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はじまる(3/8)

2019.07.21.Sun.


「なんかいいことあった?」

 職場の先輩。一個上の長町さんは鋭い。女の勘? 店を閉めたあと、僕は鼻歌混じりに掃除をしていたらしい。気付かなかった。

「いや、別にいつも通りですけど」
「ほんとー? 最近しょっちゅうスマホ見てるじゃん。誰かからの連絡待ちなんじゃないの?」
「そんなんじゃないですって」
「ニヤけながら否定されてもねえ」

 休み時間や、施術のちょっと空いた間、行きや帰りの電車の中、僕はずっとスマホを見ている。たくみからのメール待ち。

 たくみと正式に付き合い出して早三ヶ月。時間を見つけては逢瀬を重ねた。たくみの家にも招待された。

 立派なファミリー向けの分譲マンション。もとは親と住んでいたが、祖母の介護のため両親は田舎へ引っ越し、たくみだけが残ったのだそうだ。

 初めて訪問してお泊りした夜、僕とたくみはセックスした。ふたりとも最初からそのつもりだった。たくみに引かれないよう、今日は最後までしようと誘導するつもりが、たくみのほうからガツガツきた。

「ここ、入れていい?」

 僕を欲しがる声だった。そんなたくみが愛おしかった。

 性急な愛撫。なのにとても丁寧だった。僕の反応を常に窺って、自分の快感は二の次。そんな感じで、過去に付き合った彼女のことも慈しんであげたんだろう。本当はたくみが気付いている以上にモテてたはずだ。

 僕たちの体の相性は良かった。僕もたくみも満足して終わった。おかげで、泊まれない日でもたくみの家に行ってセックスしたくなった。実際、何度かそうした。たくみは泊まって行きなよ、と言うが、一度けじめのないことを始めたらズルズル半同棲みたいな生活になってしまいそうで、それは僕が嫌だった。

 僕は恋愛体質だ。好きな人ができたらその人のことが頭から離れなくなる。一日中、それこそ夢の中でさえ、その人のことばかり考える。生活のすべてが恋人中心になってしまう。僕が彼に依存しているように、彼にも僕に依存して欲しくなる。前はそれで振られた。僕の愛は重すぎる。

 それを聞いた店のみんなも「それはだめだ」と教えてくれた。恋人同士でもお互い個々の、ひとりの人間として自立していないと、いつかお互いを潰し合うよ、と。

 同じ失敗はしたくない。だから四六時中一緒にいないようにしている。離れていた時間があったからこそ、一緒にいる時間を大切にしようと思える。

 だから極力泊まらない。

 たくみはマメなほうで、向こうからいろいろメールをくれる。好きだと言葉にしてくれる。職場の人とランチに行った、と訊いてもないのに報告してくれる。不安はない。寂しさと、僕の勝手な嫉妬がたまにあるだけ。

 つまり僕たちは恐いくらいに順調だった。

 今日もケンちゃんの店で待ち合わせ。仕事を終わらせ飛んでいく。羽が生えたように仕事で疲れた足も軽い。

 ケンちゃんと喋りながらたくみを待つ。

「しーちゃんたちは絶対うまくいくって思ってたんだよね」

 ケンちゃんは自分のことのように嬉しそう。

 僕のゲイバーデビューと、その後のゲイライフ、すべてを見てきた人だ。いつだって恋愛相談はケンちゃんにした。励まされ、慰められ、時に厳しい言葉ももらった。ぜんぶ僕を思っての言葉だった。

「ケンちゃんのほうはどうなのさ。人の心配ばっかして」

 ケンちゃんは三十代後半。恋人はここ何年いないって言うけど、決してモテないほうじゃない。いい体をしているし、マメだし、料理上手だし、優しいし、話も楽しい。

「いまは恋愛はいいかなあ。仕事あるし、この歳になると恋愛が疲れちゃうんだよね」
「枯れるにはまだ早いでしょ」

 ちょっと離れたところのテーブルからすうさんが言った。今日は元教え子の恋人と一緒だ。確か三十代前半だったはず。学生の頃から一途にすうさんを想い続けて二十代最後の同窓会で玉砕覚悟で告白したらしい。

 すうさんは自分のせいで教え子の人生を狂わせてしまったと罪悪感がすごくて、とにかく真摯に相手をして断り続けているうちにいつの間にか自分も彼を好きになってしまったんだそうだ。

 緊張で体を震わせながら、もう振られると覚悟して、目に涙を溜めて告白してくる姿に、あとになって思えばもう恋に落ちていた、と酔っぱらったすうさんがよく語る。

 彼はそれをからかわれるのが恥ずかしいから、あまり店には来ない。だから今日は珍しい。

「二人見てるとこっちも幸せな気分になるよね」
「わかる」

 とケンちゃんも頷いた。

「しーちゃんたち見てても、幸せになるよ」
「だって俺たち、ラブラブだもん」
「惚気~」

 アハハと笑ってたら店の戸が鳴った。いつかのアイドル顔の男の子を連れたムカイさんだ。

「珍しい。今日は同伴?」

 僕と同じ感想をケンちゃんが言った。

「たまたまそこで会った。一杯飲んだら出る」
「一杯と言わず何杯でも」
「ムカイさん、早く」

 とアイドルがムカイさんの腕を引っ張る。アイドルは一杯飲む余裕もないくらい、とにかく早くムカイさんとふたりきりになりたいようだ。以前の僕もこんな感じだった。

 二人はL字の短いほうへ座って注文した。

「今日は彼氏は?」

 注文を待つ間、ムカイさんが僕に声をかけてきた。隣のアイドルの殺気だった目が怖い。

「来ます。ここで待ち合わせなんです」
「今度はうまくいってんの?」
「はい。順調です」

 ケンちゃんが「ラブラブなんだって」と口を挟む。

「へえ、そいつは良かった。まあ今だけだろうけど」
「そんなことないです。ムカイさんが長続きしないからって他の人もそうだと思わないでくださいよ」
「ミノルの前で変なこというなよ」

 アイドルを庇うような仕草を見せた。なに言ってんだか。会うたび会うたび、いつも違う男を連れているくせに。

「たくみくんはしーちゃんにベタ惚れなんだよ。しーちゃんもたくみくんにぞっこんだし。このふたりはきっと長続きすると思うよ」

 ケンちゃんの援護射撃。ムカイさんはフンと鼻を鳴らしてアイドルに向き直った。ムカイさんの一言一言に、アイドルがキャッキャ笑う。すうさんと違って、このふたりが仲良くても羨ましくない。逆になんかむかつくのはなぜなんだろうか。人柄?

 二人は一杯飲むと宣言通り店を出て行った。それと入れ違いにたくみがやってきた。

「ごめん、待たせたね」
「ぜんぜん。仕事だったんでしょ? お疲れさま」
「お腹空いてない? 何か食べに行く?」
「たくみの家行っちゃだめ?」
「いいよ、だめじゃない」

 たくみに一杯も飲ませないで店を出た。通りで拾ったタクシーに乗ってたくみのマンションへ。部屋に入るなりたくみに抱きついてキスした。セックスのあと、「ごめんね」とたくみが謝った。

「え、なんで、なにが?」
「ほんとは怒ってたでしょ。俺が遅かったから」
「怒ってないよ」
「ほんと? なんか怒ってる気がした」
「ほんとに怒ってないよ。仕事忙しいのにたくみが来てくれて嬉しい」
「しーちゃんの顔見たら疲れなんかぶっ飛ぶよ。毎日こうして抱き合ってたい」

 このままベッドにいたら眠ってしまいそうで、面倒だがシャワーを浴びた。そのあとふたりで近場の店に夕飯を食べに行き、そこで解散した。





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