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宙ぶらりん(1/2)

2018.08.25.Sat.
※キス止まり

 先生と、授業中に目が合った。一瞬俺の目に留まる視線。生々しいっつーか。

 大胆にも微かに笑ってみせて、視線が逸らされた。誰かに気付かれたらどうすんだ。

 案外先生、俺にもうメロメロなんじゃない?

 ♢ ♢ ♢

 二週間前、塾の帰りに雨が降ってきて、コンビニで雨宿りしてたらたまたま先生が店に買い物にきた。俺を見つけると、こんな時間までウロつくなって頭をガシガシ撫でられた。

 いつも学校で見る服装とは違って、もっとカジュアルでラフな先生の格好に、この人って普通の兄ちゃんだったんだなって、当たり前のことに気付いた。

 塾帰りに雨宿りしているだけだと言うと、先生が車で送ってくれることになった。

 コンビニに停めてある黒い車の助手席に乗った。UFOキャッチャーで取ったようなぬいぐるみとか、ダッシュボードのフェイクファーとか、面白いものは何もない。

「何さがしてる」

 先生はキョロキョロする俺に苦笑して言った。

「つまんねえ車」
「車につまるもつまらんもあるか」
「女っけもない」
「俺ぁモテるぞ」
「彼女いないじゃん」
「今はな」
「でた、強がり」
「お前もいないだろ」
「なんで知ってんの」
「担任だから」
「把握してんの? キモッ」

 あははって先生が笑う。学校で滅多に聞かない大きな笑い声。夜。学校外。先生の車の中。普段と違う空気が、俺に大胆な行動を取らせたんだと思う。

「先生の家行ってみたい」

 思いつきが口をついて出た。

「だめ」

 即答されたら余計、意地になる。

「なんでだめ?」
「時間が遅い」
「遅くなかったらいいの?」
「だめ」
「なんで」
「生徒は家に呼ばない主義」
「なんで」
「依怙贔屓って言われるだろ」
「誰にもいわないよ」
「信用できない台詞第一位だわ、それ」
「ほんとだって」
「だーめ」
「じゃ、卒業してからだったらいい?」
「そんなに来たいのか?」

 呆れた顔で先生が俺をチラッと見た。対向車のヘッドライトに先生の顔が照らされる。夜の車のなかで見る先生の顔は、学校で見るのと違ってすごく大人で、車を運転する姿とか、実はけっこうかっこいいんじゃんって気付いた。俺も免許取ろう。

「行きたい。卒業してから行っていい?」
「その頃には忘れてるだろ」
「俺は忘れないよ」
「信用できない台詞第2位」
「ほんとだって」

 本気にされてないことに腹が立って声が力む。

「わかったわかった」

 先生はそんな俺を子供をあしらうみたいにいなす。

「行っていい?」
「必死か」
「行っていい?」
「わかったって」
「約束」

 いま思えば、そこまでして先生の家に行きたいわけじゃなかった。ただ思いつきを口にして、それを速攻で断られて、ただ意地になっていただけ。

 それに、いつもと違う場所で先生と話をしてたら、先生と生徒って当たり前の関係がちょっと曖昧にぼやけて、前より少し親密な関係だと錯覚してしまった。

 ただそれだけだったのに。

「俺はそんな先の約束覚えてる自信ねえよ」

 なかったことにされるのかと構えていたら、

「今回だけ、特別。絶対誰にも言うなよ」
「それって」
「今度の休み、来るか?」
「行く!」

 生徒と教師。その境界線から先生は手を伸ばし、俺がその手を取った瞬間だった。



 約束したから先生の家に行くことは誰にも言わずに一週間を過ごした。

 学校にいる先生はいつもの見慣れた先生だった。でも車の中で過ごした時間が、今までなかった些細な変化を生んだ。

 あの夜の先生は髪を下ろしていたけど、学校の中では前髪後ろに流してることに気付いたり。

 皺のあるワイシャツを見て、本当に彼女いないんだ、と密かに笑ってしまったり。

 職員用の駐車場で先生の車はすぐ見つけられるようになったり。

 廊下を歩いてるときとか、先生の声は遠くからも聞き分けられるようになったりとか。

 自分でも驚くくらい、先生の家に行くことが楽しみだった。

 週末目前の休み時間、廊下を歩いていたら先生に呼び止められた。こっち来いって手招きされて、ピンと来たから、友達を先に行かせて先生のもとへ駆けよった。

「どこで待ち合わせする? 何時?」
「声がでかい」
「楽しみだもん」
「この前のコンビニでいいか?」
「いいよ。何時?」
「何時がいい? 朝早くはだめだぞ」
「じゃ、11時。お昼なんか食べに行こうよ」
「誰かに見つかったらどうする」
「買って行って先生の家で食べよう」
「ん。それじゃ11時ってことで」
「OK!」

 元気よく返事をすると、先生は優しく笑った。



 約束の日、時間より早くコンビニについた。雑誌コーナーで立ち読みしてたら先生の車が見えて店を出た。

 先生は今日はジャケット姿だった。腕にはごつい腕時計。学校に着てくる日和ってる服とは違う男臭さがあった。

「何食べる?」

 車を出しながら先生が言う。

「どっか連れてってくれんの?」
「せっかく出てきたんだし、家で食うのもな」
「牛丼!」
「そんなもんでいいのか」

 先生が苦笑する。先生が笑うところを見るのが好きだ。

 牛丼屋で並んで食べて、コンビニ寄ってから先生の家に向かった。

 先生の家はマンションの二階。意外と片付いたワンルーム。ここでも面白いものが見つからないかとキョロキョロしてたら、「こら」と頭をつかまれた。

「先生ほんとに彼女いないんだね」
「今はな」
「いつから?」
「それ聞く? 涙なしでは聞けないぞ」
「聞きたい」
「まじか。教えないけどな」
「ケチ」
「お前はどうなんだ」
「俺もいないって知ってるだろ」
「なんで別れた?」
「ハンカチの用意は?」
「ティッシュがある」

 前に付き合ってた彼女と別れたのは半年以上も前。よくある話だけど、彼女に二股かけられてて、しかも俺は本命のほうじゃなかった。彼女は別の高校のイケメンと付き合っていた。

 彼女が男と腕組んで歩いてるって友達から聞いて問い詰めたらゲロッた。そんな女こっちから振ってやった。もちろん、泣いた。

「話したんだから、先生も教えてよ」
「やだよ」
「嘘つき」
「教えるなんて言ってないだろ」
「なんで言えないの?」
「なんつーか、まだ処理できてないっつーか」
「まだ好きなの?」
「大人の恋愛はそんな単純じゃないんだよ」
「複雑なんだ?」
「いや、単純だけど」
「どっちだよ」
「結婚したんだよ」

 吐きだすように先生は言った。意味が理解できなかった。

「誰が?」
「付き合ってた相手が、別の奴と」
「うっそ、どういうこと?」
「俺とは一緒にいられないって。俺と別れて別の奴と結婚した」
「別れてすぐ?」
「そうだ。ずっと一緒にいようって言ってたくせにな」
「先生も二股かけられてたの?」
「そういうことになるな」
「俺と一緒じゃん」

 うん、と先生は噛みしめるようにゆっくり頷いた。微笑を浮かべてるけど、悲しい笑顔で見てるこっちが罪悪感を持ってしまう。しつこく聞くんじゃなかった。

「だから俺、先の約束はしないことにしたんだ」

 高校卒業後に、先生の家に来る、というあの夜のやりとりのことを言っているんだろう。おかげで今日、俺はここへこれたわけだ。

 そのあと適当にだべりながらテレビを見たり、ビデオを見たり、成績のことで軽く説教されたり、進路相談みたいな話をしたり。とにかくあっという間に時間は過ぎていった。






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