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往時渺茫としてすべて夢に似たり(6/15)

2018.06.12.Tue.


「誕生日、おめでとうございまーす!」

 支配人室で雑務をこなしていたら突然扉が開いて、小さなケーキがたくさん乗ったワゴンを押す木原さんと、グラスと飲み物を持った他の従業員たちがやってきた。

「……あっ、そうか、今日は私の誕生日でしたね」
「自分の誕生日を忘れないでくださいよ。47歳、おめでとうございます!」
「ありがとう」

 ケーキに刺さったロウソクを吹き消した。

「これ、みんなからです」

 大きな箱を受け取った。開けるとフットマッサージャーだった。立ち仕事は足にくる。

「これは嬉しいな。さっそく今日から使わせてもらいます。みんな、本当にありがとう」

 スタッフ一人一人の顔を見る。毎年こんな風に祝ってくれることがありがたい。仕事の仲間として、少しは慕われているのだとしたらとても嬉しいし名誉なことだ。

 一口大のケーキを食べて、ソフトドリンクを飲んだあと、片づけをする木原さんを残してみんなは仕事に戻った。

「喜んでもらえて良かったです」

 手を動かしながら木原さんが言う。

「最近の支配人、元気がなさそうでしたから」
「暑くなってきてバテ気味でしたから」

 さすが木原さんだ、と感心する。よく周りのことを見ている。

「ちょうどいい。ちょっと話があるんですが」
「はい、なんでしょう」

 片付けの手をとめ、木原さんは体をこちらへ向けた。

「木原さんがここで働きだしてもう六年目ですね」
「もうそんなに経っちゃうんですね」
「副支配人の仕事をやってみる気はありませんか? とりあえず来月から」
「私がですか?」

 木原さんは目を大きくした。

「私がいなくなった時、代わりが務まるのは木原さんしかいません。木原さんにはその能力があると判断しました」
「支配人、いなくなっちゃうんですか?!」
「いえ、すぐというわけじゃありません。まだ悩んでいるので話半分できいて欲しいんですが、なにか新しいことを始めたいなと、最近よく思うんですよ。年齢的に迷っている時間はないので、今年中に結論を出したいとは思っているんですがね。みんなにはまだ内緒ですよ」

 恋人の元へ急ぐ国見さんを見たときから心に残された喪失感は一カ月が経ったいまもまだ消えていなかった。なにをしても、なにを見ても無感動で、手の先に力が入らない感覚がずっと続いている。

 朝起きて仕事へ行くのも億劫で、気分一新する環境がいまの私には必要だった。

「そんな! 嫌です! 支配人がいなくなったらお店、どうなっちゃうんですか!」
「君がいます。木原さんなら、スタッフみんな付いてきてくれます」
「やだっ……、嫌です……! 支配人のかわりに働くなんて、私嫌です……!」

 木原さんは顔を歪め、目から大きな涙を零した。ハンカチを出して彼女へ渡す。木原さんはそれを受け取り、顔を覆って泣きだした。

「いきなりこんな話をきかせてしまってすみませんでした。急な話で動揺しますよね。ゆっくり考えてみてください。嫌なら断ってくれていいんです。オーナーには私が話しますから。もしやってみようと思ったなら、私が全力でサポートします」
「どこにも行かないでください」

 しゃくりあげる木原さんの背中を撫でた。彼女にばかり負担をかけて申し訳ない。でも木原さんなら支配人の仕事もこなせるはずだ。丸五年、木原さんを見てきた私にはわかる。

 木原さんの泣き声を聞きながら、国見さんはどんな風に泣くのだろうか、とぼんやり考えた。



 誕生日プレゼントの箱を片手に店の戸締りをした。駐車場へ向かい、車のそばで佇む人影に気付いて足が止まった。かわりに、こちらに気付いた人影が近づいてきた。一カ月ぶりに見る国見栄一だ。最近はパソコンで動画を見ることもしなかった。

「お疲れさま。それなに?」

 国見さんは私が抱える大きな箱を指で突いた。

「スタッフの子たちがくれたんです。私の誕生日プレゼントに」
「誕生日だったの?」

 箱から私に視線を移す。

「君はいつも、暗がりで私を待ち伏せしますね」
「夜しか時間ないからね。飲みに行く? 誕生日だったんなら奢るよ」
「もう来ないと思ってました」
「迷惑だった?」

 彼の顔が曇る。慌てて「違います」と否定した。

「彼と仲直りしたら、私に会ってる時間なんてなくなるだろうと」
「仲直りなんかしないよ。そう言ったと思うけど。去年くらいからなんとなくもう駄目かなって空気が流れてたんだ。別れる切っ掛けがなかっただけ。あいつが研修医にフラフラしたのも仕方ないんだ。お互い仕事が忙しくてなかなか会えないし、会えても人の目を気にしてコソコソ隠れなきゃいけないし、バレたら週刊誌に追いかけられるし。普通の人は嫌だよね、芸能人と付き合うなんて。毎日会える研修医と深夜まで恋のカンファレンスしてるほうがあいつも楽しいと思うよ」

 冗談に笑ってしまった。彼も声を立てて笑う。

「へえ、誕生日かあ。こんな大きなプレゼントもらうなんて、ずいぶん慕われてるね。何歳になったの?」
「47歳です」

 あなたと13歳差になりました。

「若く見えるね」
「初めて言われました。最近は年相応ですが、前は老けて見られてましたから」
「原因はその喋り方だよ。結局俺に対してもずっとそのまんまだし」
「身についた癖はなかなか抜けないみたいです」

 素を出して嫌われるのが怖いというのもある。だって彼がとても愛しい。失ったと思ったものがまた近くに戻ってきてくれた。胸がときめいた。心臓に足が生えてスキップを踏んでいる。

 もうごまかすことはできない。国見さんが好きだ。例え同じ気持ちを返してもらえなくてもいい。もう臆することはやめた。

「明日、お仕事は?」
「九時までに出れば大丈夫、かな」
「お腹すいてますか? 食事のできる店がいいかな」
「俺いいところ知ってる。ナビするから車出して」

 私が運転席に、彼が助手席に乗り込む。彼の指示通り進んで到着したのは、私のマンションだった。




良い!グロ注。
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コメント
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お返事
インディゴ様

いつもありがとうございます!できるだけ長くそう言っていただけるように、これからも頑張りたいです!
どれか一つでも面白いと思ってもらえる話が書けたら…というのが書き始めた当初からの目標なので、初心忘れず書いていきたいです^^
今日の更新分も楽しんで頂けますように。

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