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往時渺茫としてすべて夢に似たり(14/15)

2018.06.20.Wed.
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 19時過ぎ、中国に到着した。タクシーに乗って国見さんが宿泊しているとされるホテルへ向かう。国見さんに会わせて欲しいとフロントへ言っても相手にされないだろう。

 駄目元で国見さんの携帯へ電話をかけてみた。呼び出し音が続く。

 国見さんのマネージャーを思い出して、今度はそっちへかけてみた。事件のあと必要があって連絡先を交換しておいたのが役に立った。呼び出し音が続いて、駄目かと諦めかけた時『はい、林田です』繋がった。

「お久しぶりです、諸井です」
『お久しぶりです。お変わりありませんか』
「はい。林田さんに折り入って頼みが。国見さんに会わせてくれませんか」
『えっ、知ってると思いますけど、いま中国に来てるんですよ?』
「私もこっちに来ています」
『そうなんですか?! でもどうして僕に?』
「怒らせてしまって、電話に出てくれないんです」
『ハハハ、なんとなく国見さんの様子を見てそうじゃないかなと思ってましたけど』

 笑い事じゃない。いいから会わせてくれ。

『国見さんはいま監督と打ち合わせ中なんで、電話に出れなかったんだと思いますよ』

 それが本当ならどんなにいいか。

「体調を崩していると聞いたんですが」
『ああ、ちょっとこっちの空気に合わなかったっていうか。今はもう平気です。アクションのトレーニングも再開してますしね』

 それを聞いて安心した。テレビでは軽い鬱だとかなんだとか言っていたから、心配でたまらなかった。

『僕から諸井さんに電話するように言っておきましょうか?』
「お願いします」

 礼を言って電話を切った。そういえば今晩泊まる宿を確保していなかった。国見さんと同じホテルに空き部屋があったので、チェックインして部屋で電話を待った。

 テレビをつけても言葉がわからない。窓から外を眺めたり、ベッドに寝転がって時間を潰した。23時を回った頃、やっと電話が鳴った。

 ベッドから飛び起きてスマホを耳に当てた。

「諸井です、国見さん?」

 沈黙。かすかに物音が聞こえるので繋がっているのは確かだ。

「林田さんから聞いたでしょう。私もいまこっちに来ています。一度会って話がしたい」
『なんでこっちに来たの』

 よそよそしく硬い声だったが、間違いなく国見さんの声だ。

「あなたに会いたいからです。体調を崩したと聞きました。大丈夫なんですか?」
『あんたとはもう別れるって言っただろ』
「嫌です。私は納得してません。ちゃんと会って話をさせて下さい。君はあんな終わり方で本当にいいんですか?」

 長い間のあと、ボソッと部屋番号だけを伝えると国見さんは通話を切った。それだけで充分だ。

 教えてもらった部屋へ急いで向かう。ノックをして待った。ドアが開き、難しい顔の彼が私を出迎えた。思っていたより元気そうで安心する。役柄のためなのか、前に会ったときより髪が短くなっていた。

「その髪型、よく似合ってる」
「うん」

 私から目を逸らし、彼は自分の襟足を撫でた。短い返事は照れ隠しだろうか。だとしたらまだ望みを持っていいということだろうか。

「あんなに中国へ行くの嫌がってたのに、どういう風の吹きまわし?」

 この嫌味も、まだ私に関心があるからだと思ってもいいのだろうか。

「何が大事がわかったんですよ」
「仕事。でしょ?」
「君が本当に私に仕事を辞めて欲しいなら、いつだって辞めますよ」
「嘘だ」
「なにが大事か、やっとわかったんです。私はできるだけ君と対等でいたかった。君に釣りあう男でいたかった。そんなつまらないことにこだわる自分がいかにちっぽけだったかやっと気付いたんです。仕事より何より一番、君が大事だ。君のいない人生は考えられない。私には君が必要だ。君がまだ私を必要としてくれるなら、このままずっとここに残ります」

 彼は疑わしそうに私を見た。

「本当に仕事を辞めてもいいの?」
「まずは休職できないか頼んでみます。駄目なら辞める。でも日本へ戻ったら仕事は探します。君に養ってもらうのも悪くないが、そうなると対等に話ができなくなってしまいそうで、それは嫌なんです。働きながらでもできるだけ君のそばにいられる仕事を探してみます。君も私のスーツ姿を好きだと言ってくれたでしょう?」
「そうだけど……本当にそれでいいの?」
「君と仲直りできるなら」 

 私を凝視していた国見さんの端麗な顔が歪んだ。唇が震える。

「国見さん?」
「……ごめんなさい……! 仕事、辞めないで……っ」

 彼の赤く潤んだ目に涙が溜まる。やはり彼は泣き顔も綺麗だ。以前感じた別人のようには見えなかった。私が愛した生身の国見栄一だ。腕を伸ばすと彼が胸に飛び込んできた。体中で感じる国見さんの感触と温もりに私まで目が熱くなる。視界が潤む。

「ごめんなさい、馬鹿なことを言って……僕が間違ってた……、あの時はもう、諸井さんについてきて欲しくて、わけわかんなくなってて……」
「あの頃は色々あった直後でしたから。私も意地になっていたしね。君から求められることがどれほど幸せなことか、私はつい、そのことを忘れてしまってたんです」
「僕が悪い……、僕が……わがままを言って諸井さんを困らせて……」

 私の胸に額を擦りつけて彼はかぶりを振った。頭を撫でて柔らかな髪にキスした。私の指も震えていた。

「別れないでくれますか?」
「別れない。諸井さんはこんな僕でいいの?」
「君がいいからここに来たんですよ」
「こっちに来てから、ずっと後悔してて……、なんであんなこと言っちゃったんだろうって……、絶対愛想尽かされたと思ってた。電話もメールも怖くてできなかった。諸井さんに嫌われたと思って……」
「前よりもっと君のことが愛しくなりました。君の言う通りにして良かった。後悔したくなかったので、必死になってみました」

 自分の言ったことを忘れているのか、彼はきょとんとした顔を見せた。頬は赤く、目は涙で潤んで、唇は赤くなっていた。あどけない表情に胸が締め付けられた。もう二度と見られなくなっていたかもしれないのだ。

「君を失ったかもしれないと思って、すごく怖かった」

 彼にしがみついた。私の震える声を聞いた彼が、優しく背中を撫でてくれた。

 ※ ※ ※

 お互い泣きやんだあと、ベッドに座って近況報告をしあった。私が統括マネージャーになったと聞くと「すごいね。お祝いしないと」と自分のことのように喜んでくれた。

「自分のことばっかで、諸井さんの話をぜんぜん聞いてなかったんだね。何でも話してって僕が言ったのに」
「今度からなんでも言うようにするよ。じゃあ早速ひとついい?」
「なに?」
「城田さんはどうしてここに来たの?」

 彼はあっ、と気まずそうな顔をした。

「知ってるの?」
「たまたま日本でテレビを見て知った」
「向こうも僕が体調崩したってテレビで知って、大丈夫かって電話くれたんだ。その時に、ちょっと愚痴ったらわざわざ来てくれて。以前は僕の主治医みたいなもんだったから」
「城田さんはまだ君のことが好きなんだね」
「ぜんぜん! そういうんじゃないよ。向こうも研修医のこと僕に愚痴ってきたんだ。付き合うことになったらしいんだけど、その途端病院でも彼氏面されて先輩後輩の立場がどうとかって喧嘩になったんだって。そういうのと付き合ったのはそっちなんだから知らないよって話なんだけど。こっちに来たのは完全に研修医へのあてつけだよ。僕は利用されただけ」

 と国見さんは苦笑した。その話を聞いてもやはり嫉妬してしまう。

「妬けるよ、正直」
「ごめん」

 彼は笑みを引っ込めた。

「でも城田さんには感謝もしてる。あの人がここに来てると知って、ブチ切れて飛んできたんだから」
「諸井さんがブチ切れたの? 想像つかないよ」
「仕事もほっぽりだしてきた。お詫びにお土産を買って帰らないと」

 彼の顔が少し曇ったように見えた。

「まだ帰らないよ。ここにいる」

 申し訳なさそうな安堵の笑みを浮かべ、私にもたれかかってきた。

「あまり僕を甘やかさないほうがいいよ。諸井さんがいなきゃ、なにもできなくなる」

 肩を抱きよせてキスした。ベッドへ倒れこみ深く口づける。彼の手が背中にまわされる。服をたくしあげ、胸に吸い付いた。

「あっ、待った! シャワー! 今日トレーニングしたから汗かいたんだ!」
「このままでいいよ。君の匂いが好きなんだ。それに私が待てない」

 ベルトに手をかけた時だった。携帯電話の着信音が部屋に鳴り響いた。顔を見合わせたあと、彼はテーブルの携帯電話を取った。画面を見て舌打ちする。私に視線を戻すと電話に出る仕草をした。私は頷いた。

「はい。こんな時間になんの用……、あっそう、明日帰るの。わざわざ報告してくれなくてよかったのに。彼によろしく。あっ、あんたのこと日本のワイドショーで話題になってるって。俺のせいじゃないよ。そっちが勝手に来たんだろ。……はいはい、わかったわかった。あ、一応礼だけ言っとく。心配してくれてありがとう。……言われなくてもとっくに仲直りしたよ。たった今ね」

 彼は私に目配せして悪戯っぽく笑った。電話の相手は元彼の医者。どうやら明日帰るらしい。

「そういうこと。だからもう切るよ。じゃあね。気を付けて」

 電話口に吹きこむように言って彼は通話を切った。ついでに電源も落とした。前に城田さんと電話をしているのを見た時は、元彼に会いに行く国見さんを見送る立場だった。今日は私の元に残ってくれる。この違いに密かに感動してしまう。

「さて。続きしよう」

 彼は自ら服を脱ぎすてた。前より引きしまった体になっている。

「少し痩せた?」
「ちょっと」
「私のせいだね」
「違うよ。役作りで落としただけ」

 彼の額にキスする。愛しさが際限なく溢れてくる。学生の時の遊びでは得られなかった感情。小泉さんの時には与えられなかった満ち足りた幸福感。幸せ過ぎて死んでしまいそうだ。


 

うつくしい体(1)

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