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往時渺茫としてすべて夢に似たり(11/15)

2018.06.17.Sun.
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 事件から一週間、ワイドショーでは連日トップニュース扱いで報道されていたが、二週目になると他の芸能人が起こした追突事故がトップニュースに入れ替わり、三週目はこの事件をきっかけにうちがなかなか予約の取れない店になっているというどうでもいい情報をわざわざテレビで流していた。

 最初の一週間はマスコミが店に押しかけて来て大変だった。食事に来た客からも「国見さんを助けた支配人はいますか?」との問い合わせが多かった。ずっと裏方業務に徹していたが、呼び出された時は対応した。みんな国見さんのファンのようで、私の怪我の具合を心配してくれる人がほとんどだった。中には国見さんを助けてくれてありがとうございましたと礼を言う人もいた。

 彼がどれだけ多くの人から愛されているのかを実感した。

 彼とは会えなかったが電話連絡は頻繁にしていた。事件のことも彼から電話で教えてもらった。

 あの女はハウスクリーニングのスタッフだった。以前から国見さんのファンではあったが、彼の部屋を掃除するようになってから勝手に運命を感じ、自分の存在をアピールするためにリモコンの場所を変えたり、マウスの電池を逆に入れたりしていたのだという。カーテンを取り返たのもこの女だった。

 なかなか自分の存在に気付いてくれない。どころか、国見さんは他に恋人を作った。それは間違った選択だ、と女は思いこんだ。間違いを正すために、姿を見せることにした、というのだ。

 あの日も他のスタッフたちと一緒に国見さんの部屋の掃除をしていた。掃除が終わる頃に体調が悪いと先に帰ったように見せかけてずっと国見さんの部屋に隠れて待っていたというのだ。

 そこへ私と国見さんが帰宅した。国見さんの次の恋人は自分だと思いこんでいた女は、私を見て激高し、襲い掛かって来た。頭突きをされた傷はもう治った。ひっかき傷も消えた。

 だが今でもあの女の喚き声が耳に残っている。不気味な声と目が、頭から離れない。

 国見さんの事務所の弁護士を通して、女の家族から治療費、慰謝料として60万円が送られてきた。それとは別に、国見さんの事務所から見舞金も送られてきたがそれはもらう意味がないので送り返した。

 国見さんはマンションを引き払い、今はホテル住まいをしている。ホテルでも部屋に入る瞬間は怖いと漏らしていた。当然だ。出来るなら私が常にそばにいてあげたいが、世間の目があるのでできない。それがもどかしい。

 四週目に入り、大物芸能人同士の結婚報道があって国見さんのニュースはやっと消えた。店に押しかけて来たマスコミもいなくなった。

 今月から私が統括マネージャーになって一つの店に常駐することがなくなったのも大きい。

 担当する店へ出向くと、そこの従業員から好奇の目を向けられた。それは仕方がない。今回のことを遠慮なく訊いてくる者もいた。それも最初だけで、今は普通に接してくれている。

 統括マネージャーの仕事は忙しく、国見さんに会えない寂しさを紛らわすにはちょうどよかった。本音は心配でたまらないし、今すぐ会いに行って抱きしめたい。そんな時間も機会もなく、仕事に没頭するしかなかった。

 支配人の立場では見えなかったことが見え、出来なかったことができる。やらなければならないことは増えたが、やり甲斐はある。きっかけは広田に強引に誘われたからだったが、この業界の仕事が好きなのだと思う。引き止めてくれた広田には感謝しかない。

 事件から一ヶ月目にして、ようやく国見さんに会える日がきた。こんなに時間がかかるとは思ってもいなかった。

 仕事を終え、車は店の駐車場に残してタクシーに乗った。降りるとビルとビルの細い裏道を抜け、またタクシーを拾った。尾行の気配がないことを確認しながら、国見さんと待ち合わせをしたホテルに到着した。もちろん、寝取りまりしているホテルとは違うホテルだ。

 事前に教えてもらった部屋へ向かう。あたりを見渡してからドアチャイムを鳴らした。しばらくしてドアが開いた。一ヶ月ぶりの国見栄一が私を見て微笑んだ。

「入って。早く」

 部屋の中へ身を滑り込ませる。ドアが締まると彼が抱きついてきた。久し振りの匂いに胸が痛くなった。

「会いたかった」
「私もです」

 キスをしながら彼を壁に押しつけた。最初は普通に話をしようと思っていたが無理だった。学生みたいに抑えがきかない。体中が彼を欲しがっていた。

 剥ぎ取るように服を脱がせた。露わになっていく肌に順に口付けた。彼も同じように性急な手つきで私の服を脱がせていく。転げそうになりながら部屋の中を移動し、ベッドへ倒れ込んだ。

 息を乱れさせながら彼が私を見上げる。美しく凛々しいのに、こういう時の彼の表情は非常に煽情的でオスの部分を掻き立てる。

 一カ月分のキスをしながら彼の体をまさぐる。うち震えるそれを扱いたら甘い声が漏れた。もっと聞かせて欲しくて口に咥えた。彼の手が私の髪をくしゃくしゃに乱す。いつもより早く彼は達した。

 早く彼の中に入りたかったが、離れていた分、彼の体を堪能したい思いもあって、結局泣かせてしまうほど体中を愛撫した。

「早く、きて。おかしくなる」

 私をせがむ彼は本当にかわいらしかった。挿入し、少し呼吸を整えた。彼の中は熱く脈打っていた。

「まだ動かないで」

 私の背中に爪を立てた。ようやく会えた喜びと、体中を愛され敏感になった体には刺激が強すぎたようだった。脇の下から腕を入れて彼の肩を掴んだ。ピタリと密着する。さらに奥へと進む。先端に吸い付く様な感覚があった。

「だっ……あ、ああ──ッ!!」

 最奥に到達すると彼は私にしがみついた。

「動いても? まだこのまま?」
「もうすこし、このまま……っ」

 顔の横で彼がかぶりを振る。熱い頬にキスする。耳を舐めたら奥が締まった。

 緩く腰を動かした。小さくリズムを刻む。私の形に慣れてきた頃、大きくグラインドさせた。彼がまた達した。彼の色気はそのたびに増していく気がする。

 煽られるまま、本能が欲しがるまま、腰を振った。

 もう二度と、彼のいない人生には戻れないだろう。



 シャワーのあと、二人でベッドに寝転がった。もう明け方近い。流石に彼は疲れた様子だ。シャワーの間もぐったりしていた。やりすぎを謝ったら、「最高だった」とご褒美のキスをくれた。

「僕があげたネクタイ、使ってくれてる?」

 天井を見つめたまま、彼がぽつりと言った。

「もちろん。会えない間、君を近くに感じられるように」
「クリスマスにはスーツをプレゼントしたいな。オーダーメイドの。諸井さん、スーツがすごく似合うからプレゼントのし甲斐がある」
「先に君の誕生日だよ。何か欲しいものはある?」
「どこでもドア。毎日諸井さんに会いに行ける」
「それは私も欲しいな。毎日君の寝込みを襲いに行ける」
「セクシーな下着買っておかなきゃ」

 私のほうを向いて無邪気に笑う。頬に手を添えると目を閉じた。キスに応じる動きは緩慢だ。

「疲れた?」
「ホテル暮らしのせいか最近熟睡できてないんだ。諸井さんがそばにいると安心する」
「ずっとそばにいるよ」
「ほんとに? 明日も明後日も、一年後も、十年後も、ずっと……」

 呂律のまわらない口調でかわいらしいことを言う。

「君のそばにいると誓うよ」

 私の胸に顔を埋めて、彼は眠ってしまった。




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