FC2ブログ

往時渺茫としてすべて夢に似たり(1/15)

2018.06.07.Thu.
<「支配人」スピンオフ>

 ある一組の客に視線が集まっていることに気付いた。

 二人とも三十前後の若い男性。予約名は城田さま。額の広さを補うように肩まで髪を伸ばした長身の男性と、整った顔立ちの男性客。他の客がチラチラ見ているのはこの綺麗な顔をした男性のほうだろう。

 食事の仕方も佇まいも優雅で、注目を一身に集めて動じる気配もない。品格さえ感じる。

 最初は穏やかな雰囲気で食事をしていた二人だが、だんだん雲行きが怪しくはりはじめた。声のトーンを落としているが、なにやら言い争っている様子だ。

 突然、一人がグラスの水を相手の顔にひっかけた。店がシンと静かになった。周囲の視線が当然二人に集まる。ホールスタッフの視線は私に集まった。

 私が近づく前に、水をひっかけられた長身の男が立ちあがり、連れの男を平手打ちした。大きな音がした。かなり強い力だったらしく、ぶたれた男性は椅子から転げ落ちた。

「勝手にしろ」

 床に手をついて俯いている男性に言うと、長身の男は店から出て行った。徐々に店に喧噪が戻る。この騒ぎについて噂をしている。

 ホールスタッフの木原さんに目配せした。彼女が客の様子に注意しながらホールを歩く。それだけで店に落ちつきが戻る。他のスタッフも業務に戻った。

「大丈夫ですか」

 床にへたりこんだままの男性に声をかけた。男性はぶたれた頬を手で押さえて茫然としていた。無理もない。だが最初に水をかけたのは彼だ。

「お顔を冷やしましょう。こちらへどうぞ」

 動かない彼の脇の下へ腕を入れて持ち上げる。自力で立ちあがると、彼はぼんやりと私を見た。そして突然、眦を吊り上げ「触るな」と厳しく言い放った。

「失礼致しました。冷たいタオルを用意致します。こちらへ」

 私が先導すると彼はあとをついてきた。姿勢よく、胸を張って、真っすぐ前を見据えたまま。本当は震えていたことなど、おくびにも出さずに。

 支配人室に入り、ソファを勧めた。その前に彼はソファに腰をおろしていた。人の目がなくなったことに安堵した表情で細く息を吐きだしている。その息遣いはまだ細かく震えていた。

「やっぱり個室のある店にしてもらえばよかった。どうせネットに書きこむんだろ」
「はい?」
「俺が男に引っぱたかれたって。ネットに書きこむんだろ? なんなら再現写真、撮らせようか?」

 青白い顔を歪めて笑う。それすら、彼の美しさを損なわなかった。

「わたくし共はそのようなことは致しません」

 言いつつ、あとでスタッフ全員きっちり口止めしておこうと思った。

「面白いネタだろ。国見栄一が男と喧嘩。週刊誌にでも売ればいいのに」
「週刊誌?」

 ただの一般人のネタを売っても……と不思議に思ったがやっとわかった。おそらく彼は芸能人なのだ。注目を集めていたのはこの整った容姿だけじゃなかったわけだ。

「ふふっ、知らんぷりしてくれるの。それとも本当に俺を知らないの?」
「申し訳ございません。家にテレビがなく、芸能に疎くて」

 嘘をつくか迷ったが正直に答えた。彼はちょっと驚いた顔をしたあと、目を泳がせて顔を伏せた。

「ほんとに? 俺、すごいうぬぼれた奴じゃない」

 うっすら白い頬が赤く色づく。見惚れていたが、ハッと我に返った。

「お顔を冷やしましょう。少し腫れているようです。唇も切れているし」
「思いきりぶたれたからね」

 切れて血の滲む唇の端を触って彼は顔を顰めた。

 急いで厨房から清潔なタイルに氷を包んで戻った。それを彼に手渡す。

「騒がせてすまなかった。今いるお客さん全員奢らせてもらうよ」
「それほどの迷惑だとは思いませんが。ならばプティフールのお土産を差し上げてはいかがでしょうか。これだとお持ち帰りいただけます」
「プティフール?」
「焼き菓子の詰め合わせです」
「そんなものがあるの?」
「すぐに用意できます」
「じゃあ、それをお願い。悪いね。余計な仕事を増やして」
「とんでもございません」

 彼に一礼し、また支配人室を出た。厨房に行って料理長の三井くんにテーブル数のお土産を頼み、こちらを見ていた木原さんを手招きして事情を説明した。その時、先ほどの一件の口止めを頼んだ。

「俳優の国見って奴でしょ。男に殴られたんだって? 痴話喧嘩? ホモって噂ほんとだったんだ?」
「三井くん。営業時間中は口を慎む様に」
「へーい」

 料理の腕は一流だがそれ以外は粗雑さが目立つ。三井くんの欠点だ。これが直れば自分の店を持ち人を使うこともできるだろうに。

「もし口外した者がいたとわかったら必ず見つけ出してクビにします。そのことでうちの評判が落ち、目に見える損害を被った時は賠償金を請求します。これは決定事項なので全員に伝えるように」

 居合わせた全員の顔を見渡した。みんなが神妙な顔で頷いた。それを見届け、支配人室に戻った。

 国見さんはソファに座って頬を冷やしていた。どこか虚ろな表情だ。もしや脳震盪を起こしているのか。

「大丈夫ですか」
「ああ。もう平気。支払いはこれで」

 とカードを渡された。

「それと、タクシーを呼んで欲しい。ついでにこのあと飲み直せる静かな店を教えてくれないか。まっすぐ家に帰る気分じゃないんだ」
「タクシーはすぐ手配します。お店は私のおすすめでよろしいですか?」
「タクシーの運転手に教えておいて」
「かしこまりました」

 支配人室を出ようとしたら「待って」と呼び止められた。

「あんた、仕事は何時に終わるの?」
「私は一番最後に出るので夜中の一時前になります」
「気が向いたらあんたも来てよ。返事はいましなくていいから。気が向いたら来て。一時まで待って、来なければ諦める」

 突然の誘いに戸惑って咄嗟の言葉が出なかった。いたずらっぽい笑みを浮かべる彼をただ見つめるしかできなかった。

「タクシーが着いたら呼んで」

 彼はソファのひじ掛けに足を乗せて寝転がった。行儀のいいことではなかったが、彼がやると映画のワンシーンのようで絵になった。

 結局何も言えないまま、会計のために部屋を離れた。





お久しぶりです!広告出てた!
「支配人」のスピンオフが完成しました。本編越えの長さになりました。特に盛りあがりもない平坦な話ですが、頑張って書いたので読んでもらえると嬉しいです。エロ少なめというかほぼないです(当社比)。BLはファンタジー!と割り切って読んでくださると助かります。

関連記事
スポンサーサイト
[PR]

コメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
お返事
えり様

わーい、嬉しいお言葉ありがとうございます!調子に乗っちゃいます^q^
先日えりさんのところへお邪魔させていただいたばっかりだったので「運命?!」と勝手に感動しております。
私のほうこそ、えりさんの丁寧に書かれるお話大好きです!勢いだけで書いているので見習いたい!
私にしては珍しく長いお話が書けましたw少しでも楽しんで頂けたら幸せです。
谷脇さまの作品の中で私がいちばん好きなのが『旦那さんシリーズ』なのです。旦那さん、という聞こえが古風でなまめかしい。きょうびの若い人は余り使わないようですが。
傷心の小泉さんを大人の対応で慰めた、その立ち位置にすっかり魅せられました。『往時渺茫にしてすべて夢に似たり』……お隣りの国の古典のようなタイトル。
支配人だから店舗という限られた空間からひろく世の中を見てきた人なんでしょうね。15話、先が楽しみです。
お返事
つきみ様

旦那さんシリーズは、ありがたいことにうちで一番好きだと言ってもらえるお話なのです。昼下がりの団地妻、つおい…!
支配人と隣の高校生を最初は面倒だからちょうどいいしくっつけちゃえと思って話を考えていたんですが、なかなかうまく行かず。時間ばかりが流れ。ふとしかきっかけで今回の話を思いつき。私としては早めに書きあげられました。
>お隣りの国の古典のようなタイトル。
とても鋭いです\(^o^)/ 全15話、楽しんで頂けたら嬉しいです!ありがとうございます!!

管理者にだけ表示を許可する