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往時渺茫としてすべて夢に似たり(15/15) 

2018.06.21.Thu.
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 翌日、現地スタッフが運転する車に乗せてもらい、国見さんとマネージャーの林田さんと一緒に撮影場所へ向かった。

 中国の俳優と国見さんが談笑している。片言の中国語と英語と日本語。あとは身振り手振りでなんとかなるらしい。

 監督らしき男がやってきて二人に指示をした。通訳がその言葉を国見さんに伝える。国見さんの表情は真剣そのものだ。彼の仕事風景を見られるなんて幸運だ。

 興奮していて、ポケットの携帯がマナーモードで震えていることになかなか気づかなかった。スタッフらしい若い女性が近づいてきて電話を耳にあてる仕草で私に教えてくれた。

「謝謝了」

 覚えたての言葉で礼を言い、少し離れた場所で電話に出た。

『おう。うまくいったのか』
「おかげさまで。広田には感謝してもしきれないよ」
『中国土産頼むぞ』
「もちろん。みんなに買って行くよ。迷惑なのはわかってるんだけど、もう少しこっちにいてもいいか。今週、彼の誕生日だから一緒に祝いたいんだ」
『今月一杯そっちにいてもいいぞ。有給溜めすぎなんだよお前は』
「ありがとう。甘えさせてもらうよ」

 国見さんがこちらへ駆けてきた。小声で「もうすぐ撮影始まるよ」と教えてくれた。

「オーナーから。もう切るよ」

 と応えた声を広田は聞き逃さなかった。

『そこに国見栄一がいるのか? 代われ』
「え、いや」

 大きな声が漏れ聞こえていたのか、国見さんが何か察した顔で自分の顔を指さす。申し訳なく頷くと、国見さんは手を出した。私のスマホを彼に渡す。

「もしもし、国見です」

 広田が失礼をしないか心配になり耳を寄せた。

『諸井の上司の広田です。初めまして』
「初めまして。諸井さんが仕事を放って中国に来たのは僕のせいなんです。すみませんでした。お詫びします」
『とんでもない。なかなか有給取らない奴なんで、助かりましたよ。今月一杯休みにしてありますから、戻ってこないようそっちで縛りつけておいてください』
「わかりました、そうします」

 国見さんが苦笑する。

『今度またうちの店に来てください。最高の料理でおもてなしさせていただきます。諸井の恋人なら私にとっても身内のようなものですから』
「ありがとうございます。是非うかがわせていただきます」

 通話を切って、私にスマホを返した。

「いい人だね」
「お節介な奴なんですよ」
「ちょっと嫉妬する」

 国見さんの唇が小さく尖る。

「あいつとは何にもありませんよ」
「大学生の時からの付き合いなんだよね。僕はその頃の諸井さんを知らない」
「あいつが知らない私をあなたは知っていますよ」
「例えば?」
「ベッドの中の私とか」

 声をあげて彼は笑った。嫉妬されるのは嬉しいが不安にはさせたくない。

「それならいいや。もうすぐ撮影だから。見てて」

 国見さんは元いた場所へ戻って行った。現場の緊張感が高まっていくのがわかる。部外者の私は邪魔をしないよう、端っこに立って息を潜めた。

 しかし待っていてもなかなか撮影が始まらない。中国語だからなにを喋っているのかもわからない。

 手持無沙汰にしていると林田さんが隣に来て映画のことを教えてくれた。内容はサスペンス。国見さんは中国と日本のハーフという設定で、美しき殺人鬼の役らしい。優秀な刑事との絡みはちょっと同性愛を思わせる演出がなされる予定だそうだ。

「作りものなんで、妬かないでくださいね」

 林田さんが冗談めかして言う。

「事務所は黙認なんですか。私と国見さんのことは」
「僕は国見さんが十代の時からの付き合いなんですよ。引退しようかと真剣に相談されたこともありましたけど、そんなことで引退させるなんて勿体なくて。うちの社長も同意見です。俳優としてこれ以上ない才能があります。これはファンだけじゃなく、世間も認めざるを得ない才能です。国見さんは私生活が安定している時のほうがいい仕事をするんですよ。ひとりのファンとして、ずっと見守ってきた者として、国見さんの恋愛は応援しますが、良くない相手だと思ったら全力で止めます」

 林田さんが横目に私を見た。彼を守る一人の男としてシビアに私を見定める目だ。

「この程度のスキャンダルで潰れる男じゃありません。この先もっと飛躍しますよ、国見栄一は」

 誇らしげに語る林田さんにつられて国見さんを見た。私が見たことのない顔でカメラの前に立つ、俳優国見栄一がいた。

 ※ ※ ※
 
 今日は、先月の誕生日に国見さんからプレゼントされたスーツに袖を通した。オーダーメイドのスーツは体にピタリとフィットして動きやすい。既成のスーツとはやはり着心地が違う。

 同じく一昨年の誕生日にもらった濃紺のネクタイを締め、去年のクリスマスにもらった腕時計をつけてて振り返った。全身、国見さんからのプレゼントだ。

 ベッドに腰かける国見さんは「似合う」と顔をほころばせた。

 立ちあがって360度私の体を眺める。途中襟を直したり、皺を引っ張ったりする。

「やっぱり千秋さんはスーツ姿が一番かっこいい」
「おほめに預かり光栄です」

 恭しく礼をしてから彼の腰に腕を回した。

「本当に一人で大丈夫?」
「大丈夫。もう仕事辞めろなんて言わないよ」
「連休を取って会いに行くから」
「待ってる」

 彼に引きよせられてキスした。しばらく触れられなくなる体を名残惜しく求めてしまう。国見さんは今日、中国へ発つ。久し振りの芸能活動だ。

 一昨年開始した中国での映画を撮り終わると国見さんは一年間の休業宣言をした。

 急な休業宣言に日本のワイドショーは連日それを取りあげた。しかしその少し前のお祭り騒ぎに比べればおとなしいものだ。

 撮影終盤の頃、国見さんは中国の雑誌のインタビューを受けた。そこで撮影現場に連れて来た男は恋人かという質問に、そうだと答えた。

 彼はそこでバイセクシャルを公表し、私を恋人だと認めた。日本のマスコミは大盛り上がりを見せた。日本の芸能リポーターがわんさか中国へやってきた。邪魔になるからと撮影現場から芸能記者はシャットアウトされた。私は帰国したあとだったので、彼らは2ショットは撮りそこねた。

 このことはもちろん私も彼の所属事務所も全て了承済みだ。話し合って決めた。言いだしたのは国見さんだった。嘘をついたり隠したりすることに疲れてしまったと言った。私は反対しなかった。彼の恋人として世間に知られることの恐れはもちろんあったが、私自身、彼に嘘をつかせるのも、彼を隠すこともいやだった。

 事務所側は時期尚早だという考えだった。話し合いが長引きそうだと思った時、味方してくれたのはマネージャーの林田さんだった。国見さんの意思が固いということ。もうずっと我慢させ続けてきたこと。この程度で潰れる彼ではないことを訴え、説得してくれた。

 撮影が終わると同時にマスコミ各社へ休業宣言のファックスが送られた。

 十代の頃からずっと仕事を続けてきた。一度芸能の仕事から離れ、自分を見つめ直す機会が欲しいと思った。なにが大事でなにを大切にすべきなのか、今後芸能活動を続ける上で休業は必要不可欠な選択だった。

 という内容だ。

 ワイドショーは彼のバイセクシャルの公表と交際宣言だけでお祭り騒ぎだったのに、その熱も冷めやらぬうちに今度は休業宣言。

 交際相手が一般人であること、自分も休業に入ることを理由に、取材および報道は控えて欲しい旨も伝えられていたが、マンションの外に怪しげな車が止まっているのを何度も見かけたし、二人で出かけた姿が週刊誌に載っていることもあった。

 大手の雑誌社は事務所と話しあいがついているらしく行き過ぎた取材はなかった。そのかわり、復帰後の便宜が図られるのだろう。

 一年間、国見さんを独占してゆっくりしていられると思ったが、休業して間もなくまた中国から映画の出演オファーが入った。以前とは違う監督だ。

 最初キャスティングされていた中国の俳優が降板し、急遽代役を探すことになって国見さんに白羽の矢が立った。イメージにぴったりで国見栄一しかいないと熱烈な出演依頼だったそうだ。

 今度の映画は時代もの、日本でも有名な三国志。彼は三国志に出てくる周瑜という武将の役だ。
 
 日本人が中国人の役を、と批判もあったらしいが、監督は「国見栄一こそ美周郎にふさわしい。私は何も心配していない。努力家で完璧主義の彼なら中国語も吹き替えが必要ないレベルにしてくるだろう。それに、映画を観た観客が彼が大陸の人間かどうかなんて気にしなくなることもわかっている。なぜかって、みんな彼の虜になるからだ」とべた褒めだ。

 他の演者のキャスティングやスケジュールの都合で、どうしても今しかなったらしいが、そこまで言われたら、と国見さんは予定を半年早めて復帰することになった。

 と言っても雑誌やテレビの取材はNG、ただ映画の撮影をするだけという条件だ。

 映画の撮影が終わってもゆっくりはできない。

 復帰後の彼のスケジュールはすでに予定が詰まって真っ黒になっている。林田さんの言っていた通り、この程度のスキャンダルで潰れる男ではなかった。さらなる高みへ飛び立とうとしている。

 私は彼との家でその帰りを待つ。疲れて帰って来た彼を癒してあげられる存在でいたいと思う。

 国見さんが日本に戻ってきてすぐ二人で暮らす部屋探しをした。この半年間は誰にも邪魔されない二人きりの時間を過ごした。蜜月だった。

 深く口付けするほど、彼の体に触れるほど、別れが辛くなる。

「そろそろ林田さんが来る頃ですね」

 理性で唇を引きはがした。濡れた唇が「そうだね」と返事をする。

「夜に電話するから」
「体に気を付けて」
「僕がいなくても浮気しないでよ」
「しません。栄一くんこそ、向こうのイケメンに口説かれないように」
「これがあるから大丈夫。お守り」

 左手を私に向けて微笑む。薬指には私とおそろいの銀の指輪が嵌めてある。なんの法的拘束力もないが、私と彼の永遠の誓い、その証だ。

 国見さんのスマホから着信音が流れて切れた。林田さんが駐車場についた合図だ。

「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」

 彼の左手に唇を落とす。この指に指輪を嵌めたときの誓いを改めて心に誓う。病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も──。

 私はもう完全に過去から脱していた。いま現在を、愛する人と共に生きている。これ以上の幸せがあるだろうか。

 




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『往時渺茫としてすべて夢に似たり』15話拝読し終えました。
谷脇さまはセクシーな短編を量産されるのが得意なのだと思い込んでいました。でもあの『Phantom』、実に好みな展開でしたし、今回の『往時渺茫〜』での平坦な日常の中で出来ごとが紡がれていくスタイルも実に引き込まれました。
国見栄一。日本を代表して中国に打って出る俳優にふさわしい名前です。タイトルが中華のものでしたから、彼が本当にそこで俳優業をするとは思いませんでした。
広田、林田といった主人公をサポートする立ち位置の面々も素敵です。
諸井も国見もある限られた環境の中ではプロ中のプロだから互いに引くに引けなくなってしまう。国見にしたら林田以外はじめて気を許した相手に巡り合った幸せについ我が儘を出してしまう、彼の孤独さが強調されてると感じました。
そしてハッピーエンドへ。やっぱりこういう終わり方って好きです!これからも素敵でエロ満漢全席な作品お待ちして居ります。
お返事
えり様

わー、そんな風に言って頂けるとすごく嬉しいです!待ってもらえるうちが花…!これからも精進しつつ、自分も楽しんで書いて行きたいです。二人の親密度を表わす常とう手段として下の名前呼び!この切り替える瞬間、書いてるこっちもなんだか照れたりしませんか?名前は…えりさんならわかっていただけると思うんですが、名付け難しいですよね。この前読み返してたら別の話の登場人物で同じ名前使っているのを発見して(またやっちまった)となりましたw
実は今日も更新します!往時渺茫の更新をしている間に書いていました。いつもの短編ですが、良かったら読んでやってください^^ 私もまたお伺いさせて頂きますね!新作楽しみです!


つきみ様

15話読んでくださってありがとうございます!谷なし山なしの平坦なお話で、書いてる本人がたまに書きながら眠たくなったりしたので(寝不足だったのもあり)不安だったんですが、ちょっとでも楽しんでもらえてたらこんなに嬉しいことはないです。
国見栄一。こうしてみると名前が仰々しいというかw 芸名にしようか迷って本名が思い浮かばなかったのでそのままにしました。名前の考案の苦手さは「広田」「林田」「城田」という「~田」の多さが物語っていますねw 一つの話にこんなに集まっていたのかと。木原という名前も他の話で使っていました。気にしない気にしない。
つきみさんの行間を読む能力、考察力は書き手の意図した以上のところにまでに及ぶので、いつもそこまで読み取ってくださるのかと、なんだか申し訳ないようなありがたい気持ちになります。勿体ないお言葉です。いつもありがとうございます!

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