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往時渺茫としてすべて夢に似たり(8/15)

2018.06.14.Thu.


 季節はすっかり夏になり、うだるような暑さが続くことが天気予報を見るまでもなく予想された。今日も高くて青い空がどこまでも続いている。素晴らしい快晴。こんな日に休みだと、いま働いている店のスタッフに申し訳なく思ってしまう。

 今日は国見さんのオフに合わせて休みをもらっていた。

 いつも私の家では悪いからと国見さんの部屋に招かれている。見上げた高層マンション。ドアマンに迎え入れら恐縮する。フロントの女性がにこやかに私に会釈した。

「諸井といいます。2702の国見さんをお願いします」
「お伺いしております」

 女性は手元の受話器を取りあげた。

「国見さま、諸井さまがいらっしゃいました。……かしこまりました」

 受話器を戻すと「こちらへどうぞ」とエレベーターに案内してくれる。中に手を伸ばし、ボタンまで押してくれた。

「27階、右手のドアへお進みください」
「どうも」

 笑顔の女性に見送られてエレベーターは動きだした。別世界すぎてわけがわからない。

 音もなくエレベーターの扉が開く。ホテルのような絨毯の廊下を右に歩いた。ドアは1つだけだ。インターフォンに見えないボタンをイチかバチかで押したら音が鳴った。

「いらっしゃい」

 扉が開いて国見さんが顔を出す。その顔を見てホッとした。

「ホテルみたいですね」
「そうそう。賃貸契約のホテルみたいなもんだよ」

 家賃を聞いてみたいが、下衆なのでやめた。

 だだっ広いリビングに通された。全面磨きぬかれたフローリングだ。センスのいい使い勝手の良さそうな家具が並んでいる。ファブリック類も品があって初めて来た部屋なのに居心地よく感じる。

「なに飲む?」

 キッチンの冷蔵庫の前で彼が手招きしていた。鏡面仕上げの大きな冷蔵庫。中は飲み物がほとんど。

「開演は18時だから、それまではここでゆっくりしよう。タクシーで行くし、飲んでも大丈夫だよ」
「そうですね。じゃあこれを」

 外国語のラベルがある瓶を取った。英語でもない。どこの国のお酒だろう。

 彼は棚からナッツの袋を出し、皿に移すとそれを持ってソファへ移動した。私も彼の隣に腰をおろした。柔らかすぎない座り心地は私の好みだ。

 このあと、数日前に彼から一緒に行こうと誘われた舞台を見に行く予定だ。舞台に出ている俳優と仲がいいらしい。

「やっぱり人の演技を見て勉強するんですか?」
「勉強になる時もあるし、ただヘタクソなのを笑いに行くときもある」

 彼はにやりと悪い顔をした。

「でも侮れないんだよね。ヘタクソは通りすぎると個性になる時があって、気付くと主役差しおいて注目集めてる時もあるから。いいことじゃないけど、そのおかげで助かるときもあるしね。なんだかんだ、持ちつ持たれつの業界だから」
「潰しあいと助け合い。飲食業界も似たようなものです」
「俺は高校からこの仕事してるけど、諸井さんは? 俺のことはネットで調べればすぐ出て来るけど、諸井さんのことは何も知らない」

 国見さんのことは知りあってすぐパソコンで調べた。過去の仕事も、プライベートなことも、表に出ているものは全て知っている。確かにこれはフェアじゃない。

「大学卒業してからほとんどずっとこの仕事です。オーナーは同じ大学の同級生なんですよ。卒業して半年経った頃、うちに来ないかと誘われました」
「大学卒業したばかりの人がオーナー?」
「当時からお父さんの仕事を手伝っていたんです。今は完全に引き継いでいますが」
「……もしかして付き合ってた?」
「まさか。彼は今の奥さんと学生の時から交際してましたし、それにあいつは私の趣味じゃない」
「諸井さんの趣味って?」
「あなたみたいに、かわいい人」

 体を傾けたら彼も顔を近づけてきた。唇が合わさる。抱きよせると抱きついてきた。何分だってこうしていられる。

 国見さんに胸を軽く押されて離れた。やけに真剣な顔をしている。

「どうしました?」
「諸井さんは絶対俺が守るから」
「なんのことです?」
「マスコミにバレないように注意する。俺は慣れてても、普通の人は四六時中見張られてカメラを向けられるなんて耐えられないからね」
「君に交際を申し込んだ時に覚悟はしてますよ」
「覚悟してても耐えられなくなるんだって」

 彼はもどかしそうに言った。私の想像が甘いと思っているのだろう。それも理解できる。彼のほうがこの業界に詳しい。私たち一般人が知らない汚く卑怯な目に色々遭っているのだろう。まともな精神では耐えられないようなことを。

 そういったものから彼を守ってあげたいのは私のほうだ。

「君が私のそばにいてくれるなら耐えられる」
「俺と付き合うと色々我慢させたり、不愉快な思いをさせると思う。それでも俺でいい?」
「君がいい」
「俺に嫌なところがあったらすぐに言って。直すように努力するから。隠し事もしない。だから諸井さんも俺に隠し事はしないで。なんでも言って」
「もう一度キスしても?」
「真面目な話をしてるのに!」
「わかりました。正直に言います。初めて会ったあと、君のことはネットで調べました。あなたが芸能界に入ったいきさつも、身長体重生年月日血液型、全部頭に入ってる。出演作も色々見ました。こんなに綺麗でかわいくてチャーミングな人を他に知りません。店でぶたれたあなたを助け起こした時にはもう好きになっていたのかもしれません。ずっとネガティブな言い訳ばかりをして我慢してきました。やっと恋人になれたのに、これ以上私に我慢をさせないでください。……こんなに正直に話してもまだ不十分?」

 赤く染まった頬に手を添える。彼の頬も私の手も熱い。

「そこまでぶっちゃけなくていいよ」
「君に隠し事はしません」

 キスしながらソファに押し倒した。背中にまわされる彼の手に興奮する。服のなかに手を入れた。滑らかな手触りのする肌を撫でた。

「はっ……あ……諸井さんっ……」

 掠れた声で名前を呼ばれる。堪らない。誘うように太ももで腰を撫でられた。内ももからその奥へ手を滑らせる。彼のものはもう硬くなっていた。

 チャックを下ろして前を広げる。一旦キスをやめて視線を下にずらした。それまで綺麗な形と色をしている。握って擦った。

「う、あ……あ、はあっ」

 彼の声と表情に私まで高まる。このまま進んでいいものか迷いが頭をよぎる。ソファを汚してしまうし、こんなやり方、彼は好まないかもしれない。

 どうしようか考えながら手を動かしていたら「出る」と彼から申告があった。ティッシュを探したが見当たらない。口で受けるか? 引かれるか? 欲望に従い、口を開いた。

 咥えると、彼の声は少し大きくなった。

「ああっ、あ、そんな……!」

 促すように口淫する。いきなり口に出すことへ躊躇する彼の心がよく伝わってくる。構わない。むしろ出して欲しいと私も伝える。

 彼の息遣いが一瞬止まった。私の口のなかに温かい液体が吐きだされる。もちろんそれを飲みこんだ。

「はあ……はぁ…………ごめん、出しちゃって」

 肘をついて彼が体を起こす。乱れた着衣の隙間から、ちゃんと筋肉のついた均整の取れた体が見える。色っぽい体だ。

「僕にもやらせて」

 前に手をついて身を乗り出してくる。視線はもう私の股間を見ている。

「止まらなくなります。このあと舞台を観に行くんでしょう?」
「まだ時間はあるよ」
「君の体が辛くなりませんか」
「そっか……ちゃんと準備したほうがいいか。シャワー浴びてくる。ソファもいいけど、続きはベッドでしよう」

 私の手を取って彼は立ちあがった。奥への扉を開けて「待ってて」と私に言うと、自分は右手のバスルームへ入った。カーテンの閉まった寝室は薄暗かった。大きなベッドが見える。部屋の中はいっそう彼の匂いが濃くなった。ここで彼が毎日寝起きしているのだ。

 私の前には医者の彼がここで国見さんと過ごした。医者の前は他の誰かと。私もいつか彼を通過した過去の点になる日がくるのだろうか。

 ベッドに腰かけて女々しいことを考えていたら、タオルを腰に巻いただけの彼がやってきた。私の前に立つとタオルを外す。一糸まとわぬ彼の肉体はとても美しかった。

「跪きたくなるよ」
「ははっ、なにそれ」

 片足をベッドに乗せる。突き出された膝に恭しくキスした。視界の隅で彼のものが立ちあがるのが見える。思わず生唾を飲みこんだ。

 膝、内ももへと唇をすべらせて奥へと進む。中心のものを舌ですくいとり、口に含んだ。控えめな彼の声を聞きながら口淫を続ける。引きしまった尻を撫でた。指先を秘めたる場所へ潜り込ませる。

「もう立ってられない」

 彼の手を引いてベッドに寝転がった。私の上に彼が覆いかぶさってくる。キスしながらまた奥に指を入れた。充分な頃合いを見てから体を入れ替えた。

 ベッドに横たわる彼を見下ろす。身震いするほど美しい。

 自分の前をゆるめ、彼の膝をすくいあげた。自分のものを握って入り口を探る。国見さんの体が少し強張った。

「大丈夫?」
「大丈夫、きて」

 私の二の腕に彼の手が添えられる。ゆっくり押し進める。苦悶の表情で国見さんが耐える。私のために耐えてくれている。愛おしくて額にキスした。汗でしっとりしている。柔らかな前髪が張り付いていた。

 全部収めるまで、ずいぶん長く時間をかけた。おかげで太ももが少し震える。彼の体を思えばこそ耐えられた。

「セックスにも人柄が出てるね」

 下から国見さんが微笑む。

「私のセックスは退屈?」
「違う違う。ねちっこくていやらしそうで、すごく大事にしてくれそうだから楽しみだよ」
「ご期待に添えるよう頑張りますよ」

 そろそろ形に馴染んだだろう。体を起こしてゆっくり腰を動かした。彼も目を閉じた。開いた口からは不規則な息遣いと、たまに甘ったるい声が漏れる。徐々にスピードをあげた。彼の中で私が鋭くなっていく。気を抜くともう果ててしまいそうだ。

 彼の声も大きくなっていた。自分で自分を慰めていた。彼の自慰の姿まで見られるなんて。眼福にあずかり思わず舌なめずりした。

 彼の肌に触れた瞬間から、一回目はあまりもちそうにない予感があった。その実現が目前まで迫っている。

 突然、ギュッと締め付けられた。中が細かく痙攣している。彼の射精を見届けて私も達した。

 

 国見さんの体についた精液を拭う間、彼はぼんやりと私を見ていた。

「どうしました?」
「出会いって不思議だなと思って」
「本当ですね。俳優の国見栄一がレストランの支配人と付き合うなんて、誰も想像しないでしょうね」
「名前も知らない初対面の人を飲みに誘ったの、初めてだったんだよ」
「光栄です」
「この人は信用できるって、一目見た時にわかった。最初一緒に飲んだあと、また会いたいって思った。週刊誌の記者が店に行ったのは、諸井さんに会いに行くいい口実になったよ」

 思い付きで自由に行動しているのかと思っていたがそうではなかった。私はまだ芸能人の国見栄一としてしか、彼を見られていないのかもしれない。

「もっと君のことが知りたい。もっと話を聞かせてください」
「いいよ。たくさん教えてあげる。なにを知りたい?」

 体を起こした国見さんが腰に抱きついてきた。私の足の上に頭を乗せて無邪気な顔で見上げてくる。

「まず今日のセックスは何点でした?」

 吹きだしたあと、彼は「100点」と教えてくれた。

「次は120点を目指します」
「さすが。セックスまでプロ意識高い。僕は何点?」
「最高でした。数字では表わせられません」
「ずるい。僕はちゃんと答えたのに」
「だって本当のことですから」

 彼の髪を撫でつけると、気持ち良さそうに目を閉じた。

「疲れましたか?」
「少し。今日はもうずっと家にいようよ」
「舞台は?」
「また今度にしよう」

 と彼は横向きになると手足を寄せて丸まった。しばらくして寝息が聞こえてきた。




渾名をくれ

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