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おいくら?(1/2)

2018.04.12.Thu.
 仕事が終わって帰宅したらドアの前に杉本がいた。僕に気付くと媚びの混じっただらしない笑みを浮かべる。

「よ、宮野」
「何の用」
「友達に冷たいな。ただ会いに来ちゃ駄目なのかよ」
「友達だったっけ」

 冷たい目で見れば気まずそうに目を逸らした。

 いつから待っていたのか、杉本の足元には煙草の吸殻が何本か落ちている。

「それ拾ってから入れ」

 つま先で一つを蹴った。杉本は慌ててゴミを拾い始めた。

 杉本を置いて先に部屋の中に入った。明かりをつけて歩きながらコートと背広を脱いで寝室のクローゼットへかけた。玄関に近い洗面所で手を洗っていたら杉本も入って来た。吸殻の乗った手を間抜けに広げながら。

「ちゃんと拾ったぞ」

 自慢げに僕に見せてくる。

「当たり前」
「だけどさ」

 不満げに唇を尖らせた。

「今日は何の用?」
「ただ顔見に来ただけ」
「ならもういいだろ。時間の無駄だ、帰ってくれ」
「わかった、言うよ。その前に、手、洗っていい?」

 風呂場の手桶に水を溜め、そこに吸殻を入れさせた。掃除が面倒だが灰皿がないので仕方がない。

「ちゃんと携帯灰皿くらい持ち歩け。喫煙者のマナーだろ」
「持ってるよ。持ってるけど、中がいっぱいになってさ」
「いつから待ってたんだ」
「えーっと、三時くらい? 今日土曜だから休みだと思ったんだよ」
「急な仕事が入ったんだ。事前に連絡しろと……またか」
「そう。また。携帯、止められちゃった」

 濡れた手をタオルで拭きながら杉本は舌を出した。

 高校の時から何もかわっていない。まるで成長しない。目の前に好物がぶら下げられたら後先考えずに飛びつく。欲望に素直。そして恥知らず。

 知りあったのは高校。杉本は制服の中に着るTシャツや靴、鞄、アクセサリー等にこだわる質で、クラスメートにも評判のお洒落好きな男だった。

 行きつけのショップがあり、新作が出るたびに買っていたからいつも金欠で学校のない時間はバイトに明け暮れていた。

 携帯電話も新機種が出るたび交換していたせいで、親から通話料はバイト代で払うようにとお達しがあり、通話料よりファッション優先の杉本の携帯が止められることは一度や二度じゃなかった。

 あの頃から金の使い道の優先順位がおかしい。高校卒業後、ファッション熱は徐々に冷め、フィギュア集めやビリヤードに一時期凝ったあと、今は携帯代も払えないほどギャンブルに嵌っている。

 本当に学生の頃から何も成長していない。

「それで? また携帯代貸してくれって言うのか? 前に貸した分もまだ返してもらってないのに?」
「覚えてるよ。ちゃんと返そうって、思ってる」
「思うだけじゃなくて早く返してくれ」
「わかってるって。給料入ったらすぐ宮野のとこ来るから」
「今日は給料日じゃないだろ」
「ああ……うん。ちゃんと次の給料入ったらすぐ返すから、絶対返すから、六万貸してくれない?」
「は?! 六万?!」

 前回貸した三倍の額だ。杉本は顔の前で手を合わせた。

「家賃払えなくて追い出されそうなんだ」

 ついにこの馬鹿は携帯代はおろか、家賃さえ払えないほどギャンブルに夢中になっているのか。この調子でいけばいつか身を滅ぼすぞ。

「そんな大金貸せるか。僕だって余裕があるわけじゃないんだ」
「お前の場合、いざとなれば実家があるじゃん。あのでっかい実家が」

 またそれか。呆れて溜息が出る。

 確かに僕の実家は敷地が広い。昔は離れで住みこみのお手伝いさんがいたほど裕福だったと聞いている。でもそれは昔の話だ。

 曾祖父あたりからお手伝いさんを雇う余裕がなくなり、祖父母の代からは二世帯住宅として離れを使うようになり、僕がまだ小さいころに祖父母が他界すると古い屋敷と離れを取り壊し、今風の少し大きな家を建てたというだけだ。

 学生の時、一度だけ杉本が家に遊びに来た。それ以来、金に困るたびに僕の実家のことを言うのでうんざりする。

「実家は関係ない。そもそも人に借りなきゃいけないほど金を使うな」
「五万、四万でもいいから」
「貸さない。僕だって社会人なりたてでそんなに持ってないんだ」
「アパート追い出されたらここに置いてくれる?」
「置くわけないだろ」
「消費者金融に借りるしかないじゃん」
「借りろ。自業自得だ」
「なんでもするからさあ」
「だったらウリでもやれ」
「ウリ?! 俺が?! 誰に? 男に?」
「あるらしいぞ」
「ホモじゃなくても出来んの?」
「本人のやる気次第だろ」

 杉本は少し考えこんだあと「やってみる」と僕に言った。この能天気な馬鹿はどこまで身を落とせば目を覚ますのだろうか。

「本気か?」
「もし気持ち良かったら金ももらえて一石二鳥」

 と僕にVサインを見せる。度を越した楽観主義は見てると殴りたくなるものらしい。

「そんなに甘いものじゃないだろ」
「やだ。もしかして経験者?」

 茶化す杉本に堪忍袋の緒が切れた。腕を掴んで隣の寝室へ引きずり込んだ。ベッドへ投げ捨て、驚く杉本の上へ跨る。

「お前のことだ。ウリの直前で怖くなってピーピー泣きわめいて仕事にならないだろ。そうならないように僕が初めての客になってやる」
「な、なんだよぉ、怖い顔して」

 杉本のだらしない笑顔がひきつる。

「六万欲しいんだろ。杉本に六万の価値があると思えないけど払ってやるよ」
「まじ?」

 戸惑いながらも目を光らせる。貞操の危機を前にしてもこの反応。この愚かしさは死ぬまで治らないのだろう。

「今から僕は客だ」

 


咬みつきたい

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コメント
「妄想2」……うーん。男ってあそこが大きいと偉いと思い込んでるし、同性からも一目置かれてるんですなぁ。
それから「Phantom」の2人はつつがなくお過ごしでしょうか?
少しでいいから、現在の2人の日常をお知らせくださいませ。

読者はなんとなく一抹の不安を抱いたままだと思うんです。
お返事
つきみ様

読んでくださってありがとうございます!大きいものをあえて使わない方向にしました。あれでヒイヒイ言えるのはほとんどノンフィクションのなかだけでしょうねw
「Phantom」……改めて見ると15ページも使ってたことに驚きました。二人のその後ですか~。面白そうだからちょっと考えてみます!いつできるかわかりませんが、気長にお待ちいただけたら嬉しいです^^


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