っげー! めちゃくちゃうまいじゃん!」
「ぜんぜんうまくなんかない。この程度、誰でも弾ける」
「嘘だあ。めっちゃうまいって!」
「お前みたいな素人にはそう見えても、聴く奴が聴いたらド下手だってわかんだよ」

 暗い表情、マジのトーン。藤園がピアノを嫌っていることは度々聞かされた愚痴で知っていた。たまにある発表会やらコンクールで結果を出せていないことも。ピアノ仲間にあからさまに侮辱してくる奴がいて、そいつをぶっ殺したいと思っていることも聞いて知っていた。

 こんなに上手に弾けるのに、一番じゃないなんて。藤園曰く、素人に毛が生えた程度。

「ま、別にいいけどな。三年になる時に辞めていいって言われてるから」
「ピアノ辞めるのか?」
「もともと嫌々習ってたしな。母親の希望でやらされてただけだし。父親には、金と時間の無駄遣いだって言われてきたし。辞めれて清々する」

 吐き捨てるように藤園は言った。短い付き合いでもプライドの塊のような奴だということはわかる。努力と結果が結び付かないことが歯がゆいのだろう。母親の期待に応えられないことも、父親からは期待すらされていないことも、どちらも藤園には耐えられない屈辱なんだ。

「もったいないよ。続ければいいのに」
「やだね。弾けたところでなんの意味もない」
「女子にモテそうじゃん。藤園くんかっこいーって。いまも充分かっこいいと思うけどさ」

 藤園が笑った。いつも冷笑ばかりだけど、たまにこうして無邪気に笑う。ずっとこんな風に笑っていればいいのに。

「藤園が笑ってんの、初めてみたかも。めっずらしー」

 聞き覚えのある大きな声が突然話しかけてきた。瞬時に藤園の顔から笑みが消え、険のある目つきにかわる。

 いつの間にか俺たちの背後に松田と川崎がいた。二人も遠征してここまで遊びに来たようだ。一番会いたくない奴らに出会ってしまった。

 二人はニヤニヤと笑いながら粘つく視線を藤園に送る。このまま通りすぎる気はないらしい。

「さっきピアノ弾いてたの藤園だよな。なにあれ。自慢? もしかしてかっこいいと思ってた? いやいや、見てるこっちが恥ずかしかったんですけど。通行人に笑われてたぞ、お前」
「おい」

 カッとして松田に言い返した。

「俺が藤園に弾いてくれって頼んだんだよ。めちゃくちゃうまかっただろ。なんで素直に認められないんだよ」
「認めるもなにも、こいつのピアノうまいと思わなかったし。調子乗ってる姿は面白かったけど」

 松田と川崎はわざと大きな声で笑った。嫌な注目を浴びる。藤園は俯いて唇を噛んだ。

「お前らだって、一生懸命サッカーやってるんだろ。藤園だって同じだ」
「こいつと俺らをいっしょにすんなよ。俺らは体育休んだりズルしてねえもん」
「ズルじゃない! 指を怪我したらピアノが弾けなくなるから、藤園は仕方なく……!」

 興奮して俺まで声が大きくなっていく。

「もういい、江田島。馬鹿に構ってたって時間の無駄だ」

 俺の腕を藤園が掴んだ。白い肌が斑に赤い。強いストレスを我慢している証拠。

「なー、ほら、ずるい。自分のこと言われてんのに江田島にばっか言わせて自分はなんも言い返さねえんだぜ。これがズルくなくてなんなんだよ。卑怯もん。根性なし。人のこと馬鹿にして優位に立ったつもりかよ。親が金持ってて勉強ができたって、お前そんなすごくねえからな。どこの誰がお前のことを必要としてくれんだよ。江田島以外に友達いんのか? いねえだろ。お前、自分が思ってるほど生きてる価値ねえからな」

 気が付くと藤園の腕を振り払い、松田を殴っていた。顔色を変えた川崎が掴みかかってくる。それを投げ飛ばし、松田に馬乗りになった。

「お前のほうがよっぽど生きてる価値ねえだろ」

 拳を振りあげた。松田の怯えた顔。そこにもう一発叩きこむ。人を殴ったのは初めてだ。

「俺と喧嘩する? したらサッカークラブに迷惑かかんじゃないの?」

 松田は何度も頷いた。

「どっち? 喧嘩すんの?」

 今度は首を横に振る。赤くなった目に涙が滲み始める。あんなに藤園につっかかってきたくせに、すぐに泣く。なんなんだ、こいつ。

「もう藤園に構うなよ。今度なんかしてんの見たら今日より痛い目にあわせる」

 後ろから川崎が何か言いながら俺を引きはがそうとしている。こいつも腕一本でどうにかできそうだ。ただ声がでかいだけで本当はこんなに弱かったのか。

「江田島、まずい、人が見てる。行くぞ」

 藤園の言う通り、足を止めてこちらを見てる人が何人かいた。この場を離れないといけない。でも足に力が入らなかった。人に暴力を振るったショックが今頃きたらしい。

「江田島、行くぞ」

 藤園に腕を掴まれてやっと立てた。藤園は笑っていた。もしかしたら引かれてんじゃないかと思ったから、その顔は意外だった。
 腕を掴まれたまま駅に向かう道を歩いた。途中、トイレに繋がる通路を曲がって藤園は腕をはなした。

「ごめん、藤園」
「なんでお前が謝んの。俺のためにやってくれたんだろ」
「そうだけど…俺、殴るつもりとかなかったのに」
「お前でけえから迫力あったわ」
「松田、大丈夫だったかな」
「あんな奴どうでもいいだろ。鼻の骨でも折れてりゃいいんだ」
「よくないよ。ほんとに折れてたらどうしよう」
「ちょっとは男前になるんじゃね?」

 自分で言って藤園は吹きだした。こっちは気が気じゃないってのに。

「俺が言った通りだっただろ。いまのお前だったら気に食わない奴らボコボコにできるって。なんであいつらがお前には絡んでいかなかったかわかるか? お前には喧嘩で勝てねーってわかってたからだ。で実際あのざまだろ。ちょっと殴られたぐらいで半泣きになりやがって。写メっときゃよかった。一生笑えたのに」

 だから藤園はさっきから機嫌がいいのか。とりあえず藤園に引かれてなくて良かった。

「気分いいし、飯食ってから帰ろうぜ。奢る」

 踵を返し、藤園が歩き出した。その背中を追う。俺はこの先ずっとこの背中を追いかけるだろう。そんな予感がした。

 ~~~

「う、あ」

 射精したら、冴木は先端を吸って最後の一滴まで飲みほした。

 ABCがしているのを何度も見てきた光景とは言えぞっとする。やっぱり冴木は変態野郎だ。

「ほら、A、俺もやったんだから、次はお前の番だろ」

 まだ躊躇いを見せるAを無言で見下ろす。こうすれば俺を怖がって大抵言うことをきく。

 中学から伸び始めた背丈は結局184センチまで到達してやっと勢いを止めた。しかしまだ緩やかに成長途中。服のサイズがなくなるからもういい加減にして欲しい。

 Aは恐る恐るコンドームの箱を掴んだ。

「ま、まじでやんの?」

 一縷の望みをかけて、藤園をチラリと見る。うんざりした顔で藤園は言った。

「嫌ならやんなくていいけど、冴木にお前を犯させるから」

 有言実行。藤園は言ったことは必ずやる。俺もそれを手伝う。それはAも知ってるから、ハッと顔色を変えて箱を開けた。

「おい変態、そこに四つん這いになれ」

 藤園が声をかける。ちゃんと名前を呼ばれなくても冴木は四つん這いになった。さっき、それだけは許してってすがりついてなかったか? やっぱりこいつはおかしい。進んで俺たちにいじめられているとしか思えない。それを見抜けない藤園でもないのに、どういうわけだ。

「ほらA、遠慮なく変態のケツに突っ込んでやれよ。こんなんただのオナホだって思えばいいんだよ。女と本番やるときの練習台。失敗して恥かきたくないだろ? お前ちょっと早漏気味なんだからさ。この変態の汚えケツで鍛えとけって」

 とAの背中を叩く。やっぱり藤園の顔色は悪い。そこまで無理をする理由がわからない。俺に話してくれたら、なんとかしてやれるかもしれないのに。

「だ、だよな。冴木だって思うから気持ち悪いだけで、オナホって思えばいいんだよな」

 自分に言い聞かせるようにAが言う。ちょっとだけ同情する。

 ついに覚悟を決めたのか、Aはコンドームをはめた。呆れたことに勃起している。嫌がってはいても、想像して体が勝手に反応したのだろう。心と体の乖離ってやつ?

 冴木の腰を掴み、Aは勃起をあてがった。嫌だとか許してだとか言うくせに冴木は逃げない。しっかり尻を突きだしている。Aの腰が進んだ。冴木は細切れの悲鳴をあげながらあっけなく射精した。

 あまりの早さにBとCが笑う。むりやり笑う藤園の顔は、血の気が引いて真っ白だった。

 どうしてそうまでして冴木に関わるのか、俺が訊いても藤園は教えてくれないだろう。

 荒い呼吸を繰り返す冴木の横に屈みこんだ。俺を見る冴木の目は完全にイッてる。

「なあ、お前、うちの藤園になんかしたか?」

 冴木にだけ聞こえるように囁く。

「え……? ふじその、くんに……? 俺が、なにかって?」

 呂律が回ってない。意味を噛みしめるように俺の言葉をなぞる。

 蕩けた目の焦点が合い、正気の光が戻った──ように見えた。

「俺なんかが藤園くんに何かできるわけないよ」

 と、口角を持ち上げる。なに笑ってんだ、こいつ。





10DANCE 1巻


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