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よくある話(2/2)

2019.01.26.Sat.
<前話>

 翌朝、またあの「ジリリリリッ」という騒音が家中に鳴り響いた。気のせいか窓まで震えている気がする。

「うう…、うるせえ」

 時計を見ると朝7時過ぎ。いつもなら起床している時間でも、深夜遅くまでセックスしていた俺たちには早すぎる時間だ。

「また水戸のおじさんかも」

 矢野はふらつきながらベッドから起き上がった。寝惚け眼で服を着ると「星野は寝てて」と優しい言葉を残して下へおりていった。

 うつらうつらと、かすかに聞こえてくる声を聞いていた。しばらくして、ドタドタと慌てた足音。戻ってきた矢野が俺から布団を剥ぎ取った。

「星野!!」

 悲痛な叫び声に目を開ける。

「なんだよ、大きな声出して」
「み、水戸のおじさんが来た!」
「ああ、うん。え、ここ来るのか?」

 昨日、アノ声を聞かれているとは言え、裸で出迎えるわけにはいかない。急いで服を着ようと床のパンツに手を伸ばしたら、

「違う! おじさんはもう帰ったんだけど…! おじさんじゃなかった!!」

 興奮した矢野の言うことはよくわからなかった。

「まだ寝ぼけてるのか? 話が見えないんだけど」
「おじさん! 水戸のおじさんだったんだよ! さっき来たのが!!」
「だろうな」

 こんな辺鄙なところ、持ち主以外他に誰が訪ねてくるって言うんだ。

「さっき来たのが本物で! 昨日来たのは水戸のおじさんじゃなかったんだよ! 偽物だったんだ!!」

 服を着る手が止まった。

「どういう意味だ? じゃあ、昨日のおじさんは誰なんだ?」
「知らない! 俺もおじさんに訊いたんだ、昨日ここに来たかって。そしたら来てないって」
「え、でもお前、昨日のおじさん見て、水戸のおじさんって呼んだだろ」
「最後に会ったの子供のときだし、最近やりとりしたのは電話だったし……、おじさんが来るって聞いてたからてっきり。それに、昨日の人、俺が水戸のおじさんって言っても否定しなかったし!」

 確かに。昨日のおじさんが水戸のおじさんでないなら、なぜあの男は矢野に話を合わせたのだろう?

「気味が悪い話だな」
「そうだろ? なんか体がゾクゾクして怖くなっちゃってさ」
「こっち来い。あっためてやるから」

 矢野を抱きしめて布団に寝転がる。矢野の背中を撫でながら、頭では昨夜の男の言動を思い返してみる。

 男の目的は空き巣だろうか? 見るからに空き家だとわかる放置された家に金目のものがあると思うだろうか? 家主には見抜けなかった骨董品狙いか?

「裏で作業してたって言ったけど、何してたんだろう?」

 ポツリと矢野が言った。

「そういえば服が泥で汚れてたな、偽物のおじさん」
「ちょっと俺、確認してくる!」

 飛び出していきそうな矢野をひっ掴まえ、俺も急いで服を着て一緒に家の外へ出た。正面からは木に囲まれて見えるが、裏は明らかに人の手によって作られた開けた土地があった。

 長年の放置により雑草が生い茂ってはいるが、よく見ると畝のような起伏があるし、離れた場所には作業場のような掘っ立て小屋もある。そのそばには鍬やら鋤やら一輪車もあった。どうやらここは以前、畑だったようだ。

「いまは何も育ててなさそうだな」

 荒れ放題の広い土地を見れば一目瞭然だった。

「昨日の男はここでなにをしてたんだろ?」

 不思議そうに呟いて矢野は辺り見渡した。

 やっぱりあれは空き巣だったんだ。住人の不在を確かめたら俺たちが出てきた。若い男二人じゃ敵わないとみて、なにも盗らずに逃げたのだろう。

 しかし何かがひっかかる。風呂場から聞こえた俺たちの声で、男が二人とわかったはず。それに服の泥。

 ふと、荒れた畑の隅に目を止めた。規則的に、何かが刺さっているように見える。いや、生えている……?

 目を凝らし、ゾッと背筋が凍った。

「矢野!」

 驚く矢野の腕を引っ張って家の表に戻った。心臓がデタラメに高鳴り、顔には嫌な汗が流れる。

「どうしたんだよ、星野」
「携帯! 持ったな?! よし、行くぞ!」
「行くってどこに?」

 矢野の質問には答えず、家を飛び出し車に乗った。震える手でエンジンをかけ、車を出す。木の影から昨夜の男が出てくるような気がして、バックミラーを何度も確認した。

 焦っちゃ駄目だ。落ち着け俺。事故なんか起こしたら元も子もない。

 星野は説明を求めて何度か話しかけてきた。運転に集中するために悪いが無視した。ただごとでない雰囲気を察したのか、星野も静かになった。

 メインの峠道に出た。他の車と合流してやっと一安心できた。

 途中に出てきた蕎麦屋の駐車場に車を入れた。

「そんなに蕎麦が食べたかったのか?」

 怒りもせず、矢野が俺をからかう。

「中でちゃんと説明する。あそこにはもう怖くていらんなかった」

 その前に。俺は警察へ電話をした。



 十分ほどで店の前にパトカーが到着した。半信半疑な警官と一緒に来た道を戻る。

「本当に人の腕でしたか?」
「そう見えました。怖かったんで、近づいてまでは確認しませんでしたけど」

 畑の隅に俺が見たもの──、それは人の腕だった。正しくは人の腕の骨。肘から上の部分が地面から出て、白く細い指も5本、あった。それも複数。

 雑草を踏み分けながら、俺が説明した場所に警官が進む。畑から生える無数の人間の腕を確認すると、警官たちは慌てて無線で仲間を呼んだ。

 小一時間で、静かだった山奥の家は警察車両で囲まれ、警察官だらけになった。

 俺たちは最寄りの警察署に移って何度も事情を聞かれた。特に、昨夜訪れた偽物のおじさんのことを。人相書きにも協力した。

 人の手を見たのは俺だけ。矢野は気付いてもいなかったから、聞き取りは俺のほうが時間がかかった。終わって廊下に出ると矢野が待っててくれた。

「お疲れ」
「疲れた」

 矢野の労わる笑顔に一気に疲労がこみあげる。警察署だろうが構うもんかと、矢野に抱きついた。ポンポンと背中を叩く手が心地いい。

「水戸のおじさんとさっき会ったよ。呼ばれたみたい。なんか、悪いことしちゃったな」
「仕方ない。俺たちにはどうしようもない」
「本当に人の手だったのか?」
「ああ。なんか白いものが見えるなって目をこらしたら、五本の指が見えた。それが何本も。しばらく夢に見そうだ」
「ごめん、俺のせいで」
「お前のせいじゃないだろ」

 矢野が泣きそうな顔で俯く。こいつを慰めてやる必要がありそうだ。

 帰ろうとしたら俺の聴取をした刑事に呼び止められた。手には俺たちの荷物が入った鞄。

「大変な目にあわれましたね。畑には複数の遺体が埋まっていました。矢野さんたちは事情を知るとと思われる男の顔を見ています。決定的な証拠がないため、警察ではお二人を保護することはできません。そのかわり、自宅周辺のパトロールを強化するよう所轄の警察署には要請済みです。気休め程度ですが。念のため、お二人も注意なさってください」

 おいおい、まさかあの男が俺たちの居場所を付き止めてやって来るかもしれないっていうのか? もう白骨化も進んだ遺体がいくつか発見されて、似顔絵も作成されたっていうのに? なんのために? 事件発覚のきっかけになった俺たちを、腹いせで殺しに来るって? 冗談じゃないぞ。

 すっかり顔が青くなった矢野をつれて帰宅した。1人になるのが怖くてなんとなく俺の家に集まる。しばらくして、所轄の警察官が二人、挨拶をして帰っていった。

「犯人、本当に俺たちのところに来ると思う?」

 夜になってポツリと矢野が呟いた。帰りの車のなかもずっと無口で元気がなかった。すっかり精神が参っている様子だ。

「来るわけないだろ。第一どうやってここを調べるんだよ。心配しすぎだって」
「連休は星野と二人っきりになりたいって俺が下心出したせいだ」
「馬鹿だなあ、そんなこと考えてたのか」
「星野になにかあったら俺、どうしたらいいんだよ」
「あるわけないだろ、そんなこと」

 笑い飛ばして矢野を抱きしめる。不安がらせないよう強がってはいるが、俺だって矢野のことが心配だ。

 偽物のおじさんが、あの遺体を埋めた犯人だと決まったわけじゃない。殺したという証拠もない。ここに来るかも、わからない。

 何一つ定かじゃない状況に放置されるから余計に不安で怖い。

 とりあえずいま最優先でしなきゃいけないことは、矢野を安心させてやることだ。

 上を向かせてキスした。こんな状況なのに、俺たちのちんぽはギンギンにいきり立っていた。生存本能ってやつか?



 テレビや週刊誌では連日、今回の事件が大々的に報道された。

 裏の畑に植えられていた遺体の数は全部で5体。全員男だったらしい。4体は白骨化していて、身元判明に時間がかかるそうだ。そして死後間もない遺体が1体。

 男は俺たちがイチャついているまさにその時、新しい遺体を裏庭に埋めていたと思われる。

 腕だけを地面から出していた理由は、犯人のみぞ知る。鑑賞して悦に入っていたのだとしたら、悪趣味この上ない。

 そして、あとから聞いてゾッとしたのは、水戸のおじさんの家には俺たち以外の第三者が使用していた形跡があった、というのだ。

 誰のものかわからない指紋、見覚えのない家具、ゴミ。一階和室に置いてあった毛布は、その第三者が使っていたのではないか、と。

 裏に広い庭があり、辺鄙な場所で滅多に人がこない無人の家。人殺しの隠れ家にはもって来いだったというわけだ。

 殺人鬼と思われる男とニアミスした俺たちは、タイミングが悪ければ殺されていたかもしれないとわかって金玉が縮み上がった。

 水戸のおじさんは、仕方ない話、一番最初に疑われたらしい。

 まずなぜ家の近くに別荘を持っているのか。

 それは、家の近くに別荘を買ったのではなく、元々住んでいたのがあの別荘だったという。

 近くに引っ越した理由は、単に生活に不便だったから町に近い場所に移っただけ。古い家を手放さなかったのは、土地だけでも二束三文にしかならず、しかも古い家屋を取り壊さないと買い手も見つからないから。山奥の家となると取り壊し作業も大変で費用も嵩む、という理由で仕方なくあの家を別荘と呼んで所有し続けていただけだった。

 こんな事件に使われた場所とあっては、なおさら売れなくなるだろう。水戸のおじさんには同情しかない。

 そして不安なまま、事件発覚から二週間が経ったある日、怪しい男を捕まえた、と警察から俺たちに連絡が入った。作成した似顔絵に似ているので一度確認をして欲しいと言う。

 急いで警察署にかけつけた。取調室のなかにいる男を外から見せてもらう。ハンチングはあの夜と同じだがジャンパーの色は黒にかわっていた。だが、間違いなく、水戸のおじさんの偽物だった。

 二人で「あいつです」と証言したあと、今後の話し合いのため別室へ呼ばれた。そこで男が捕まった経緯を教えてもらった。

 ほんの数時間前、パトロール中の警察官が、今回の事件の重要参考人である男の似顔絵に似ている人物を見かけ、声をかけた。男は職務質問を拒否し、警官に抵抗してその場で取り押さえられた。

 男の鞄の中にはロープ、結束バンド、鉈に包丁にスタンガンなど物騒な物が入っていたらしい。

 しかも、男を捕まえた場所というのが、矢野の自宅付近だったというのだ。

「俺を殺すために、遠路はるばる来たって言うんですか?」

 震える声で矢野が言うと、刑事は「おそらく」と頷いた。

「所持していたものをみても、そう考えるのが妥当かと」
「なんで?! 意味わかんないんですけど!」
「これはまだ世間に発表していないことなのでお二人も口外しないで頂きたいのですが、最後の新しいご遺体の体には、何者かの体液が残されていたんです」
「ええ?」
「──あっ」

 矢野は首を傾げていたが俺はわかってしまった。報道によると遺体はすべて若い男性だと言われていた。男の体に、体液──つまり精液が残されていたということは。

「あいつは、矢野を犯して殺すつもりだった?」

 俺の言葉に刑事が神妙に頷く。

「まだ推測ですが、これから取り調べをしてきっちり全部吐かせます。自白しなくても、物証あげて逃がしません。金輪際、あいつに怯える必要はありませんから安心してください」

 と言われて安心できるはずもなく。

 ましてや、男は矢野の自宅近くまで迫っていたのだ。

 心底びびって腰が抜けている矢野を抱えて一旦俺の家に連れ帰った。

「犯人捕まって良かったよな」
「そうだけど。犯行を素直に認めるかな?」
「DNAとか、物証とかで追い詰めるだろ。日本の警察は優秀なんだから任せておけば大丈夫だって」

 しかし矢野は浮かない顔だ。

「安心しろって言われてもできないよな。俺だって、刑事さんに話聞いて心臓止まるかと思ったもん。お前に何もなくて良かったよ」
「星野も無事で良かった」
「で考えたんだけど、お前もまだ一人じゃ不安だろうし、俺もお前を一人にするのは心配だ。もうこの際、一緒に住まないか?」
「えっ」

 ずっと沈んでいた矢野の顔に少し生気が戻る。

「嫌か?」
「嫌じゃないよ! 星野こそ、いいのか?」
「お互いの家を行き来すんのも楽しいけど、帰る場所が同じほうがいいだろ?」

 うんうん、と力強く何度も頷いて矢野が俺に抱きついてきた。

「それともう一個朗報があるぞ」
「なに?」
「風呂場でヤッてた声を聞かれたのが親戚のおじさんじゃなくて良かったな」
「えっ、あ、こんな時になに言ってるんだよ!」

 怒ったふりをする矢野にキスをする。

 結局今回もなんだかんだあって俺たちの距離は一層縮まる結果となった。

 そして例の男は死体遺棄罪で逮捕され、数日後には殺人罪で再逮捕された。

 俺たちは新居でそのニュースを聞いた。






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