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はじまる(2/8)

2019.07.20.Sat.
<前話>

 土曜の朝から、日曜の夜が楽しみだった。期待する夜になるかどうか保証はない。はしゃぎすぎるなと自分を戒めながらお気に入りのパンツを穿いてしまう。

 今日は居残り練習はパスさせてもらって店へ直行した。たくみはまだいない。いつもより早く来た僕をみてケンちゃんがニヤリと笑う。

「あの日しーちゃんが帰ったあと、たくみくんもすぐ帰ったよ。ひとりで」
「あっそう。別に訊いてないし」

 僕が気にしていたことを開口一番言われてしまう。照れ隠しにそっけなく答え、ハイボールを頼んだ。

「あの様子だと今日は絶対来ると思うよ。しーちゃんのこと気に入ったみたいだったし、いけんじゃない?」
「だといいけどさあ」
「しーちゃんにはたくみくんみたいな優しくて誠実そうな子がお似合いだと思うよ」
「たくみがどう思うかだよね」

 カランと店の扉が鳴った。勢いよく振り返る。条件反射みたいに体が勝手に反応した。またケンちゃんにからかわれそうだ。入ってきたのはこの店を待ち合わせに使っているムカイさん。いつも黒いジャケットとスラックス、中は白いTシャツ。冬になると黒のタートルネックになる。今日も黒と白のいでたち。

「よう、久し振り」

 ムカイさんは僕に気付いて手をあげた。仏頂面みたいな顔が一瞬で笑顔に。この落差がムカイさんの武器。

 ムカイさんは僕の斜め前に座った。L字カウンターの短い線のほうだ。

「今日も誰かと待ち合わせですか?」
「うん。そっちは今日もひとり?」

 からかう口調。ムカイさんと会話するようになったのは二年ほど前。僕が失恋してケンちゃんにグチグチ愚痴っていたとき「時間の無駄」と一蹴されたのがきっかけ。

「今日は待ち合わせだよ」

 答えたのはケンちゃんだ。

「めずらしい」

 ムカイさんは眉を跳ねあげた。

 ムカイさんはある意味伝説になる男だ。二股三股は当たり前、修羅場は何度も経験済み、刺されたことがあるとか、セックスしたら用済みとばかりにすぐ追い返すとか、とにかくまあ悪い噂がたくさんある。

 実際、たまに店で会うときは、たいてい別の男を連れている。

「すっごい爽やか系のイケメンだよ。カバディやってたんだって。良い体してたもんね」

 ねえ? とケンちゃんが僕に同意を求める。スーツに隠れた肉体を思い出しながら「確かに」と頷き返した。

「カバディ? あんなんネタスポーツだろ」
「動画見たけど、けっこう激しかったですよ。力技だけじゃなくて頭も使う感じだし。実際やったら面白いと思いますよ」

 実はたくみに会ったその夜、帰りの電車のなかでさっそくカバディ動画を検索した。次会ったときの会話に繋がればと思って。

「俺はスポーツマンとは反りが合わないんだ」

 不機嫌な顔になってムカイさんはグラスに口をつけた。氷の音とかぶさって、また店の戸がカランと鳴った。反射的に首がそっちを向いてしまう。入って来たのは僕とあまり年が変わらない男の子。地味めに見えるけど顔の作りは悪くなくて、アイドルっぽい顔をしている。店内を素早く見渡した目が妙に擦れた印象を与えた。

「ムカイさん、お待たせ」

 男の子はムカイさんの隣に座った。すぐ体にしなだれかかる。年下の恋人に甘えられたムカイさんは困ったような優しい微笑を浮かべた。

 僕もたくみと付き合ったらあんなふうにベタベタするようになるんだろうか。たくみも、あんな顔で笑うんだろうか。胸のうちがそわそわした。

 しばらくしてサスケがやってきた。ケンちゃんとサスケを話し相手に時間を潰す。ムカイさんは男の子と店を出て行った。時計の針が進むにつれ不安が増す。もしかしたらこのままたくみは来ないんじゃないか。ウキウキでやってきた僕が馬鹿みたいじゃないか。この前会ったときにせめて連絡先でも聞いておけばよかった。このまま一人で帰ったら今夜はなかなか眠れないぞ。

 だんだん口数少なくなる僕と比例してケンちゃんが饒舌になる。もうすでに慰められている。

「出し巻き卵でも食べな」

 ケンちゃんの得意料理が出てきたとき、また店の扉がカランと鳴った。

「しーちゃん」

 扉が閉まるより前に、たくみは僕の名を呼んだ。来てくれた。ひとりで。まっすぐ僕を見つめながら。迷いなくこっちに来てくれた。

「遅いよ、たくみ」

 無意識に出た甘える声。

「ごめん、急な仕事が入ってさっき終わったんだ」

 たくみが僕の隣に座る。額で汗が光って見えた。急いで来てくれたんだろう。僕のために? そう思ってもいい?

「しーちゃんの連絡先、訊いていい?」
「俺も教えて」
「今度から遅くなるときはちゃんとメールするね」
「うん」

 いつの間にかサスケは別の席へ移動していた。ケンちゃんは別の客の接客中。みんな空気読む天才かよ。

 おずおずと、カウンターに置かれたたくみの手をつついた。たくみはにこりと笑って、僕の手を握った。スポーツマンらしく、大きくて、武骨な感じのする手。熱くて少し湿っている。

「しーちゃんは今日は何時までいられるの?」
「俺、明日仕事休みだから」
「じゃあゆっくりできるね」

 たくみはネクタイを緩めた。僕の目は釘付け。キスしたい。抱きついて、抱きしめられて、たくみともっと近づきたい。このあとの駆け引きは、ひとつも間違えられない。

 しばらく2人きりにしていてくれたが、たくみの注文を聞くためにケンちゃんが戻ってきた。たくみはまたウーロンハイを注文した。

「好きだねそれ」
「お酒強くないんだよ。飲むとすぐ寝ちゃうしね」
「なにそれ、かわいい」
「しーちゃんのほうがかわいいよ。そういえば彼氏いるの?」
「いないよ」
「よかった。俺もいないよ」
「知ってるよ」
「だよね」

 顔を見合わせて笑う。なにこれ。もうバカップルみたいじゃないか。

「たくみって男となんにもなかったの? 触りあいとかも?」
「部活のあとシャワールームでふざけて触ったり触られたりはあったけど、そのくらいだよ。中にはマジっぽい触り方してくる奴もいたけど、その時はまだ、ありえないって思ってたから拒否ってたし」
「そいつ絶対たくみのこと好きだったんだよ」
「そうなのかな。だとしたらちょっと悪いことしたかな」
「同意なしに触ってくる奴なんか気にすることないよ」

 たくみは言いにくそうに一度くちごもった。

「しーちゃんは、慣れてるの?」
「慣れてるわけじゃないけど、五年こっちの世界にいるからね。そりゃ2、3人は経験あるよ」
「やっぱり付き合うなら経験ある男のほうがいい?」
「そんなことないよ」
「そう。……よかった」

 たくみはグラスに口をつけた。たくみの耳が赤いけど、まだ酔うには早すぎる。これは僕の勘違いじゃないよな? こんなにはっきり言葉と態度に表してくれているんだ。僕も応えなきゃいけないよな?

「このあと、時間あるなら、店変えない?」

 勇気を振り絞ってたくみを誘う。長く付き合いたいと思うから失敗したくなくて余計臆病になる。この状況で断られたら三日はまともに寝食できなくなる。

「待って、すぐ飲むから」

 たくみはグラスの残りを一気に飲み干した。期待していた以上の返事だった。


 どの店にする? なんてただ場を繋ぐだけの無意味な言葉を発しながら、僕たちはきっかけを探していた。思いきって部屋に誘うのはさすがに躊躇いがあった。そもそも電車で移動するあいだに白けてしまうかもしれないし、たくみがどこ住みなのか知らないのに連れまわすのは気が引ける。

 ここは? とたくみが言った普通のバー。

「たくみ、そんなに飲めないじゃん。俺も強いわけじゃないし」
「お腹すいてない? なにか食べる?」
「いまはそんなに」

 初めての相手と最初の夜はいつだってモダモダしてしまう。もっとスマートに誘えるようになりたい。やっぱり家に誘うべき? 宅飲みに誘えば自然か? がっついてるみたいで引かれたらいやだ。

「たくみはお腹すいてる?」
「俺もそんなに…ていうか、俺が経験少ないせいでごめん。こんな言い方しかできないんだけど、単刀直入に言っていい? しーちゃんとふたりきりになりたい。言ってる意味、わかる?」

 たくみは僕の手を掴んだ。もう笑顔の余裕すらない。たくみも僕と同じ。怖くて不安で、でもどうにか前に進みたいんだ。

 僕はたくみに顔を寄せて囁いた。

「ちょっと歩くけど、男同士で入れるホテルがあるよ」
「いいの?」

 耳元で響くたくみの青い声。やらしいお誘いなのに、ぜんぜん濁らない。

「行こう」

 たくみの手を引いて歩き出した。

 物を知っていることを、この時ほど恥ずかしいと思ったことはない。迷わず街を歩き、目的のホテルに到着した。たくみに引かれるんじゃないかとそれだけが心配。

 ホテルの前で「いいの?」と再確認するようなことをたくみはしなかった。僕の前を歩き、部屋を決め、エレベーターのボタンを押した。通路を歩くときは僕の腰に腕をまわした。いやらしさじゃなく、エスコートだ。なんとなく、育ちがいいんだろうな、と思った。

 部屋に入ってたくみは「へえ」と声をあげた。料金は高めだけど内装がきれいと評判のホテルだ。薄汚れたホテルにたくみを誘いたくなかった。

「勝手に決めちゃったけど、泊まりで良かった?」

 ソファに座ったたくみが言った。

「俺はいいけど、たくみは明日、仕事じゃないの?」
「構わないよ、しーちゃんと一緒にいられるなら。おいで」

 伸ばされた手。それを握ってたくみの横に座った。すぐ顔が近づいてきて口を塞がれた。いや僕からもキスした。たくみの太ももに手を置いた。筋肉質な手触り。すぐ中心へ触れたくなる。

 呼吸と唾液が二人の口の中で混ざり合う。たくみの舌は歯の裏、口蓋、僕の全部を舐めつくした。僕も舐め返した。股間が痛い。逃がすため少し体勢をずらした。いきなりそこを触られてぎょっとした。

「ごめん、嫌?」

 たくみは手をひっこめた。

「嫌じゃない。俺も触っていい?」
「もっとちゃんと触りたいから、ベッドにいこうか」

 たくみと手を繋いだままベッドに移動した。ズボンとパンツをずらし、お互いの性器を触りあう。すでに勃起したたくみのものは立派だった。男らしかった。僕が扱くとまたムクムクと成長した。

 たくみの扱き方は拙かった。ただ上下に動かすだけ。こうだよ、と教える意味も込めてたくみの亀頭を手に包んだ。たくみの呼吸が乱れる。薄目に僕を見てキスしてきた。

 先に達したのはたくみ。僕の手に吐きだした。イッてくれたことが嬉しい。いざとなったら尻込みするんじゃないかと心配だったが杞憂だった。

「ありがとう、しーちゃん」

 お礼を言ってティッシュで僕の手を拭う。ゴミ箱に捨てると、また僕のペニスを握った。

「俺やっぱり男もいけるみたい。ずっと興奮して、体が落ち着かない」

 たくみのペニスは半立ち。手を伸ばそうとしたら、そっと払われた。

「つぎはしーちゃんだよ。俺にもやらせてよ」

 顔を見つめられながら扱かれた。ほっぺや唇に何度もキスされた。僕がしたようにたくみは手を動かした。気持ちいい。

「もう、いきそう」
「かわいいよ、しーちゃん」

 イク瞬間、たくみに抱きついた。

 やっと落ち着いた僕たちは一緒に風呂にはいった。湯船のなかでもイチャイチャした。たくみの股間のものは衰えることがない。僕も同様。

「俺、なんとなくはわかるんだけど、ちゃんと男同士のやり方を知らないんだ」

 こういう告白ができる人には安心して体を預けられる気がする。

「今日は最後までしなくていいんじゃないかな。たくみがしたいなら準備するけど、たくみとは急いでしたくないな」
「そうだね。俺も勉強しておく。しーちゃんにばっかり負担かけられないからね」

 ベッドに移り、また抜き合った。合計三回ずつ。終わると裸で抱き合って眠った。翌日、駅に向かう道中で、たくみから「俺と付き合って欲しい」と言われた。僕の返事はもちろんOKだ。




どこ開いても最高
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