成長痛(1/3)
2019.08.02.Fri.
前話「お触り禁止」
机にこしかけ、藤園はずっと窓のそとを見ている。下のグラウンドからは運動部の連中の掛け声。中/学生の頃、サッカークラブの奴らにいじめられた経験から藤園は視界に入れるのも嫌がるほど運動部の奴らを目の仇にしている。なのにじっと見てるのは、それ以上に不愉快なものから目を背けるためか?
俺たち以外誰もいない教室。冴木がABCにフェラをしている。藤園の命令。最初は面食らったが、慣れてしまえばただ気持ちが悪いだけの光景。藤園も見るのが嫌ならやれと命令しなければいいのに。
「藤くん、こっち終わったよ」
最後のCが藤園に声をかけた。藤園の頬がピクッ痙攣した。ため息をつきながらやっと教室の中へ視線を戻す。
床に膝をついたままの冴木も、藤園の目を見つめ返した。口元は唾液と精液まみれ。汚い。
「今日は用事があるから…早く帰らせてほしいんだけど…」
口元を拭いながら冴木が言った。背中を丸めておどおどとした喋り方。加えて頭も足りない。こんなことを言われて藤園が素直に帰すわけがないのに。
「藤園くんのも舐めたら、帰してくれる?」
媚びの入り混じった上目遣いが藤園を見る。瞬間的に湧きあがる怒りと嫌悪。これ以上いじめられないよう冴木なりに必死なんだとわかるが、俺は冴木のこの顔が殴りたくなるほど嫌いだ。ABCはそうじゃないみたいで、ただゲラゲラと笑っている。
前は冴木にフェラをさせることに抵抗があったABCも、今ではただの性処理感覚で危機感もなくちんこを咥えさせている。藤園は俺にもやれと言うが、絶対ごめんだと拒否している。
当の藤園だって、最初の一回以降、やらせてない。冴木に触られるのが嫌なんだと思う。いまだって顔を強張らせている。
「今日はいいものを持ってきてやったぞ」
藤園は無理して笑うと、鞄から紙袋を取り出して床に投げすてた。藤園と紙袋を見比べて冴木は袋を開けた。中から出てきたのはコンドーム。ABCがまた笑う。
「これは……?」
怯えた様子で冴木は藤園を見上げた。
「今度は下の口に突っ込んでやるって言ってんの。嬉しいだろ、変態」
冴木はコンドームを見つめたまま動かなくなった。ABCも笑い止んだ。やっとそれを使うのが誰か思い至ったらしい。どうせこいつらがいま感じてる躊躇いなんか、一回ヤッてしまえばすぐ消えてなくなる。
「そ、それは嫌だ、許して。他のことなら、なんでも言うこときくから」
床を這って冴木が藤園の足にしがみついた。藤園が驚く。俺は冴木の腹を蹴った。加減が追い付かなくてかなり強く蹴ってしまった。冴木は腹を抱え呻いている。そんな冴木を見下ろす藤園の顔色は悪い。
藤園も、俺と同じで冴木が気持ち悪いんだと思う。抵抗らしい抵抗をしないでただいじめられているだけ。しかも勃起させて。酷いことをされて勃起させるなんて、藤園が言う通り冴木は変態なんだろう。
「おい、A」
藤園に呼ばれたAがぎくりと肩を震わせた。
「お前からこの変態に突っ込んでやれよ」
「え、いやでも男のケツに突っ込むとかさあ、さすがに気色悪いじゃん」
「はあ? こいつの口に何回もちんこ突っ込んで腰振ってるお前がそれ言う?」
藤園の顔つきと口調が変わった。機嫌を損ねたと気付き、Aは慌てた。
「だって口とケツは違うじゃん。ケツに突っ込むとか汚ねえし、それやったらなんか、マジって感じするじゃん」
藤園は目の前の机を蹴り倒した。大きな物音にABCが体をびくつかせる。
「マジってなにが? ケツはアウトで口はオッケーってどういう基準? 変態の口でイキまくってるお前がよく汚いとか言えるな。何様だよ」
あー、これはまずい。藤園は本気で怒ってる。険悪な空気。Aも気まずそうに下を向いて黙ってる。
「ふ、藤くんは俺らにばっかヤレっていうけど、藤くんはやんないじゃん。フェラだって一回しかさせてないし。江田島は一回もやってないのになんも言われないのって不公平じゃん」
Bがまさかの反論。藤園の目がつりあがる。手を出すかと思ったが、藤園は堪えた。
「いやいや、なんで俺がお前らと公平でなくちゃいけないのか意味わかんないんだけど。でもまあいいや。おい変態、今度は俺のをしゃぶらせてやる」
藤園が無理をしているのが俺にはわかる。
声をかけられた冴木は藤園の前まで膝で移動した。藤園が自分のベルトに手をかける。冴木は顎を持ち上げた。
「藤、待って。俺がやる」
咄嗟に止めた。冴木にしゃぶられるなんて嫌だが、藤園がやられるよりはマシだと思えた。
俺を振り返った冴木と目があった。本気で嫌がっているようには見えなくてどこか余裕を感じる。冴木は男が好きなのかもしれない。だとしたら俺たちのほうこそ冴木に利用されていることになる。それに気付かない藤園じゃないのに、なぜこいつに関わるのを止めないんだろう。
「俺がフェラさせたら、次はお前らの番だぞ。ケツに突っ込んでやれよ。なんなら同時でもいいぞ」
ABCに笑いかけたら、三人もぎこちなく笑い返してきた。男のケツになんかゴムをつけても突っ込みたくない。その気持はよくわかる。でも藤園がそれを望んでいるなら、それがこいつらの役目だ。まだ藤園がやってないとかグダグダぬかしたら、その時は俺がこいつらを殴ろう。藤園の華奢な手では、三人も殴ったら痛めてしまう。
ズボンとパンツをずらしてちんこを出したら冴木のほうから迎えにきた。ぬるっと濡れた温かな口腔内。慣れてしまったのか、冴木に躊躇はない。嫌悪感は意外と一瞬で消えた。
そっと安堵の溜息をもらした藤園を見て、俺は満足した。
~~~
俺と藤園の出会いは中学二年のとき。同じクラスになったが特に接点はなく一学期も終わりに近づいた頃。
当時俺は成長痛がひどくて体育を受けられる状態じゃなかった。夜になると特にひどくて連日睡眠不足。親が事情を話して体育は保健室で寝ていいって処置になった。喜んで向かった保健室に藤園がいた。
藤園の親が医者だって話はわりと早い段階で噂になってて、見た目も男のわりに整っていたから女子に人気があった。でも一部の女子からは性格が悪いって猛烈に嫌われてもいた。平気で他人の欠点を指摘したり見下す言動が目立つ奴だったから仕方がない。男からはあまり好かれていなかった。やっぱり性格のせいだったと思う。
藤園は保健室で勉強をしていた。入ってきた俺を見てあからさまに顔を顰める。噂通りの嫌な奴だと思った。
「江田島くんね。先生から聞いてるよ。成長痛? そんなに痛むの?」
保健の先生が俺に声をかけてきた。藤園の視線が手元のノートへ戻る。
「夜寝てらんないくらい痛い」
「あー、いま一気に伸びてるのかもねえ。かわいそうに。今日は暑いからプール入りたかったでしょう?」
「いまバタ足したら死ぬ」
先生が笑う。俺も笑った。フンって、鼻で笑った音が藤園から聞こえた気がしたけど無視した。
寝てていいとベッドをあてがわれた。マットも布団も硬くて馴染みが悪い。カーテンに囲まれていても部屋が明るいし、とても眠れそうになかった。
遠くからプールではしゃぐ同級生の声が聞こえる。気持ちいいだろうなと羨ましくなる。それに消えそうなほど微かに、勉強をする藤園のシャーペンの音。一度書き始めると淀みない。音がやんだ。問題を読んでいるのか、考え中か。またシャーペンがノートの上を走る。心地よい音だった。
親が金持ちで、顔もよくて、頭もよくて。なんかそういうのずるいなって思ってたけど、ちゃんと努力してるところもあったんだと当たり前のことに気付いた。
ウトウトし始めた頃、騒がしい足音が保健室にやってきた。
「先生! 鼻血!!」
聞き覚えのある声。同じクラスの松田だ。あいつはいつも声がでかい。
「どうしたの? ぶつけた?」
先生が対応する。その声に耳をすます。
「遊びの時間に潜水してたら誰かに顔蹴られた」
「あら。潜水っていまやっちゃいけないんじゃなかった?」
「ちょっとだけ。一瞬潜っただけ」
「どうして潜水しちゃいけないか身をもって学んだわね」
松田はちょっと苦手だ。声と比例して態度もでかい。藤園が自分のバックグラウンドに自信を培ったタイプなら、松田は自分への絶対的な自信を持って他人に横柄になるタイプだ。勉強はいまいちでもスポーツが得意で体も大きい。授業中であろうが大きな声で冗談を言って笑いを取る。物怖じしないからリーダーシップを取る場面も多いが、気分屋で身勝手な部分もある。
大勢の男子から一目置かれているし、女子からもモテている。それは藤園の比じゃない。
「このくらい、サッカーやってたら日常茶飯事だよ」
得意げな松田の声。その顔まで想像できるようだ。
「男の子は強いわねえ。はい、ちょっと鼻触るわよ。折れてはないみたいね」
またドカドカと足音が入ってきた。
「松田、大丈夫かよ。先生がこっちで着替えろって。制服持って来てやったぞ」
「おー、悪い、サンキュー」
松田とよくつるんでいる川崎の声だ。松田と同じくサッカーをやっている。二人は似たもの同士で揃うとたちが悪い。
「藤園じゃん」
松田に負けない大きな声が藤園を見つけた。
「また体育さぼってんの。いーよなー。親が医者だと体育受けなくていいんだもんなあ」
「こら。そんなこと言わないの。家庭によってそれぞれ事情があるんだから」
先生が川崎を窘める。川崎の言うとおり、藤園は毎回体育を見学していた。そのせいでクラスの奴らから反感を買っている。
「知ってる。ピアノだろ。うちのボクちゃんはピアノをやってるざます。大事な手を怪我したら大変ざますから体育は見学するざます! って親が学校に乗り込んできたって」
それは俺も聞いたことがあった。まだ中学に入ったばかりの頃、別のクラスだった藤園の存在は知らなかったが、そういう事情を通そうと学校に直談判しにきた親がいる、というのは噂で聞いていた。
同じクラスになって「あれがあの時の」と合致した。藤園は本当に一度も体育に出なかった。体を動かすような行事も見学か欠席。ジャージ姿すら見たことがない。
「なあ藤園、お前の親ってモンペだよな。恥ずかしくないの?」
「そういうお前は女みたいにおしゃべりだな」
ずっと無言だった藤園が口を開いた。
「少しは静かにできないのかよ。こっちは勉強してんだよ。見てわかんねえか。馬鹿だからわかんないか」
「ああ? 誰に向かって口きいてんだよ、ガリ勉マザコン野郎が」
松田の声が威嚇するために低くなった。カーテンの外は一食触発の空気。やばいやばい。ヒョロガリの藤園がサッカーで鍛えてる松田と喧嘩なんかしたらただでは済まない。関係ない俺の心臓がバクバク鳴った。
「はーい、ストップストップ! 松田くんが最初に失礼なこと言ったんでしょ。藤園くんも口が悪い。二人とも言い過ぎ」
先生が止めに入った。乱れが足音が聞こえる。藤園に掴みかかろうとする松田を先生が止めているのかもしれない。俺も加勢したほうがいい? 怖々布団をもちあげ、体を起こした。「かかってこい」だとか「調子乗るなよ」とか、藤園に威嚇する松田の声が聞こえる。まだ殴ったりするような音は聞こえない。
「ほらほら、もういいから。松田くん、そこでカーテン締めて着替えちゃいなさい。川崎くんは授業戻って」
先生の口調もさっきまでの軽い調子じゃなくなっていた。小柄な女の先生だ。男子中/学生であっても、もう力では押しとどめるのは難しいだろう。俺も怖かったが、先生も怖かったんじゃないだろうか。
隣のベッドで着替え終わると松田は保健室を出て行った。この一件以来、松田のグループが藤園に絡む場面を何度か見るようになった。
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机にこしかけ、藤園はずっと窓のそとを見ている。下のグラウンドからは運動部の連中の掛け声。中/学生の頃、サッカークラブの奴らにいじめられた経験から藤園は視界に入れるのも嫌がるほど運動部の奴らを目の仇にしている。なのにじっと見てるのは、それ以上に不愉快なものから目を背けるためか?
俺たち以外誰もいない教室。冴木がABCにフェラをしている。藤園の命令。最初は面食らったが、慣れてしまえばただ気持ちが悪いだけの光景。藤園も見るのが嫌ならやれと命令しなければいいのに。
「藤くん、こっち終わったよ」
最後のCが藤園に声をかけた。藤園の頬がピクッ痙攣した。ため息をつきながらやっと教室の中へ視線を戻す。
床に膝をついたままの冴木も、藤園の目を見つめ返した。口元は唾液と精液まみれ。汚い。
「今日は用事があるから…早く帰らせてほしいんだけど…」
口元を拭いながら冴木が言った。背中を丸めておどおどとした喋り方。加えて頭も足りない。こんなことを言われて藤園が素直に帰すわけがないのに。
「藤園くんのも舐めたら、帰してくれる?」
媚びの入り混じった上目遣いが藤園を見る。瞬間的に湧きあがる怒りと嫌悪。これ以上いじめられないよう冴木なりに必死なんだとわかるが、俺は冴木のこの顔が殴りたくなるほど嫌いだ。ABCはそうじゃないみたいで、ただゲラゲラと笑っている。
前は冴木にフェラをさせることに抵抗があったABCも、今ではただの性処理感覚で危機感もなくちんこを咥えさせている。藤園は俺にもやれと言うが、絶対ごめんだと拒否している。
当の藤園だって、最初の一回以降、やらせてない。冴木に触られるのが嫌なんだと思う。いまだって顔を強張らせている。
「今日はいいものを持ってきてやったぞ」
藤園は無理して笑うと、鞄から紙袋を取り出して床に投げすてた。藤園と紙袋を見比べて冴木は袋を開けた。中から出てきたのはコンドーム。ABCがまた笑う。
「これは……?」
怯えた様子で冴木は藤園を見上げた。
「今度は下の口に突っ込んでやるって言ってんの。嬉しいだろ、変態」
冴木はコンドームを見つめたまま動かなくなった。ABCも笑い止んだ。やっとそれを使うのが誰か思い至ったらしい。どうせこいつらがいま感じてる躊躇いなんか、一回ヤッてしまえばすぐ消えてなくなる。
「そ、それは嫌だ、許して。他のことなら、なんでも言うこときくから」
床を這って冴木が藤園の足にしがみついた。藤園が驚く。俺は冴木の腹を蹴った。加減が追い付かなくてかなり強く蹴ってしまった。冴木は腹を抱え呻いている。そんな冴木を見下ろす藤園の顔色は悪い。
藤園も、俺と同じで冴木が気持ち悪いんだと思う。抵抗らしい抵抗をしないでただいじめられているだけ。しかも勃起させて。酷いことをされて勃起させるなんて、藤園が言う通り冴木は変態なんだろう。
「おい、A」
藤園に呼ばれたAがぎくりと肩を震わせた。
「お前からこの変態に突っ込んでやれよ」
「え、いやでも男のケツに突っ込むとかさあ、さすがに気色悪いじゃん」
「はあ? こいつの口に何回もちんこ突っ込んで腰振ってるお前がそれ言う?」
藤園の顔つきと口調が変わった。機嫌を損ねたと気付き、Aは慌てた。
「だって口とケツは違うじゃん。ケツに突っ込むとか汚ねえし、それやったらなんか、マジって感じするじゃん」
藤園は目の前の机を蹴り倒した。大きな物音にABCが体をびくつかせる。
「マジってなにが? ケツはアウトで口はオッケーってどういう基準? 変態の口でイキまくってるお前がよく汚いとか言えるな。何様だよ」
あー、これはまずい。藤園は本気で怒ってる。険悪な空気。Aも気まずそうに下を向いて黙ってる。
「ふ、藤くんは俺らにばっかヤレっていうけど、藤くんはやんないじゃん。フェラだって一回しかさせてないし。江田島は一回もやってないのになんも言われないのって不公平じゃん」
Bがまさかの反論。藤園の目がつりあがる。手を出すかと思ったが、藤園は堪えた。
「いやいや、なんで俺がお前らと公平でなくちゃいけないのか意味わかんないんだけど。でもまあいいや。おい変態、今度は俺のをしゃぶらせてやる」
藤園が無理をしているのが俺にはわかる。
声をかけられた冴木は藤園の前まで膝で移動した。藤園が自分のベルトに手をかける。冴木は顎を持ち上げた。
「藤、待って。俺がやる」
咄嗟に止めた。冴木にしゃぶられるなんて嫌だが、藤園がやられるよりはマシだと思えた。
俺を振り返った冴木と目があった。本気で嫌がっているようには見えなくてどこか余裕を感じる。冴木は男が好きなのかもしれない。だとしたら俺たちのほうこそ冴木に利用されていることになる。それに気付かない藤園じゃないのに、なぜこいつに関わるのを止めないんだろう。
「俺がフェラさせたら、次はお前らの番だぞ。ケツに突っ込んでやれよ。なんなら同時でもいいぞ」
ABCに笑いかけたら、三人もぎこちなく笑い返してきた。男のケツになんかゴムをつけても突っ込みたくない。その気持はよくわかる。でも藤園がそれを望んでいるなら、それがこいつらの役目だ。まだ藤園がやってないとかグダグダぬかしたら、その時は俺がこいつらを殴ろう。藤園の華奢な手では、三人も殴ったら痛めてしまう。
ズボンとパンツをずらしてちんこを出したら冴木のほうから迎えにきた。ぬるっと濡れた温かな口腔内。慣れてしまったのか、冴木に躊躇はない。嫌悪感は意外と一瞬で消えた。
そっと安堵の溜息をもらした藤園を見て、俺は満足した。
~~~
俺と藤園の出会いは中学二年のとき。同じクラスになったが特に接点はなく一学期も終わりに近づいた頃。
当時俺は成長痛がひどくて体育を受けられる状態じゃなかった。夜になると特にひどくて連日睡眠不足。親が事情を話して体育は保健室で寝ていいって処置になった。喜んで向かった保健室に藤園がいた。
藤園の親が医者だって話はわりと早い段階で噂になってて、見た目も男のわりに整っていたから女子に人気があった。でも一部の女子からは性格が悪いって猛烈に嫌われてもいた。平気で他人の欠点を指摘したり見下す言動が目立つ奴だったから仕方がない。男からはあまり好かれていなかった。やっぱり性格のせいだったと思う。
藤園は保健室で勉強をしていた。入ってきた俺を見てあからさまに顔を顰める。噂通りの嫌な奴だと思った。
「江田島くんね。先生から聞いてるよ。成長痛? そんなに痛むの?」
保健の先生が俺に声をかけてきた。藤園の視線が手元のノートへ戻る。
「夜寝てらんないくらい痛い」
「あー、いま一気に伸びてるのかもねえ。かわいそうに。今日は暑いからプール入りたかったでしょう?」
「いまバタ足したら死ぬ」
先生が笑う。俺も笑った。フンって、鼻で笑った音が藤園から聞こえた気がしたけど無視した。
寝てていいとベッドをあてがわれた。マットも布団も硬くて馴染みが悪い。カーテンに囲まれていても部屋が明るいし、とても眠れそうになかった。
遠くからプールではしゃぐ同級生の声が聞こえる。気持ちいいだろうなと羨ましくなる。それに消えそうなほど微かに、勉強をする藤園のシャーペンの音。一度書き始めると淀みない。音がやんだ。問題を読んでいるのか、考え中か。またシャーペンがノートの上を走る。心地よい音だった。
親が金持ちで、顔もよくて、頭もよくて。なんかそういうのずるいなって思ってたけど、ちゃんと努力してるところもあったんだと当たり前のことに気付いた。
ウトウトし始めた頃、騒がしい足音が保健室にやってきた。
「先生! 鼻血!!」
聞き覚えのある声。同じクラスの松田だ。あいつはいつも声がでかい。
「どうしたの? ぶつけた?」
先生が対応する。その声に耳をすます。
「遊びの時間に潜水してたら誰かに顔蹴られた」
「あら。潜水っていまやっちゃいけないんじゃなかった?」
「ちょっとだけ。一瞬潜っただけ」
「どうして潜水しちゃいけないか身をもって学んだわね」
松田はちょっと苦手だ。声と比例して態度もでかい。藤園が自分のバックグラウンドに自信を培ったタイプなら、松田は自分への絶対的な自信を持って他人に横柄になるタイプだ。勉強はいまいちでもスポーツが得意で体も大きい。授業中であろうが大きな声で冗談を言って笑いを取る。物怖じしないからリーダーシップを取る場面も多いが、気分屋で身勝手な部分もある。
大勢の男子から一目置かれているし、女子からもモテている。それは藤園の比じゃない。
「このくらい、サッカーやってたら日常茶飯事だよ」
得意げな松田の声。その顔まで想像できるようだ。
「男の子は強いわねえ。はい、ちょっと鼻触るわよ。折れてはないみたいね」
またドカドカと足音が入ってきた。
「松田、大丈夫かよ。先生がこっちで着替えろって。制服持って来てやったぞ」
「おー、悪い、サンキュー」
松田とよくつるんでいる川崎の声だ。松田と同じくサッカーをやっている。二人は似たもの同士で揃うとたちが悪い。
「藤園じゃん」
松田に負けない大きな声が藤園を見つけた。
「また体育さぼってんの。いーよなー。親が医者だと体育受けなくていいんだもんなあ」
「こら。そんなこと言わないの。家庭によってそれぞれ事情があるんだから」
先生が川崎を窘める。川崎の言うとおり、藤園は毎回体育を見学していた。そのせいでクラスの奴らから反感を買っている。
「知ってる。ピアノだろ。うちのボクちゃんはピアノをやってるざます。大事な手を怪我したら大変ざますから体育は見学するざます! って親が学校に乗り込んできたって」
それは俺も聞いたことがあった。まだ中学に入ったばかりの頃、別のクラスだった藤園の存在は知らなかったが、そういう事情を通そうと学校に直談判しにきた親がいる、というのは噂で聞いていた。
同じクラスになって「あれがあの時の」と合致した。藤園は本当に一度も体育に出なかった。体を動かすような行事も見学か欠席。ジャージ姿すら見たことがない。
「なあ藤園、お前の親ってモンペだよな。恥ずかしくないの?」
「そういうお前は女みたいにおしゃべりだな」
ずっと無言だった藤園が口を開いた。
「少しは静かにできないのかよ。こっちは勉強してんだよ。見てわかんねえか。馬鹿だからわかんないか」
「ああ? 誰に向かって口きいてんだよ、ガリ勉マザコン野郎が」
松田の声が威嚇するために低くなった。カーテンの外は一食触発の空気。やばいやばい。ヒョロガリの藤園がサッカーで鍛えてる松田と喧嘩なんかしたらただでは済まない。関係ない俺の心臓がバクバク鳴った。
「はーい、ストップストップ! 松田くんが最初に失礼なこと言ったんでしょ。藤園くんも口が悪い。二人とも言い過ぎ」
先生が止めに入った。乱れが足音が聞こえる。藤園に掴みかかろうとする松田を先生が止めているのかもしれない。俺も加勢したほうがいい? 怖々布団をもちあげ、体を起こした。「かかってこい」だとか「調子乗るなよ」とか、藤園に威嚇する松田の声が聞こえる。まだ殴ったりするような音は聞こえない。
「ほらほら、もういいから。松田くん、そこでカーテン締めて着替えちゃいなさい。川崎くんは授業戻って」
先生の口調もさっきまでの軽い調子じゃなくなっていた。小柄な女の先生だ。男子中/学生であっても、もう力では押しとどめるのは難しいだろう。俺も怖かったが、先生も怖かったんじゃないだろうか。
隣のベッドで着替え終わると松田は保健室を出て行った。この一件以来、松田のグループが藤園に絡む場面を何度か見るようになった。

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コメントありがとうございます!!
そしてご指摘、本当に大大大感謝です!!(><)一応読み返すんですけど、見逃しておりました~!!
区別はできてるんですが、書いてる最中ごっちゃになることが多々あった2人の名前。うわあ。お恥ずかしい。
教えてもらえると本当に助かります!ありがとうございます!
自分のキャパ越えの話は書けないですが、いろんなシチュで色々書いてたら、いつかどれかが、誰かの萌えに響くといいなと思って書いています!それがひとつじゃなく、複数あればなおよし!そうなるようにこれからも頑張ります!