FC2ブログ

往時渺茫としてすべて夢に似たり(3/15)

2018.06.09.Sat.


 開店前の準備中、裏口のチャイムが鳴った。

 応答に出た木原さんが支配人室にやって来た。

「雑誌の方が取材をお願いしたいって来られたんですけど」
「わかりました。私が行きます」

 木原さんと交代して裏口へ向かう。雑誌の取材なら過去に何度かあった。どれもオーナーを通してこちらに話がおりてきたものばかりだ。直接こっちへ来るなんて嫌な予感がした。

「お待たせしました。私が支配人の諸井です」
「お忙しい時にすいません、望月と申します」

 40代半ばの男性が名刺を渡してきた。あまりメジャーではない出版社名。もう一人、30代半ばの男性は微動だにせず私を見ている。二人ともスーツではなくラフな格好。嫌な予感が濃くなる。

「取材というのはどのような内容でしょうか」
「いいお店ですよね。僕も今度の結婚記念日に嫁さん連れて来させてもらおうかな」
「ご予約なら承りますよ」
「こんないいお店なら、芸能人もけっこう来るんじゃないですか」

 望月の目が鈍く光る。ずっと笑みを絶やさないが、わずかな異変を見逃さない目はプロのものだった。そしてとても嫌な感じだ。

「たくさんの方にご利用いただいております」
「最近来た芸能人有名人って誰がいます?」
「お答え致しかねます」
「芸能人御用達って雑誌に載ったら、もっとお客さん増えると思うんですよね。これ以上ない宣伝ですよ」
「ありがたいことに、今月はもうご予約のお客様で埋まっております」
「宣伝の必要はないってことですか? でもそんなのいつまで続くかわからないじゃないですか。どんどん新店がオープンしてますよね。みんな目新しいものが好きですから」
「ではそちらの新店に取材に行ってあげてください。飲食店は軌道に乗るまでが大変ですから」
「ネットで見たんですけど、先週、国見栄一がこちらに来られたそうですね」

 やはり用件はこれだった。

「お答え致しかねます」
「なんでもお客全員にお菓子を配ったとか。なぜそんなことを?」
「答える立場にございません」
「誰と一緒に来たんですか? あなたから聞いたなんて絶対書きませんから。謝礼もお支払いしますし」
「申し訳ございません。わたくし共ではお役に立てませんのでお帰りください」
「国見栄一が男と二人で来たかどうかだけでも!」
「お役に立てず申し訳ありません。私も仕事がございますので、失礼致します」

 強引に話を切りあげて扉を閉めた。従業員全員を厨房に集めた。

「雑誌記者が、先日ご来店のお客様のことで取材に来ました」
「国見栄一だ」

 作業を中断されて不機嫌そうな三井くんが呟いた。

「私は皆さんを信じていいですね?」

 全員の顔を見渡す。みんな私の目を見返して頷いてくれる。木原さんがスマホを見ながら手をあげた。

「お客さんがネットに書いちゃったみたいですね。国見栄一におみやげもらったって、インスタにあげたみたいです。でもなにがあったかまでは書いてないですね。調べて出て来たのはこの一件だけなんで、他はわからないですけど」

 お客から漏れてしまうのはある程度は仕方がないと思っていたが、目の当たりにするとやはり腹立たしい。何もかも、いちいちネットに書きこまねばならないのだろうか。

 それを元に記者がやってくる。こうなったら国民全員が記者であり情報元になる。国見さんのような有名人には大変な世の中になってしまった。

「また来るかもしれません。なにを聞かれても答えないように。誰のことであっても、お客様の情報は一切店の外へ出さないでください」
「はい」

 全員の返事を聞いて支配人室へ戻った。

 三井くんが知っていたぐらいだから、以前から彼に男の恋人がいることは週刊誌に載ったりして噂されていたのだろう。ただ人が人と付き合うだけで騒ぎ立てられてしまう。芸能人はプライベートまで暴かれる大変な仕事だ。

 できれば今回のことは店の中だけの事にしておきたかった。男の恋人がいるという世間の好奇から、面白おかしく騒がれることのないように、彼を守ってあげたかった。

 彼は素晴らしい俳優だ。その評価が、そんなくだらないことで左右されるようなことがあってはならない。

 彼と会った日から、空いた時間を見つけてはパソコンの前で彼の出演作を観ていた。

 名前で検索すればたくさんの情報があがってくる。昨夜見たのは、去年公開された映画の舞台挨拶の模様。今と違う髪型。横に並ぶ主演女優に見劣りしない造形の美しさ。今年34歳。私より12も年下だった。

 彼が出演する映画を見たいがために有料配信に手を出した。出演するほとんどが知らない女優と俳優ばかり。そのせいもあって、実際会って言葉も交わした国見栄一の存在感はいや増した。

 彼はただ、若い女性を虜にする見た目がいいだけの俳優ではなかった。演技力も一流だった。演技経験のない素人の私でもわかる。

 役柄によって雰囲気がまるで違った。国見栄一の顔と声なのに、全部別人のように見えた。コミカルな役からシリアスな役までを難なくこなしていた。彼が演じるとどんなキャラクターであっても魅力的になった。

 木原さんが言っていたドラマも見た。金を持っているところからは成功報酬を踏んだくったり、悪徳企業からは握った弱みを盾に合法的に大金を手に入れたかと思えば、金を持たないものからは微々たる依頼料で弁護する、二面性のある弁護士役だ。

 悪を追い詰めるときの彼は冷血漢。本当に困っている人と対するときは明るい三枚目。二重人格かという変わり様を演じ切っていた。

 使い古されたチープな脚本でも、彼が演じれば登場人物に深みがでた。ただ目を伏せるだけで憂いが出る。鋭く流し目を送るだけで迫力がある。善良な依頼人に見せる笑顔は人を安心させる。声は耳に心地よく、動作の一つ一つは滑らかで目が離せない。

 こんなに素晴らしい役者を、無責任な好奇心で潰さないで欲しい。




夜が終わるまで

関連記事
スポンサーサイト
[PR]

コメント

管理者にだけ表示を許可する