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はじまる(5/8)

2019.07.23.Tue.


 予兆はあった。だし巻き卵の予感もあった。

 たくみからマメなメールが減った。僕から連絡をすることが増えた。会えない日が増えた。たまに会っても心ここにあらずって感じで、たくみは別の何かに囚われていた。

 そんな感じが二ヶ月続いて、ついにたくみから別れを切りだされた。

「好きな人ができた。俺が支えてあげないといけないと思った。放っておけない。目が離せない。そばにいて守ってあげたい」

 僕に囁いた愛の言葉より、より熱烈な内容。相手はクドウさん。一目惚れだったそうだ。キスされたことが決定打。身も心も、僕ではなく、クドウさんのほうへ向いてしまった。クドウさんにはムカイさんがいる。だから諦めようとこの二ヶ月もがいてみたが、どうやらあのふたりはまだ付き合っていないようだし、諦めきれなかった。だから、別れよう、と。

 クドウさんと付き合えるって決まったわけじゃないのに?

「構わない。ずっと片思いでもいい」

 あの人と付き合っても大変だと思うよ。恋人がいる男にキスするような人だよ?

「それも含めて、俺はあの人が好きだから」

 たくみは、クドウさんの欠点すら好きだと言う。しーちゃんは悪くない、俺が悪いんだ、とも。

 そこまで言われたら僕からなにも言うことはなかった。別れたくないと縋りついて駄々をこねる気力も湧かない。

 性格はあんなのでも、恐ろしいくらいの美形。凡人が太刀打ちできる相手じゃない。たくみのように、一目で魂を抜かれた人をいままでにも何人か見てきた。そういう人は外野がなにを言っても無駄だった。

 だから、たくみと別れた。

 一ヶ月くらいは何もする気にならなかった。仕事と自宅の往復。休みは一日中家で過ごした。ケンちゃんの店にも行ってない。

 内側から無気力に蝕まれている。泣いたり怒ったりしなかった自分を、大人のように落ち着ていると思っていたけど、ただショックが大きすぎて実感がなかっただけみたいだ。

 最近、ふと気が緩んだ瞬間に泣きそうになる。夜は布団のなかで一人で泣いてる。たくみを責める言葉が頭のなかでグルグルして眠れない。消せばいいのにたくみからのメールを読み返してしまう。一件残った留守電の声を何度も聴いてしまう。

 あの青い声はもう僕のものじゃない。大きい手も、筋肉質な足も、柔らかい天然パーマの髪も、先が尖り気味の耳も、優しい言葉も、愛情に満ちた眼差しも、僕のもとから離れてしまった。

 クドウさんなんか嫌いだ。どうしてあの日珍しく店に来たんだよ。俺にくれって言葉、ほんとになっちゃったじゃん。あの泥棒猫。ほんとにたくみが欲しかったわけじゃないくせに。ムカイさんと仲良くなっただけじゃなく、どうして他人の男にまで手を出すんだよ。

 クドウさんに骨抜きになった男は多いなか、ムカイさんだけは例外だった。いつからの知り合いかは知らないけど、僕がケンちゃんの店に通い始めた頃にはもう、あの二人は仲が悪かった。

 クドウさんがムカイさんのツレに「あんた、趣味悪いな」って失礼極まりない発言をしたり、ムカイさんも「黙れよ、尻軽」って顔も見ないで言い返したり。ノンアルで酔っぱらったクドウさんが絡んできても、ムカイさんは迷惑そうに顔を顰めるだけで相手をしなかったし。だから僕は安心をしていたんだ。

 なのに、ムカイさんまで自分の物にする気なのか。僕が好きになったもの全部、クドウさんに取られていく。

 一人で泣き暮らしていたら、ケンちゃんからメールがきた。

「最近来ないからすうさんたちが寂しがってるよ。久し振りにおいでよ、待ってるから」

 たくみのことには触れてこない。別れたことをもう知っているのかもしれない。いや、察しているんだろう。だって、たくみがクドウさんに一目惚れしたのにいち早く気づいてだし巻き卵を作ってくれた人だ。

 ケンちゃんに愚痴ろう。たくみとクドウさんの悪口もいっぱい言ってやろう。いっぱい飲んでいっぱい愚痴って、次の日は二日酔いで最悪の気分になったら、もうたくみのことは綺麗さっぱり忘れてやろう。

「今日行く」

 ケンちゃんに返事を送った。

 ※ ※ ※

 店に行ったら、すうさんとサスケが一緒に飲んでて僕を手招きした。すうさんの恋人も控えめな会釈をしてくる。ずっと一途にすうさんを想い続けて来た人。そんな相手に僕も巡りあいたい。

 ケンちゃんを入れた5人で乾杯した。この面子で飲むのは今夜が初めてだ。ケンちゃんが前もって言っていてくれたのか、誰もたくみのことは口にしない。

 だから自分から言った。

「もう知ってると思うけど、たくみと別れましたー!」

 ケンちゃんは目を伏せ、すうさんは頷いて、サスケは僕の背中を叩いた。すうさんの恋人だけが驚いた顔をした。

「しーちゃんとお似合いだと思ったんだけどね」

 残念そうにケンちゃんが言う。僕の恋を一番応援してくれた。

「ま、しょうーがない! だって相手はあのクドウさんだし、中身クソでも外側だけは最高級の人だからね! 初対面でキスされたら、耐性ない人はコロっと落ちるでしょ」

 つとめて明るく振る舞う。僕のせいでしんみりした空気になるのは申し訳ない。

「見る目がないんだよ、たくみくんは。だって俺じゃなくしーちゃんを選ぶんだし」

 とサスケ。まだ狙ってんのかよって、いまはそういう軽口がありがたい。

「ほんとほんと、クドウさんを選ぶって、たくみの奴見る目ない。あの人とうまくいくわけないじゃん。付き合えても大変そうだし。今頃後悔してんじゃない?」
「噂では、クドウさんを追っかけまわしてるけど、ずっと邪険にされてるらしいよ」

 顔の広いすうさん情報。追いかけまわすたくみと、あしらうクドウさん。目に浮かぶようだ。

「今日は朝まで飲むぞー!」

 キープしてたボトルを空にしてやる。たくみと最初に出会ったとき、ここから一杯奢ったんだった。思い出してちょっとしんみり。

 もともと残り少ないボトルが空になっても飲み続けた。すうさんが「そろそろ」と止めても飲んだ。ケンちゃんに「もうよしな」と止められても飲んだ。僕は今日泥酔したいんだ。

 店の戸がカランと鳴って反射的にそっちを見る。やってきたのはムカイさん。すでにベロンベロンに酔った僕を見て驚いた顔をする。

「ケン坊、飲ませ過ぎだろ」

 いつもの場所へムカイさんが座る。今日も誰かと待ち合わせ。誰と? クドウさん? ミノル? それともまた別の男?

「止めてるんだけど…、ほらしーちゃん、お水飲みな」

 ケンちゃんの声を無視して、僕はヨタつく足でムカイさんの隣に座った。

「僕がこんなに酔ってるのは、ムカイさんのせいでもあるんですからね」
「俺?」
「そうですよ。ムカイさんがしっかりクドウさんのこと捕まえてないから、たくみがクドウさんとこフラフラ行っちゃったんですよ」

 ムカイさんは僕から目線を外し、ポケットから出した煙草を咥えた。ムカイさんも僕がたくみと別れたことは知ってるみたいだ。親密なクドウさんから聞いたんだろう。

「俺とクドウはなんにもないぞ」
「じゃあなんで前は喧嘩ばっかりしてた人が急に仲良くなってんですか」
「たまたま業種が近いってわかっただけで、仲良くはない」

 ふうん。僕はムカイさんがなんの仕事をしている人なのかすら知らないけど、クドウさんは知ってるんだ。

「やっぱ仲良いじゃないですか。今日もクドウさんと待ち合わせですか? ミノルくんはどうしたんですか?」
「ミノルとはとっくに別れた。他に男ができたんだとさ。てか、なんでおまえにこんな話しなきゃいけないんだ。もう帰れ。そろそろクドウも来る」
「なんで僕を追い出そうとするんですか」
「そうじゃないだろ、飲み過ぎだって心配してやってるんだ」
「クドウさんにも言いたいことがあるんです。来るまで待ちますよ」

 ムカイさんは無言でため息をついた。

 ムカイさんのハイボールが空になるころ、クドウさんがやってきた。僕を見るなり指さして「おまえの彼氏、どうにかしろ!」と怒鳴ってきた。

「もう俺の彼氏じゃねえよ、あんたのせいで!」
「俺の行く先々であの野郎、待ち伏せしてやがる。おかげで馴染みの店に顔も出せやしねえ。元はついてもお前の彼氏だろ、責任もって回収しろ」
「知るか。あんたが下手にちょっかい出したのが悪いんだ。たくみのこと欲しいって言ってたでしょ。よかったじゃん、言った通りになって」
「くっそ、うり坊のくせに生意気なんだよ。ムカイ、どうにかしろよ」
「おまえが悪い」

 正面を向いたまま、ムカイさんは煙草の煙を吐きだした。「そうだそうだ」と僕は合いの手を入れる。クドウさんは地団太を踏んだ。

「なにが望みだ、うり坊」
「そのうり坊呼びやめてくださいよ。そんで今日は俺がいいっていうまで付き合えってもらおうかな。あ、俺明日仕事休みだから」
「俺は明日も仕事だ! くそったれめ!」

 クドウさんはポケットから一万円出してカウンターに叩きつけた。

「ケン坊、こいつの今日の飲み代、これで足りるか?」
「足りるけど……」
「おら、場所変えるぞ。ムカイ、おまえもだ。俺ひとりにこいつのお守りさせんじゃねえよ」「これ以上しーちゃんに飲ませるのはやめたほうが」

 ケンちゃんが慌ててカウンターから出てきた。クドウさんによっかかる僕に手を伸ばしてくる。

「大丈夫、コーラ飲ませとくって」

 ケンちゃんの手を、ムカイさんがやんわり払った。しばらくふたりは無言で見つめ合った。先に笑顔になったのはケンちゃんだ。

「ムカイさんのこと信用してるよ」
「ほんとに?」

 ムカイさんの意味深な笑み。僕にその意味を探る余裕はなかった。ふたりに支えられて、ケンちゃんの店を出た。




魔風が吹く 1

非BL。
ムカイの黒上下とクドウの名前はこれの番頭から。
上にも書きましたが、ムカイの服が上下黒なのと、クドウの名前は「魔/風が吹く」っていう漫画に出てくる番頭って呼ばれてるやくざから拝借しました。モデルにはしてません。いや、できません。恐れおおい。番頭いいキャラなんですよ。グロとか痛い系が苦手じゃない人にはぜひ読んで頂きたい。漫画自体はBLじゃないんですが、公式ホモです。だからというわけでもなく、非常におすすめです。先日完結したのでおそらく全5冊。4巻、5巻は番頭の魅力てんこもりです!


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