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Tedious story(14/15)

2018.11.26.Mon.
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 デタラメに腕を振り回す彩加の手にはカッターナイフが握られていた。純を庇うために咄嗟に体が動いた。純を抱きしめる腕を切りつけられた。鋭い痛みが走る。彩加の腹を蹴った。彩加が尻もちをつく。すぐ態勢を立て直し、また俺に向かってきた。

「私の純くん、返してええぇぇ────ッ!!」

 とりあえず純だけ先に逃がそう。俺一人なら、彩加くらいなんとでもなる。そう思った次の瞬間、腕のなかにいた純が消えた。俺の腕を潜り抜け、彩加の前に立ちはだかっている。

「純! 危ない!」

 悲鳴のような俺の声。正気を失った彩加と、カッターナイフに立ち向かう純。心臓が止まるような光景。自分が傷つくより、純が傷つくことがなにより恐ろしい。永遠のトラウマになる一瞬だった。

 俺の手が届くより先に、純は彩加を殴り倒していた。なお起き上がろうとする彩加の腹を純は容赦なく蹴った。彩加は獣のような泣き声で純の名前を叫んだ。

「純やめろ!」

 俺の声は届かない。倒れた彩加にさらに追い打ちをかけている。

「純、もういい、大丈夫だ!」

 馬乗りになって彩加を殴り続ける純を羽交い絞めにした。細い体のどこにこんな力があったのかと驚く。

「はなせよ! 今井さん、切られたんだよ? 許せるわけないじゃん! こいつ殺してやんなきゃ気がすまないよ!」
「そんなに深い傷じゃないし、俺はもう気が済んだ!」

 純は怒りの目を俺に向けた。純の髪は乱れ、白い頬は興奮に紅潮している。初めて見る純の顔だった。

「帰ろう。傷の手当て、してくれんだろ?」

 手の甲から肘に向けて、10㎝ほどの傷から血が流れていた。それを見て純はいくらか正気を取り戻したらしかった。ハッとした顔で俺を見、地面で丸まっている彩加を見た。そして大きく息を吐きだした。

「ごめん、俺のせいだね。……先にドラッグストア寄っていい?」
「コンドームも買っといてくれ」

 上目遣いに俺をじっと見る。軽口に笑うでもなく、怒るでもなく。意味深な目つきで、俺のほうが妙に焦らされる。

 彩加を放置して駅前のドラッグストアへ向かった。俺は外で待ち、純が一人で店に入った。純は5分ほどで戻ってきた。血が垂れないようガーゼをあてて包帯を巻いてもらう。純を待ってる間に呼んでおいたタクシーが到着し、二人で乗り込んだ。

 タクシーの中で純は無口だった。俺から顔を背けるようにずっと窓の外を見ている。カッターを持った女に襲われ、俺が腕を切られた直後だ。さすがの純も平静ではいられないのだろう。

「大丈夫か?」
「俺は平気」
「もう彩加と会うなよ。女相手でも油断ならないからな」
「……うん。二度と会わない」

 声も沈んでいる。顔を見せてほしくて首筋を撫でたらやんわり手を払われた。そんなタマじゃないと思うが、まさか責任を感じて落ち込んでいるのだろうか。

 タクシーがマンションの前に止まった。何も言わないが純も一緒にタクシーをおりた。

「今井さんは座ってて」

 家に入るなり、純は手前の洗面所に入った。俺は言われた通りソファに座った。しばらくして濡れたタオルを持った純がやってきた。上着を脱がせると包帯も外し、血の汚れをタオルで拭いてくれた。

「思ってたより酷いよ。やっぱ病院行ったほうがいいよ」
「いや、この程度なら縫うほどでもないし、病院には行かない。とりあえず化膿止めだけ塗って、またガーゼと包帯巻いといてくれ」
「なんで俺のこと守ろうとしたの? 余計なお世話だよ」

 静かな怒りを含んだ声。純はタオルを持つ手を握りしめた。

「すまん。つい、な。でもあれ、狙われたのは俺だったっぽいな。彩加はお前を傷つけるつもりはなかったみたいだ。ほんとに余計な真似だったな」

 彩加はずっと俺に憎しみの目を向けていた。俺に純を取られたと逆恨みしたのだ。

「別に。元はと言えば俺のせいなんだし。俺のほうこそ、今井さんを巻きこんじゃったこと謝んないと」

 ずっと伏せられた目。いつ俺を見てくれるだろうかと、長い睫毛を見つめる。

「ずいぶんしおらしいな。らしくない」
「ほんとだよ」

 どこか拗ねたような口調。ずっと逸らされた目。しびれを切らして純の顎に手をかけた。上を向かせてやっと顔が見られた。予想外だった純の不安そうな表情に思わずうろたえた。

「どうしたんだ? 具合が悪いのか? まさかどっか切られたか?」
「なんともないよ」

 と俺の手を払う。どう見てもなんともなくないだろう。

 純はまた俯いた。傷に化膿止めの薬を塗り、包帯とガーゼを巻き直す手付きは優しい。

「決めた。もう今井さんとは会わない」
「……はっ?!」

 ソファから腰をあげた純はゴミを拾い集めるとゴミ箱に捨てた。包帯とガーゼの残りは容器に仕舞い、薬と一緒にテーブルに置く。

「なんで……、急にそんな」
「今井さんといると俺、みっともない人間になるから」
「どこがみっともないんだよ、どっちかって言うと俺のほうがだいぶみっともない姿晒してるだろ」

 下心丸出しで純に声をかけ、仲間にボコられ裸の写真を撮られた。尾行には気付かれ、仕返しするつもりが純のピンチを助けて見返りにフェラをしろと言った。そのあとも、呼び出されればホイホイ出て行ったし、ホテルに連れこんで肉体関係を迫った。未成年の純に夢中になって、電話もメールもしつこかったはずだ。挙句、修羅場に巻きこまれて負傷。

 俺のみっともないところならいくらでも出てくるが、純がそんな失態をおかした記憶はない。

「今井さんだってさっき見ただろ。俺が彩加をボコったとこ」
「あれ? あれは俺を助けるためにやったことだろ?」
「今井さんがやられたの見て、頭に血が上ったんだ。止められなきゃマジで彩加のこと殺してたかもしんない。あんなふうに冷静でいられなくなって、なにしでかすかわかんない自分が嫌だ」

 純は顔を歪めた。

「今井さんが絡むと俺、冷静でいられなくなる。自分が保てなくなるなんて、そんなの嫌だ。かっこ悪いよ。醜い。俺が一番軽蔑してる人間になりたくない」

 リップサービスじゃない純の本音だった。それを聞いて俺の心臓は破裂しそうなほどバクバク鳴っている。

 そっと純の腕を掴んだ。振り払う素振りを見せたが、諦めたように力が抜けた。

「お前のかっこ悪いとこ、案外好きだぞ」
「俺は嫌だ。今井さんには見せたくない」
「俺のみっともないとこはいっぱい見ただろ。それでおあいこだ」
「今井さんは今まで一度だってみっともなくなかったよ。ずっとかっこよかったじゃん」

 不意打ちで褒められて顔が熱くなる。

 いつも飄々として見えた純が、素の顔を俺に晒している。純にとって恥ずかしい本音を吐露している。諦めて最初から望みもしなかった可能性が俄かに浮上した。

「純、俺と付き合ってくれ」
「は?! なに言ってるの? もう会わないって言ってるんだよ」
「お前が好きなんだ。俺にはお前しかいない」

 純の両手を掴んだ。

「お前にも俺しかいないはずだぞ。性悪なクソガキの本性知っても興奮するのは俺くらいだろ。俺は汚れきってるお前がいいんだ。お前も知ってる通り、俺の性癖は特殊だ。お前が彩加をボコッたときも興奮した。お前がかっこ悪いと思うことが、俺にはたまらなくイイことなんだよ」
「なに言って……、変態だってわかってたけど、言うことめちゃくちゃ過ぎ」
「俺にはお前しかいない、お前にも俺しかしない。付き合う以外、選択肢はないだろ。ここで俺を振ったら後悔するのはお前の方だぞ」
「それには異論があるけど」
「いいから、黙って俺にしとけ」

 腕を引っ張ると、純は抵抗せずまたソファに腰をおろした。顔を近づける。触れ合う寸前、純は目を閉じた。

 噛みつくようにキスした。純が体を倒す。その上に跨った。

「待って」

 服のなかに手をいれようとしたら胸を押し返された。

「そんなに俺が好きなの?」
「ああ、最初からお前だって気付いてただろ」
「俺、ぜったい浮気するよ。今井さん一筋なんて無理だよ」
「わかってる。承知の上だ」
「こう見えて俺、結婚して家買って子供二人欲しいって夢持ってるから、付き合うとしても大学卒業までだよ」
「充分だ」
「嫉妬も束縛もされたくない」
「しない。できると思ってない」
「鬱陶しくされたらすぐ別れる」
「わかった」
「それでもいいなら、付き合ってあげてもいいよ。そのかわりさ」

 純がニヤリと笑った。さっきまで迷子みたいな顔をしていたくせに、もう調子を取り戻している。なんだか嫌な予感がする。

「前に俺が欲張りだって言ったこと、覚えてる?」
「言ってたな、そういえば」
「今井さんのこと全部、俺のものにしたいって言ったことも?」
「とっくにお前のもんだって答えたはずだ」

 このやりとりをした日、俺は純に陥落したと言ってもいいだろう。純には完全服従だ。

「本当に俺のものになってくれるの?」
「何が欲しいんだ? なんでもくれてやる」
「じゃあ、俺が今井さんを抱きたい」
「なッ!!」

 反射的に純から体を離していた。純がムッとした顔をする。

「なんで飛びのくのさ。全部俺にくれるんでしょう? だったら今井さんを抱きたい」
「そ、それはだめだ」
「なんで? 俺は全部、今井さんにあげたよ? フェラも顔射も、浣腸だってさせてあげたじゃない。今井さんだからだって何度も言ったよね?」

 体を起こし、純が俺の腕を掴む。背中を冷汗が流れた。

「ずるいぞ、まさか最初からそのつもりだったのか?」
「大丈夫、怖くないよ。俺が気持ち良くなってたの、見てたでしょ? 今度は今井さんの番。ぜったい気持ち良くしてあげる。俺、自信あるよ」

 スルスルと純の腕が這いあがってくる。猫科の動物のようにしなやかな動き。

「待て、頼む、それだけは勘弁してくれ」
「どうして? 全部、俺にくれるんじゃなかったの?」

 純のものに。純とひとつに。俺の願いだった。

「今井さんの全部、俺のものにしてあげる。嬉しいでしょ?」

 頷きかけて首を振る。どうしたいのか、自分でもわからなくなってきた。純の声は俺から思考力を奪う。催眠術をかけられているような気分になる。

「とりあえず、一緒にトイレ行こうか?」

 俺の耳元で純が囁いた。






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